第3章
第18話 プロフェッショナル
「それでは、翼の新たな門出にカンパーイ♪」
「乾杯」
カチン、と。
俺は
お互いにグイッと飲み込み、ぷはーっと大きく息を吐く。
訪れた先は、大学近くの串カツ専門店。
とりあえず行き先に迷えば、いつも「ここで良くね?」という結論に落ち着く場所だ。ちなみに以前、就活を辞めた宣言をしたのもこのお店だ。
「ねぇねぇ、どう!? この衣装!!」
まるでオシャレな一張羅を見せるように日向は言うが、別にそんなことを言えるような服装ではない。
今日の日向は、オフィスレディよろしくスーツ姿だ。
「今日は就活か?」
「そうそう、就活! 今日は企業の説明会だったんだ〜」
そういえばコイツも就活の時期か。
相変わらずぴょんぴょん跳ねるアホ毛を見て、俺は思う。
ちなみに日向は俺や月坂と同じ22歳だが、一年浪人して大学に入ったので、一学年下の後輩ということになる。
だからといって、可愛げのある後輩だなんて一度も思ったことがないけどな。
「で? 就活は順調か?」
「いやいや全然。やっと行きたい企業が一つ見つかったくらい。それで今度、その企業のインターンシップに参加するの」
「ほぉん。めちゃくちゃ順調じゃないか」
「うそ、マジ!?」
「あぁ、マジだ」
俺のその言葉が嬉しかったのか、日向はアホ毛と同じように口調をぴょんぴょん弾ませる。
「いやいやそんなことより! 見て? アタシのリクルートスーツ姿! どう? このアタシが真面目なリクルートスーツ姿だよ? なんかギャップで
「萌えねぇよ。スーツ燃やすぞ」
「いや、
互いに気兼ねなく思ったことを何でも口に出す。何でも本音で話し合う。
俺たちは、知り合った頃からずっとそんな間柄だ。
「そういえば、翼」
話題を変えるべく、日向はビールを口に含む。俺もそれに倣ってビールを飲んだ。
「アルバイトはどう? 楽しい?」
「ん? ……あぁ、まぁボチボチだ。ある程度は事業に携われたし、大学で学んだ知識も活かせられそうだし良かったよ」
日向の問いに平然とペラペラ返したが、もちろん全て嘘だ。
大手の化粧品会社に入ったと思ったら、そこでアイドルのマネージャーさせられるわ、そこで険悪な元カノと再会したわ、その元カノをドSアイドルに魔改造してやったわ、なんて言えないのもあるが。
それよりも、つい見栄を張りたいと思ってしまった。
……一体、誰に当てられたのやら。
「へぇ〜、やっぱりかっこいいね翼は。大学で学んだ知識活かせるとか、もうその道のプロじゃん。プロになるために大学入ったみたいじゃん」
「いや、そういうもんだろ大学ってのは」
まさにその通りだよ、まったく。どの口が言ってるんだ、俺。
「まぁ、そうだけどさ……」
さっきまで楽しそうだった日向が突然、
しっとりとした声に連動して、アホ毛が垂れ下がる。
「なんかそういう実感がないんだよね。浪人してまで大学入ったけど、結局手に入ったのは学歴と、ただ遊ぶだけのモラトリアムだけ」
どこか自嘲するような笑みを見せ、日向はローテンションのまま淡々と続ける。
「アタシ、昔から大きな夢とか無くてさ。『第一志望に受かる!』とか『部活で〇〇を目指す!』とかいう目標はあるけど、全部手に届きそうなものばかり。浪人した時も志望校を上げることも下げることもせず頑張って、そして今いる志望校に合格したけど……、その先の目標が無いの」
……確かに、俺もそうだったな。
日向ほど目標に向かってひたむきに頑張った記憶は無かったが、俺も考え方は同じだった。
偉人たちの大きな夢は全部、いくつもの目標を達成した先で得られたもので、きっとアイドルになる夢を叶えた月坂も同じなのだろう。
だが大きな夢が無い俺や日向のような人間は、立てた目標の先に何も無い。
というか終着点が無いから、何も道を作らない。作れないのだ。
俺は別にそれでもいいやと思って生きてきた。
今までの俺は、人生どうにかなるだろう、なんて適当なことを考えていたからな。
けれど、目の前の彼女は違うらしい。
シャツのボタンが取れそうになるくらい胸を張って、日向は大きな目標を掲げた。
「だからアタシ、今度こそは何かのプロになりたいの。大きな夢や野望をいつも持ってて、それを全部叶えるの!」
今日の日向は、いつにも増して目が本気だった。
あの大きなステージに立ちたいと願った、いつかの誰かさんみたいに。
「だけど何のプロになればいいか分からない。この先は何者になっているか分からない。だから就活を頑張ろうって思ったの。色んな業界や企業を見て『この道のプロになりたい!』と思える世界を見つけたいと思ったの!」
聞いたか? 日向の言葉。
感じたか? 日向の本気。
楽に生きたいと思って就活をしていた自分がバカみたいだと思いたくなる。思ってないけど。
「もちろん! 彼氏の条件も妥協なし!! 絶対、20代で年収3000万円も稼ぐスーパーエリートなのにも関わらず、家事や洗濯、子育てにも笑顔で協力してくれる超絶爽やかイケメンと付き合うから!!」
……いや、それは諦めた方がいいと思うぞ?
