第7話 車の中で

「はぁ……、疲れた……」


 社内を出て早々、俺は重荷を下ろすように大きなため息をついた。


 昼頃にこの会社に来て、勤務終了は19時。初めてのことばかりということもあってか、身体に感じた疲れは尋常じゃない。

 ちなみに今日任された仕事は、データ整理をメインとした雑用。パソコンをカタカタしていただけで、マネージャーらしくアイドルと同伴というものではなかった。


 ……まぁパソコン業務の方が、楽でいいけどね。


 初対面の異性、しかも美少女と共に時間を過ごす方が、話題作りにかなり疲れるだろう。

 ましてやあの女の同伴ともなれば、死んだ方がマシだ。

 ちなみに明日からアイドルと同伴だってさ。辞めたい。


「しかし、鬼畜すぎるだろ。あの人……」


 そんな一言が零れたのは、俺がを言い渡されたからだ。

 俺が超絶ホワイト企業の正社員になるために、マネージャーとしてクリアすべきミッションなのだが……。

 その内容は、絶対俺を正社員にさせる気がないだろって言えるくらい無理ゲーだったのだ。


「あっ、アルバイトくんお疲れ様〜」


 社内入り口近くにて、車に乗った小竹さんがニヤリとしながら俺のところにやってきた。今日会ったばかりだが、ニヤニヤした表情には絶対ウラがあることだけは理解できる。


「お疲れ様です。小竹さんも今から帰りですか?」

「いや、これから向かう所があるんだけど。アルバイトくん、暇?」

「なんですか? 飲み会ですか? それなら行きませんけど」

「ノリ悪っ。つれない男だね〜」


 勝手に言っててください。こっちはプライベート重視な人間なので。

 しかし小竹さんは「飲み会じゃないけど」と添えて、改めて俺に聞く。


「i・リーグ、実際に見てみない?」

「i・リーグ、ですか……」


 確か今日の昼に見たアイドルのプロリーグか。

 興味はあるけど、早く帰りたい自分がいる。あと絶対ウラがありそうだから断りたいのだが。


「行ってみた方がいいよ。その方がキミのためになるだろうし」


 俺のため、か。

 正しくは、俺に言い渡されたミッションをクリアするためだろうか。


「分かりました」

「よっしゃ決まりぃ! さぁさぁ、早く車に乗った乗った!!」


 俺からのイエスの返答に、拳を突き上げて喜ぶ小竹さん。

 俺みたいなやつを誘えたのが、そんなに喜ばしいものか?

 そう思いながら、小竹さんの車の後部座席に座ろうとした時だった。


「げっ……」

「げっ……」


 黒いキャップと黒縁メガネを身につけた無地の白Tシャツの女を見て、すぐ俺は誰だか分かった。

 なるほど、やはりウラがあったか……。


「なんで変態がこんな所にいるのよ」

「変態じゃねぇよ。お前こそ何で?」

「私もi・リーグ見に行かないか? って小竹さんに誘われたの」


 はめやがったな、このクソポニテメガネ。


 当の本人は楽しそうに運転してやがる。

 まぁいい。本来の目的はi・リーグの観戦だ。隣の女に構わなくとも罰は当たらない。

 とりあえず話しかけられないように、スマホで音ゲーでもやっておくか。


「……ん? あぁ……」


 ケータイを開くと、一通のメッセージが目に見えた。相手は日向だ。

『今から呑みに行こうぜ☆』と、陽気な内容。人生楽しそうで何よりで良いのだが……。


『……悪い。まだ仕事が終わらなくて』


 俺は断わりのメッセージを送る。すると秒で『がんばって!』のスタンプが送られてきた。

 すまんな、日向。今度奢ってやるから許してくれ。


「なにケータイ見てニヤニヤしてんのよ」

「は? 別にニヤニヤなんか──」

「してたわよ! こうやって、ニチャアアアって!!」


 突然キレた月坂が俺の口角に触れて無理やりクイッと上げる。そんな顔してねぇし。てかその手離せ。


「どうせ女なんでしょ? 彼女なんでしょ?? 楽しそうで何よりね」

「彼女じゃねぇ。大学で知り合った友達だ。それ以上でも以下でもない」


 それに彼女なんてコスパの悪い存在、一生要らねぇし。


「……怪しい」

「なんだよ」

「別に」


 そう言って、月坂はそっぽを向く。

 これより先、やはり会話は続かなかった。

 俺はスマホで音ゲーを起動し、月坂は車窓から秋葉原の夜景を眺めていた。

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