3話 前編

 賑わいに満ちた商店街を多種多様な人間が行き交う。

 雑貨店の隣の洋服店は珍しい生地を使った少し高価な服から古着まで扱っており、たくさんの人々が訪れ繁盛していた。


 そんな洋服店の隣の雑貨店を大衆は存在すら気づいてないかのように、一瞥もせずに通り過ぎていく。


 そんな中、ひとりの少女が母親も連れずに雑貨店のなかに消えていった。


 ◇◇◇◇◇


 雑貨店は数々の雑貨が棚に並べられており、それらは奇妙な装飾をしているものが多い。

 店内は外から入る日の光に照らされてはいるが、店の全体まで明るくするには不十分であった。

 並べられている奇妙な意匠の雑貨と店の薄暗さが合わさり、異質な雰囲気を醸し出していた。


「あ~。今日も暇です~。お客さんがひとりも来ません~。」


 誰にも気づかれない雑貨店は今日も今日とて閑古鳥が鳴いていた。

 そんな客が一人もいない店内で金髪の少女は退屈だと泣く。

 リリィはつまらなそうに手に持った箒を振り子のように振っていた。


「おい、暇を持て余すのは構わんが箒は持て余すな。サッサと掃除しろ。」


 銀髪の美しい魔女が弟子のサボりを咎める。当の本人は弟子の心境なぞいざ知らず、椅子でひとりくつろぎながら本を読んでいた。


「でもお客さん来なかったら掃除する意味なくないですか~。たまには刺激が欲しいです~。「…………」ぴっ!いや~お掃除楽しいな~。」


 魔女の無慈悲な命令にリリィが口を尖らせて反論する。

 しかし、蛇にひと睨みされた蛙はその尖らせた口を引っ込める。

 

 そしてリリィは逃げるように再び退屈な作業に戻る。


「たしかに平穏は失わないとその尊さには気づけないさ……」


 魔女がリリィには届かないぐらいの声の大きさで呟く。その様子はなにかを思うことがあるようであった。

 

 カラン、カラン……。


 再び訪れた静寂がベルの音によって破られる。

 

 そこには少女がひとり、雑貨店の入口に立っていた。少女は黒髪で白いワンピースを着ていて、活発そうな印象を受ける。

 

 少女は興奮気味に商品を見まわしながら1人で店内を歩き回る。その様子はたくさんの玩具を与えられた子供そのものであった。


 少女が一人で動き回る様子を見て、リリィが心配になり声をかける。


「えーと、こんにちは。アナタお母さんは?勝手にいなくなったら心配しちゃうかも。」


 少女がリリィに振り向き、笑いながら答える。少女の目は鮮やかな赤色であり、どこか不気味さを湛えていた。

 リリィはその吸い込まれるような目を見て、畏怖を感じ息を呑んだ。


「心配しなくていいわ。そんな人間いないから。それよりアナタはこのお店で働いているの?ここのものは面白いわ、それぞれが禍々しさに包まれていて。これが魔法なの?きっと面白いことができるのでしょう?」

「え?え?」


 少女はリリィに近寄り、肩を両手で掴んで早口で話す。

 少女の思いがけない返答と怒涛の質問にリリィの脳がオーバーフローを起こす。少女に体を揺らされながら疑問符を出し続けている。

 

 そんなところでカウンターに座る魔女が少女に問いかける。

 

「いらっしゃい、お嬢さんどのようなものをお求めかな?」


 魔女の雑貨店の店主は客を出迎えるように微笑んでいる。

 少女は魔女に気づき、先ほどの興奮をそのままに魔女に詰め寄る。

 そして、少女は魔女に顔を近づけ少女のものとは思えぬ冷たい目で言う。


「ねえ、魔女さん。ここに人を殺せるものは置いてあるのかしら。」


 少女から飛び出すとも思えない言葉に魔女が数瞬呆ける。そして魔女の唇がわずかに上がり、興味深げに眉をひそめる。

 

 リリィは今の言葉が本当に少女から出たとは思えず辺りを見回して他の人間を探していた。


「興味深いお願いだね。たしかに、私の店には特別な商品が揃っている。命を奪うことができる商品もあるよ。しかし人を殺すのならば、そこらのナイフや毒のほうがずっと使いやすいと思うよ。なんて言ったって刺したり飲ませるだけで殺せるんだから。」


 魔女は少女の問いに微笑みながら答える。癖の強い魔法の品を使って厄介ごとを背負うよりも普通のものをそのまま使った方が楽だ。

 少女はその回答に口を尖らせながら反論する。


「そんな殺し方つまらないわ。クレアは面白いことをしたいの。ねえ、このお店には面白い殺し方をできるものがあるんでしょう?お願い、見せて頂戴。」


 自分のことをクレアと呼ぶ少女はさらに魔女に詰め寄り懇願する。

 リリィを見ると、少女から出てくるとは思えない言葉の数々にずっと固まっている。お化けを見るような目になっている。

 

 魔女は詰めてくるクレアを手で押さえながら、1つのナイフを取り出す。


「まあ、キミがリスクを許容できるのならかまわないが。では、これはどうだ?キミならこれを気に入りそうだ。」

「?ナイフじゃない。普通に刺して殺す、なんて言わないわよね?」


 クレアは不思議そうに魔女が取り出したナイフを見つめながら問う。

 魔女はそんなわけないだろうとナイフをいじりながら息を吐く。そしてナイフについての説明を始める。


「これは『重すぎた偏愛』と呼ばれているんだが……」

「まあ、重すぎる愛なんてロマンティックな名前ね。クレアもお嫁さんになれるのかしら。」


 クレアが魔女に説明の途中で茶々を入れる。

 魔女はクレアの反応を気にせず説明を続ける。

 

