第5話 ホワイト・ノイズ

「……なによ、翼くんのバカ」


 久しぶりに会った忌まわしき元カレから、私は逃げるように部屋を立ち去った。

 なにが『だったらそう言えよ』よ。昔から私が言いたいこと、なんでも理解してくれてた癖に。


 ──別に、お前みたいな無口陰キャの考えなんか、言われなくても分かるし。


 あの言葉は嘘だったの? もしかして黒歴史認定ほぼ確実な、この恥ずかしい言葉を忘れたと言うの??


 ……いや、全部、期待しすぎた私が悪いのかもしれない。


 そう思い、バカな自分に呆れて深くため息をついた。


 昔から何でもかんでも忘れるくせのある間抜けな彼。だから私と一緒にいた長い時間の全部を覚えていて欲しい、なんて思うのはワガママだったのかもしれない。

 だから別れ際の言葉なんて、その時の私の気持ちなんて覚えてないよね。


 だって、五年前のことだもの。


 一秒でも長く思い出したくもない、最悪な一日だったんだもの……。


『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

『しらゆきぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!』


 暗雲を切り裂くような叫びに、身体がピクリと震えた。

 背後にある社内の大型ディスプレイに、この前のライブ映像が流れていたのだ。


『しーらゆきっ! しーらゆきっ!!』


 熱を帯びたステージに広がる白い光の海。飛び交う『しらゆきコール』。


『みなさーん! 応援ありがとうございましたー!!』


 そしてステージ上には、桐蔭寺白雪とういんじしらゆきが立っている。

 光に照らされた白い髪や肌は雪のようで。ファンを魅了する一挙手一投足は、物語のお姫様のようで……。

 もしも魔法の鏡があれば、「あのステージで一番美しいのは?」と聞いてみれば、迷わず彼女の姿を映すだろう。


「…………キレイ」


 彼女の美しさ、眩しさを前に、言葉がこれ以上何も出ない。

 さすが総勢100人以上のアイドルをようするこの企業を代表する、不動のトップ。

 そして、今のアイドル業界をリードする五本指の一人だ。


「……そうだ」


 彼女の輝く姿を見て、ハッとさせられた。

 私が見るべきなのは過去アイツじゃない。未来ステージだ。

 あの子みたいに、一人でステージを湧かせられる存在になりたい。センターに立って、誰よりも注目される存在になりたい。誰よりも上に立ちたい!!


 そのためにはまず、ステージに立たなきゃ。100人以上の敵を押しのけなきゃ、私に未来はない。


 けれどそれを目指す過程で、やはり周りのノイズは消えない。その忌まわしき音は、ふとした時に鼓膜を揺さぶる。


 ──お前には無理だ。

 ──どうせ無理よ。

 ──諦めた方がいい。

 ──そんなに必死になって、バカみたい。


 ──勝手に行ってこいよ。どうせ上手くいかねぇから……。


 だけど今の私に、ノイズキャンセリングは要らない。私は耳を塞がず、顔を上げた。


 うるさい、勝手に言ってろ。


 私はアイドルになる運命を持って生まれてきたし、その願いは叶った。

 あとは生き残って、上を目指すだけ。

 そのためには、ワガママなんて言ってられない。何があっても、そつなくこなすんだ。

 それに、アイドルは人と関わる仕事。

 どんな相手でも、ビジネスライクな関係を作ることは基本じゃないか。

 たとえ相手が憎き幼なじみで、元カレであっても──。


 ──スパァァン!!!


 両頬を強く叩く音が、社内に響き渡る。

 周りは動揺するが、気にしない。私は踵を返して、レッスンルームへ足を運んだ。

 大きなモニターに映る銀世界には、一切目を向けず。

 ただ、まっすぐ前を向きながら。



【あとがき】

校正にお時間いただきます。

次の投稿は明日の10時からです!

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