第6話 桐蔭路白雪

「改めまして、ようこそ我が社へ!」


 あの女が立ち去った後、俺は小竹さんに社内を案内してもらっていた。


「すげぇ……」


 屋外に出た瞬間に見えた景色は、まるで広大なテーマパークのようだった。


 ホワイトケミカル株式会社。


 本社の敷地は東京ドーム20個分。その広い敷地の中には工場や研究所など、汚れの無い真っ白な建物ばかりが並んでいた。

 中には木材を基調としたオシャレなカフェテリアも併設されていたが、これもやはり真っ白。疲れている時でも目の毒にならないのがいい所だな。


「そしてここが一番の目玉! 我が社が誇るアイドル養成施設よ!!」


 よっぽど早く紹介したかったのか、ウズウズしていた小竹さんが堂々と胸を張って、荒い鼻息を立てた。


 全体の約4分の1を占めるその場所には、レッスンルームやレコーディングルーム、撮影スタジオなどがある建物が幾つか並んでいた。

 その他にも、大きなドーム型の屋内ライブステージやスポーツジム、温水プール場や図書館などが置かれている。


 あと、どういうわけかマックやユミクロ、ヤマグチ電気、たつや書店まで社内に入っており、そこにはアイドルや社内の人間だけでなく、一般人も多く立ち入っていた。会社というより、ショッピングモールみたいな雰囲気だ。


「そしてお待ちかね! ここがアイドルたちの秘密の楽園──女子寮よ!!」


 別に待ちわびてはいないが、今度は女子寮に案内してもらった。相変わらずの壮大な施設で、一言で言うと「ホワイトハウスみたい」といったところだ。


「ということで女子寮をご案内〜、と言いたいところだけど、女子寮はキミたち男子はもちろん、私たち社員も入っちゃダメなんだよね……」


 それを余程守りたいのか、普段は寮母さんや屈強な門番が厳重に監視をしていることが看板で案内されていた。


 ……そりゃそうだよな。


 なんせ相手は日本を湧かせてくれるアイドル様だ。俺たち男子や部外者がアイドルたちと問題を起こせば、企業が受ける損害は尋常では無いだろう。


「だからここは秘密の楽園。私もあなたも知らない、アイドルしか知らない神秘の宿ね」


 小竹さんがそこまで言うのだ。これは残念──


「でも今回は寮母さんも門番もいないみたいだから……、こっそり入っちゃいましょうか♪」


 しかし今日だけは女子寮に入ることができた。やったぜ。


 甘く癒やされるような匂いに包まれていたこと、男子が居ないことをいいことに風呂場からピンク色の下着一丁で慌てて走るアイドルが突然現れたこと、「もしも何かあったら、私が何とかしてあげるから」と言ってた小竹さんが「やっぱり捕まって面倒なことになるのはゴメンだし〜」と言って、入り口で待ってたこと、一生忘れません。


「そしてここが、レッスンルームよ」


 アイドルブース内にある建物の二階に案内されると、レッスンルームばかりが置かれていた。

 ワンツー、ワンツー。

 ダンストレーナーの掛け声が響く。中では30人以上のアイドルが汗を流して踊っていた。


 そしてその中には、月坂の姿も。


「さぁ、入るわよ」

「えっ、ちょっ──」

「失礼しま〜す♪」


 戸惑う俺を一切気にせず扉を開ける小竹さん。慣れた足取りでスっと部屋に入っていったが、対する俺は恐る恐る足を踏み入れた。


「──集合!!」


 突然あがった少女の声に、心臓が跳ねた。

 俺たちが入った瞬間、流れていた音楽がピタッと止まり、アイドルたちが全員俺たちのところに集まったのだ。まるで軍隊みたいに。


「お疲れ様です、小竹プロデューサー」


 彼女たちをまとめた一人の少女が頭を下げる。それに呼応するように、他の全員も「お疲れ様です」と挨拶をした。

 てか小竹さん、プロデューサーだったのかよ!?