しかしそんなことを、目をキラキラさせている日向の前で言うことができなかった。
「……って、今更すぎるよね? さすがに」
照れくさそうに、日向はえへへと笑う。
確かに同感だ。
俺たちがそんなことを思うのは、確かに遅いのかもしれない。
だけど、俺は思う。
「そんなことねぇよ」
「翼……?」
なんでここで優しくするの? と言いたげに戸惑う日向。
まぁ確かにいつもの俺なら「本当に今更だな」と嘲笑ってそうだが、どうもそんな気にはなれなかった。
「今更とか気にすんな。お前は眩しい瞳で高い理想を目指して走ろうとしてるし、かなり立派だ」
酒に酔ったせいか、それとも誰かに当てられたせいか、ちょっとキザな言葉が自然と口から出てしまっていた。
「夢を見たいと思うことに、早いも遅いも無い。自分の未来に蓋をするべきじゃない。今じゃ80歳のおばあちゃんがプログラマーとして一躍有名になる時代だぞ? そんな中で『今更』も何もねぇよ」
「自分の未来に蓋をするべきじゃない、か……」
「あぁ、だから頑張れ」
「翼……。うん、アタシ頑張る!」
そう言って日向は両手をグッと握り、ムンっと意気込んだ。
「でもやっぱり、今更だと思うよ! だってアタシが早いうちから勉強頑張ったらハーバードに行けたかもしれないし、野球を頑張ってたらオータニ選手みたいに二刀流になってたかもしれないんだよ!?」
「いや、確かにそうだけどさ……」
だとしても、頑張った先のゴールが異次元すぎるだろ……。発想が小学生かよ。
「あーあ! 何で今更こんな気持ちになったんだろう! 中学や高校の時にそういうこと思ってたら……」
どこか後悔するように、けれども開き直ったかのように日向は言う。
「──もしかしたら今頃、アイドルになってたかもしれないのに」
「ブフォっっ!!!!」
突然の発言にびっくりし、口に含んでいたビールを吐き出してしまった。
「ア゛イ゛ド゛ル゛だ゛ぁ゛?゛ ……ゲホッ、ゲホッ。やめとけやめとけ」
「あははは!! 冗談だし!! アタシがアイドル? 無理無理!! お酒のせいで頭が湧いちゃってたのかもね!?」
可愛いアイドルとは到底思えないくらいゲラゲラ笑う日向。
でも、と。ニヤリと笑った日向が、赤くなった顔を寄せてきた。
「アタシがアイドルって、……なんか萌えない?」
「……バカ言え」
衣装燃やすぞ。
いつものように悪口で返そうと思ったが、不覚にも一瞬だけ想像してしまったせいで言えなかった。
【あとがき】
ここまでご覧いただき、ありがとうございます!!
明日は2話投稿どす! 投稿はお昼に!!
面白いと思った方、続きが気になる方は「いいね」や☆評価、当作品のフォローをよろしくお願いします!!
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