第23話 鬼怒と衝撃と

「テスト、ですか……?」


 真琴さんの言葉を聞いてから、ずっとノリノリだった日向は少し萎れていた。証拠にアホ毛も垂れ下がっている。


「そうだ。期限は一週間。それまでにアタイ様が指定した曲と振り付けをマスターしてもらう。クソメ、ミュージック!!」

「……っ、なんで私が──」

「あ?」

「はひっ! ごめんなさい!!」


 そして小竹さんはいつの間にか真琴さんの奴隷になっている。これは面白いからしばらくこのままでいてくれ。


「なぁアンタ、アイドルとしての経験は?」

「…………」

「無い、か。まぁ精々、ティックトックやらショート動画で軽く踊ってみた程度の世界でダンスが上手い、井の中の蛙と言ったところか?」

「……いや、アタシは──」

「それで? たまたまここで踊ってみたら上手くいって、たまたま白雪やこのクソメに賞賛されて? 今絶賛、天狗になってるってところか?」


 小馬鹿にするような口調で真琴さんが言うと、


「──ふざけんな」


 彼女の怒気を孕んだその言葉に、全員が息を飲んだ。


「このクソメガネは、お前が『一軍に行ける』などとバカなことをほざいていやがった。しかしテメェみてぇな蛙に、一軍の世界を舐めてもらったら困るんだよ」


 腕を組み、キッと鋭く睨む真琴さん。

 一触即発の空気に、周りは小動物のように怯えていた。


「お前は知らねぇだろ? 一軍ってのがどれくらい崇高か? どれくらい多くのアイドルが、どれくらいの実力のアイドルが、どんな思いでそれに挑戦し、敗れて涙を流したか?」

「…………」

「アタイ様はなぁ、お前みたいな多くの屍を知らねぇ人間が『一軍に行ける』なんて言われてチヤホヤされてるのを見るとさぁ、……潰したくなるんだよ」


 ……くそっ、そんな言い方しなくていいだろ?


 動機が不純とはいえ、それでもせっかく日向が前向きに頑張ろうとしてるんだ。それなのに……。


 以前の自分では感じなかったであろう憤りが、頭を支配する。


 ……一体、誰に当てられたのやら。


 おかげで今は、あの人に何か言ってやらねぇと気が済まねぇ。

 拳をグッと握り、一歩前に出ようとしたその時だった。


「……ダメ」


 月坂に手首を掴まれ、俺は制止させられた。

 そこで俺は思った。

 友達の頑張る姿を否定されるってのは、こんなにもイライラするのだな、と。


「……っ。おい、まだ準備できてねぇのかよ!?」

「あーもううっさいわね! もう再生するから早く準備しなさいよ!」


 小竹さんのその言葉に、真琴さんはフッと笑った。


「無知で愚かな夢追い人に見せてやるよ。──この世界は、甘くねぇってことを」


 部屋の明かりが消えた。

 代わりに照らされたのは、白雪さんのステージで見たような、雪を溶かすような真っ赤な光。

 そして静寂に包まれた空間に、音楽が流れた。


『萌え萌え萌え〜! もえっと、プリティア〜♪』

「……は?」


 流れてきた曲は、日曜朝に放送している美少女戦士モノのオープニングテーマ。


 まさかこれが課題曲なのか?


