第1章

第4話 パートナー

「っはは! いやぁ、最高! まさか二人の幼なじみが、こんなところで運命の再会を果たすなんてね!」


 社内の一室で、小竹さんは俺たちを見るなり腹を抱えて大爆笑していた。


 何が最高だ。こっちは最低だよ。


 アイドルのマネージャーやらされるし、同じ職場に憎き元カノがいるし。


「じゃあ色々とお話しする前に大事な書類取ってくるんで、しばしお待ちを〜」


 しかも今、俺と元カノの二人きりにさせられたぞ。しかも隣同士……。


「…………」

「…………」


 まるで時が止まったかのように、場が一瞬で沈黙した。

 なんというか、気まずい。

 久しぶりの再会で緊張しているというより、今はコイツと何も話したくない。

 相手もそう思っているのか、周りが重たい空気に包まれる。


「……まさか、こんなところであなたと会うなんてね」


 初めに口を開いたのは、月坂だった。

 ここで無視すると、このバイオレンス女はいつものように足を踏んでくるだろう。


「奇遇だな。まさかお前みたいな根暗がアイドル事務所にいるとは」

「当然でしょ? 私はアイドルになる運命を持って生まれてきたもの」


 何言ってんだコイツ?

 そう思った瞬間、カチリと何かのスイッチが作動した。


「バカ言え。どの口が言ってるんだ。昔から人前でキョドってたお前が? 目つきも性格も悪いお前が?」


「そ、それは昔の話でしょ!! そうやって過去のことをグチグチグチグチ、ネチネチネチネチ……。これだから昔から友達いないのよ!」


「目つきは今も変わらないだろ。それに、その発言大丈夫か? ブーメランが頭に刺さって流血してるぞ?」


「あぁ言えばこう言う、こう言えばあぁ言う……。あなたはいつもそう!」


「あぁ、そうだ。俺はそういう人間になったんだよ。……一体、誰に当てられたのやら」


「あーはいはい、私が悪いんですね! 今まで一緒に居てごめんなさーいー!! 私たち別れて正解だったようね!」


「なんだよ、そのムカつく言い方」

「そっちこそ何よ!」


 ぐぬぬぬぬぬぬ……。

 お互い睨み合い、それから言葉は出なくなった。

 別れて正解? 同感だ。

 付き合う前からこの調子なのに、よくもまぁ付き合おうなんて思ったものだ。コイツも。俺も。


「……で? 私に言うことは無いの?」

「は?」

「だーかーらー! 今の、アイドルになった私を見て、何か言うことは無いの!? って聞いてんの!!」

「だったらそう言えよ。なんだよ『だーかーらー!』って。どこかで言ったか? どこかに記述してんのか? 国語の問題だったら悪問だが? 最悪、問題として成立しないが?」

「むぅぅぅ……」


 おっと、さすがに言いすぎたか。

 御歳22のクールアイドル様(笑)が、喧嘩に負けた幼稚園児のように目を潤ませて頬を膨らましている。

 このままだと面倒だ。とりあえず、ここはアイドルになる夢を叶えたこの女を褒めるべきか。


「……まぁ、なんだ。……頑張ったんだな、今まで……」


 照れくさくなりながら、無理に言葉を紡ぐ。

 だがこれ以上は限界だ。さすがにくすぐったいし、コイツも褒めちぎられることは望まないだろう。

 そう、思っていたのに。


「……ふぅん、

「は?」

「はいはい、この話はおしまい! あなたに期待した私が悪うございました!」


 ダンっ! と地面を蹴り上げて立ち上がると、月坂は『あっかんべー』を残して、この場を立ち去った。

 あの女……。もっと褒めて欲しかったのか? なでなで〜ってして欲しかったのか? 気持ち悪い。

 ……いや、違う。

 忌まわしき記憶が蘇る。

 俺は犬みたくぶんぶん頭を振り回して、懸命に忘れようとした。


「ちょっと何ぃ〜? いきなり夫婦喧嘩? お互いビジネスパートナーになるんだし、そういうのは勘弁なんですけど〜?」


 この部屋を出ていった小竹さんが、呆れた顔をして戻ってきた。


「喧嘩? 違いますよ。あっちが勝手に振ってきて、勝手に怒って出ていっただけ。俺は単に適切なコミュニケーションを取ってただけで……」


 ……って今、大事な言葉が聞こえたような。


「……あの、小竹さん。今、なんと?」

「だから、お互いになるんだし、夫婦喧嘩は──」

「いやいや待ってください!!」


 俺と月坂が、パートナー!? 冗談じゃない!


「マネージャーをやるのは良いとして、何で俺の相手が月坂なんですか!? 他にもアイドルはたくさんいるでしょ!?」

「え〜? だって決まったものはしょうがないじゃ〜ん」

「だとしても困ります、こんなの! アイドルの変更を希望します!!」

「無理無理ぃ〜。だってもう決定事項だしぃ〜」


 あーもう、最悪だ。全然聞く耳を持ってくれねぇ。


「それにさ──」


 そんな小竹さんの気だるげな様子が一変。

 子どもを注意するみたく真剣な眼差しをこちらを向けてきた。


「人間、好き嫌いあると思うけど。社会に出たらそういうの見せるのは無しね? お互い、ビジネスライクな関係は最低限保たないと」

「……すみません」


 正論すぎる言葉をぶつけられて、さすがにこれには何も言い返すことができなかった。

 仲が悪いのは仕方がない、と開き直って自己防衛していたが、そのままでは苦労するだろう。


 仮に俺が晴れてこの会社の正社員になれたとしても、職場にあの女だったり、アイツ並に嫌いな上司がいるかもしれない。

 相手は最悪だが、今後のためだ。ここで折れたら、きっとこの先、社会で生きていけないだろう。


 ……いや、もう社会に出ないという選択肢もあるか。誰か養ってくれ。

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