6話 後編
◇◇◇◇◇
「では、お待ちかねの結果発表といこう。」
魔女の言った時間が経ち、運命のときが訪れる。
二人の観衆が見守るなか、魔女が『流転する形象』の扉に手を掛ける。
そして、ついに待ち望んだ扉が開く。魔女の後ろから2つの息を呑む音が聞こえる。
箱の中には、再び時を刻み始めている懐中時計が存在していた。
「おお!直ったのか!」
男はそれを我慢できずに飛び出し、懐中時計を手にしてよく確認する。
「よかったですね。」
「ああ、ありがとう。素晴らしい出来だよ。」
リリィが男に祝福の言葉をかける。男はそれに対して返事をして、懐中時計の良好な状態に称賛を送る。
「いや本当に修復できるとは……キミは結構運が良いね。」
「これを直すため色々と苦労したが、諦めなくてよかったよ。……魔女の名は伊達じゃないのだな。」
魔女は心無さそうに拍手をする。彼女は成功すると思っていた可能性はそこまで高いワケではなかったのだろう、修復が成功した結果に本気で感心している。
男は二人に向き直り、できる限りの感謝と称賛の言葉を送る。いろんな感情が込み上げてきたのだろう、何か我慢するような顔をしていた。
それを受けてリリィも男に共感したのか、泣きそうになっている。
懐中時計の修復によって、店の中全体が感動的な雰囲気に包まれた。
「何度も言うがこの懐中時計を直してくれて、本当にありがとう。貴方たちに出会うことができてよかった。」
そうしてしばらくして、男が何度目かの感謝を述べる。
「せいぜい壊さないようにしてくれ。一度説明したが、もう直すことはできないからな。」
「そうですよ、大切にしてくださいね。」
魔女とリリィが男に忘れないようにと忠告する。男はそれに苦笑しながら、分かっていると返事をする。
「ではそろそろ出ていくとするよ。改めて本当にありがとう。」
そう言って男は上機嫌で雑貨店をあとにしていったのだった。
カラン、カラン……。
◇◇◇◇◇
朗らかな太陽の光が差し込む昼下がり。
そんな時間であっても客が一人もいない店内で、少女がひとりで掃除して汗を流していた。
「ふぅ~、やっと終わりました~。」
掃除が完了していなかった最後のエリアの掃除を終えて、リリィは自分の腕で額をぬぐう。
掃除を終えた店内は清潔感ある空間となり、商品が丁寧に陳列されていた。魔女の手によって棚やショーケースの上から下まできれいに拭かれ、透き通った窓から差し込む日差し店の商品を照らしていた。
ここまで綺麗な店内ならば、店に来た客もより良い気持ちで商品を見まわることができるだろう。
「ご苦労、では休憩にしようか。お茶を淹れてきてくれ。」
「それもリリィがやるんですか……魔女様も何か働いてくださいよ。」
魔女はリリィに休憩を促しながら、その休憩の準備をさせる。
その理不尽な態度に、少女は魔女に届かない愚痴をこぼす。
そう愚痴を吐きながらも、お茶の用意をしようとリリィは店の奥に向かっていった。
カラン、カラン……。
「おーい、お邪魔するよー。」
ドアのベルの音とともに、男が挨拶をしながら入店してくる。
それは先日、懐中時計の修復を依頼しに来たあの男であった。
「またキミか……アレク君。勘違いしてるかもしれないが、うちは修理屋ではないんだよ。」
この男はアレクという名前らしい。何度かこの店を訪れるうちに、男の名前のことも知ることになった。
人の名前の覚えるのが苦手な魔女でも、男の名前を覚えてしまうほどであった。
「ハハハ、そうだったのか。それはそうとして、今日はこれを頼みたい。」
アレクはそう言って、平然と持ち手の壊れたバッグをカウンターのテーブルに置く。
魔女はそれを見下したような目で見る。明らかに煩わしいと思っていることが分かる。
「これならワタシに頼まなくても直せるだろう。あまり便利に扱われるのも癪なのだが。」
「いいじゃないか、これぐらい。ちゃんと代金も払っているんだから。」
「用が済んだらさっさと帰れよ。」
