第13話 咲良モコ
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咲良モコ。
13歳。東京総合大学附属中学校の一年生。
ホワイトケミカル二軍ユニット『メルティーキッス』所属。
身長142センチ。体重35キロ。
新潟県出身。名俳優、
かつては、天才子役として一躍有名になったことがある。
アイドルへの憧れは尋常ではなく、アイドルになる前からキャラ作りを徹底しており、アイドルらしい挨拶も考えている。
趣味 : アイドル鑑賞。
〇
これが、小竹さんに紹介した一人のアイドルの詳細である。
まさかここで小竹さんに出されたミッションが活きることになるとは。
「なるほど、モコちゃんならアイドル好きの美弧乃ちゃんと意気投合しやすくて、美弧乃ちゃんの『アイドルらしさ』を伸ばしてくれる良きライバルになる、というわけね」
「その通りです」
ここは広くて大きいアイドル業界。
いくら大勢の相手を押しのけて上を目指そうと考えたって、その相手のほとんどは月坂にとって無関心だろう。
勉強ができるようになりたいけど、別に仲良くも無い相手と張り合う気になれない、ということだ。
だったら小さい領域でライバルを見つけて、互いに切磋琢磨する方が月坂には効果的だと考えた。
「なるほどね。ならばこの小竹プロデューサーが、とっておきの仕事を用意してあげよう!!」
「感謝します」
〇
「は、はじめまして。すっ、スノウ・ウィングの月坂です」
数日後、今年で22歳になる月坂美弧乃お姉さんは、9歳も歳下の少女相手にガチガチだった。
「こちらこそはじめまして! メルキスこと、『メルティーキッス』の咲良モコです!! 本日はよろしくお願いします!!」
対する少女はアンダーツインテールをひょこひょこ跳ねさせて、ハキハキとした口調で、元気にかつ丁寧に挨拶をする。
「アルバイトさんもよろしくお願いします! あっ、わたしのことは『モコ』って呼んでくれると嬉しいです!」
「分かった。よろしく、モコ」
距離を気軽に近づけてくれる人懐っこい一面を強く見せてくれたモコ。
この性格があれば、きっと根が陰キャの月坂とスムーズに会話を進めてくれるだろう。
てか、この子にも俺のあだ名が広がってる……。
「そういえば、お二人は幼なじみだと聞きました。幼なじみがアイドルとマネージャーになるなんて、運命ですね!!」
しかも俺と月坂の関係まで……。これ絶対に小竹さんの仕業だろ。
一瞬ドキリとしたが、別に付き合っていたことがバレたわけではない。俺は改めて平然と振る舞う。
「いやいや、どう足掻いても縁が切れないと思うと、気分は最悪だぞ?」
「いえいえ、きっと神さまは二人をずーっと仲良しにしたいんですよ!」
「バカ言え。神様はこの無愛想な凶暴女とくっつけて、俺をいじめようとしてるんだよ」
いつものように月坂に喧嘩を売ってみたが、今日は反応してくれない。反応してくれるのは、俺の悪口に微笑んでくれるモコだけだった。
「そうだ月坂さん! 今日のようなお仕事は初めてですよね? でも安心してください! この咲良モコが、月坂さんをしっかりサポートしますから!!」
さすが子役経験者。新人アイドルとはいえ、業界での仕事は慣れっこなのだろう。
手のひらに何度も『人の字』を書いて飲み込む月坂に、モコはちょんちょんと指で肩を叩く。
「聞いてますか? 月坂さん」
「はっ、はひっ! よっ、よろしくお願いします!」
「もうっ、そんなに堅くならないでください! これからお仕事なんですから! ほらっ、スマイルスマイルですよ♪」
「すっ、すまいる、しゅまいる……」
人差し指を頬に当ててパッと笑う彼女に従って月坂も笑ってみせる。しかし口角が変に歪んでいて、口元はぷるぷる震えている。
やっぱりまだ緊張しているみたいだ。これは何とかしなきゃいけないな。
しかし俺は、車の助手席に座らざるを得なかった。
本当は三人並んで後部座席に座りたかったが、車の大きさの都合上、二人が限界だ。
「ごめんね、大きい車用意できなくて」
「いえ、仕方ないですよ」
全く会話をしない二人に聞こえないよう、俺と小竹さんは小声でやり取りをしていた。
月坂は車窓からの景色を見上げ、モコは楽しげに鼻歌を奏でている。
「アルバイトくん、この位置からでもいいから話題振ってあげたら?」
「そうですね。このままじゃ埒が明かないですからね」
ここは俺の出番か。
首を後ろに向けて話そうとしたが、それより先にモコが明るく口を開いた。
「月坂さん! 今日のお仕事、とっても楽しみですね!!」
「えぇ、そうね」
対する月坂は、緊張のせいか塩対応だ。
それでもモコは、パッと笑いながら話を続ける。
「だって今日はアイチューブの配信イベントですよ! わたしたち二人が『i・リーグ』の魅力を解説するんですよ!! 月坂さん、一緒に頑張りましょう!!」
「えぇ、そうね」
「ところで、月坂さんはリーグのアイドルで誰が好きですか!?」
よし、この話題は月坂が食いつくやつだ!!
