プロジェクト・イカロス〜マネージャーを始めた俺、担当アイドルが元カノだった件〜

緒方 桃

#01 担当アイドルが元カノだった件

プロローグ

第1話 恋愛はオ〇ニーだ

『続いてはこちら! エンゼルスの大谷選手がまたも投打で大活躍です!!』


 とある居酒屋の小さなテレビ。

 夜のニュースでは、世間を熱く盛り上げる『二刀流』の話題が取り上げられていた。


『やっぱり将来は、大谷選手みたいな野球選手になりたいのかな?』

『うん! オータニせんしゅみたいに、アメリカで"にとーりゅー"になりたい!!』


 アメリカで観戦していた日本の小学生が、元気に答えた。

 舌足らずな声で。真っ赤な顔で。キラキラとした純粋な瞳で。


 けれどそれから数年後、はたしてその少年は夢を叶えられるだろうか?


 この先成長して、現実を知って、親や先生など周りの人たちに反対されたり、バカにされたりして……。これからたくさん辛いことが待っているというのに。


 そんなことを、大して何かを本気で頑張ったことがないまま22年生きていた大学四年生の俺──藍川翼あいかわつばさが考えている時だった。


「──ねぇ! 20代で年収3000万円も稼ぐスーパーエリートなのにも関わらず、家事や洗濯、子育てにも笑顔で協力してくれる超絶爽やかイケメンを彼氏にするためにはどうしたらいいと思う!?」


 同じく22年生きてきた明るい茶髪の女子大生が、さっきの小学生よりも無謀なことを口走った。

 舌足らずな声で。真っ赤な顔で。だけど貪欲に塗れて汚れた目で……。


「そんなやつ周りに居るわけねぇだろ」

「いりゅもん!」


 そう言って、強欲な女はビールをぐいっと飲む。

 声には力が無くひょろひょろとしていて、頭は重いものを被っているみたいにフラフラしているのに……。

 でも嘘みたいだろ? まだ一杯目なんだぜ。それ。


「いるもんって、どこに?」

「アタシの友達の彼氏。あの『シャインブライト』で働く超エリートのサラリーマンでさ!! 20代なのに年収が3000万円も稼いでて大変そうなのに、デートとか頻繁に付き合ってくれるだって!! だから、アタシもそんな彼氏が欲しい!!」


 友達も持ってるから自分も欲しい。


 この女、友達が羨ましくてネコ型ロボットに泣きつく小学生みたいなことを言いやがる。

 おまけに丸メガネまでかけやがって。よく見るけど、陽キャの流行か?


 とはいえ、彼女がそういう男を捕まえられないと言いきれない。

 アイドルに負けず劣らずの端正な顔立ち。歳下好きの男に刺さりそうな幼げな顔つき。そして世の男が絶対釘付けになりそうな豊満な胸。


 神様から与えられた沢山の武器を持っているからこそ、彼女は『彼氏に求める条件』として大気圏まで届きそうな高いハードルを立てられるのだろう。知らんけど。


「いや、でもやっぱりどんな人でもいいから彼氏が欲しいぃぃぃ」


 かと思えば、そのハードルを数秒で撤去しやがった。意味がわからん。

 ちなみに女子の言う「どんな人でもいい」の最低条件が『イケメンであること』なのは言うまでも無い。世知辛い話だ。


「あー、いいなぁ。アタシも彼氏欲しいぃぃ〜!!!」


 まるでおもちゃを買って貰えなかった子どものように、女子大生が大人げなく叫んだ。

 

 その声に周りの客たちがびっくりするが、「えっ? お前がそんなこと言う?」みたいな感じで周りのおっさんたちがニヤニヤしている。もう誰かこの女を止めてくれ。


「かっれっしぃ〜、ほっしいなぁ〜♪♪」


 ちらっ、ちらっ、ちらっ。

 変な歌をうたいながら、女友達が何度も視線を向ける。

 どうせしょうもないことを考えているに違いないので無視をする。

 けれどこちらにつぶらな瞳を向けてきたので、堪らず反応した。


「なんだよ」

「誘ってんの。えてきた?」

「は?」

「ウソ」

「髪燃やすぞ」


 やはりしょうもない事だった。

 そんなことより、実にくだらないものだ。からかってくるこの女も、この言葉に誘われて赤面するであろう、多くの男性諸君も。


「お前、そういうのは俺の前だけにしとけよ」

「はいはい」


 本当に了解してるのか分からない適当な返事をして、顔が真っ赤な女友達はビールをもう一杯注文した。まだ飲むの?


