第12話 ライバル

「『スノウウィング』の月坂美弧乃です、本日はよろしくお願いします」


 淡々とした挨拶に、20人程度の観客が声を上げて盛り上がる。

 けれど「がんばれ!」や「美弧乃ー!」と呼ぶ声は、すぐさま虚無に溶け込んだ。


 俺が連れられたのは、50人も収容できないような、小さなライブハウス。

 そのステージには、月坂を含む総勢13人のアイドルが立っていた。

 まずはアイドルとしての月坂を見て欲しい、という小竹さんからの指示を受け、俺は立ち見席から彼女たちを見守っている。


「なに腕組んで見てるのよ。後方彼氏面のオタクか?」


 小竹さん、冗談でもキツいっすよ、それ。


「そういえば小竹さん」


 ステージを見てすぐ思ったことを、俺は言った。


「月坂って、センターじゃないんですね」

「えぇ。しかも、一度もセンターに立ったことが無いわ」


 センターに立ったことがない、か。

 別に俺は、月坂に期待をしていたわけではない。 

 けれど本気で一軍メンバーを目指す月坂が小さなライブハウスで活動するユニットで一度もセンターに立ったことがないという事実に、俺は焦燥を感じていた。


「それじゃあ一曲目! みんな楽しんでね〜!!」


 センターの子がパフォーマンスの開始を告げると、全員が定位置に着いた。


 曲が流れる。アイドルユニットのデビュー曲でよく聞くような、明るいアップテンポの曲だ。

 センターの子が歌い出すと、小竹さんは真剣な眼差しをステージに向けていた。


「美弧乃ちゃんが所属するユニット『スノウウィング』は、いわばホワイトケミカルの中では三軍。本社で活動するで、……まぁ、アイドルとしてはまだまだってところね」


 三軍。最下辺のユニット。アイドルとしてまだまだ……。

 そんな場所でセンターに立ったことのない月坂は、本気で『i・リーグ』のステージを目指していて……。

 夢と現実の大きなギャップに更に焦りを感じたせいか、流れる曲が耳に入らない。

 分かるのは、観客全員がペンライトを振って盛り上がっていることだけ。


 ──しかし観客は、総勢30人程度。


 残念だが、小竹さんの言葉がしっくり当てはまる。


「私たちホワイトケミカルは『i・リーグ』で1位の成績。だけどこれは白雪率いる一軍ユニットが残したものであって、このステージにいる彼女たちの力ではない」


 だからホワイトケミカルの看板を背負っていても、三軍ユニットの実力は観客を30人集めるほど、というわけか。

 今まで色々な大規模アイドルグループが存在していたが、グループ全員のことを把握しているファンはほんのひと握りいるか、あるいは誰もいないだろう。


 広くて大きなアイドル業界。

 いくら長い物に巻かれたとしても、生き抜くのはきわめて難しい。

 俺は改めて、アイドル業界の厳しさを理解した。


 理解したからこそ、余計に焦る。こんなところで呑気に曲なんて聞いている場合じゃない。

 今すぐ何か行動を起こすべきだと気持ちが先走り、更に意識がこの場から離れていく。


 ──それでも、追いかけてくるのだ。


「〜〜〜♪♪♪」


 どこまでも、どこまでも。アイツのまっすぐな歌声が。

 私だけを見て欲しいと、訴えるように。


「ねぇ、小竹さん」

「なぁに?」

「確かにこのユニットは、アイドルとしてはまだまだだと思います」


 厚みの足りない歌声の束。ところどころ統一感に欠けるダンス。観客あるいは踊る自分にばかり集中して膠着する表情と視線。

