第14話 ともだち

「やっぱりi・リーグは推しの白雪ちゃんしか勝たんでしょ!!」 

「月坂さん、本当に白雪さんが大好きなんですね!!」

「えぇ! 今思えば、あの子と同じチームだなんて本当に最高だわ!! あっ、そうそう! この前、白雪ちゃんと一緒にレッスンできたの、マジで良かったわよね!!」

「激しく同意です!!」

「白雪ちゃん、マジで可愛すぎて途中で鼻血が出そうだったわぁ〜」

「わたしもです! あの人の声聞いてたら、脳がおかしくなりそうでしたもん!! あっ、そういえばその日、白雪さんの二酸化炭素集めたんですよ! おすそ分けしましょうか?」

「いえ、それは要らないわ……」


 帰りの車内にて、後部座席では白熱した早口オタクトークが展開されていた。

 リーグのこと。アイドルのこと。白雪さんのことから始まった彼女たちの会話はどんどん発展していき、しまいには白雪さんの好きな身体の一部について語り合っていた。ヤバすぎ。

 あっ、ちなみに俺は、白雪さんの割と控えめなお胸が好きです。


 ──そういえば。

 ふと、収録の時のことを思い出す。


『いやぁすごいね、あの子。美弧乃ちゃんだっけ? 最初は無名なあの子が入ってきてどうなることかと思ったけど。モコちゃんとのトークと、美弧乃ちゃんのルックスがファンに大人気みたいで"最高"だったよ!』


 撮れ高もバッチリと、監督さんはえらく月坂を賞賛していた。

 実際に月坂はその賞賛に値するパフォーマンスを見せていて、特にトークでハキハキと話す姿は本当に見違えたと思っている。

 離れ離れになるまでに、一度も見せなかった姿だった。

 きっと、アイドルの経験の賜物なのだろうか?


「良かったですね、小竹さん。生配信が上手くいったみたいで」

「まぁね、ちょっと二人のトークがヒートアップしすぎたせいで、視聴者が置いてきぼりになってないか不安だけど?」

「一理ありますね」


 そうは言うが、俺も小竹さんも、今回の結果は期待以上のものだと評価した。

 結果として、月坂とモコは生配信で緊張して失敗するなんてことは無かった。

 もちろん月坂は始めに緊張していたが、共演者の人たちに優しくフォローしてもらったり、モコのトークとテンションに乗せられたりしたおかげで、元気な姿を最後までカメラに向けることができた。

 いや、むしろ元気すぎて正直怖かった。

 だってコイツら、いきなり変な声出して悶絶したり、UO折って振り回し出すんだもん。厄介オタクは配信するなよ。


「そうだ、今度よかったら『i・ライブ』の本選見に行かない!? 白雪ちゃん並に可愛い推しがいるんだけど!!」

「いいですね! 是非ご一緒させてください!!」


 今まで見せていた硬い笑顔が、恐怖に怯えていた姿が嘘みたいだ。

 後部座席で楽しそうに笑う月坂を見て、俺は思った。


「えへへ、なんだかわたしたち仲良くなれそうですね!?」

「ううん。もう十分仲良しでしょ? ほら、ぎゅーっ!!!」

「わたしも、ぎゅーっ!!!」


 久しぶりに月坂が他の子とイチャイチャしている姿を見せたところで、モコは月坂や俺たちにこんな提案をしてきた。


「そうだ! 今度のライブでユニット組んでみませんか!?」

「ユニット!? そんな、メルキスのモコちゃんとユニットだなんて恐れ多いわ!!」


 モコをぎゅっと抱き締めていた月坂が、バッと彼女からすぐに離れた。


 ……月坂の気持ちは痛いほど分かる。


 なんたって相手はメルキスこと『メルティーキッス』、ホワイトケミカルの二軍ユニットだ。

 いくら9つも歳下とはいえ、自分は三軍ユニットのセンターにも立てない存在。

 だからこそ『恐れ多い』という表現が自然と出たのだろう。


「いいんじゃないの? 二人の知名度は今回の配信でグンと伸びてるだろうし♪」

「俺も同感」


 それでも、俺も小竹さんも、モコの提案に前向きだった。


「モコちゃんともう一人は誰だ?」から始まった配信のコメントは、最終的にこの二人を好評価するものばっかりになったからな。きっとこのオタク二人が好きになったファンもいるだろう。


 それに相手は二軍ユニット様だ。i・リーグのステージに最も近い存在だ。

 アイツの目指す舞台に最も近い存在からの貴重なお誘いなんだから、逃す訳にはいかないだろ。


「で、でも……」


 また『モコちゃんに迷惑かけるかも』って聞こえてきそうだ。


 ……まぁ無理もないか。


 生配信は二人のオタクトークで強引に乗り切れたところがあるかもしれないが、ステージは別だ。

 きっと実力差が目に見えてしまうから、ユニットのバランスは最悪になりかねない。

 重い口で、月坂は胸の内に秘めた不安を打ち明ける。


「私、歌しか自信ないし。モコちゃんみたいに、アイドルらしく振る舞えないし……」


 手の上に置いた拳をキュッと握る。

 本当はユニットを組みたいけど、自分が彼女の隣に相応しくないことが悔しくてたまらないのだろう。


「大丈夫ですよ! !!」


 固くなった拳を、モコは小さな手で優しく包み込む。


「美弧乃さんの歌があれば、絶対に上手くいきますよ!!」

「でも、それだけじゃ──」

「それにアイドルらしい振る舞いは、このわたしがみっちり指導してあげますから!!」


 頼もしいことを言ってくれる子だ。去年までランドセルを背負っていた女の子とは到底思えないな。

 でも、それじゃあ月坂は反応してくれない。残念だけど。

 だからこそ、俺はこう言った。


「その必要はないぞ、モコ」

「でも──」

「大丈夫。レッスンが証明してくれるから」


 そうは言うが、それでもモコは俺の言葉が信じられないらしい。

 仕方ない。百聞は一見にしかずだ。


「小竹さん、レッスンルームの予約と二人のユニットを披露する舞台、お願いできますか?」

「かしこまりー!」


 車がエンジンを吹かせて加速する。

 向かう先は社内アイドル棟か、はたまたその先の夢か。そこまでの険しい道のりか。

 そんな車に、いつの間にか安全思考の俺が乗っている。

 ただ、目的を達成して幸せなホワイト企業ライフを送るためだけに。

 それなのに、どこかワクワクしているような気もしている。


 ……一体、誰に当てられたのやら。


 だけど、気分は悪くなかった。



【あとがき】


本日も2話投稿させていただきます。

次回更新は本日の19時頃です!

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