「これは普通のナイフじゃない。このナイフで刺しても傷をつけることはできない。しかし、このナイフで刺された者は毒に侵されたようにジワジワと命を蝕まれていく。」

「う~ん。傷ができないのは面白いけど、それなら毒を塗ったナイフでも同じじゃないかしら。」


 魔女の説明を聞いてもまだクレアは不満げだ。興味が薄れてきたのか魔女に詰め寄るのをやめて首をかしげて反論する。

 それでも魔女はクレアの言葉に取り合わず話し続ける。


「そしてこれがコイツの特異的な効果だが刺された者が死ぬまでの間、その受ける苦痛を使用者が共有する。「死がふたりを分かつまで」ってね。」

「!!」


 常人なら忌避するような効果を聞いてクレアの目の色を変える。そして、さっきとは打って変わって興味津々でナイフを見つめる。


「それ本当なの?とても素晴らしいわ!」


「え?それって喜ぶ要素なんですか?死ぬほどの痛みってとっても痛いと思うんですけど。」


 処理落ち状態から返ってきたリリィがさらに出てくる疑問に口を出す。どう考えてもナイフが持つにはいらない効果だ。

 しかし、クレアにとっては魅力的な効果のようだ。


「もちろんよ。これを使うことでクレアが殺す人の死の瞬間を感じることができるのでしょう?それは素晴らしいことだわ。いままで外から見ることしかできなかったその人の恐怖や虚しさ、悲しみ、怒りの感情を自分の体で少しも余すことなく実感できるのよ。そしてクレアはその人の最期を感じることでその人のすべてをクレアのものにできるの。」

「……」


 リリィはクレアの答えを聞いてもなおその理由を理解することができなかった。そもそも違う世界の住人のように感じる。

 

 そこで興味本位で魔女が切り込む。


「キミが愉快な人間だとは思っていたが相当歪んでいるね。なぜそのような考えを持ったんだい?」


 魔女はクレアのことが面白い生き物か見るように問いかける。


「あら、魔女さんもクレアのことが気になるの?モテモテで困っちゃうわね。」


 そこからクレアは自分の生い立ちを語り始める――。

 


 クレアは物心がついたときから孤独な環境で育った。彼女には家族や友人がおらず、社会的なつながりが乏しかった。しかしそんな少女が生きていくためには自身で生きる糧を得なければいけない。盗みや物乞い、死体漁りなど糧が得られるならば様々なことを犯した。


 ある日、クレアはついに人を殺してしまった。それは年老いた男であったがその日の獲物の奪い合いになり、手に持った固い棒切れで殴り殺してしまった。クレアはそのとき、自身の異常な興味や残酷な傾向に気づいた。彼女は他人の苦痛や恐怖を目にしたり、自分が他人に苦痛を与えることで快感を覚えることに。これが彼女にとって、いままで死んだように生きてきた中で唯一の感情的な刺激であり、充足感を得る手段だった。


「何もなかったクレアの人生にそれは眩しすぎる光だったわ。それからはいろんな人をいろんな方法で殺してみたわ。そしてその人たちが死んでいく様子を観察したの。それは何も持っていなかったクレアをとても満たしてくれたわ。むしろあの時にクレアはこの世界に生まれ落ちたの。」


 クレアは踊りだしそうな昂ぶり様で語り続ける。

 そして次には動きを止めて、魔女を見惚れたように見つめる。正確には魔女が手に持つナイフを。


「でも最近は殺しで得られるものも少なくなってきていたわ。そこでここに来られたことは幸運だった、だってクレアはまだ得られるものあるんだから。」


「よくここまで生きてこられましたね。憲兵とかに追われてるんじゃないですか?」

「ええ、いろんな人がクレアを探しているわ。まあ、犯人がかわいい女の子だとは思ってないみたいだけど。」


 リリィがクレアの生い立ちを聞いて驚きを口にする。

 

「まあキミのことはある程度理解できたよ。それで、コイツを買うんだろう?」

「ええ、もちろん。それをひとつくださいな。」


 クレアは魔女からナイフを受け取り、それを天に掲げて見つめる。

 

 そしてひとしきり眺めたあと、体を出口の方に向けて振り返りながら切り出す。


「また楽しい夜が始まりそうね。じゃあ面白いものも手に入ったし、もう帰るわ。またね、魔女さんたち。これありがとうね。」

「ああ、また会えるといいな。」


 白いワンピースを着た少女はもう待ちきれないと、早くおもちゃで遊びたいとばかりに速足で店を出ていった。


 カラン、カラン、カラン。


 愉快な少女が出ていったことで再び静寂が訪れる。

 

「嵐のような子でしたね。でも彼女、放っておいて大丈夫なんでしょうか。」


 驚きの連続でほとんど喋れていなかったリリィが、クレアが出て行ってようやく口を開く。


「ワタシは憲兵でもなければ正義の味方でもないからな。ワタシの敵はワタシを害するものだけだ。」


 どうやら魔女は人間の味方ではないらしい。クレアが何人殺そうが自分には関係ないという態度だ。


「まあ、オマエが望んでいた刺激が得られてよかったじゃないか。ちょうど欲しかったんだろう?」

「う~ん。こんなのを求めてたワケじゃないような……」


 魔女の問いかけにリリィはクレアが出ていったドアを見つめ、首をひねりながらつぶやいた。

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