第29話 ありがとう

「うぅぅ……、ひっぐ……」

「もう、いつまで泣いてるのよ」

「だって、だって…………」


 アキスタの外で、凪夏子さんが白雪さんに抱き締められながら泣きじゃくっているのが見えた。

 彼女の背中を優しく叩き、今にも泣きそうな声で白雪さんはささやく。


、ななこ。本当に、ありがとう……」

「っうう。うわあああああああああああん!!!!!」


 泣きながら、凪夏子は溜まっていた感情を全て吐き出した。


「怖かった!! 怖くて震えてました!! SNSで白雪さんの足引っ張るなって、私たちに存在価値がないって言われてたときからずっと!!」

「ごめんね、ななこ。それなのに、こんな重役押しつけちゃって……」


 先程行われた試合は、僅差でなんとか俺たちのチームが勝利した。


 始めに行われた全体曲ではこちらの評価が勝っていたものの、続くデュオ、トリオユニットバトルは相手に軍配。

 しかし最後のソロバトルで例のギター破壊少女と激突した凪夏子さんが圧巻のダンスを披露して巻き返したのだ。


 白雪さんといい、彼女も恐ろしい16歳だ。


「すごいね、凪夏子ちゃん」

「あぁ」


 抱き合う二人を、俺と日向はベンチに座りながら見つめていた。


「あの時からずっと、尋常じゃないプレッシャーと戦ってたんだね」

「でも、凪夏子は折れずに立ち向かった」


 そして、そんなことができたのはきっと──。


「日向のダンスのおかげ、かもな」

「へっ? アタシ?」


 きょとんとする日向に、俺は日向の知らない凪夏子の言葉を伝えた。


「あぁ。お前たちのダンスを、最後ののバク宙を見て、元気をもらえたって言ってたし」

「……そっか。アタシが、凪夏子ちゃんに元気を、かぁ」


 そう言うと、日向はバッと立ち上がり、大声で叫んだ。


「アタシ決めた! 凪夏子ちゃんみたいに、あのステージに立ちたい!!」


 その決意表明は、ホワイトケミカルの一軍ユニットに入りたいというものであり、


「そして、アタシのダンスでお客さんだけじゃなく、チームのみんなにも元気と勇気を届けたい!!」


 日向が本気でプロのアイドルになりたいというものであった。


「だからさ、翼!」


 くるりと回り、日向は再びヒマワリが咲き誇るような笑顔を見せる。


「アタシが夢を叶えるまで、ずっと見守っててね!!」

「あぁ」


 今は夏。向日葵の咲く季節。

 だけど目の前にある向日葵は、一生そのまま大輪の花を見せてくれる気がした。


「それじゃあ、行くね?」


 そう言って二軍メンバーたちの元へ駆ける日向の背中を見送ると、


「ねぇ、私もバク宙したんですけど」


 今度は月坂が不満げな気持ちを全開で見せるように、不貞腐れた様子で俺の前に現れた。


「……そういえば、そうだったな」

「……それだけ?」

「は?」


 何が言いたいんだ、コイツは。


「俺に何か用か?」

「聞かないと分からないの? ……褒めて欲しいって言ってんの」

「言ってねぇだろ。一言も」

「…………」

「……まぁ、なんだ。お前もよく頑張ったな」

「……うん」


 そう小さく頷くと、月坂はちょこんと俺の隣に座った。

 夕空のせいか、そいつの顔や耳は赤く染まっているように見えた。


「ねぇ、今日はどっちの勝ち?」

「何の話だ」

「私と日向さんの話。ダンスで勝負するって言ったでしょ」

「あぁ、その話か」


 とはいえ、どっちも凄かった。

 初めは日向のダンスに食らいつくのに精一杯だった月坂だったが、本番の二人の動きは紙一重。おまけにどちらもバク宙を披露したのだ。優劣なんてつけられない。


 だけど──。


「……お前の勝ち、かな。日向に追いつこうと必死で頑張ってたし」


 こんな女を褒めるのは癪だが……。それでも認めるべきだと思った。

 単純に嬉しかったのだ。ホワイトケミカルの中では落ちこぼれだった月坂が、短期間で劇的な成長を見せたことが。


「……じゃあ、その。あっ、頭……」

「……あぁ」


 皆まで言わなくても、今だけは月坂の望むことはすぐ分かった。

 ちゃんと言えよ、なんて普段は言うけれど、どうせこの女はやって欲しいことや分かって欲しい気持ちなんて口に出さない。


 だから「お前みたいな無口陰キャの考えなんか、言われなくても分かる」なんて口走ったこともあったっけな。

 懐かしい言葉を思い出しながら、俺は一切の躊躇を見せることなく、月坂の頭にそっと手を乗せた。


「ありがとうな、頑張ってくれて」


 たくさんの意味を込めた感謝の言葉に対し、月坂はその意味を全て理解したように小さく頷いた。


 ○


「それじゃあ、私も行くね」

「あぁ」


 日向みたいに二軍メンバーたちの元へ向かう月坂を見送ると、今度は横から揶揄うような口ぶりが飛んできた。


「ひゅ〜、やってんねぇ〜二人ともぉ」

「……いつから見てたんですか」

「それはもう一部始終。たーっぷり見せて貰ったよ〜」

「…………」


 まさかあのやり取りを、よりによって小竹さんに見られていたとは。恥ずかしさのあまり死にそうだ。


「ねぇ、アルバイトくん」

「……なんですか」


 さっきまで揶揄うような口調が一変。

 悶える俺に、小竹さんは真面目なトーンでこんなことを聞いてきた。


「日向葵和子。……あの子は一体、何者なの?」

「何者って?」


 そりゃあ、いつも元気で誰に対しても明るく振る舞える、ちょっと調子に乗るとウザイことを除けば完璧なコミュ力オバケ、というのが俺の答えだが……。

 小竹さんの求める答えはそうじゃないと、何となく思った。


「俺の友達、ということしか分からないです」

「そっか」

「その日向が、どうしたんですか?」

「ううん、なんでもないわ♪」


 なぜか日向のことを探っているように見えた小竹さんの姿。


 あれほどまでの実力を持っていたのに、どうしてダンスの世界やアイドル業界で脚光を浴びなかったのか? どうしてホワイトケミカルはあのような人材を見つけられなかったのか?


 そこから来る疑い故の行動なのか。あるいは、何か理由があるのだろうか。

 とにかくあの後の小竹さんの言動は、どうも不可解だった。



【あとがき】


ここまでご覧いただき、ありがとうございます!!


明日で3章が終わります!

投稿は夕方に!!


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