6話 前編
商店街には人の姿がちらほらと見られ、暮れゆく夕日がそれらを柔らかく照らしていた。昼間の騒がしいほどの活気は落ち着き、夕方の静かな雰囲気が漂っている。
雑貨店の向かいにある古くからある古物商の店は、その商店街の落ち着いた雰囲気に溶け込むように佇んでいた。主人である老人はいつものように、店の前の飾られている何を模しているかよく分からない像を磨いていた。店先には像の他にも抽象画とも思われる絵画や、ところどころの部品が歪な船の模型など雑多なものが飾られていた。
そんな目を引くような奇怪なオブジェにも気を取られず、商店街を歩く男がいた。その男は小脇にカバンを抱え、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回していた。
◇◇◇◇◇
リリィは雑貨店の倉庫で物品を整理していた。『魔女の雑貨店』はさまざまな品物がしまい込まれており、小さいながらも倉庫には埃のかぶった箱や骨董品のような物で埋め尽くされていた。
「ふう……ものが多すぎます……」
リリィは小さく息を吐きながら、ひとつひとつの箱を丁寧に扱っていた。
しばらく倉庫の整理を続けると、ひとつの古びた木箱に目が留まった。その箱を手に持つと、軽く硬いもの同士のこすれる音がした。
「これは……?」
リリィは興味あり気に木箱を手に取り、その箱の蓋に手をかける。何か不思議な感覚が、箱に触れる手から感じられた。
箱を開けると、そこには鮮やかな紅い色の石たちが煌めいていた。古びた木箱の中に収められた石は、まるで星のように美しく輝いている。
「きれい……!」
リリィはその美しい輝きにうっとりと見入ってしまう。
しかし、しばらくしてリリィは疑念を抱く。なんとなくこの石があまりにも美しすぎるように感じられた。それなのに箱の中に雑多に詰められていて、高価な宝石にしてはぞんざいな扱いであった。
リリィは箱を持って、魔女の元へと走った。彼女はこんな高価なものが、倉庫で眠らせたままにしておいていいのか、魔女の意見を仰ぐことにしたのだった。
リリィが倉庫から出て見つけた魔女は、珍しく読書中でなかった。彼女はカウンターで店の商品を何か探るようにいじっていた。
そんな魔女にリリィは恐る恐る声をかける。
「この宝石ってあの結構高価なやつじゃないですか?倉庫でこんな風に置いておいていいんですか、魔女様?」
魔女はリリィのほうを向き、彼女が手の中にある石を眺める。そして、そういえばそんな物もあったな、というふうに言った。
「ああ、それは別に高価な宝石じゃない、偽物だよ。」
「え、これが偽物なんですか?とっても綺麗ですけど……」
リリィが魔女の言葉に驚きながら、手元の石たちを見つめる。
「本物よりも輝きが鈍いし、比較的多く採れて希少価値が薄いからな。……ほれ、これが本物のほうだ。」
「……へ~、たしかにさっきのよりも綺麗かも……」
リリィは一旦、持っていた木箱をテーブルの上に置き、魔女から本物の宝石を受け取る。そして、受け取った宝石をまじまじと光に当てて見る。
本物と言われる鉱石は光にかざすと、先ほどの石よりも透き通っていて鮮やかに輝いている。
「まぁ、安価な理由はその偽物が人体に害があることなんだが。」
リリィが宝石を眺める最中に、魔女がさらに情報を付け加える。
「えっ、先に言ってくださいよ!」
「それは本物のほうだ。」
「……」
リリィは魔女の発言にびっくりして本物の宝石もテーブルに置く。驚きに支配され、勘違いするリリィに突っ込みを入れる。
「ビビらなくとも毒があるのは体内に入ったときだ。加工の際の粉塵を吸い込むとかな。」
「……魔女様、わざとでしょあのタイミング……」
魔女に突っ込まれて冷静になったリリィがぼそりと恨み言を呟く。
魔女はリリィの言葉が聞こえなかったのか、聞こえていて無視しているのか分からないが、気にせず説明を続ける。
「その石が倉庫にあったのはその毒目当てで集めていたものの余りだ。もう必要なくなったから倉庫に置いてあったんだ。」
「こんなに綺麗なのに毒があるなんて、なんかもったいないですね。」
