第22話 鬼が来たる
「改めまして、ダンスレッスンのトレーナーを努めさせていただきます! アンメルティ・スノウ所属! 曲作りが大好きな17歳リトルガール、桐蔭寺白雪です!!」
「はい! 東京総合大学文学部三年の日向葵和子です! 本日はよろしくお願いします!!」
ライブさながらの挨拶を披露する白雪さん。対する日向は、まるで面接みたいな挨拶だ。別に大学と学部名は名乗らなくていいだろ。
「白雪先生! さっそくですが質問です!」
「はい、なんでしょう?」
「アタシが今着ている、サッカーのユニフォームみたいなやつはなんですか!? 実はサッカーチームもあるんですか!?」
「いえ、こちらはワタシたちを応援するためのTシャツです。レッスン着としても使えますよ♪」
例の白いTシャツを着る日向は、やけに胸の大きさがはっきりしていた。
おそらくこの場の誰よりも大きい。
確かEくらいって自称してて「Eカップ以上は可愛いブラが無いから嫌だ」って文句言ってたっけ? てか、なんで俺がそんなこと知ってるんだよ。
「……変態」
月坂さん違うんです。断じて、女友達の胸に興奮なんかしてないですから。
「それでは早速やってみましょう! まずはワタシがお手本を何回かお見せしますので、踊れそうなら一緒に踊ってみてください!」
「わかりました!」
音楽が流れると、まずは白雪さんが軽快なダンスを披露した。
ワンツースリーフォー、ファイブシックスセブンエイト。
ワンツースリーフォー、ファイブシックスセブンエイト。
まずは一周、二周、日向がじっくり観察していると、ついに三周目で動き出す!
「ワンツースリーフォー、ファイブシックスセブンエイッ!」
「……ワンツースリーフォー、ファイブシックスセブンエイッ」
日向が、トップアイドルの動きに付いていっている。
それだけでも驚きなのに、日向はほんの二回くらいしか見ていない振り付けを間違えることなくキレッキレに踊っているのだ。
しかも目線の先は、鏡に映る自分自身。
一緒に踊る白雪さんの動きを見る素振りは一切見せなかったのだ。
「「「おぉぉぉぉ…………」」」
周りのギャラリーが日向に拍手を送る。
その中にはモコもいるのだが、月坂はいない。めちゃくちゃ悔しそうに表情を歪ませている。
「ワンツースリーフォー、ファイブシックスセブンエイッ!」
今度は振り付けを少し変えてきた。
けれど日向はチラリと白雪さんを見ただけで、それをすぐトレースさせた。
「グレイト! スゴいです!」
曲が止まると、白雪さん含む全員が拍手を鳴らした。
中にはパッと明るい表情を見せる子がいたり、口をあんぐり開いたまま塞がらない子もいたり。反応は様々だったが、そのほとんどは日向を賞賛するものだった。
「昔、何かされていたのですか?」
「うん! 実はアタシ、小さい頃からダンスやっててさ! 高校の時も……、ダンス部に入ってて!!」
「ダンスの部活ですか! 素晴らしいです!!」
一瞬だけ言葉を詰まらせる日向。大した理由は無いと思うが、その行動が少しだけ引っかかった。
まぁ、今は関係ないだろう。
「それにしても日向さんは元気いっぱいですね!」
「えへへぇ〜、アタシ、元気と色気だけが取り柄だからね!」
「色気……?」
「──あとでお姉さんがじっくり教えてあげる」
「ひゃっ……!? いえ、それは……」
「おい、そういうのはやめろ」
世界遺産を気安くからかう日向を制止すべく、服を掴んで遠ざける。
唐突に耳元でささやいてやるな。怖いわ。
あと顔真っ赤なの可愛いぞ、白雪さん。
「そろそろ私もお話に混ざりたいんだけど?」
「小竹さん!?」「プロデューサー!?」
俺の後方に立つ小竹さんに驚き──呼び方は違えど──俺と白雪さんの声は思わず重なった。
「さっきぶりだね、日向葵和子ちゃん♪」
「あっ、先程のインターンシップ担当の方ですか? 本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました!」
「いいよ、そんな
頭を上げて、と小竹さんが促すと、胸のポケットから名刺を取り出した。
「改めまして、人事部の企画推進人材育成開発課の一員として、彼女たちアイドルのプロデューサーを務めております。小竹と申します」
「よっ、よろしくお願いします!」
名刺を受け取った日向に「それ見せて」と伝える。
不思議な名刺だ、と思った。
まさか名前の部分に『小竹』という苗字しか書いていないとは。そういうのもアリなのか。
「葵和子ちゃんのダンス、ずっと見てたわ。まさかあなたにあんな特技があったなんてね」
「えへへぇ〜、どうもぉ〜」
「もういっそ本番の採用面接で踊ってくれたら私、その場で『採用!!』って言っちゃうかも!」
「そんな、ダンスだけで決められたら困りますよ〜」
「っははは! 冗談冗談!!」
そりゃダンスが上手いだけで正社員の採用は無理だろ。
それで採用されるなら、俺もピアノじゃなくてダンスをやっておけばよかったと思うじゃないか。いや、違うか。
「まぁ、正社員の採用ならば、の話だけど」
「へっ?」
ニヤリと笑う小竹さん。その後の言葉を想像するのは容易だった。
いやいや、まさか……?
