第2話 マネージャー
俺の22年の人生は、至って平凡だった。
平凡な家庭に、平凡な頭脳と平凡な容姿、平凡な運動神経を持って生まれてきた。今は上京して、平凡なレベルの大学に通っている。
だから一日後も一年後も、その先だって。俺はずっと平凡を求めてきた。身の丈に合う世界を求めていた。それが一番平和だと思っていたから。
そんな俺だから、目障りだと思っていたやつがいた。
──あなたって、人生つまんなさそうな顔してるわよね。
これは小学校三年生の時、大嫌いな幼なじみに言われた言葉。
『将来の夢』をテーマにした作文で、平凡に生きることをモットーに掲げて発表した日に投げかけられた言葉だ。
そいつはいつも俺を『何の面白みもない現実主義者』だと
しかもその夢は叶いそうにもないおとぎ話で、そいつは高校に入ってからもずっと同じ夢を抱いていた。
俺はその女のことが、昔から大嫌いだった。
口は悪いし、目つきも最悪。会う度に睨んでくるし、怒るとすぐ叩いたり蹴ったりしてくるバイオレンス野郎。よく居る母親みたいにガミガミガミガミ説教ばっかりでうるさいと思えば、
だけど、アイツの夢を見る姿は嫌いではなかったし、別に否定したことはなかった。
あの時までは──。
〇
「なるほど。どうしてもウチの企業に入りたくて、このバイトに応募した……と?」
七月、とあるカフェにて。
俺の履歴書を見ながら、目の前の女性はメガネをクイッと持ち上げた。
「はい。化粧品メーカー大手である御社の事業内容と、全ての女性を美しくすることに情熱を注ぐ御社の社風に惹かれて応募しました」
リクルートスーツに身を包んだ俺は、就活生の模範とも言える回答を返す。
目線は『
「……ふ〜ん、嘘では無さそうだね」
その答えに、小竹さんは大きく頷く。手応えは良好みたいだ。
ちなみに志望動機は真っ赤な嘘。自由な時間に出退勤してもいい、という『フレックスタイム制』と、週休三日制を導入していること、残業も全く無いのに年収2000万円も夢じゃない、という点に惹かれました……、なんて口が裂けても言えない。
「言っておくけど、このバイトはフレックスタイム制じゃないし、お金はまぁまぁもらえるけど、休みは全然ない。それらの点は理解してる?」
「もちろん」
その程度のこと、耐えてみせるさ。晴れて正社員になれば、待っているのは楽園だろうからな。
「あとキミは化学科出身の大学生で、ウチとしては重宝したい存在なんだけどね。このバイトは、化粧品事業にはそんなに携われないかもだけど……、それでも大丈夫?」
「もちろん」
「おっ、良い返事じゃん」
鼻から化粧品事業なんて興味無いからな。
……おっと、その気持ちは顔に出しちゃいけないぞ藍川翼。
「あと、あなたにはウチが推してる例のプロジェクトのマネージャーに就任して貰おうと思ってるんだけど……」
おぉ、正社員でもない俺がプロジェクトのマネージャーか。マネージャーというのはつまり、プロジェクトのリーダーみたいなものか?
「……その辺も、大丈夫?」
「はい。もちろんです」
ミスマッチがあるといけないと思い、不安そうな顔を浮かべる小竹さん。
俺はそんな彼女の目を見てはっきり答えると、またも「良い返事だ」と大きく頷いてくれた。
内容は知らないが、アルバイトの俺がどうやらいきなり重役を任されるらしい。
「聞くまでもないと思うけどさ。
今度はこちらを試すような表情で尋ねてきたが、俺は一切動じず、堂々と胸を張って答える。
「もちろん」
嘘である。
どうせ今、波に乗ってる商品の宣伝プロジェクトか何かだろう。
そのマネージャー? リーダー? 呼称はどっちでもいい。多少激務になるのは承知だが、超絶ホワイト企業で働くためなら喜んでやってやる。
「良かった、話が早くて。過去にもこういうアルバイトは募集したことがあってね。みんな『こんなことをやりたかったんじゃない!』とか言って辞めたり、そもそも応募してくれなかったりして……。でも、キミみたいな人材が居て心強いわ」
「これからよろしく」と小竹さんは両手を差し伸べた。
「こちらこそよろしくお願いします、小竹さん」
俺も両手を出し、互いに固い握手を交わした。
手応え最高。あとは事業に失敗しなければ、俺がホワイト企業の正社員になるのは時間の問題だろう。
「それじゃ行こっか」
「はい、よろしくお願いします」
小竹さんがすくりと立ち上がり、俺も彼女の後を追うようにレジへ向かった。ちなみにお会計は彼女が全額負担。コーヒーとケーキ、ごちそうさまでした。
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