リリィは残念そうにテーブルの上にある偽物と呼ばれる石を見つめる。その目には本物と比較され、劣っていると言われるものたちへの憐れみがこもっていた。
「まぁ、見た目だけ良ければいい人間なんてたくさんいる。加工も別の人間にやらせれば関係ないからな。」
「…………」
リリィは今の話に何かを思い当たる節があった。
(…………この前、魔女様の手伝いのあとに体調が悪くなったのって、もしかして……)
リリィは魔女にあのときの真実を明らかにしようと立ち上がる。
「ま、魔女さ……」
カラン、カラン……。
リリィの問いかけを遮るようにドアのベルが鳴り響く。
リリィと魔女はその音を聞いて、ドアの方向に二人とも顔を向ける。
そこには身なりの整った男が立っていた。男はいくらか高級であるような服を身にまとっていて、小脇に小さなカバンを抱えていた。
男はやっと見つけられてうれしいといった表情で、どこかに確信めいて尋ねる。
「あ、あなたがこの店の主人の魔女で合ってるか?」
「ああ、そうだよ。それでアナタは何をお求めで?」
男の問いを肯定し、魔女は男に用件を問い返す。
男は用件を聞かれ、待っているカバンの中を漁りながら答える。
「実はなにか欲しいものがあってきたワケではないんだ。用件はこれに関してなんだが。」
男がそう言ってカバンから取り出したのは、とても丁寧な装飾がされた懐中時計だった。
しかし、その時計の針は止まっており元々の役割を果たしていなかった。
その懐中時計について男は説明を続ける。
「実はこれは妻からのプレゼントなんだ。しかし先日ぶつけってしまってね、それからこの有様なんだ。これの修復をお願いしたいのだが、どうにかできないだろうか?」
魔女は懐中時計を手に取り、その状態を調べる。よく見るとその表面にはぶつけた衝撃が多少の凹みができていた。高価なものなのだろう、その中身は相当緻密に作られていて一度壊れてしまえば、作った本人でさえ直すのは難しいだろう。
「新しいものを買ってしまう方が手っ取り早いと思うが、そうはいかないのか?そもそもうちは見ての通り、小さな雑貨店だ。」
「ああ、これはちょっと思い出深い品なんでね。魔女さんなら魔法やなんやらでなんとか出来るんじゃないかと、こうやって探してきたんだ。」
男はどうしても直したいという理由を話す。その言葉から彼の本気が窺える。
「はぁ、魔法はそれほど万能ではないぞ。まぁ方法はあるにはあるが、どうなるか保証できない。そもそもこの懐中時計を直せるかどうかも分からない。それでもかまわないか?」
「あぁ、どっちにしろもう既にこんな状態なんだ。少しでも望みがあるなら、どんな方法でもお願いしたい。」
魔女はやんわりと男に諦めるように促すが、男は藁にも縋る思いで懇願する。
その態度に魔女のほうが仕方ないと折れる。
「……まぁいいか。バカ弟子、倉庫にある赤い大きなキューブ状のものを持ってこい。目立つ見た目だからすぐに分かるはずだ。」
「はい!行ってきます。」
男の依頼を受け、魔女がリリィに指示を出す。リリィは元気よく返事をして、ドタドタと音を鳴らして倉庫のほうに駆けていく。
男はリリィの姿が見えなくなるまでその背中を目で追いかけていた。
「……魔女ってのは本当なんだな。少し懐疑的ではあったんだが。こんな状態の時計を修復できるとは、噂は真実だったんだな。」
「ふふっ、ワタシが魔女を騙る詐欺師だと?失礼な人間だな。」
男が実は魔女に疑念を持っていたことを聞いても、魔女が気を害する様子は無い。むしろ面白がっているようで、小さな笑みが漏れる。
「いや、すまない。実はここに来る前にもいろんな所を回ってきたんだが、そこでちょっと色々あったんだよ。」
「言わずとも想像がつくね。そこで詐欺師のような連中に出会ったワケか。」
「そういうワケだ。」
男は弁明のために、これまでの苦労話を打ち明ける。その沈んだ表情からその道中の苦労がうかがい知れる。
魔女はその話を黒い微笑みのまま耳を傾ける。
そうして他愛もない雑談が続く――。
◇◇◇◇◇
「魔女様~」
それから少しして倉庫のほうからリリィの声がする。しかし、それは地獄の底からの叫びのように聞こえた。
「大きいって言ってましたけど、こんなに大きいとは聞いてません~この箱めちゃくちゃ重いです~」
