第25話 許せない

「ワンツースリーフォーファイブシックスセブンエイッ!!」


 レッスンが始まった。

 凪夏子の動きに日向はすぐに追いついたが、他の全員は難しい振り付けを覚えることで精一杯だった。


「はぁ……、はぁ……」

「きついですぅ……」


 特に月坂とモコの疲弊具合はひどかった。顎下に集まった汗が、雫となってこぼれ落ちる。


「あれぇ? もうバテバテなのぉ~?」


 さっきの喧嘩が終わっていないせいか、日向が再び月坂に喧嘩をふっかける。


「はぁ……、あなた何者? ……人間?」

「いや人間だし」


 日向はそう言うが、月坂の思いも分かる。あのダンススキルと無尽蔵のスタミナは、もはや人間離れしていると言っても過言ではない。


「ねぇ、アンタ」

「月坂。月坂美弧乃」

「じゃあ月坂さん。ちょっと足広げて?」

「は? 一体なにがぁぁぁぁぁぁ!!!???」


 響き渡る絶叫。その主は足を広げた状態で背中を倒されていた。


「やっぱり! 月坂さん、柔軟性無さすぎでしょ!?」

「痛い痛い痛い痛い! ……ちょっとあなた、殺す気? それともさっきの仕返しのつもりなの? えっ?」

「被害妄想激しすぎ。アンタもしかして友達いないタイプでしょ?」

「いいえ、私は友達を作らないタイプよ」

「出た出た、負け惜しみ」

「っ、あなたねぇ……」

「あーもうやめろお前ら」


 なんだか俺と月坂の言い争いを傍から見てる気分だ。めちゃくちゃ止めにくい……。


「美弧乃ちゃーん、お仕事の時間だお〜……って、アンタたちも喧嘩?」


 ドアから小竹さんが顔を出したが、やはりこの二人を見てげんなりしている。

 そういえば今日の月坂は確か商品宣伝モデルの仕事だっけ。


「俺も行きます」

「あー、アルバイトくんはいいよ!! 美弧乃ちゃんはこっちに任せて!!」

「いや、でも一応担当のアイドルだし」

「担当なら他にも二人いるじゃない♪」

「いつの間にか増えてません!?」

「あっ、言ってなかったわね。まぁいいや、とにかく『モコきな』の二人をよろしくね~」


 親指を立てるとすぐに「あっ」と、ニヤリと笑みを浮かべる小竹さんが小声で耳打ちする。


「(もしかして今日、下着姿の美弧乃ちゃんが見たいのかにゃ?)」

「(……やめておきます)」


 別に元カノの下着姿とか興味ねぇし。マジで。


 ○


「ワンツースリーフォーファイブシックスセブンエイッ!!」


 何度目かの、凪夏子の元気なかけ声が響く。

 キュッキュッキュッと。床を擦るソールの音が、曲がアップテンポになるにつれて大きく、激しくなる。


「どう?」

「葵和子さん、カンペキっす!」


 葵和子が小さくガッツポーズ。動機が不純だったとはいえ、どうやらアイドルの世界にのめり込んでいるようだ。


「はぁ〜、葵和子ちゃんやっけ? ほんまダンスえげついなぁ〜」


 メンバーの一人が関西弁で日向に感心すると、もう一人は標準語で話しかけてきた。


「ホント。あんなハイレベルなダンスをすぐ身につけるなんてね。高校でダンス部だったんでしょ?」

「……あ〜、そう! だからダンスは得意なんだ♪」


 ニッコリ笑ってピースサイン。やっぱり日向は眩しいヤツだ。


「どうした、モコ?」


 対するモコは、なんだか表情が曇っていた。彼女の手にあるケータイの画面からは、ちらりとSNSのフォーマットが見えた。


「いえ、別に何も──」

「もしかして、エゴサで嫌なコメントでも見てしまったのか?」


 びくりと分かりやすく震えたモコ。観念したのか「はい……」と小さく頷き、参ったなと言いたげにえへへと笑う。


「『ダンスが下手くそ』って、また言われちゃいました」

「モコ……」

「もちろんファンの皆様からのありがたいメッセージもあって嬉しいんですけど。……やっぱり、こういうのはキツいなぁ、って」


 笑っているが、内心はかなり落ち込んでいるんだろうな。


「そうだね。アンチの言葉はたまにめちゃくちゃムカつくけど、あたしらを評価する意見はやっぱり刺さるよね……」


 メンバーの一人がそう言うと、同調して皆がしゅんと項垂れる。

 重い雰囲気だったが、それを切り裂くように関西弁の少女が声をあげる。


「別にみんなはええやん! ウチなんか見てみ!? コラ画像作られたりコメントをネットのおもちゃにされたりで、もう散々やで!?」


 見せられたのは、ダンスの中で切り取られた変顔で作られたコラの数々と、「尊すぎやろ……」と言いながら昇天したり、ドヤ顔で「その画像、保存させてもらうで!!」などといった迷言を放ったりしてる姿を切り取られた画像など、様々だった。


