4話

 ある日の商店街。

 騒がしいはずの商店街は、いつもとは異なる不穏な雰囲気に包まれていた。通常なら活気に満ちた賑わいがあるはずの場所が、今は静寂と緊張に満ちた光景が広がっている。

 通りの人々は一様に何かを話し合っているようだった。


 隣のおしゃべりな靴屋の主人も不安そうに客と話していた。

 ――


 そんな通りを駆け抜けて、袋を抱えた少女が雑貨店に入っていく。

 

 カラン、カラン……。

 

「魔女様ー。ただいま帰りましたー。」

 

 リリィは店のドアを開けて、明るい笑顔で自身の帰還を伝えた。袋の口から覗く食料品を見ると、どうやら買い物から帰ってきたところのようだ。

 

 店のカウンターで暇を謳歌していた魔女がリリィの帰りに気づく。


「ずいぶん遅かったな。大好きな道端の雑草でも意地汚くむさぼっていたのか。」

「なんですかその言い方!リリィのことをなんだと思ってるんですか!ちがいますよ!」


 リリィは魔女のひどい言いぐさに地団駄を踏んで怒りを表現する。

 魔女はリリィの怒った様子を見ても、たいして気にした様子もなく続ける。


「なんだ違うのか。それでなんで遅くなったんだ?」


 魔女は少し残念そうに鼻を吹かしながら椅子にもたれかかる。そして首だけを動かしてリリィに向き、当初の疑問に戻る。


「もう、ちょっと店の人との話が長くなっちゃったです。別に道草食ってたわけじゃないんですよ。」


 リリィは納得いかないと口を尖らせながら答える。


「そういえば、その店の人から聞いたんですけど魔物が出たらしいですよ。」

「魔物?珍しいな。」

「もう村がいくつか襲われてるらしいですよ。」

 

 リリィは思い出したという切り口で店での噂の内容を魔女に話す。

 

 魔物とは一般の人間の生活に大きな被害を出しうる動物の総称である。一般に魔物と呼ばれるものは普通の人間では勝てないような強さや、人間を積極的に襲う凶暴性を持っていることが多い。

 他にも人類に多大な被害を出す可能性のある生物も含まれる。


 どうやらその魔物が出現したらしい。街の人々が妙な騒ぎになっていたのはそれが理由だったらしい。


「この街の一般人まで騒ぎが広まってるんだ。冒険者たちが動かなくとも、軍隊が動き出す頃だろう。」

「そうなんですけど……。でも結構襲われた人も多いそうで、皆不安になってるみたいです……」


 魔物は普通弱いものであれば、「冒険者協会」と呼ばれる個人や組織から依頼を受けて任務を遂行する民間団体によって討伐される事が多い。そうでなくとも、ある程度被害が出れば街の軍隊が魔物の討伐に動き出す。


 普段はそのようにして街は守られている。逆に言えば街から離れている村などは、冒険者や軍隊が来てくれるまでに襲われてしまう可能性がある。

 実際、村に知り合いがいる住民もいるのだろう。


「早く倒されるといいですけど。」

「ワタシたちはどうしようもないからな。精々さっさと討伐されること祈るだけだな。」

 

「早く倒されますように……」


 魔物が出たからと言っても、彼女らに今からできる事はない。リリィのように、できるだけ早く討伐されることを手を組んで天に祈るばかりだ。


 カラン、カラン……。

 

 そんなことを話していると、店の扉がゆっくりと開かれ男が店内に入ってきた。

 彼は落ち着いた雰囲気であるが、その顔は覚悟を決めたような真剣な顔であった。その動きやすそうでありながら防御力を意識された身なりは、まるで冒険者のように見える。


 男は店内の商品に見向きもせず、真っ直ぐに魔女とリリィのもとに歩み寄ってくる。

 リリィは買い物してきた物をしまうため、店の奥に引っ込んでいった。


 魔女は真っ直ぐ歩いてくる男の姿を見つめながら問いかける。

 

「いらっしゃい。お探しのものは決まってるかい?」


「ああ、僕はエリック。冒険者をやっているんだけど、この近くで魔物の被害が出ていることを知ってるかい?」

「聞いてるよ。なるほど、君はその魔物を討伐する依頼を受けてるってことか。」

「そうだよ。」


 エリックと名乗る冒険者の男は、どうやら噂になっている魔物を倒しに行くようだった。


「まさかキミ一人で討伐に行くのか?パーティメンバーはここに来ていないのか?」

「魔物退治は僕一人で行くつもりだよ。」


 魔女は一人で店にやってきたエリックを見ながら疑問に思ったことを尋ねる。

 エリックは自信満々に答える。相当腕の立つ冒険者なのだろうか、そこまで屈強な見た目ではないが。


「キミの実力も今回の魔物の強さも知らないが少々無茶ではないかね?」


 魔女は無謀な挑戦をするように見える青年を形ばかりの心配をする。

 

