2話 後編
「私を若返らして欲しいんですの。」
「ふむ……若返りねぇ……」
クラウディアの願いを聞いて魔女は意味深に復唱する。魔女は何か思うところがあるようだ。
それも少しの間で、不安げなクラウディアに返す。
「まあ、できるが。」
「できるのですか!?」
「若返り」という誰もが羨むような代物を、わけもないというふうに答える魔女。
それに対して驚きつつもクラウディアが食いつく。あまりの興奮でカウンターに座っている魔女に詰め寄る。
「しかし、ただではないよ?」
「もちろんお金ならいくらでも出せますわ。」
魔女が一応というように断りを入れる。
今度はこちらがわけもないというふうにクラウディアが胸に手を当てて自信満々に答える。
しかし、魔女はそうじゃないと否定するように首を振る。
「ああ違う、そういう意味じゃない。キミがこれに支払う対価は「命」だ。」
魔女はどこからか笛?のような楽器を取り出してカウンターに置く。
それは不気味な雰囲気を漂わせる黒い枝のような細長い形状の笛だった。笛の表面は漆黒でありながら、そこには微かに光を吸い込むような奇妙な光沢があった。
そして、笛は枯れ枝のような粗い質感でうねっており、所々に凹凸のある節を持つ見た目はどこか「老い」を象徴しているようだった。
クラウディアは笛に目を奪われながら、魔女の思いがけない答えに驚愕する。そして、想定する最悪が事実であるかを確認する。
「「命」ですか……それは死ぬということですか?」
「いやさすがにそこまでじゃない。若返りの分だけ寿命を奪われるというだけだ。」
「なるほど……」
クラウディアは今だに笛から目を離せず、魔女の否定に少しだけ安心する。それから、笛の代償について考えこみ始める。
「どうだい?怖気づいたのならやめても大丈夫だよ。どうせ見た目だけの若さだ。そこまで欲するようなものじゃない。」
魔女はクラウディアの様子を見て、命の代償に怯えているように見えたようだ。無理をしなくてもいいとクラウディアに促す。
クラウディアはしばらく考えたあと、まっすぐ魔女を向いて答える。
「いえ、その笛をいただきますわ。」
「……そうか。では受け取るといい。」
魔女はクラウディアの顔をじっと見てから、カウンターの上の笛をクラウディアの近い方に移動させる。
クラウディアは魔女から受け取った若返りの笛を手に持つ。
笛は枯れ枝のような見た目から想像するよりも硬かった。クラウディアはその笛を落とさないように握りしめる。
「一応、その笛について説明しておこう。見た目どおりそれは吹くことで効果が発動し、吹いた者の見た目を若返らせる。見た目だけだ。そして、先ほども言った通り若返らせた分だけ命を削る。使いすぎには気をつけたまえ。」
「吹くというよりも命をこの笛に吸われているようですわね。」
魔女は笛を受け取ったクラウディアに効果について説明する。
クラウディアは魔女の説明を聞いて魔法というものは思っていたよりも不気味なものだと感じた。
「ハハハ、たしかに言い得て妙だね。それにその笛を「タナトスを呼ぶ笛」と呼ぶやつもいるね。」
「本当に不気味ですわね。ちゃんと効果があるんですの?」
とても恐ろしいものを渡してきた魔女をクラウディアは訝しむ。
しかし、魔女はこちらをからかうように、疑問に対してニヤニヤと無言の笑みを返す。
「フフ、さっきも言ったが、怖気づいたのならやめても大丈夫だよ。おそらくここが最後の決断になるだろう。」
「いいえ、いただていきます。ありがとうございます。」
「ふむ。」
魔女が最後の忠告をする。
しかし、クラウディアも意思は固く、引き締めた顔で魔女に感謝の言葉を告げる。
魔女はクラウディアの顔が怯えたものから真剣なものに変わったことがつまらなかったようで鼻を鳴らす。
「では、もう行きたまえ。用件は済んだだろう。」
魔女はもう興味がなくなったのかクラウディアに退店を促す。
「はい、それでは………………そういえばあの少女は?」
「ん?あー」
クラウディアも店を出ようとしたとき、椅子に縛れていたリリィのことを思い出す。そして、リリィのほうに目を向ける。
