3話 後編

 ◇◇◇◇◇


 少女が望みのものを手に入れ、店を出て行って数日が経過したーー。


 雑貨店の外は良い天気にもかかわらず、人通りがいつもより少なくなっていた。そんな中、雑貨店に入る人影がひとつ。


 カラン、カラン……。

 

 ドアのベルの音とともに雑貨店にガタイの良い男がやって来た。

 

 男は制服のような服を着ていて、胸には憲兵がつけるバッジを輝かせていた。

 制服の上からでもその筋肉のつき方が分かるほど鍛えられている。額は広く、シャープな眉毛が瞳を覆っており、その瞳は深く、鋭い光を秘めている。

 その見た目から相当頼りになる憲兵であろうことが覗える。


「ここは……雑貨店か。」


 男は店内を見回し、並べられている商品からこの店が雑貨店であることを推察する。


 そして男は店内の人間を見つけて近づいていく。


「やあ、いらっしゃい。ワタシに何か用かい憲兵さん?」


 魔女は男が自分を見つけた途端、こちらに向かって歩いてくるのを見て男の要件を尋ねる。

 魔女はこの憲兵から何かを察して、男にバレないように顔をしかめる。


「ああ、俺はオリバー。気づいている通り憲兵をやっている。ある事件について捜査しているのだが、ここの商店街では見慣れない店を見つけたんで何か聞けるかもしれないと入ってみたんだ。」

「ある事件?」


 どうやらオリバーは事件の真相を追ってこの店にやって来たらしい。

 巷を騒がしている事件とはこのようなものだ――。


 この頃、街では立て続けに不審な死が続いているらしい。被害者はそれまで健康で持病もなく元気に生活していたのにもかかわらず、急に苦しみだしてそのまま容体が回復することもなく2、3日のうちに死んでしまうらしい。

 被害者はまだ少ないが、被害者の体には外傷もなく、毒を盛られた形跡も見つからない。そのため、多くの人たちには原因不明の病だと恐れられているらしい。


「しかし、俺はこれの原因が病気だと思っていない。おそらく誰かこの事件を引き起こしていると考えている。」

「なるほどね。しかし、犯人がいるとして凶器が分からないんだろう?どうして殺人事件だと思うんだい?」

 

 オリバーは確信を持っているようだ。

 魔女は白々しくもオリバーに事件だと思う真意を問う。

 この事件の真犯人がクレアであることは気づいているだろう。そしてその凶器が彼女に渡したナイフであることも。


「被害者に作為的なものを感じる、まるで誰かが選んでいるようだ。それに被害者が一人ずつしか増えていない。もしも、病が原因だというならばこの被害者の増え方はおかしい。」


