2話 前編

 石畳の道の上をたくさんの人々が行き交う商店街。その商店街の真ん中に奇妙な雑貨店が建っていた。

 

 その奇妙な雑貨店である『魔女の雑貨店』は右隣で果物屋を営む主人がを活発に商いに精を出す声を聴きながら日々を過ごしていた。

 今日のリンゴは大きくて甘いらしい。


 

 外の喧騒とは打って変わって『魔女の雑貨店』の店内には閑古鳥が鳴いていた。

 

 そんな静かな店内で金髪の少女は椅子に座り、テーブルに向かってひとり黙々と作業を行っていた。

 少女は店の商品である雑貨を磨いていているようだ。それが魔女の弟子である彼女に魔女から課せられた仕事らしい。テーブルの上には装飾品や骨董品に食器など雑多なものが広げられていた。

 

 磨き終わったものは箱に入れていて、その箱の中の数を見る限りずいぶん長い時間作業を行っているようだ。


「ああ~、リリィもう飽きました~。いつまでこれやればいいんですか~。」


 長時間の労働でついにリリィの口から愚痴がこぼれる。いったん作業をやめて、凝り固まった体を伸ばす。


 ずっと休んで、愚痴を吐いていても終わらないとすぐに気を取り直して、リリィは近くのものに手を伸ばす。


「う~ん、次はこれをやりますか。うわっ、埃がすごいです。ん?あれ、これって……」


 リリィは次の作業に移ろうと埃まみれの古い本を手に取る。そこでリリィは手に取った本が自分の見知っているものだと気づいた。


「『平行する写し身』じゃないですか!これあればもうこんなクソつまらない作業とはおさらばです!嫌なことはもう一人の自分がやったことにしてしまいましょう。」


 リリィはあまりの興奮に本を持って立ち上がる。リリィは何やらこの状況を破るアイテムを見つけたようだ。

 どうやらリリィは長時間の雑貨磨き作業が相当キていたようで、いつもより口調が悪くなっている。


「魔女様にこれを使ったのばれたら大目玉を食らうと思いますが、パパッとやってしまえばバレないはずです。カンペキな作戦です。」


 リリィは非の打ち所がない完璧だという計画を立てる。

 しかし立てているのは盛大なフラグのように聞こえる。


 リリィは『平行する写し身』を開いてスラスラと文章を書きこむ。


 ――〇月×日△曜日  今日はまじょさまに言われたざっかみがきをした。いっぱいあったけどなんとかおわってよかった。リリィ――


 すると、どういうことかテーブルの上に置かれていた雑貨たちが凄まじい手際でタオルに磨かれ、一つまた一つと箱の中に吸い込まれていった。

 

 魔女に任されていた仕事は瞬く間に終わってしまった。


「あ~魔女様が戻ってくるまで何をしてましょうか。」


 仕事が片付いてしまったのでリリィは暇になってしまった。これから魔女が戻ってくるまで何をしようか思案しているようだ。

 

 リリィはしばらく考えたあと、なにか思いついて手を叩く。


「そうです、この前買ってきたお菓子がまだ残っていたはずです。魔女様にナイショで食べちゃいましょう。魔女様はもう覚えてないでしょうし。」


 リリィは戸棚から残っていたビスケットを取り出して、お茶を淹れて椅子に座りくつろぎ始める。


 

 ビスケットは手に取ると、ほんのりと香るバターの風味が漂う。彼女はゆっくりと口に運び、口の中でとろけるような食感を楽しむ。

 その時、目を閉じて美味しさに浸りながら、ほのかな喜びの表情が彼女の顔に浮かぶ。


 お茶は優雅にカップから口に運ばれ、その温かさが彼女の唇に触れると心地よい感触が広がる。

 香り豊かな紅茶の味わいは心と体を穏やかに包み込む。彼女はその優雅な姿勢を保ちながら、一口ずつゆっくりと飲む。


 