 これらが、まさにその事実を体現している。


「それに、月坂はそのユニットでセンターに立ったことがない……」


 だけど。

 アイツに負けじと、まっすぐな瞳をステージに向けながら、俺は根拠のない自信を掲げた。


「だけど俺は、月坂があのステージで一番輝いて見えると思います」

「そうね。あなたの言う通りだわ」


 贔屓ひいき目でそう見えたのかもしれないと思ったが、小竹さんも納得してくれた。


 客観的に見て、ステージに立つ月坂は一番歌唱力が高いと思った。

 歌声は誰よりも透き通っていて、遠くまで飛ばせている。ステージのどこから聞いても心に響くだろう。

 昔もそれがチャームポイントだったが、今は以前よりも磨きがかかっている。

 そしてその点が効いているのか、紫色のペンライトの割合が一番多く見える。月坂のイメージカラーだ。


 しかし、それでも集客人数は30人の三軍ユニット。

 素人の俺が発言するのもはばかられるが、それでも月坂が今の状態にあるのは……。


「月坂はこの中の誰よりも歌が上手いです。ダンスも悪くないし、スタイルはまぁ、アイドルとしては綺麗なのかもしれない。ですが──」


 就任したばかりの素人マネージャーとしてでなく、ずっと見てきた幼馴染として、俺はありのままの感想を小竹さんに伝えた。


「アイツは、です」

「やっぱり、素人でもそう見えちゃう?」


 苦笑いを浮かべる小竹さん。どうやら俺の見解は間違っていないらしい。


 俺の目に見える月坂は、付き合っていた頃とは『別人』だなんて微塵も思わなかった。

 ただ一般人よりも歌が上手くて、スタイルが良くて、まぁまぁダンスができて……、ただ、それだけ。

 今の月坂は、まるでクラスで一番の美少女をそのままこのステージに持ってきただけのような存在だった。


 居るだけで観客は魅了できそうだが、それはあくまで彼女のルックスがそうさせているだけ。

 それは何となく月坂の目指すような、あのステージに立てるようなアイドルのやり方じゃない気がする。

 それを表す率直な感想が『アイドルらしくない』という、アバウトな言葉だった。


「確かにあの子の歌は上手いわ。だけどアイドルは歌唱力だけじゃ勝負できないし、白雪という歌姫がいる以上、このチームで知名度は上がらないわ」

「ですね。歌唱力が売りならば、歌手にでもなればいいのに、なんて思いますけど」

「そう。それでも美弧乃ちゃんはアイドルを選んだ。だから歌だけじゃなくて、ダンスもスタイルも、アイドルとしてのセンスだって磨かなきゃならない」


 課題は多い、というわけか。やはりアイドルは厳しい世界らしい。

 けれど月坂に足りないものが分かった瞬間、真っ暗だった目先に灯火が現れた。


 足りないならば、補えばいいんだ。


「どう? アルバイトくん。何となく見えてきたんじゃない? あの子が、リーグのステージに立つための条件」

「まぁね。……クリアできるかはさておき」

「期待してっぞ! 未来のスーパーマネージャーくん!!」


 小竹さんに思いっきり背中を叩かれ、口から「ウッ」という声が漏れた。

 いや俺、マネージャー続けませんけど?? 俺の輝かしいホワイト企業生活を勝手に塗り替えないでいただきたい。


 しかし、どうしたものか。

 月坂に足りないのは、ダンススキルと『アイドルらしさ』だ。

 とはいえ、ダンスなんて俺が教えられるわけもないし、教えてくれる伝手なんてもちろん無い。


 それに『アイドルらしさ』って何だ? 


