第2章
第11話 またも車の中で
「……んっ」
カーテンから漏れる陽の光に照らされて、俺は目を覚ます。
時間は午前6時。空は元気なのに、俺の身体がずっしりと重い。昨日のリーグでエネルギーを消費しすぎたのだろう。
……それにしても、昨日は凄まじかった。
ファンの投票と審査員の評価で勝敗が決まるi・リーグ。
結果的に昨日は、白雪さん率いる『アンメルティ・スノウ』が大差で勝利。
全員のパフォーマンスも、デュオもトリオも、ソロだって、全部が相手チームよりも高い評価を獲得したのだ。
白雪さんのソロに至っては、ダブルスコアだ。
そんな結果を残した白雪さんのソロパフォーマンスも印象的だったが、勝利後に行われたウイニングライブにて、7人のセンターに立つ白雪さんの眩しい笑顔も良かった。
勝者が味わえる、あの「やりきった」と言わんばかりの表情もまた、i・リーグの魅力の一つだろう。
「そういえば俺、寝てる場合じゃなかった!!」
悠長に昨日をことを思い出している場合ではない。
大事なことを思い出し、俺はベッドから飛び起き、急いで洗顔、朝食の準備を済ませた。
ご飯を炊いて、ウィンナーを焼いて、目玉焼きを作る。それからスーパーで買ったサラダを出して完了。これが俺のルーティンだ。
「……いただきます。……うん、うまい」
上京してからずっと一人暮らしというわけで、食事に口出しをする者は誰もいない。
だから俺は別に料理で冒険はしない。
朝も晩も、何の面白みもない普通の定食である。
だが今日の朝だけ、食に対する態度が普通ではなかった。
「えぇっと……、
ご飯を食べながら、束ねられた書類に目を通す。
お行儀が悪い? そんな説教に耳を傾ける余裕なんてない。これは俺の、今後に関わる重要任務だからな。
──ホワイトケミカル株式会社に所属するプロアイドル総勢100人以上のプロフィールを全て覚えること。
昨日、小竹さんに与えられたミッションは二つ。これは、そのうちの一つだ。
期限は二週間。まずはこのミッションをクリアできなければ、俺はクビになるらしい。
マネージャーをクビ? それだけならこっちとしては万々歳だが、クビになればホワイトケミカルを一生出禁になると脅された。
あんな楽園のような企業を出禁だ? ふざけんな。それならマネージャーとしての功績を挙げて、正社員に成り上がってやるさ。
……ただ。
「鬼畜すぎるだろ、小竹さん……」
意気込んですぐに諦めムードになった俺は、書類をペラペラめくっていた手を止め、テーブルに突っ伏した。
ミッションはクリアできなければクビ&出禁。それに加えて……。
ダメだ。まずは一つ目のミッションに集中しよう。
〇
「うげっ……」
「うげっ、って何よ」
会社の入り口で月坂と目が合った瞬間、俺はひどく落胆した。
今日のファッションも地味なTシャツに黒キャップと黒縁メガネ。夏の暑さに耐えられないのか、髪型はポニーテールだ。
「今日からアイドルと同伴って聞いたけど、まさかお前と一緒だなんて……」
「それ、こっちのセリフなんだけど?」
「……ちっ。早く行くぞ。小竹さんが待ってる」
「ねぇ今、舌打ちしたでしょ!? 舌打ちしたいのはこっちなんだけど!!??」
朝からキンキン響く声を出すな。セミ以上にうるさいんだが。
……いやいや、イラつくな。俺は昨日、コイツと誓ったじゃないか。
「なぁ月坂、俺たちは今日からビジネスパートナーだ。もちろん喧嘩は無し。これからはお互い、円滑な築こうじゃないか」
「……そうね。まずは、えっ、笑顔で。丁寧な言葉遣いを心がけましょ?」
「あぁ、そうだ。あと、これから俺のことは『藍川さん』で頼むぞ。月坂さん(ニッコリ)」
「えぇ、こちらこそ。よろしくお願いします、藍川さん♪」
「うふふふふふふ」
「うふふふふふふ」
「おはよ〜。……って、何よそのキモい笑顔は」
「「ごきげんよう」」
キモい言うなよ小竹さん。
こっちは必死に頑張ってるんだから。
「まぁ、いいや。とりあえず乗った乗った」
小竹さんに従い、俺たちは車に乗り込んだ。
後部座席に座る俺たちを見て、小竹さんがずっと不快な表情を浮かべる。
「きょっ、今日は良い天気ですね、月坂さん」
「えっ、えぇ、とっっっても素晴らしいお仕事日和ですわね。藍川さん」
「そういえば月坂さん、近くないですか?」
「そりゃあ、軽自動車の後部座席ですもの。文句があるなら出て行ってくださる?」
「いえいえ、失礼しました(ニッコリ)」
「うふふふふふふ」
「うふふふふふふ」
「「うふふふふふふ……」」
「気持ち悪っ」
「「気持ち悪い言うな」」
俺たちのぎこちないやり取りに呆れたのか、小竹さんは「普通に喋らないと出発しないよ?」と言い出した。
さすがにそれはごめんだ。さっさとコイツとの仕事を終わらせねば。
俺たちは素に戻った。
「……」
「……」
車内が沈黙に包まれる。
なんというか、いつも通りになっても気まずい。相手は久しぶりに再会した元カノだし。そもそも、昔から話題を見つけるのに骨が折れるやつだったし。俺もこの女も。
「……ねぇ」
沈黙を打ち破ったのは、月坂だった。
「東京での暮らしは、どう?」
「あぁ。……普通だな」
「相変わらず、話題の広がらない返しね」
「うるさい」
触れられたのは、可もなく不可もない、東京でも変わらず平凡な大学生活のお話。
だから別に他人に話せるような面白い話題なんて無い。
それでも月坂は話題を積極的に広げようとした。
「大学生活はどう? 楽しい?」
「別に、普通」
「またそれ? 何かないの? 授業が楽しいとか、サークルやイベントで面白いことがあったとか」
お前こそ何だよその返しは。これじゃあ思春期の息子とその母親みたいじゃないか。
「それに……、彼女とか?」
「は?」
何聞いてるんだ、コイツ。
「彼女なんていねぇよ。それに作る気なんか微塵もねぇし」
「……あっそ」
「なんだよ」
「べっ、別になんでもないわよ!」
うるさい母親から一変。今度はツンデレなヒロインみたく急にムキになって語気を荒らげた。
煮え切らない反応したから触れたのに、別にキレなくてもいいだろ。
「そういうお前こそ、アイドルはどうなんだよ」
「私も、……普通」
「お前も人のこと言えねぇじゃねぇか」
「うっさい」
こちらも可もなく不可もなく、か。
しかし気のせいか、月坂の表情から僅かに
掘り下げたくなるが、どうせキレて不機嫌になるのがオチだろう。
俺たちは再び、そのまま沈黙を貫いた。
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