魔女は大きな溜息を吐いて椅子から立ち上がる。その態度にアレクが「つれないな」と呟く。
店の中にはまだ『流転する形象』が置かれていた。
倉庫に戻すようにリリィに指示したが、彼女が「嫌だ、もう運びたくない」とごねたのだった。魔女はこの男がこれ以上入りびたるなら無理やりリリィに片付けさせるか、と思案しながら箱にバッグを入れる。
そんな思考を知ってか知らずかリリィがお茶を持って帰ってきた。
「あれアレクさん、来てたんですね。いらっしゃませ。」
「やあ、リリィちゃんお邪魔してるよ。」
「本当に邪魔だから早く帰ってくれ。」
リリィが店に来ていたアレクに気づき、挨拶を交わす。
「おいおい、そんなに邪険に扱わないでくれよ。」
「そうですよ。お茶でも飲んでいってください。」
魔女の悪態に対して二人が言い返す。魔女はそれを聞こえないとばかりに無視する。
少しして魔女が箱に入れたバッグを取り出し、アレクたちのもとに持ってくる。二人は仲良くお茶の準備をしていた。
「ほら終わったぞ。早く代金を払って帰ってくれ。」
「……だんだん取り出す時間が早くなっていないか?」
「これは実験も兼ねているんだ。じゃなきゃこんなつまらない依頼を何回も受けるワケがないだろう。」
アレクの物言いに対して、客の依頼を実験だと暴露する不機嫌そうな魔女。
「分かった分かった、これ以上長居すると本当に嫌われそうだ。今日はもう出ていくとするよ。」
アレクは不機嫌な魔女に恐れをなしたか逃げるように店を出ていった。
カラン、カラン……。
アレクの急ぐ後ろ姿を見送ったリリィが口を開く。
「あああ、行っちゃいました……」
少女は残念そうだ。
「それにしても中々失敗しないですね。」
「確かにな……前に使ったときは、もう少し成功率は低かったんだが。運が良いのか……入れるものが成功しやすいのか……」
アレクから受けたいくつか依頼はその殆どが成功していた。
ただこの結果は魔女も実験不足だったため、良いサンプルになると考えていた。
「まぁでも、これ以上のサンプルはもういい。次からは依頼は断ろう。」
「ええっ、それはちょっと可哀想じゃないですか?」
魔女の決定にリリィは苦言を呈する。彼女はなぜか魔女から目を逸らしながら話す。
「というワケで、「これ」はもう倉庫に片付けろ。」
「いや〜、もう少しだけ実験を続けたほうがいいと思いますよ。ほら、まだまだ分からないことがあるんですよね。もしかしたら新たな発見があるかも?」
リリィはなんとか魔女を言いくるめて、仕事を先延ばしにしようとする。
「うるさいな、早く片付けろ。必要になったらまた持ってくればいいだろう。」
「うえ〜ん。どうせその時に持ってくるのリリィなんでしょ〜。ほら、あそこの空きスペースとかに……」
その後もリリィは粘り強く食い下がった。しかし、結局魔女を言いくるめることは出来ずにリリィは悲しげな表情になった。
◇◇◇◇◇
空が厚い雲に覆われて日の光を閉ざす午後。今日は朝から静かな雨が降り続けていた。
雨の影響か街の人通りは閑散としていて、じめじめと少し暗い雰囲気を漂わせていた。
カラン、カラン……。
そんな日であってもこの雑貨店に訪れる人間は存在するようだ。
「っ!?」
しかし、ベルの音を聞いて扉の方に目を向けたリリィが見つけたものに言葉が詰まる。
入ってきた人物は普通の人間ではなかった。身体の大部分に包帯が巻かれており、一目見て大怪我を追っていることが分かる。
おおよそ買い物に出かけてもいい状態ではない。素人目で見てもベッドの上で安静にしていなければいけないだろう。
「入ってきて早々ですまない。修復の依頼をしたいのだが。」
「ええっ、アレクさんなんですか!?どうしたんですかその怪我、安静にしてなくて大丈夫なんですか?」
男の声から察するに入ってきた人物はアレクのようだった。その声は怪我の痛みのせいか、少し掠れている。