 というような優雅ぶった態度はリリィの幼い彼女の容姿にはいささか似合わないようだ。

 まるでままごとをしている子供だ。

 

 そんな風にお遊戯をしていたリリィ。訪れた余暇を最大に満喫していた。


「くぅ~、これぞ鬼の居ぬ間に洗濯と言うやつです。」

「ほう、その「鬼」というのは誰のことを指しているんだ?」

「……」

 

 リリィは突如聞こえた恐ろしい声に、壊れた人形のようにぎこちなく首を回す。


 恐い鬼に見つかってしまったようだ。心なしか魔女の美しい銀髪は逆立ち、赤い目は吊り上げっているようにも見える。

 リリィは蛇に睨まれた蛙のように動くことができない。


「それにバカ弟子、オマエ「日記帳」を使ったな?これの使用は禁止していたはずだが。」

「あれ?なんで……、いや、それは……」


 魔女は箱の中に隠していたはずの「日記帳」を片手に持ち、さらにリリィを問い詰める。

 リリィは魔女になぜバレたのか聞こうにも聞けず、弁明の言葉も出せず口ごもる。


「覚悟はできているな?」

 

「……………………はい。」


 追い詰められたネズミは逃げることを諦めたようだ。魂の抜けた顔でリリィは自身に訪れる未来を悟るのであった。




 カラン、カラン……。

 


 そんな一幕があったあと、出入口につけられたベルが来訪者を伝える。


 入ってきたのは高貴な服を身にまとった女性であった。女性は4~50歳ぐらいであろうか顔に少しばかり皺が確認できる。

 その高貴な服に気品のある佇まいから高い身分であることが分かる。

 その容姿は皺があることを加味しても隠し切れない美しさがうかがえる。若い頃はたくさんの男たちに言い寄られていたことだろう。


 女性は店内を見まわし、なにか納得したように言葉を漏らす。


「ここがうわさに聞く『魔女の雑貨店』……。本当にあったんですわね。」


 女性はここの話をどこかで聞いてきたようだ。しかし、完全に信じていたわけでもないようで実際に存在していたことに驚いている。

 女性は子供のような好奇心を持った目でしばらく店の中のものを見まわしていた。


 店の奥のカウンターに近づいてきたところで魔女が女性に声をかける。


「いらっしゃい、『魔女の雑貨店』へようこそ。今日はどのような用件で来たのかね?」


 魔女はやってきた女性にうわさが真実であることを示すように来店の挨拶をする。


「貴女は……魔女さんでいいのかしら。私はクラウディアと申しますわ。こちらには魔法でなんでも願いを叶えてくれると言ううわさを聞いてまいりましたの。」


 クラウディアは魔女の少々無礼な言葉遣いが気にかかったが、そんなことよりも話で聞いてきたことが真実であるか確認する。


「呼び名は好きに呼ぶといい。それとうわさの「なんでも」という部分はさすがに否定させてもらうよ。魔法はそこまで万能なものではないのでね。しかし、できるかぎりアナタの望みをかなえる努力はしよう。」