言葉のキャッチボール的にはナイスボールだ!!
「えぇ、そうね」
「月坂さん??」
ダメだコイツ。いつの間にか『えぇ、そうねbot』になってやがる。
言葉のキャッチボール末期だろ。受け取ったボール間違えて食べたのか?
「おい月坂、せっかくモコがお前と仲良く話そうとしてるのにそれは無いだろ」
「えぇ、そうね……」
「おい、月坂」
「だっ、だっ、だって……」
いつもなら強い口調で言い返してきて喧嘩に発展するが、様子がおかしい。
まるで何かに怯えるように、身体を小刻みに震わせてやがる。
「もしかして、トイレか?」
「違うわよ! バカ!!」
あっ、いつもの調子に戻った。
かと思えば、同じトーンで泣き叫ぶように月坂は今の状況を訴える。
「緊張してるのよ! だって生配信でしょ!? 番組を仕切るのでしょ!? 咲良さんには申し訳ないけど、慣れない相手とこんな大きな仕事なんて無茶よ!!」
「大丈夫ですよ! ギョーカイではセンパイのわたしがちゃーんとフォローしますから!!」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
月坂は萎れた声を出す。
「……失敗して、迷惑をかけると思うと不安で」
まったく、これだから月坂は月坂なんだ。
アイドルになろうがならまいが、本質は変わらず。
どこか自信過剰なところがあるくせに、弱気になればすぐ失敗することと、誰かが不幸になることを真っ先に考える。
……まったく、呆れたもんだ。
「おい」
いつまでもウジウジしている月坂に、俺は一つ喝を入れた。
「こんなんで、よくもまぁ『あのステージに立ちたい』なんて言えるよな」
その言葉に、月坂の肩がビクッと反応した。
「生配信に怖気付くお前が? ステージでガチガチの表情とダンスを披露するお前が? 笑わせんな」
「ちょっとアルバイトさん、それは言いすぎですよ!!」
モコが制止しようとするが、それでも俺は従わない。
今の俺は、まるで誰かの夢を嘲笑う悪役みたいだ。月坂はもちろん、周りの人にとっても決して良くは聞こえないだろう。
だが、これでいい。
だってこのやり取りが、俺の、俺たちのやり方だから。
「だっ、だって……」
今度は月坂が強い口調で反論する。
「そんなこと言われたって仕方ないでしょ! 今はまだ、怖いものは怖いんだもん!!」
「それ、いつまで言ってんだよ」
「……っ」
車内が気まずい空気に包まれる。
ごめんな、モコ、小竹さん。
でもこれは、コイツに必要な治療だから。もう少しだけ付き合って欲しい。
「お前はいつもそう。何かにつけて、今はまだ、今はまだ。じゃあいつなんだよ?」
「…………」
「不安なのは分かる。怖いのも分かる。でも、そうやって文句ばっか垂れて、厳しい現状から逃げてたら──」
自嘲するように、あるいは自分を戒めるように。俺は、柔らかな口調で言った。
「俺みたいな、つまらない人間になるぞ」
こういう人種は、お前が一番嫌いだろ?
それなのに、お前はその人種になろうとしてるんだぞ。
その気持ちを優しくぶつけた。
脅すような口調で言ってやっても良かったが、その必要は無い。
だって今の月坂に、アイドルになった月坂に、俺のような人間になる未来は無さそうだから。
「そうね。ダメよね。あなたみたいな人種になっちゃ」
自信を取り戻したのか、月坂は頭を上げた。
「だって私は、アイドルだもの。あのステージに立つ運命を持って生まれてきたアイドルだもの」
その表情は、過去に絶望したものではなく、明るい未来に向けた挑戦的な笑顔で。
その眼差しは、その未来をばっちり捉えた真っ直ぐなものだった。
「咲良さん、さっきはごめんなさい。私、失敗しないように頑張るわ!!」
「はい、お互いがんばりましょう!!」
車内の不穏な空気は、わずかに開いた窓から出ていった。
代わりに明るく爽やかな夏風を、この空間が出迎えてくれたみたいだ。
「あと、わたしのことは『モコ』と呼んでください! 敬語も禁止ですよ??」
「えぇ、わかったわ。よろしくね、モコ」
関係は良好。あとはこの仲を深めて、互いに切磋琢磨し合える存在になってくれることを願うのみ。
いや、願う必要も無いか。
だってこの女は、願いを叶える運命にあるらしいのだから。
【あとがき】
ここまでご覧頂き、誠にありがとうございます!!
たぶん二章が終わる頃には『モコチャンカワイイヤッター!!!』か『美弧乃ちゃんすこすこ』の二極化が始まるのかな……なんて考えてます。
次回の更新も明日の7時頃を予定しています!!
11万文字以上あるストックが尽きるまで毎日投稿します!!
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これからどんどん面白さが加速しますし、この面白さが書籍1冊分ストックされてますので、良ければ応援よろしくお願いします!!
あっ、他の緒方作品も見て頂けると幸いです。(特に下の作品!)
タイトル: 超モテる美少女の恋を手伝うことになった『イケメンの友人キャラ』の俺……って設定ですよね?
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