「ハハハ、大丈夫だよリリィちゃん。見た目ほど重大な怪我なわけではないんだよ。ただ治るまでちょっと動きづらいんだけどね。」
「そ、そうなんですか。」
アレクが過度に心配させまいと自身の正確な現状を伝える。それによって、リリィは少し胸を撫でおろす。
リリィが落ち着いたのを確認して、アレクは語り始める。
「いや、じつはミスをしてしまって、仕事関係の事故に巻き込まれてしまったんだ。医者には全治3か月と言われたよ。いや~ちょっと張り切り過ぎてしまったかな。」
「それでもしかして依頼というのは自分の身体というわけかい?」
我慢できなくなったのかアレクの話を遮って、魔女は面白そうな顔で結論を尋ねる。そして、アレクはそれに少し驚きながら頷く。
「あ、ああ、自分の体でもあれの中に入れられるだろう?人間でも使えるのか?」
「人間ではまだ試していないな。バカ弟子で試せそうなときに使おうとは思っていたが。」
「うえっ!?」
アレクの問いに魔女は答えられない。さすがの魔女も人体実験は行っていなかったらしい。行う予定はあったらしいが。
リリィは今後、絶対に怪我を負わないと心の中で固く誓った。
「人間じゃなければ実例があるのか?」
「小動物程度なら成功例もある、もちろん失敗例もあるが。」
「……失敗するとどうなるんだ?」
魔女がポロリとこぼした「失敗例」という言葉にアレクが少し恐怖を覚え、確認する。
「……聞かない方がいいだろう。どうであれ成功するしか命はないようなものだ。」
「……」
魔女は面倒くさくなったのか、説明を省略する。
そして、魔女が説明を省略したことでアレクの恐怖がさらに助長された。リリィはそんなアレクを心配そうに見つめる。
しかし、しばらく考えたのちにアレクは意を決したように魔女に顔を向けた。
「いや、試してくれ。そんなに寝ていられるほど暇でもないんだ。今までの修復の依頼も成功していたんだし、今回も成功するだろう。」
「一応言っておくが、あまりあすすめできることではないぞ。」
魔女がニヤニヤした顔で止めておく、しかし、アレクはそれを聞いても意見を変えようとはしない。
「そんなに脅さないでくれ。せっかく覚悟を決めたというのに。」
「……ではしかたない。おいバカ弟子、持って来い。」
魔女の非情な命令とアレクの決意に挟まれて、リリィは声にならない悲鳴をひそかに上げたのだった。
◇◇◇◇◇
疲れ切って床で倒れているリリィを横に魔女とアレクが作業を進める。
再び倉庫から帰ってきた『流転する形象』は物々しく店内に鎮座していた。
「それでは始めようか。」
アレクは遂にやって来た最後の審判にさすがに息を呑む。
『流転する形象』が口を開く。その中は何かもを飲み込んでしまいそうなほど大きく感じられた。
ここに飛び込めばもう帰ってこれないのではないのかと思わせる不気味さがそこにはあった。
それを感じてアレクは少し怖気づくが、かぶりを振ってその恐怖を振り払おうとする。
その後、気合を入れなおたアレクはその足を一歩前に進めた。
「最後の確認だが、本当にいいんだな。先にも言ったことだが、命の保証はないぞ。」
「なかなかにしつこく確認してくるな、もしかして実は止めて欲しいと思っているのか?」
「いや、中に入ってから暴れられると困るのでな。覚悟だけはしっかり決めておいてもらおうと。」
アレクが箱の真ん中まで歩みを進めた。あとは魔女が扉を閉めれば準備は完了し、修復が始まるのだろう。
最後に魔女は扉に手を掛けたまま、『流転する形象』の中のアレクに語り掛ける。
「ああ、始めてくれ。必ず帰って来るさ。」
「……」
アレクの返事に魔女が静かに扉を閉める。
いつの間に回復していたのか、リリィも傍まで来ており固唾を呑んでアレクを見送った。
「そてと、鬼が出るか蛇が出るか。」
……そして修復が終わるまでしばらく時間が過ぎた。
「そ、そろそろ開けてもいいんじゃないですか?」
リリィはアレクがどうなったかが心配なのか、結果がとても気になるようだ。時間が経って待ちきれなくなったのか、魔女に開けること急かすように経過を聞く。