「はーいお疲れ様〜。今日はみんなに新しいお友達を紹介するわよ〜♪」


 あと転入生が来たみたいな軽いノリで紹介するな。真面目な雰囲気と合ってないんだよ。


「はい! 今日からマネージャーを勤めるアルバイトくんでーす!!」


 しかも紹介が雑すぎる……。せめて名前くらいは言って欲しかったな。


「それじゃあ、一言どうぞ!!」

「えっ……?」


 今度は突然のキラーパスかよ。てか一言って何を言えばいいんだ? まぁ、真面目な雰囲気だし、ここは無難に──。


「あっ、よろしく、お願いします……」


 パチパチパチと、やや静かな拍手が送られた。

 盛り上がらない歓迎ムード。さすが陰キャの俺、と言うべきか。……一体、誰に当てられたのやら。

 でもまぁ、真ん中にいる白髪の美少女が優しく微笑んでくれたから、それで十分だ。


「ところで、彼女は?」


 別にその子が異性として気になった訳では無いが、いかにもアイドルらしい大きな存在感が気になったので、つい小竹さんに耳打ちした。


桐蔭路白雪とういんじしらゆき、17歳。私たち『ホワイトケミカル株式会社』が誇るトップアイドルよ」

「なるほど」


 トップアイドル、か。道理で威厳と余裕を感じると思った。しかし顔に表れた僅かなあどけなさが、彼女を17歳の女子高生であることを物語っていた。

 トップアイドルが現役のJKとは、恐れ入った。


「話は聞いております。あなたがアルバイトさんですね?」


 どうぞよろしく、と彼女は右手を差し出した。俺もそれに応えて握手を交わす。

 鼓膜を揺らす透き通った甘い声は全身を震わせるほど高威力で。

 雪のように白くキレイなその手はどこか華奢きゃしゃで柔らかい。

 見た目から感じるオーラと全く違う温度差。これはもう風邪をひいてしまいそうなレベルだ。

 そのギャップにドキドキしている俺。それでも彼女は追い討ちをかけるように、アクアマリンのような美しい瞳でこちらを見つめてきた。


「すっごいキレイでしょ? ウチのトップアイドル。世界遺産にしたいくらいでしょ?」

「えぇ、間違いないです」


 この美少女の存在は、一刻も早くユネスコに連絡すべきだ。余裕で審査通るだろ。


「しかもこの子、日本とロシアのハーフで、実はこの会社の社長令嬢よ」

「……マジすか?」

「マジマジ。超恵まれてるでしょ?」


 確かに彼女は美貌だけでなく、血筋も家柄も恵まれている。

 だからこそ──彼女には申し訳ないが──コネでセンターに立っているのではないかと邪推する黒い自分がいた。

 足下には、綺麗な見た目に似つかわしくないボロボロの白いシューズ。よく読めないが、マジックで何かがたくさん書かれている。


「あぁ、これですか?」 


 俺の視線に反応した白雪さん。

 あまり触れて欲しくなかっただろうなと思ったが、彼女はそれを自慢するように輝かしい笑顔を見せた。


「これはワタシがレッスンで足を怪我をした時に、メンバーのみんなからプレゼントしてもらったシューズなんです。これにはみんなからの寄せ書きがたくさん書いてあって、ワタシの一番の宝物なんです♪」


 この言葉で分かった。

 社長のコネなんかじゃない。

 怪我をするほど努力をしてきた彼女は。誰よりもメンバーに慕われていた彼女は。なるべくして、トップアイドルになったのだと。


「改めて、よろしくお願いします。アルバイトさん!」

「あっ、あぁ」


 しかし『アルバイトさん』って嫌な響きだな。

 別にこんな美少女に呼ばれるくらいはいいけど、その少し格下に見られるような呼び名は広がって欲しくない。


「アルバイトじゃなくて、俺には『藍川翼』って名前があるんだけど……」

「えっ?」


 豆鉄砲を食らったかのような表情を見せる白雪さん。なぜにそこで驚く?

 よく分からない子だ。そう思った次の瞬間、今度は俺が驚かされることになった。


「あっ、ごめんなさい! 私、あなたの名前が『アル・バイトさん』だと思ってて!」

「へっ?」


 まさかアルバイトをご存知でない!?

 とんでもねぇお嬢様だな、おい!!

 もちろん彼女の発言に、周りもドッと笑い出す。

 その中で小竹さんは、腹を抱えて笑いながら彼女に真実を伝えた。


「っはは! 違うよ白雪!! 『アルバイト』は役職。あなたたちが『アイドル』って言うのと一緒だよ!」

「そっ、そんなジョブが……。ごめんなさい! ワタシ、何も知らなくて!!」

「っははは! いいね、『アル・バイト』くん!!」

「いつまで笑ってるんすか、小竹さん……」

「ぷふふふ……、決めた! キミは今日からアルバイトくんだ!! みんなぁー、アルバイトくんのこと、よろしくねー!!」


 そんな! 広まって欲しくなかったのに!!

 小竹さんに従い、アイドルたちも俺に向かって『アルバイトくん』と呼んできた。

 いや、まぁ……、美少女にそう呼ばれるのは悪い気しないよね、うん。


「………………」


 おっといけない、元カノがこちらを睨んできた。他の女に興奮すんなってところか? どうでもいいだろそんなの。俺は元カレなんだし。


 ……しかし、なんというか。


 周りの誰よりも汗をかいていた月坂に、再度視線が向く。汗でくっつく白いTシャツは、胸を含む美しいボディラインをくっきり強調させていた。おまけに胸元から水色の下着が透けて見える。……なんというか、エロい。


「……変態」


 冷ややかな小声が聞こえ、咄嗟に目を背けた。くそっ、なに元カノに興奮してるんだよ……。

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