「あなたこそマシじゃない。いつもそれ見てゲラゲラ笑ってるんだし」

「いやまぁ……、ムカつく言うたら嘘になるけど……。でもさ、ウチの考えた掛け声までネタにするんは違うやろ!?」

「める、きっ、すぅー?」

「せや! これのどこがださいねん!!」

「いや、ださいでしょ……」

「なんやと!? ウチが三日かけて考えたのにぃー!」


 地団駄を踏む彼女をよそに、もう一人のメンバーが声を張り上げる。


「私はそれより、メルキスのアンチコメがマジで許せない!」


 怒りを剥き出しにしながら、過去に言われた悪口を読みあげる。


「『メルキスは一軍の下位互換』とか『一軍以外みんな消えろブス』とか『白雪ちゃん以外、全員ザコすぎて存在価値なし』とか!! こんなのマジで訴訟案件でしょ!?」

「せやせや!!」

「葵和子ちゃんも、そう思うでしょ!?」

「えっ? ……うん」

「凪夏子ちゃんも!」

「あっ、はい。……うぅっ」


 この言葉に、さっきまで元気だった日向と凪夏子までもが動揺してしまった。


 彼女たちは常に見られている存在。だからこそ周りの評価は気になるものだし、SNSのコメントから離れられない気持ちは分かる。

 けれど彼女たちは今、匿名の、自分たちのことを何も知らない人たちの言葉に踊らされている。

 それでも──。


「確かに、みんなの気持ちは分かるけどさ」


 この場にいないアイツなら、こう言うんだろうな。


「周りの評価ばかり気にするのは、プロ失格だと俺は思う」


 俺の言葉に、空気がしんと静まった。

 よくもまぁ、周りに共感することなくこんなことを言えたもんだ。

 ……一体、誰に当てられたのやら。


「……そう、だよね!!」


 思い空気を切り裂くように、日向が真っ先に立ち上がり、皆を鼓舞した。


「みんな、気にせず頑張ろう! それがプロだって言うんなら、そうなるべきだと思う!!」

「二人の言う通りだ、蛙ども!!」


 激励のバトンは、いつの間にかレッスンルームにいた真琴さんに引き継がれた。


「誰かと比べられた? 否定された? 悪口を言われた? そんなことを気にしてばっかりで夢を見ようなんて思ってんじゃねぇぞ!」


 怒鳴り声が、耳に痛い刺激を伝える。


「そんなの、アイツら一軍が立つリーグでは日常茶飯事だ! それでもアイツらは戦ってる! 笑顔を絶やさず、ファンの前で、憧憬として輝いている!! 夢を見るお前たちを、夢に見ているんだ!!」


 彼女の力強い主張に、メルキスの全員が真剣な表情を見せる。


「それなのに蛙のテメェらは、アタイ様は厳しい言葉にすぐグチグチ難癖をつけたり、無理だ無理だと泣き喚く」

「…………」

「だがアタイ様やお前らを支えるスタッフは、全員心を鬼にしてるんだ。どんな逆風に晒されても、光り輝くアイドルを生み出すために! たとえ心が傷もうが、泣き喚くお前らに同情しようと思ってもな!」


 だから真琴さんは、あそこまで厳しい言葉をかけるのか。


 しかしそんなことを全員が承知しているのか、ここにいる彼女たちは真剣な眼差しを真琴さんに向ける。


「だが周りの声は、アタイ様の言葉とは比にならないくらい厳しい。なんせその言葉に、愛も悪気も無いからな……」

「…………」

「だが彼女たちは、それでも光り輝くのだ! そんなこと、二軍のお前らなら分かるだろ!?」

「「「はい!」」」

「いいかお前ら、SNSなんか気にすんな!」

「「「「はい!!」」」」

「見たくなかったらSNSなんて開くな!!」

「「「「はい!!」」」」

「コラ画像上等! こっちから積極的に使ってやれ!!」

「はい!! ……って、なんでウチしか返事してないねん!!」


 周りが笑いに包まれる。さっきまでの表情が一切見られない。

 ……ただ一人を除いては。


「お前こそ、なに情けない顔してんだ! 凪夏子!!」

「はっ、はい! すみませんっす!!」


 勢いよく下げた頭を上げると、そこには先程の笑顔が戻っていた。


「みっ、みなさん! たくさん練習して、ファンのみなさんが『あっ』と驚くパフォーマンスを披露しましょう!!」

 右手をグーにして、凪夏子は言った。

「める、きっ、すぅー!!!!」

「「「める、きっ、すぅー!!!!」」」

「って、やめんかぁ!!!」


【あとがき】


ここまでご覧いただき、ありがとうございます!!


「明日も夕方に投稿させてもらうで!!」


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