「確かにアイツを僕一人で倒すのは厳しいね。でも一刻も早く行かなくちゃいけないんだ。」


 どうやらエリックは無茶であることを理解しているらしい。それでも急ぐ理由があるようだ。

 魔女はエリックの事情に関してはもういいや、という風に話を切り替える。


「それで魔物の討伐にこの店のものが必要なのか?」

「そうだ。恥ずかしながら最近、武器を壊してしまったんだ。それで魔物を倒すための剣を探している。」

「いやそれなら武器屋に行けよ。」


 エリックの答えに対して魔女は真顔でもっともな意見を即答する。

 しかし、彼は真面目にここに剣を探しに来たようだった。


「いやそれはそうなんだが……しかしここにも剣があるだろう?」

「あるにはあるが、武器屋で探せばもっと良いものがあると思うぞ。この商店街の端のほうにあっただろう、腕は悪くなかったはずだ。」


 魔女の提案にエリックは不思議と渋る様子を見せる。


「そうだな……」


 エリックがここで初めて店を見回す。何か目当てのものを探しているようだ。


「……ほら、あそこに剣が置いてあるじゃないか。あの剣はとても切れ味が良さそうだ。」

「ん、ああ、あれか。たしかに切れ味はいいな。」


 そうして見つけた壁に飾られている、ひとつの剣を指さす。

 それはどこか優雅な雰囲気を放つ直剣であった。その刃は確かに鋭く輝いていた。

 

 魔女は指された剣を見て、エリックが見つけるまで忘れていたその存在を思い出す。彼女は剣を訝しげに見つめながら言った。


「あの剣が欲しいのか。一応、他にも武器になるものはあるぞ。」

「いや、あれを頼む。」


 エリックは固く頷いて答えた。彼は他のものには興味を示さず、必ずその剣を手に入れたいと思っている様子だった。

 エリックが魔女と代金のやり取りをする。


「バカ弟子、話は聞いていただろう。あれを渡してやれ。」

「は、はい。」


 いつから聞いていたのだろうか。リリィは買ってきたものを片付け終えた店の奥から戻ってきていた。

 リリィは魔女の指示でその飾られている煌びやかな直剣を取り外す。その重さに少しよろけ、剣をしっかり抱えて小走りでエリックの元へと持ってくる。


「はいどうぞ。」

「ありがとう、リリィちゃん。」

 

 エリックは笑顔でリリィから剣をしっかりと受け取る。リリィもエリックからお礼を言われ笑顔になる。

 魔女はその様子をじっと見つめていた。

 

 そしてエリックは受け取った剣を掲げて、剣の鋭く光る刃を見つめる。


 その姿を見てリリィが声を上げる。


「そういえば魔女様この剣ってどんな効果があるんですか?リリィも知らないんですけど。」

「その前に聞きたいことがある。バカ弟子、この男に会ったことがあるか?」


 魔女は疑問に答える前にリリィがエリックを知っているか尋ねる。


「え、初めて会いましたけど……」

「そうか。ではエリック。」

「なにか?」


 確認を終え、そして魔女はリリィからエリックに視線を移す。


「キミはここに来るのは何回目だ?」

「え?」


 魔女は初めて会ったはずの男に不思議な質問をする。

 リリィは魔女の質問が理解できず、頭に疑問符を浮かべる。

 

「…………そうか今回はまだ名乗っていなかったか。」

「別に隠す理由もないだろう。それに、いろいろと怪しい部分はあったぞ。」


 エリックは嘘がバレた子供のように、ばつが悪そうな顔をする。


「じゃあそいつの名前も聞いたか。」


 魔女はエリックの持つ剣を指して尋ねる。


「『無窮の夢』。初めて聞いたときは剣には似合わない名前だと思ったが、夢とはよく言ったものだよ。僕がやったことは毎回、泡沫のように消えてしまう。」


 二人はその質問から通じ合ったように会話を続ける。


「え、リリィは全然何を言ってるか分からないんですけど。」


 リリィはまだ理解ができていないので、二人の会話を遮って説明を求める。


「リリィちゃん、この剣は時間を巻き戻すことが出来るんだよ。だからこれを使って何回もこの店に来てるんだ。」


 リリィの疑問にエリックが答える。どうやら彼は何回も巻き戻しを経験しているらしい。

 