 どうやらこのオリバーという男はけっこうキレるらしい。彼の推理は事件の核心を突いていた。


「しかし犯人がどうやって殺しているか分からないからそれ以上の進展がないと。」

「その通りだ。くそっ。」


 魔女はオリバーの推理に納得したような顔をする。そしてオリバーが悔しそうな顔をしている裏ではオリバーに感心していた。


「それにこの不可解な事件が起こり始めてから、今まで起きていた殺人事件も少なくなっている。俺はこれも関係していると思っている。」

「……」


 魔女はオリバーの次々でてくる話を澄ました顔で聞く。

 しかし内心では「この男どこまで掴んでいるんだ」と驚いていた。


「残念ながら、ワタシはその事件に関して何も知らないな。街にはなかなか出ないんでね、事件が起こっていることも今知ったよ。」

「そうか、しかし店主も街に出るときは気を付けてくれ。」


 憲兵はそう言ってもう用はないと踵を返す。


 その様子を見て、棚の後ろに隠れていたリリィが出てこようとする。

 魔女のしかめっ面から察して、憲兵の前には自分が出てこない方がいいと思ってのことだ。


 ガタッ。


 リリィが前に出した足が棚にぶつかり、棚にあった人間の頭を模したような人形が床に落ちる。


「イデッ」

「あ……」


 床に落ちた人形の口から低い男の声のような悲鳴が発せられる。

 リリィは足元に転がる自身が起こした過ちを前に声をこぼす。


 オリバーがそれらの音に聞き、帰ろうとした足を止める。そしてリリィの存在に気づく。


 不自然な男性的な声と少女の関連性について考えていた。

 先ほどの低い声色が少女の口から出てきたとは思えなかったようだ。


 「お嬢ちゃん、さっきの声は君の声か?」


 オリバーはリリィに近づきながら、リリィをできるだけ怖がらせないように自身に可能な限りの優しい声で尋ねる。


 「え、ええ、リリィが声を出したんです。ちょっと足をぶつけてしまって……」


 リリィは焦りながらも自分の声だと主張し、人形の口に自身の手を当てる。その声は震え、その目は左右に泳がせている。

 彼女は女優には向いていないらしい。

 オリバーは必死に答えるリリィの様子を見る。そのリリィの必死さがオリバーの疑念をさらに大きくする。


 しかしリリィの不運は終わらない。

 リリィはオリバーから距離を取ろうと後ずさる。彼女はオリバーに意識を取られて、後ろの棚に近づいていることに気づかなかった。

 そして再び棚にぶつかった瞬間、その衝撃で棚が揺れてリリィの頭の上に何かが落下してくる。棚から落ちてきたそれは小振りなハンマーの形をしたおもちゃのようなものだった。


 彼女がそれに気づく間もなく彼女の頭に直撃する。


 ピコッ。


 軽い音を出したと思いきや、ハンマーのおもちゃは大きな閃光と電撃を発する。


 バリリリリリリッ。


「「ギャー――――」」

 

 リリィ(と人形)は激しい痛みに襲われて悲鳴をあげる。そしてリリィはそのまま気絶してしまう。


 オリバーは驚愕しながらその様子を眺めていた。彼の視線はハンマーとリリィ(とついでに人形)を交互に移動する。

 リリィの気絶した姿は、トンカチのおもちゃから発せられた閃光と電撃は現実に起こったことを示唆していた。

 オリバーには明らかにハンマーが通常のものとは異なる力を持っていることが分かった。

 

 オリバーは困惑した表情を浮かべながら、この店にある雑貨を見回す。

 そして店を見回した最後、魔女のほうを見る。


「今、このハンマーみたいなものが光ったように見えたのだが……」

(ハァ、バカ弟子め……余計なことを……)


 オリバーはリリィのほうを指さし、魔女に念のため確認する。

 魔女は面倒になりそうだと心の中でリリィのことを毒づく。


「……ちょっとしたジョーク商品だよ。少し出力を間違えてしまっていてね。」


 魔女はどうにかなることを祈りながら、余裕を持った顔で誤魔化してみる。

 

「もしかして、ここにあるものも特殊な効果を持ってるのか?」

「……」


 オリバーはこの店にある雑貨には魔法のような力が宿っている可能性を尋ねる。

 祈り届かず、まずい方向に話が進み魔女は嫌な顔をする。

 

「そうであるならば、現在街で起きている奇妙な事件もここにあるものが関係していたりするんじゃないのか。」

「……」


 オリバーは推測を続ける。


「ここで奇妙な事件を引き起こせる商品を買ったものが犯人か、それともオマエ自身が犯人か……さすがに俺の妄想か……。いや、しかし……」

「はあ、面倒なことになったな……」


 オリバーの推測が真実に近づきつつあった。

 

 魔女はこのまま誤魔化しても、この男はいずれ自分で真実にたどり着いてしまうだろうと考える。

 

(何回も来られて店を嗅ぎ回られても面倒だ。ならば、いっそのこと……。)


「ふぅ、まあいいだろう。憲兵さん、ワタシが知っていることを話そう。」


 魔女は観念したように両手を挙げた素振りをして、事件の犯人について話し始める――。


 ◇◇◇◇◇


「なるほど。犯人の話を聞くかぎり、犠牲者を出さないためにすぐに動いたほうが良さそうだな。素直に話してくれたことに免じて、オマエを今これ以上追及するのは止そう。しかし見逃すわけではない。この俺から逃げられるとは思わないことだ。」


