第21話 向日葵と白雪と

 なんで日向がここにいるんだ!?


 レッスンルーム前でキレッキレに踊っていた謎のスーツ女に話しかけてから、俺の頭はずっと混乱していた。


「なんで日向がここにいるんだ!?」


 思っていたことを、今度は口から吐き出した。


「えっと……、実は今日、ここのインターンシップに参加してて、それでたまたま翼を見つけて尾行してたら、つい……」


 気まずそうに、えへへと笑う日向。

 そういえば一社だけインターンシップに参加するってこの前言ってたな。

 それがまさか、ホワイトケミカルだったなんて……。


「てか、翼こそなんでここにいるの!? もしかしてアタシのこと尾行してた!?」

「しっ、してねぇよ!」

「じゃあなんでここにいるの!?」

「うぐっ……」


 そりゃそうなるよな!

 突然飛んできた、当然の質問に俺は怯む。


 この前は見栄を張って、化粧品事業に携わってるだなんて嘘をついてしまったんだが……。これ、どうしたらいい!?


 せっかくだし『尾行してた』ことにしても良かったが、反射的に否定してしまった以上、もうその手は使えない。

 とりあえず何か言わねば。とはいえ焦って脳のデータ整理は追いついていない。それでもなんとか言葉を絞り出してみるが、


「えっ、えっと、実は──」

「この方はわたしたちのマネ──」

「あー違う違う! 実は俺もアイドルたちのマネして踊る練習してんだよ!」


 ぴょいと俺の前に立ったモコをがっちりホールドして口を塞ぐ。


「で、俺たち三人でユニット組んでるんだよ! コピーダンスユニット!! な? な!?」

「(ちょっと!)」


 俺の嘘に納得できないのか、月坂が小声で話しかけてきた。


「(なんだよ)」

「(なんだよ、じゃないわよ。いつあなたと私たちがそんな気持ち悪いユニットを組んだのよ!! てか、あの子誰?)」

「(大学の友達だ。てか、そんなことより話合わせろよ。これだから友達少ないんだよ)」

「(……っ、あなたって人はぁぁぁぁ)」


 しまった。今は月坂と言い争いをしている場合じゃない。

 俺は改めて日向に視線を戻す。


「──ということなんだ、日向! だから、これから応援よろしくな!!」

「へーすごいねー。……って、なるわけないじゃん!!」

「ごめんなさい!」


 ですよね、うん。知ってた。

 嘘をつくのが下手くそな自分を省みるよりも先に、俺は全てを日向に打ち明けた。


「……実は俺、ここに所属するアイドルのマネージャーを務めることになったんだ」

「…………」


 空気がずんと重い。喉元がじんじん痛む。


「化粧品事業に携わってるって言ったのは嘘だったんだ。どうしても日向を心配させたくなくて、というか見栄を張りたくなって……」


 まるでこの場から逃げ去りたいと思うように、口が速く走る。その場しのぎの言葉が溢れてくる。

 とりあえず何か言えば、何か納得させられる言葉を伝えれば許してくれるだろうなんて考えているのだろうか?

 だけどそんなことをしても無駄だろうと、暗くなっていく日向の表情を見て思った。


「……ごめん」


 そしてこの言葉に行き着いた。

 許してもらおうなんて軽い気持ちで発したものじゃない。

 ただ、今の俺にはこの言葉しか出せなかったのだ。


「……許さない。翼、アタシに嘘ついたし」


 今まで何でも偽りなく打ち明け合ってきた仲だったからだろうか。

 初めての嘘にショックを受けた日向は、ずっと俯いていた。


「本当にごめん! 悪気は無かったんだ!!」

「絶交」

「てか俺、この仕事が上手くいったら正社員になれるって話しただろ? だからお前についた嘘は、これから本当になるというか、なんというか──」

「うるさい。話しかけないで」

「……今度、焼肉奢るから」

「許す」


 えっ?


「……許す?」

「うん、許す」


 いや、許すのかよ。もうちょっと貫けよ。……それはそれで困るけど。


「ずるい、私も」

「アルバイトさん、わたしも!」

「おい」


 お前らは関係ないだろ。金欠のアルバイトを殺す気か!!


「じゃあ、ワタシも♪」

「いや、だから便乗するな……って、白雪さん!?」

「ふふっ、こんにちは♪」


 レッスンルームから、絶世の白肌女神が笑顔で手を振りながら降臨なさった。


「あっ、ちなみに今のはジョークですよ?」

「ですよね〜」


 いや、白雪さんにだけならワンチャン奢っても良かったな。


「あっ、お前らもジョークだよな?」

「…………」

「…………」


 おい、目背けずになんか言えや。このドS嬢とロリガキ。


「それはそうと、アル・バイトさんのお友達さん」

「アタシ、ですか?」

「はい! 先程のダンス、とってもキューティでビューティフルでした!!」


 白雪さんは目を輝かせて、機嫌が直った日向に拍手を送る。トップアイドルの一人を褒めさせるとは、とんでもない実力の持ち主だ。


 確かに俺も日向のダンスを見ていたが、間違いなく素人のレベルではなかった。


 手足だけでなく、身体全体で振り付けを繊細にアウトプットする動き。一切のブレがない身体の軸。そしてそれらを見せながら、ファンの前で踊るアイドルのように笑顔を振りまく姿。

 これらの要素は並外れたものを感じたが、まさか白雪さんが賞賛するくらいのものだったとは……。


「それで、もしお時間があれば──」


 そんな日向に、突然の提案が投げかけられた。


「今からワタシと、レッスンしてみませんか?」



【あとがき】


ここまでご覧いただき、ありがとうございます!!

突如アイドルブースに紛れ込んだ一般就活生Hが、まさかのトップアイドルとレッスンすることに……!?

明日は1話投稿です……! 

投稿は夕方に!!


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