 しかしそんなわけが無いと、そのイントロに頬を赤らめる真琴さんを見てすぐ分かった。


「……っ、てめぇ! これじゃねぇだろ! アホか!」

「はぁ!? どの曲か言えやボケ!!」


 あっ、奴隷がご主人様に逆らった。


「てめぇ、絶対分かってるだろ! 分かってて、わざとやっただろ!」

「ぷぷぷー! アンタがさっきからムカつくから、仕返しに幼女アニメも卒業できないお子様っぷりを見せてやっただけだし〜。私、悪くないし〜」

「ぐぬぬぬぬ……。あーもういい! どけ! アタイ様がやる!」


 シビレを切らした真琴さんは小竹さんを跳ね除けて準備を始める。

 曲のセット完了。鏡の前に立った瞬間、再び部屋が暗転する。

 そして真っ赤な光に照らされた瞬間、彼女の表情がパッと変わった──。


「「「「!!!!」」」」


 曲が始まると同時に、俺たちは真琴さんの姿に目を見開いた。


 いきなりアップテンポなイントロが流れた瞬間、怒りに満ちた表情がアイドルよろしく眩しい笑顔にスイッチしていたのだ。

 そして曲のテンポが上がると同時に、激しくキレのある動きが披露された。身体の動きはもう、何がなんだか分からない。

 分かるのはどれだけ激しく動いていても、身体と表情がブレていないこと、柔軟性が高いこと、そして足を動かすところはキレキレに、足を止めるところは、跳ねながらもずっと定位置をキープしていることの凄さだ。


 そしてこれら全ては、今の月坂やモコにとって圧倒的に欠如した部分だった。


「……すごい」


 真琴さんの動きに、さすがの日向も感心せざるを得なかったようだ。

 日向のダンスも綺麗だったが、鏡の前の彼女はそれをはるかに超越している。

 動きもそうだが、真琴さんに至ってはもう、その笑顔から歌声が聞こえてきそうだった。


 ──タンっ!!


 シメに着地音が柔らかく響き、決めポーズで終了。

 真琴さんはなんと、この場でを披露したのだ。


「以上だ。これを一週間にマスターしているか否かをテストする」


 こんなのをやれ、と? いくら日向とはいえど、あまりにも鬼畜すぎる。

 これにはさすがに小竹さんも割って入る。


「ちょっと、さすがにやりすぎじゃないの!?」

「お前が昔から甘いんだよ。これがアタイ様が求める一軍ユニットのダンスだ」


 折れる様子を見せない真琴さんと、納得しない小竹さん。

 二人の姉妹が火花を散らし、周りのギャラリーがレベルの高すぎる要求に納得がいかないためか、アイドルたちがかなりざわついている。


「ガチャガチャ騒ぐな未熟者が!!」

「いや、真琴先生、ちが──」

「いいか? 蛙ども。アタイ様はこのレベルを要求し続け、多くのアイドルたちはそれに挑戦して、泣きながら死んでいった」

「いや、あの、アレを見て──」

「だからといって、アタイ様はハードルを下げなかった。わんわん泣くアイドルたちに心を痛ませながらも、な。……だからムカつくんだよ。そんなアタイ様やアイドルたちを知らないお前みたいな蛙、いや、オタマジャクシが──」

「先生!」

「なんだ!?」


 真琴さんの怒鳴り声にビクッとしたアイドルの一人は、さっきまで差していた指をヒュっと引っ込めた。

 けれどその差していた方向から、


「うそっ……、葵和子ちゃん……?」

「お前……、アタイ様が一回しか披露してないのに……?」


 小竹さんや真琴さんだけじゃない。この場にいる全員が、葵和子の奇想天外な行動に目を大きく開いた。


「お前それ……、もう一回やってみ?」

「えっ? あぁ、はい」


 今度は音楽を流してみると、葵和子はいとも容易く踊ってみせた。最後のバク宙も完璧。バケモノすぎる……。


「なっ……、嘘だろ……」


 さっきまでの威勢が頭から抜けたように、真琴さんはガクンと膝を着いた。


「どうですか? アタシ、合格ですか!?」

「ごっ、合格だ……」


 その言葉を聞いた瞬間、ヒマワリの花が開くように葵和子が明るい笑顔を見せた。


「やったぁぁぁぁぁ!!! やったよ、翼ぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ちょっ、おい。抱きつくな。暑苦しい……」

「どうだった? 最高に萌えてたでしょ!?」

「あぁ、萌えた。萌えたから……」


 マジで離れてくれ。じゃないと、後ろで真琴さん以上の殺気を剥き出しにしてる元カノに殺されるから!



【あとがき】


ここまでご覧いただき、ありがとうございます!!


明日は1話投稿です……! 

投稿は夕方に!!


面白いと思った方、続きが気になる方は「いいね」や☆評価、当作品のフォローをよろしくお願いします!!

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