リリィは限界だった。残り少なくなってきた魔力を無駄に放出しないようギリギリまで絞りながら像を支えていた。次第になくなってきた感覚が足なのか、魔力なのかも分からないところまで来ていた。すでに声を出す気力はなく、ただひたすらにこの地獄が終わることを願い続けていた。
魔女が指を鳴らす。
すると、手と足を縛っていたものが解け、リリィは前に身を投げ出し床に倒れこむ。大きく息を吸い、手だけを動かして自分の脚が無事であることを確認する。
リリィは自身の脚の無事に感動し、倒れた状態のまま思わず涙をこぼす。
「ぐすっ……ぐすっ……」
クラウディアはリリィが無事であることを確認できホッとする。
リリィといっしょに落ちた像がやけに軽い音だったことに少し疑問を抱いたが、それを追求することはなかった。
そして、そのまま出口へ向かう。
「それでは今度こそ失礼しますわ。ありがとうございました。」
最後にも礼を述べてクラウディアは店を出ていった。
カラン……カラン……。
「大丈夫ですかね?魔女様。」
未だに倒れた状態でリリィが魔女に質問する。限界状態でも2人の会話は聞いていたようだ。
「オマエの大丈夫かどうかは知らんが大丈夫だろう。」
リリィの質問に対し、魔女は確信めいて答える。この話の結末を知っているかのようだった。
◇◇◇◇◇
それからさらに数週間が経った――。
その日は朗らかな日和であり、青い空が広がっていた。そんな天気と同様に商店街にも朗らかな雰囲気が漂っていた。
カラン……カラン……。
ドアのベルが鳴り、一人の若い女性が入ってくる。
どうやらこの前、笛を買っていったクラウディアが再びやって来たようだ。その容姿は見違えるくらい美しくなっていた。
彼女の美しい髪は元気な艶とハリを取り戻し、その肌は滑らかで透明感に満ちていた。笑顔が溢れ、目には輝きと生命力が宿っていた。
彼女の姿はまるで昔の自分を取り戻したかのようで、その姿を見たリリィもその変化に驚きを隠せていなかった。
店内に足を踏み入れたクラウディアは、魔女の存在に感謝と敬意を込めて微笑んだ。彼女は未完の思いが達成されたことに心から喜びを感じているようだ。
「いらっしゃい、以前とは見違えるようだね。」
「わー、とっても綺麗です!」
「あら、ありがとうございます。おかげさまで。」
店は和やかな歓迎ムードに包まれる。クラウディアも迎えてくれた2人に感謝を述べる。
「それで、今日は自分の容姿を自慢しにやって来たのかい?」
「ふふ、それだけでも良かったんですけどね。ひとつ聞きたいことがあって参りましたの。」
「ほう?」
魔女はクラウディアへ冷やかしに来たのか?と言外にを訊ねる。
クラウディアは魔女に質問があるのだと微笑みながら答える。
「まあいいや、座りたまえよ。」
「はい、どうぞクラウディアさん。」
「ええ……ありがとうございます。」
「?」
魔女がクラウディアに着席を促し、クラウディアはリリィが持ってきてくれた椅子に腰かける。
クラウディアは差し出された椅子が、先日リリィが拷問を受けていたときの椅子に酷似していることに気づいた。しかし、それで固まったのは一瞬ですぐに気にしないと椅子を受けとった。
魔女はその様子から察してクスリと笑った。
「えっと、質問なのですが……」
「ああ。」
「笛を吹いてももう効果が無いようなのですが。壊れてしまったのでしょうか。」
クラウディアは例の笛を懐から取り出して魔女に訊ねる。
リリィはその質問に何かを察したようで押し黙ってしまう。
魔女はそれを聞いても表情を変えず、クラウディアを推し量っているようだった。
「ふむ、別にその質問に答えなくともキミ自身がもう察しているんじゃないか?」
「私の寿命がもう残り少ないということですか。」
「そういうことだ。寿命の残り少ない者が使用しても効果は発動しない。」
クラウディアは魔女の言うようにすでに答えを察していたようだ。魔女の宣告を受けてもクラウディアは悲しむことも、驚くこともなかった。
その様子を見て、リリィが声をあげる。
「悲しくないんですか?もう少しで死んじゃうんですよ。」
「ええ、薄々気づいていましたから。ああそうですかという感じですわ。」
「むしろ望んでいたんじゃないか?」
魔女の突飛な質問にクラウディアは目を見開いて驚く。この質問は予想していなかったようだ。
そして、大きく息を吐いたあとクラウディアは質問に返す。