 可愛いとかクールとか情熱的とか言うけど、漠然すぎて素人の俺には分からない。

 周りの子たちみたいにニコニコしていればいい、というわけでは無さそうだし。

 だけど笑顔は必須なような、そうでは無いような……。ダメだ、素人の俺にはさっぱり分からない。


「……はぁ」

「大変でしょ? アイドルのマネージャーは」

「えぇ、大変な目に合ってますよ。誰かさんに嵌められたせいで」

「いや、やるって言ったのはアンタでしょ」

「すみません」


 ……閑話休題。

 ステージで、何かにしがみつくようにパフォーマンスを披露する月坂を見て、俺は思った。


「そもそもアイツ、こんなに世話の焼けるやつじゃなかったんですけどね」

「どういうこと?」

「アイツ、誰の手を借りなくても、何でも完璧にこなせてたんですよ」

「……マジ?」


 アイツに対する俺の認識に共感できないのか、小竹さんはやけに驚いていた。


「あの子、昔はどんな子だったの?」

「えっ……? 昔から勉強もスポーツも全国レベルで、おまけにピアノもめちゃくちゃ弾ける完璧美少女、って感じでみんなから言われてましたけど?」


 そこまで言うと、なんだかベタ褒めしてるみたいでしゃくだが、これらは事実。客観的に評価した結果だ。

 それでも小竹さんから見える月坂は、俺と違っていたみたいで──。


「ホント!? 私としては、何でも泥臭く頑張る努力家って感じで、……あまり言いたくないけど、何でも完璧にこなすっていうのはちょっと信じられないわ」


 確かに月坂は努力家だ。それは間違いではない。

 今まで何でも完璧にこなせていたのは、アイツの並々ならぬ努力の賜物だ。

 だからてっきり、同じように努力して、それなりに成果を挙げていると思ったが、昔と比べて歌唱力とスタイルが良くなったこと以外、何も印象的ではない。


「そういえば、キミはどうだったの?」

「えっ? 俺ですか?」


 なんで今の話と俺のことが関係するんだ?

 よく分からないが、俺は淡々と答えた。


「俺は別に普通でしたよ。勉強もスポーツも。一応ピアノもやらされてましたけど、大した実力じゃなかったですし」

「ふーん」

「なんですか?」

「いや。二人ともピアノやってたんだなぁーって。やっぱり仲良しじゃん」

「言いたいことがあるなら、早く言ってくれません?」

「ごめんごめん」


 にこやかに笑いかけてきた小竹さんは、目線を再びステージに戻す。


「あの子には、あなたというライバルがいたんじゃないの?」

「俺が、ライバル?」

「そう。だってあの子、負けず嫌いっぽいみたいだし? 特に、あなたに対してはそういう性格がむき出しなのかなーって」


 そういえば、そうだったな。


 アイツは昔から俺に対して、何かにつけてマウントを取ってくる女だったし、俺に負けたときは泣きそうになってたこともしばしばあったな。


 そう考えると、スポーツが万能な理由は能力差のある男子の俺と張り合った結果で、ピアノが弾けるのも、間違いなく俺が影響していると言えば納得がつく。


 ──いや、待てよ。勉強は? 


 アイツは俺に勉強で負けたことはなかったし、張り合ったことは一度も無かったはずだ。むしろ成績で何度もマウントを取られた嫌な記憶しか無いし。


 勉強で張り合うライバル……。あぁ、いたいた。


 昔からまったく友達の居なかった月坂のことを思い出してみると、一人の少女の存在が頭に浮かんだ。

 小学校の時からずっと仲が良かった、唯一の女友達だ。

 その子と月坂は、読書が共通の趣味ということで惹かれ合っていて、お互いにテストがある度に点数を競ってたことがあった。

 気の合う相手が自分より勉強ができたから、自分も負けじと食らいつきたくなる……、か。


 ──これ、もしかしたら利用できるかもしれない!!


「小竹さん、どうしても聞いて欲しいお願いがあるんですけど」

「おっ、なんだい? アルバイトくん♪」


 既に小竹さんも同じ答えにたどり着いたのか。それとも、最初からここまで誘導していたのか。

 分からないけれど、清々しいくらい「待ってました」って顔してる。

 俺はそんな小竹さんに、望み通りの提案をしてみる。


「咲良モコさんと月坂、一緒に仕事させることってできませんか?」



【あとがき】


次回更新は今日の18時頃を予定してます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る