「ああ、いいんじゃないか。では開けてみろ。」
「は、はい。」
魔女の返答を聞いて、飛び跳ねるように『流転する形象』に向かう。
そして、期待と心配が入り混じった表情で取っ手に手を掛ける。
「あ、開けます。」
ついに口が開き、隔絶されていた空間のつながる時が来る。今この時にアレクの運命は確定的なものとなる。
扉を開けたその先には…………無傷のアレクが立っていた。
「ん、あれもう開けたのか?一瞬気を失っていたよ。」
「アレクさん!無事で良かったです。怪我も治ってますね。」
「え、あれ本当だ、いつの間に……まさかこんなきれいに治るなんて。リリィさんも心配してくれてありがとう。」
扉を開けられて入ってきた光に一瞬目を眩ませるアレク。
無事であったアレクを見て、リリィが喜ぶ。
アレク自身も自分の怪我が治っていることに気づいていなかったようだ。
「人間でもうまくいくものだな。一応忠告だが、もうオマエ自身に使うことはできないからこれからは気を付けるんだな。」
「そういえばそうだったな。ありがとう気を付けるよ。」
その後、雑談がてらアレクの状態を確認するなどして時間を過ごした。アレクの身体には異常は見られなかった。
「では元気になったし、帰るとするよ。早く体を動かしたくてたまらないんだ。さよなら、魔女さんリリィさん。」
そう言ってアレクはもう待ちきれないという感じで雑貨店を出ていく。
そのときにアレクは懐からコロンと何か硬そうなものを落とす。しかしアレクはそれに気づくことなく、止める間もなく店を出て行ってしまった。
「あれ、アレクさん何か落としていきましたけど。」
リリィが遅れてそれに気づき、拾って落としたものを確かめる。
それは何回目かの依頼で修復した大きな宝石をはめたブローチであった。たしかこれも思い出深い品であったはずだ。
「大変です。届けてあげないと。」
「落としたことに気づけば取りに来るだろう。それにあの様子だと今から追いかけても追いつけないさ。」
「そ、そうですね。」
「そんなことよりも邪魔なこれを……おい、それをこっちに持ってこい。」
「は、はい。」
アレクを追って返しに行こうとするリリィを魔女が引き留める。リリィはあっさりと自身の善意を止められて、少し居心地悪そうにしている。
そして片付けをさせようとしたところで、リリィの持つブローチに違和感を覚える。
魔女は渡されたブローチを店の灯りに照らして観察する。それは何かを確認しているようだった。
「……偽物だな。そういえば、あのときはしっかりと面倒で確認していなかったな。」
「え?偽物でできたブローチを直してたってことですか?」
どうやらブローチについている宝石が偽物であったらしい。リリィはアレクがわざわざお金を払って偽物を直したのかと危惧する。
「いや、くだらん思い出話を聞いている間に直す前の状態は確認していた。壊れてはいたが、そのときは本物であったはずだ。」
「それじゃあ……」
「入れたあとで偽物に変わったということだな。まあそういうパターンもあるか、見た目が変わらなかったから分からなかったな。」
「じゃあ失敗してたこともあったんですね。良かったです、今回は成功して。」
「ではこれはどこかに保管しておけ。」
実は修復は成功だと思っていたことも失敗していたらしい。
魔女は事実を確認して満足したのかブローチにはすでに興味をなくしており、リリィに遺失物の管理を丸投げする。
「は、はい分かりました。」
リリィは魔女の指示を受けて、店の裏のそうしたものが集められている保管場所に持っていこうとする。
「…………」
リリィは偽物のブローチを運びながら、自分が思いついてしまった恐ろしい可能性について考えないようにしていた。
『魔女の雑貨店』は今日も迷い人を探す――。
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