現れたリリィは自身の背丈以上の大きさの硬そうな立方体の赤い箱のようなものを背負っていた。ノッシノッシとそんな音が聞こえてくるような足取りと苦悶の表情で、魔女たちのほうへやって来る。
およそ少女が背負える大きさではない硬質的なそれは、運搬者の顔を見る限り相当な重さを持っていることが窺える。それでも少女がそれを支えられている事実は驚くべきことだろう。
箱の側面についた大きな扉には扉が勝手に開かないようにいくつか留め具が付けられており、それによりさらに箱の重厚感が増していた。
「運搬ご苦労。間違えようがないくらい分かりやすかっただろう。」
「倉庫で見つけたときは間違いであってほしいと思いました……。」
ハァハァと息を切らしながら、リリィが魔女の語り掛けに答える。その絞り出したような言い方から、彼女が倉庫でとても大きな箱を見上げたときの絶望が察せられる。
「そんなことはどうでもいい。目的のものが到着したんだ、依頼の話をしよう。」
魔女はリリィの疲労を無視して話を進める。そんなことと言い捨てられたリリィは悲しい顔をしていた。
「バカ弟子が持ってきたバカでかい箱の説明を始めようか。これは『流転する形象』というんだが、これに壊れたものを入れれば、修復されて出てくる。」
「なるほど、これに懐中時計を入れれば直すことができるというわけか。」
男は魔女の説明に納得し、懐中時計を持って『流転する形象』に近づく。
「まぁ待て、保証できない方法だと言っただろう。これを使うときの注意事項がある。」
「注意事項?」
魔女の忠告に男の動きが止まる。
魔女は人差し指を示しながら説明を続ける。
「直って出てこない場合もあるんだ。そして一度入れた物はもう一度入れたとしても、もう二度とこいつの効果は受けられない。」
「つまり修復は確率的で、挑戦できるのは1回だけということか。」
「理解が早くて助かるよ。」
どうやら、どこまでも便利なものということはなく、いくつかの制限があるらしい。
男は魔女の話に理解を示し、魔女は男の理解に感心を示す。
「初めにも言ったが、どっちにしろもう既にこんな状態なんだ。これ以上悪くならないなら、賭けるしかないだろう。」
「まぁそれもそうだな。では試してみようか。ちなみに直らなくても代金はいただくからね。」
男は覚悟を決めたように告げる。
男はここに来るまで多くのものを費やしてきた。ここは彼の願いを叶えることができる最後の望みなのだろう。
魔女は相も変わらず、金の亡者であった。
「では説明も終えたし、さっそく始めようか。」
そして魔女が椅子から立ち上がり、ついに修復の儀が始まる。
魔女が大きな赤い箱の扉の複数の留め具を外し、懐中時計を中に置く。
その後、扉を閉めて再びすべての留め具を掛ける。
これで、あとは中に入れたものの修復を待つのみである。
「それで、これはいつまで待てばいいんだ?」
扉を閉めた後、男がふと至極当然な疑問を口にする。そういえば、どれくらい修復に時間がかかるのか魔女は説明していなかった。
「ん?知らん。」
「え?」
「え?」
魔女の予想だにしなかった一言で男とそれまで黙っていたリリィの二人が揃って声をあげる。二人ともそんなバカなという表情だ。
「おいおい、それって大丈夫なのか?」
「そうです。一度しか試せないんですよ。」
そう言って、二人は魔女の無責任な発言に追及する。
そうすると、二人の追及を受けた魔女は鬱陶しいそうにそれを払い除けようとする。
「五月蠅いな、そもそもこいつはまだ実験段階だったんだ。それなのにキミが無理を言ってきたんだろ。それに直る保証はないと先に断ったはずだが。」
「うっ、確かにそうだが……いや、すまない。やっと直るかもしれないと思い、少し気が急いていたようだ。」
魔女の反論に男が自分の言葉を思い返し、引き下がる。リリィも男が引き下がったのを見て、それ以上は何も言わなかった。
「一時間も待てば十分だろう。それが過ぎれば出してみるとしよう。」
そうして、三人は時間が過ぎるのを待つことにした。
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