「日向さん、アイドル始めてみない?」
やっぱりか。
これは俺やこの場にいるアイドルたちの想定内だった。周りの子たちも納得するように頷いている。
だがしかし、だ。
「アタシが……、アイ、ドル? ……って、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!????」
突然のスカウトに驚愕した日向の叫び声が、レッスンルームの壁を何度も反射した。
「じょじょじょ、ジョーダンですよね!? だってアタシなんか、ただダンスが上手いだけですよ!?」
「いやいや、そのダンスが私たちホワイトケミカルの運命を左右すると言っても過言じゃないのよ! だからアイドルになって!」
「いやいやいやいや、それでもアタシ──」
「年俸2000万」
「にっ、にせんまん……」
「しかもウチには家賃がタダの女子寮があって、食事はプロの栄養士さんとシェフが毎日美味しくて健康的な料理を提供してくれるし、大浴場とサウナ、さらにはマッサージつきで、ベッドはアイドルちゃんたちのことを考えて、全部オーダーメイドなんだけど……、どう?」
「家賃タダ、シェフ、サウナ、オーダーメイドぉぉぉぉ??」
悪徳商人みたいな顔をする小竹さんに、日向の心がどんどん吸い寄せられていく。
いかん、完全に金とサービスに釣られてやがる! その証拠に、目に¥のマークが丸見えだ。日向にアイドルへの興味が微塵も感じられない!
……コイツ、俺と思考パターン似てるからなぁ。
何かのプロになりたいと意気込んでいた日向だったが、もしかしてホワイトケミカルに惹かれた理由も俺と同じ不純なものなのでは? と邪推する自分がいた。
「わかりました! アタシ、ここでアイドルとして働きます!!」
欲望に支配された日向は、小竹さんと硬い握手を交わした。
日向、キリッとしてるけど全然かっこよくないぞ。
「ホント! 嬉しい! 一緒にアイドルの頂点目指して頑張ろうね!!」
「はい!!」
これにて不純すぎるアイドルの誕生、か。
……あれ? そういえば小竹さんって──。
「おいクソメ、何をしている」
俺の背後で、レッスンルームの扉がドンと開く音が響いた。
「げっ……、姉御が出た……」
現れたのは、小竹さんと瓜二つの顔に眼鏡を外した黒髪ショートのお姉さん。例の白いTシャツを身にまとっているのを見る限り、アイドル事業の関係者みたいだ。
「お前というやつはテストも無しでアイドルをボカスカ増やそうとしやがって……!」
「いだいいだいいだぁい! 頬を引っ張らないで!!」
「うるさい! お前だけの権限でアイドルの加入を許せないのを知ってるくせに! そうやって周りを見ず後先考えずに行動するお前が嫌いなんだよ! それにこの前だって──」
「あーもうあれはマジでごめんだって!!」
「あと先月の五万円返せ泥棒!」
「……五万円? はて、何のことかにゃ?」
「……っ、テメェがパチンコと競馬のやりすぎで金が無くなったって言うから貸したんだろうがボケ、そのメガネかち割るぞ!?」
その姉御さんから、どんどん小竹さんのダメな部分が明かされる。
とんでもない人をプロデューサーに採用したんだな、この会社は。
「だってこの子、ダンスがめちゃくちゃ上手いんだもん! 一軍ユニットに間違いなく参加できるレベルなんだよ!?」
「「「一軍!?」」」
今度は月坂、モコ、俺の三人で声が重なった。
「ふーん、なるほどねぇ……」
「えっと……、アタシ、そんなにすごいですか?」
また何かやっちゃいました? と言いそうな主人公みたいに頬をかく日向。
そんな彼女を見て、姉御さんはニヤリと笑う。
「分かった。ならばこのアタイ様がお前をテストしてやろう」
「テスト、ですか?」
「そう。お前をアイドルにふさわしいか、一軍ユニットとして『i・リーグ』のステージに立てるか否かを見極めてやる」
とんでもない急展開だ。まさか日向が一軍ユニットにいきなり参加できる可能性が出てきたとは。
てか姉御さんこそ、そんなことを決められる権限あるのかよ。
そう思っていたが、彼女が何者か告げることですぐに納得させられた。
「改めて、アタイ様は
【あとがき】
ここまでご覧いただき、ありがとうございます!!
次回は「こういうことがあるから、現実って怖いよね」というお話です。
明日は1話投稿です……!
投稿は夕方に!!
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