 オリバーは話を聞き一旦店の商品の件は置いておき、すぐに犯人逮捕のために行動しようとする。

 足早に店の出口に向かう。

 そして、出口のドアノブを掴みながら振り返り魔女に向かって告げる。


「あとでこの事件が解決したら、ここの危険なものも全て押収させてもらう。」

「……」


 オリバーは魔女の返答を待たず、雑貨店を後にした。


 カラン、カラン……。


「やはりああいう品はあまり売らないほうがいいな。あとで面倒ごとが増える。」


 魔女は溜息を吐きながら、他に誰も喋らない店内で今回の件について一人反省会を行う。


「しかし今回はバカ弟子がいつものコントを披露しなければ、こうはならなっかたのでは?」


 魔女は弟子の愚行を思い出し、ありえたかもしれない平穏な未来に想いを馳せる。


 魔女は椅子を立ち上がって倒れているリリィに近づき、落ちているハンマーを手袋をはめた手で拾う。

 そして、電撃を受けて目を回すリリィを見つめる。


 ピコッ。


 魔女の雑貨店に再び電撃と少女の断末魔が響いた。

 

 ◇◇◇◇◇


 カラン、カラン……。


 雑貨店にとある人物が来店する。


 その人物は店の商品には目を向けず、まっすぐ魔女が座るカウンターに歩み寄ってくる。


「やあ、やはりキミが来たか。」


「ええ、きっとクレアがここにやって来ることが魔女さんの狙い通りなんでしょ?」


 店にやって来た人物は以前に『重すぎた偏愛』を購入していき、件の事件の犯人であろう少女のクレアだった。


「まあそうだね。どちらか生き残るならキミのほうがいいとは思っていた。」

「『君のお父さんが殺人事件の犯人かもしれないから君を保護させてもらう』なんてワケのわからないことを言っていたけど、魔女さんがあのおじさんに嘘を吐いたんでしょ?」

「え?」

 

 リリィはそんなひどい話聞いていないと驚愕する。

 魔女はオリバーに「クレアの父親が犯人であり、追い詰めると自分の娘を人質にするかもしれない」と嘘を伝えていた。それによってオリバーは犯人の父親を捕まえる前に、クレアを保護しようと近づいたのであった。


「アイツはキミに油断してただろう?」

「ええ、とても隙だらけな上にクレアのことを大分気づいているようだったから、後ろからサクッとヤッちゃったわ。」

「……」


 魔女の問いにクレアはナイフで首を掻っ切る動作をしながら答える。

 リリィは不敵に笑い合う二人を見て、その恐ろしさに慄く。


「でも、もうこの街にはいられないわ。突然の出来事だったから普通のナイフを使っちゃった。現場にいろいろ証拠を残してしまったから、あの憲兵さんじゃなくてもクレアに気づいちゃうかもしれないわ。」

「そうか、それは残念だ。」

 

 クレアはやってしまったとため息を吐く。

 魔女はそれに対して無表情に憂いの言葉を吐く。


「そんなこと言って、これも魔女さんの狙い通りだったんでしょ、面倒ごとをまとめて片付けたかったから。」

「フッ」

「ふん、ひどい人だわ。」


 魔女はクレアの追及を否定も肯定もせずに鼻で笑って返す。


「でも面倒ごとが嫌なら、クレアも殺さなくて良かったのかしら?」


 クレアは腕を組み首を傾けて、魔女に疑問を投げかける。ふたつの赤い目は魔女の姿を映し出している。


「これでもワタシはキミを気に入ってるんだよ。キミみたいな人間は珍しいからね。」


 魔女はニヤリと笑いながらクレアに答える。魔女にとって観察対象は多いほど楽しみが増える。


「そうだったの。やっぱりクレアはモテモテね。じゃあ聞きたかったことも聞けたし、これ以上面倒にならないようどこかに行くわ。」

「ああ、また会える日を待っているよ。」

 

 クレアは用が済んだとばかりに手を振りながら雑貨店を出ていく。

 魔女は手を振り返し彼女を見送る。


 カラン、カラン……。


「リリィは平和が1番です……」


 クレアが出ていったあと、リリィは誰にも聞こえないような小さな声で呟く。

 その小さな声を棚の上で頭の人形だけが聞いていた。

 

『魔女の雑貨店』は今日も迷い人を探す――。

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