「え、でもリリィはエリックさんを知らないですよ。」

「記憶を引き継げるのは本人のみだ。剣としての性能も高い。そして巻き戻しのトリガーは【使用者の剣による自害】だ。」

「え、じゃあ……」


 魔女が剣の効果に補足する。その補足の最後には衝撃の事実が伝えられる。

 リリィはエリックを見る。先ほどのエリックの話を思い返し、リリィは驚くべき仮説を推測する。


「それで結局何回目なんだ?ここに来たのは。」


 先ほど流れた質問を改めて魔女がエリックに確認する。

 エリックは俯き、口に手を当てて考える。少しして口を開く。


「……3桁は超えたかな。もう正確には覚えていないな。」

「「!!」」


 魔女でさえ予想外の回数に目を見開き、言葉を失う。

 彼の話が本当だとすれば、エリックは100回近くも自らを殺していることになる。それは壮絶な経験だっただろう、彼の目は心なしか光を失っているように見えた。


「正直思ってた以上だな。それでも正気を保っていられるとはな。いやむしろ狂っているのか。」

「どうだろうね。自分でももう分らなくなってるかも。」


 正気と狂気の境目も曖昧に永久とも思われる旅をするエリック。そんな彼の笑みには覚悟と諦観が同居していた。

 そしてその笑みのまま魔女に語り掛ける。


「しかし、あなたは本当に何回目でも気づくんだな。」

「……別に驚くことじゃない。この剣を……」

「「この剣を欲する人間すべてに聞こうと思っていることだ」だろ、前のあなたも言っていたよ。しかしあなたは確信を持っているだろう?」

「……ワタシは自分で思っているよりおしゃべりなようだな。」


 エリックはこれまで何回も店に来て魔女たちと会話したのだろう。様々なことを交わすほど仲を深めたときもあったらしい。


「そんなことよりもこんな狂気じみた行いを狂気じみた回数続けているんだ。それなりの理由があるんだろう。まあ、あまり興味はないが。」

「その言葉も何回も聞いてる。どうしても助けたい人がいるんだ。ありふれたそんな話だ。」

「そんなに大事な人なんですか?」


 聞かずとも分かる、大事であることは。しかし、これほどの地獄とも思われることをなしてきたのだ。どれほど大事であるかは推し量りようもない。


「まあね……。だけどそんなに話す時間はないんだ。帰ってきたら紹介してあげるよ。」

「はい、じゃあ待ってますね!」

「……」


 エリックのこれまでどのような経験をしてきたかは深く考えずにリリィはエリックと再会の約束をする。

 そのリリィの呑気な性格にエリックは安らぎを感じる。


「やはりあなたたちと話すことが唯一の救いとなっている。あなたたちだけには僕のこの果てしない道中を話すことができる。」


 エリックは次への活力を与えてくれる存在に感謝を告げる。


「たとえ何度も「巻き戻し」をしても未来などそうそう変えられないだろう。それも人の命ならなおさら。」


 エリックのそれに対し魔女は難しい顔をして返す。彼女は「巻き戻し」という事象について深い知見を持っている。


「分かっているさ、死ぬほどね。先ほども隠していたわけじゃない。小さなことでも変化があれば、何か未来に影響があるんじゃないかといろいろ試しているんだ。」

「なるほど、面白い試みだね。」

「前のあなたにはみっともない足搔きだと笑われたこともあったよ。」

「魔女様……」


 エリックが思い起こすに答える。彼も未来を変えるためにあらゆる策を講じているらしい。

 しかしその行いに対し、笑いながら心無い言葉を投げたという魔女にリリィは悪魔を見るような目を向ける。


「……時間がないんだろう。サッサと出発した方がいいんじゃないか?」


 さすがの魔女も弟子の視線に気まずくなったのかエリックに店を出ていくように促す。


「ああ名残惜しいが、いつまでもここで足踏みするわけにもいかない。次会うときは今このときの記憶がキミたちに残ったままであることを祈るよ。」

「また会いましょうね。」


 そう言って店を出ようとするエリックに手を振って見送るリリィ。

 彼のいつまで続くか分からない暗闇の中で、その光景は微かにでも輝いていた。


「キミが延々と続く今を越えて、未来に進めることを祈っているよ。」


 エリックがドアに手を掛けた状態で、魔女の言葉に驚いた顔で振り向く。


「どうした?」


 魔女は自身の他愛のない言葉にエリックが過剰に反応したことに疑問を覚える。

 

「……あなたにそう言われたのは今回が初めてだよ。今回こそはもしかするかもしれないな。」


 そうしてエリックは店を後にした。その目には少し光が戻っていたように感じられた。


 カラン、カラン……。


「次にエリックさんが店にやって来たとき、まだエリックさんのこと覚えていられるといいですね。」

「まあそろそろ旅の終わりでも構わないか。帰って来られれば、結構面白い物語が聞けそうだ。」


 魔女は楽しみができたとばかりに、少し上機嫌に椅子を揺らす。


 リリィはエリックを見送ったあと、しばらくベルがまだ微かに揺れる雑貨店のドアを見つめていた。


 『魔女の雑貨店』は今日も迷い人を探す――。

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