「言われなくても、つばさの前でしかやんないし」


 了解したようだ。ならば良い。

 勘違いされて迫られても、そのままノリに乗って付き合いましたー、ってなっても可哀想だからな。相手も、この女も。


「そうだ日向ひなた。彼氏が欲しいと願うお前に、とっておきの情報を教えてやろう」

「えっ、なに? 聞かせて聞かせて!!」


 目を輝かせてくる女友達──日向葵和子ひなたきなこは肩まで伸びる明るい茶髪を揺らしてピョンピョン跳ねる。


「実は俺の友達には、幼なじみの彼女が居てだな……」

「詳しく!!」


 どんな話を聞かせてくれるのだろう!?

 そんな期待を乗せて、アホ毛をピンピン踊らせる。もしかして身体の一部だったりする? 切ったら血が出たりする?? ……まぁ、今はどうでもいいか。


「そいつの彼女は成績優秀でスポーツ万能のクール美少女で、中学では『アイドルみたい』なんて言われてたらしい」

「何それ、チートじゃん。高嶺の花子さんじゃん!!」


 誰だよ、高嶺の花子さんって。


「てか、誰もが憧れるハイパー美少女の彼氏さんになるなんて。その友達、度胸あるじゃん!!」

「……まぁな」


 まるで俺を褒めるかのような笑顔を向けた気がしたので、つい目を逸らした。

 いや、そんなことはどうでもいい。俺は何か怨念が取り憑いたかのように捲し立てる。


「だが、その姿は表の顔。実際は口が悪いし、目つきも最悪。会う度に睨んでくるし、怒るとすぐ叩いたり蹴ったりしてくるバイオレンス野郎。よく居る母親みたいにガミガミガミガミ説教ばっかりでうるさいし、かと思えば、ねたら幼稚園児みたいになってめんどくさいし──」


 まったく、思い出す度にイライラが募るものだ。俺の、友達の彼女、なんてクソ女なんだ。


「だから、俺の友達は言ったんだ。『彼女なんて、作るもんじゃない。あんなものが欲しいと思うのは、バカだけだ』ってな」


 そうだ、俺たちはバカだ。


 表の顔に惹かれて、一時いっときの感情に流されて、『その子と付き合いたい!』と夢を見たかと思えば、実際にその夢が叶い……、その結果がこのザマ。本性にガッカリして、厳しい現実を突きつけられて、はい終了。


 ──恋愛はオ〇ニーだ。


 快楽を得られるのは最初だけ。しかしそれが果てれば、待っているのは後悔だけ。


 日常では喧嘩の連続。それなのに、別れたときの喪失感は半端じゃない。ひどい別れ方をすれば今後、トラウマとして一生引きずることになるし、おまけに周りが『あのカップル別れたらしいよ』と噂する。


 加えて、今までかけてきたお金も時間も、別れた瞬間に『無駄だった』と嘆くのだ。


 こんなオ〇ニー以下の概念が甘酸っぱい? アホくさ。

 一回まともに味わってみろ。

 あれは『夢』と『現実』の大きなギャップで当事者を死に至らせる猛毒だ。


「だから日向、お前に告ぐ。──恋愛なんかやめとけ」


 そして世の男性諸君に告ぐ。

 致せ。それで満たされるなら、お前たちの人生はバラ色だ。


「ふーん……。で? 何の話??」

「俺の、友達の苦痛の叫びの話だ」

「ふーん……」


 神経が通っているであろうアホ毛を垂れさせて、日向はジト目を向ける。


「……なんか、翼ってさ。人生、つまんなさそうに生きてるよね」


 ふん、勝手に言ってろ。

 全部、つまらん現実が悪いのだから。


「そういえば翼、話変わるけどさ」

「なんだ?」

「最近、就活はどう?」

「…………」


 その瞬間、つまらん現実が首に刃を突きつけてきた。

 くそっ、せっかく今日は就活のことを忘れるために居酒屋に来たのに。


「あっ、もしかして聞いちゃいけないやつ?」

「……いや、別に」


 日向を心配させまいと平然を装うが、きっと表情ではごまかせていないだろう。

 俺は日向の目を直視せず、小さく開口した。


「……実は俺、就活やめた」

「えっ? 内定は?」

「無い」

「えっ?」

「それで、就活だるいなと思って辞めた」

「えっ? えっ?」

「それで、バイト始めることにした」

「えっ? どういうこと? まさかフリーター!?」

「ちげぇよ」


 いや、合ってるのかもしれないけど。言葉足らずだったな。俺ははっきりとした情報を日向に伝えた。


「働くんだよ、第一志望の企業で。正社員になるためにな」


 元々俺は、大きなものを望まない人間で、未練がましい性格ではないと思っていた。受験の時はいつも『身の丈に合う学校』を受験していた俺だ。もちろん就活でその企業に落とされた当時は、身の丈に合わないのだときっぱり諦めたはずだった。

 それなのに第一志望を諦められない身体になっていたとは。


 ……一体、誰に当てられたのやら。

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