「私のことを知っていたのですか?黙っていたなんてひどいではありませんか。」
「いや、なんとなく思っていただけだ。この店にはいろんな人間が来るからな。キミみたいな者も何人かいたよ。」
魔女は今までの経験からの推測だと語る。クラウディアはまだ納得がいかないようであった。
「そんなに死を望んでいるように見えましたか?」
「若返りが目的ではあったのだろう。しかし命を懸けてるんだ、ただ男どもの気を引きたいだとかそんな軽い理由ではないだろう。恋人か?いや、キミの年齢なら旦那のためか。」
「そ、そこまで分かるのですか。」
クラウディアの反応を見るかぎり、魔女の推理は当たっているようだ。
魔女はさらに推理を続ける。
「病か何かでもう長くないんだろう?だから自分も長く生きなくてもいい。そしてキミはこの店を探してやって来た。何を捨ててもいいと。」
魔女はクラウディアを見ながら語る。クラウディアにとってその推理はさながら見てきたかのように当たっていた。
「魔女さんには全部お見通しですのね。その通りですわ。」
魔女の推理を聞いてクラウディアはまるで犯罪を暴かれた犯人のように語り始める。
「私の旦那は重い病気を患っているのです。長い間、彼の側で支えてきましたが、私も年齢とともに力が衰え、助けになれない自分を悔やんでいましたの。彼のために何かできないかと、いろんな方法を探していましたわ。」
彼女の声は穏やかで、心の奥底から湧き上がる思いが滲み出ていた。彼女は続ける。
「この街には魔女の開く店があり、そこには不思議な力を持つ雑貨があると聞きました。そして、私の願いを叶えてくれるかもしれないと感じたんです。私が若返れば、彼と共に過ごす残り少ない時間を良いものにできるかもしれないと、そう思って。」
彼女の言葉は途切れることなく流れ、魔女とリリィは静かに彼女の話を聞いていた。彼女の瞳には在りし日の光景が映し出されているようだった。
「あの人は私の姿を見て喜んでくれたわ。きっとあの人もなにか気づいていたのでしょうけど、何も言わず私を受け入れてくれました。そこからは短い間でしたが最高の時間を過ごすことができましたわ。……そしてつい先日、彼は旅立ちました。」
クラウディアは夢から覚めてしまったというように話を終える。
リリィは話の途中から涙を流し始め、話の終わりには顔がぐちゃぐちゃになっていた。手に持っているハンカチは、もうその使命を果たすことはできなくなっている。
魔女は椅子にもたれかかりながら話を聞いていた。予想通りというかその目には一粒のしずくも零してはいなかった。
「ううっ、グラウディアざん……」
「まあキミの目的は達成されたわけだ。良かったじゃないか。」
「ええ、なのでこの笛はもう必要ないのでお返ししますわ。」
クラウディアが若返りの笛を魔女に差し出す。これを返すことも彼女がここに来た目的だったようだ。
「じゃあ遠慮なく。言っておくが返金はしないぞ。」
「ふふっ、いりませんわそんなの。」
金にがめつい魔女は断りを入れつつ笛を受け取る。
クラウディアが誰もが見惚れるような美しい顔で微笑みを返す。
「お茶を淹れてきましたよ~。お菓子も持ってきました~。」
リリィは先ほどの話で喉が渇いたのか、お茶とお菓子を持って店の奥から帰ってきた。
そうして、天気の良い昼下がりにちょっとした魔女のお茶会が始まる。
3人はそれぞれ思い思いにお茶会を楽しむ。お茶を楽しんだり、店での出来事を話したり、それを聞いたり。
「このティーポットすごいんですよ。何の葉っぱを入れても同じお茶が出てくるんです。」
「あら、こんなに美味しいお茶が毎日飲めるなんてすごく便利ね。」
「はい!ちなみにこの葉っぱは公園の植木から採ってきました。」
「……」
そんな他愛もない会話が店内を響かせる。
そしてお茶会開始から少し経ち、クラウディアが魔女に問いかける。
「ねぇ、魔女さん。もし私がここに来ず長生きしてたら、どんな人生だったのかしら。」
「さあね、もしかしたらもっと素敵な相手に出会えて幸せにしていたかもしれないな。」
「フフッ、それだけは有り得ないわね。」
『魔女の雑貨店』は今日も迷い人を探す――。
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