 魔女はクラウディアの言葉を一部否定しつつも、魔法で願いを叶えられることを肯定する。

 クラウディアは魔女のさらっとした「魔法」の肯定に対して息をのむ。

 どうやらクラウディアには魔法で叶えたい大きな願いがあるようだ。


「これらの品も、魔法がかかっているのですか?」


 クラウディアは先ほどまで見ていた雑貨らを指して魔女に訪ねる。


「ほとんどはそうだね。一応、言っておくとなかには近づくと噛みつくものもあるから気を付けた方がいいよ。」


 魔女の怖い忠告にクラウディアは伸ばしていた手を引っ込める。

 その反応を見ておかしかったのか、魔女は笑いながら訂正する。


「ハハハ、冗談だよ。心配しなくてもケガまではしないはずだ。」

「そ、そうですか。」


 魔女は何も心配はないと言う。しかし、ケガはしないと言ったが何もしないとは言わなかった。

 クラウディアは急に商品たちが暗いオーラを出し始めたように感じた。こちらを見つめているような睨んでいるようなそんな感じだ。


 そして、クラウディアはずっと店に入ってから別に気になることがあるようだ。彼女は視線を別に向ける。


「ところで、奥の少女はいったい何をしているんでしょうか?」

「うん?」


 クラウディアがカウンターとは別方向の店の奥を指さして質問する。魔女はそれを聞いて、気になるものでもあったかと彼女が指さした方向に目を向ける。


 そこには、気色悪い男が膝を抱えている様子を表したような彫刻を抱くように、手を縛られたリリィがいた。彼女はその状態で椅子に括り付けられ、逃げ出せないようにされている。

 それはさながらどこかの国で聞く「石抱」の拷問を受けているようだった。

 

 リリィは小脇に抱えられるような大きさの像を両手で持ち上げるように抱えているが、その像は相当重たい様子であった。

 彼女の顔は踏みつけられて破裂する寸前のカエルのような必死な表情だった。


「ふぅーーーー!!ふぅーーーー!!」


 リリィは自分の太ももがビスケットみたいにならないように鼻息を荒くしながら必死に像を持ち上げていた。


 魔女はその様子を見ても一切心が動かないようで無関心な表情でそれを眺める。


「ああ、あれは禁止事項を破った罰だ。運命を変えるということがどれだけ大きな事かを理解していない。」

「運命を変える?……」

「世界を改編しているんだ。何が、誰がどんなふうに変わってしまったのか誰一人として認識できないように全てを。いや、関係ない話だな。」

 

「ふぅーーーー!!魔女さまーー!ごめんなさいーー!もう二度としませんからーー!」


 魔女はなんでもないとクラウディアに答える。

 リリィがそんな話はいいからと絶叫しながら魔女に許しを乞う。

 叫ばないとうっかり手の力も抜けてしまうようだ。

 

「リリィのかわいい脚がつぶれちゃいますーー!」

「いやさすがにあれはかわいそうじゃありませんか?子供に与える罰にしては度を越してますわ。」


 魔女に目の前の惨劇をやめさせるよう提案するクラウディア。

 常識的なクラウディアは拷問を受けている子供を見てさすがに放って置けなかったようだ。


「それにあれは修業の一環だ。身体強化の魔法を使ってあの像を持ち続けることで魔力の出力量の操作と継続時間を鍛えているんだ。」

「修業?魔法使いの修行というものはそんなに過酷なものなんですか?」

「あれだって修業のなかでは軽いもんだ。放っておいて構わんよ。」

「そうですか……」


 魔女は修業という言葉を使ってリリィの拷問を正当化し、クラウディアを説得しようとする。

 クラウディアも魔法使いというものに詳しいわけではないため、納得はできないが押し切られそうになる。


「ふぅーーーー!!騙されちゃダメです!!リリィは今拷問を受けています!!ふぅーーーー!!」

「……」


 クラウディアが押し切られ、リリィが見捨てられそうになった。

 そんなことはさせまいと、リリィが自ら救難信号を上げる。

 それを聞いてクラウディアは魔女に非難の白い目を向ける。


「チッ、修業というのも嘘ではないんだが。じゃあ、あと30分で許してやろう。」

「30分……」


 いいかげんうるさくなってきたのか魔女が譲歩する。クラウディアはリリィに目を向ける。

 少女はあと30分耐えることができるだろうか?顔の必死具合を見るに限界のカウントダウンは刻々と進んでいるようだが。


「それじゃあ、あれのことはもういいだろう。改めて用件を聞こうか。」

 

 クラウディアの心配をよそに、リリィのことはもう忘れたように魔女はクラウディアの方に向く。

 そして話を戻して一番最初の問いに戻る。


「はい、実は……」


 魔女の問いにクラウディアは意を決して真剣な顔で答える。


「私を若返らして欲しいんですの。」


 魔女はクラウディアの真剣な顔のなかで光る彼女の瞳を見つめていた。

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