第10話
俺は、その日ベランダで夜風に吹かれ、メイサと一緒に月を眺めていた。
「俺は、昨日まで見た月を思い出せないよ」
「頑張ったよ、ザックは」
「ツラいなぁ。生きるのがツラいのに、死ぬのも怖いよなぁ。苦しいよ、メイサ」
メイサが近づいて、俺を抱擁した。
「ザック、ひんやりしてる」
「全身義体だから。メイサは暖かいな」
まだ成長していない彼女の手が俺の灰色の頭の上に載せられ、撫でられる。
「泣いて良いんだよザック。誰も貴方を責めない。貴方を機械だなんて思わないよ」
「ありがと、ありがとうな。でも俺は暫く無理そうだ。少しだけ休ませてくれ」
俺は泣きながら苦しんだ。俺の生き方が間違っている気がして。幼い彼女にそれを伝える事は出来なかった。
その日から俺は薬を飲むのを止めた。
◆
宿の窓から、ぼーっと空を見上げていた。リンが死んだというのに太陽の輝きは失われず、包炎街の地べたを焼いていた。
部屋の扉が開き、メイサが話掛けてくる。
「ザック、薬と水飲まなきゃ」
「大丈夫だ、まだ何も見えてない」
俺は差し出されたペットボトルに首を振って断った。側に置いておくね、と横の机に置かれた。彼女は水無言になりを暫く見たあと、言葉を発した。
「違うよザック……貴方、三日も口にしてないじゃない……」
「良いんだ。俺の事はもう気にしないでくれ……俺は義体だから暫く平気なんだ」
「そんな事言わないでよ、ザック……」
「ごめんな、やりたい事を見失ったようだ」
不意に、メイサは寝ている俺の横に座って、同じ様に太陽と雲を見つめた。
「……リンさんの遺体って何処にあるの?」
「あぁ、傷んでしまうから街の葬儀場に預けようとしたんだが、日本人だから断られてな……今は司令官が反乱軍の死体安置所に置いて貰っている」
「そうなのか……」
「彼女も俺と同じ孤児でな。埋葬する場所も無いんだ。こんなにも沢山、……いや悔しいよ。約束を守れなくて」
俺は怒りまでも見失って、また幻聴から身を守る様に布団を深く被った。
「……」
◆
何時間寝ていただろうか。
メイサが帰って来ない。俺はその事実に気付き、跳ね起きた。机に置かれた結露したペットボトルの水。キャップを外して一気に飲み干す。
十秒、二十秒と息継ぎ無しに水を飲み干す。固定されていた歯車が動き始めた感じがして、脳が思考を始める。
彼女まで失うのでは。
最悪の予感がして急いで部屋を飛び出し、宿から飛び出した。
宿の入口、眼の前に司令官とメイサ立っていた。三度瞬きをする。軍服の司令官と背の低いメイサだ。メイサは包帯で腕を固定している。
メイサが生きていた事に安堵し、地べたにぺたんと俺は座り込んでしまった。すると、司令官が俺の方に近づいてきた。彼女は拳を振りかぶり、俺は全力で殴られた。
「運び屋……お前は何をしてたんだ!」
「……」
女友達を失ったから不貞腐れて寝てたなんて、何も言えずに俺は口を噤んだ。
「彼女、殴られてたんだぞ!」
「え? そんな……どうして、」
俺が何も言えずに座り込んでいると、司令官が話を始めた。酷い差別の話だった。
「近隣住民が殴り合いの喧嘩をしてるって通報があってな……行ってみたら、串焼き屋の店主が葬儀屋をぶちのめしてたんだ」
彼女が話を続ける。
「……メイサ、彼女が土下座して頼み込んで葬儀屋が彼女を殴ったらしい」
「……大丈夫なのか」
「幸い、軽い擦り傷で済んだ。偶々それを見てた串焼き屋が彼女を助けた」
俺は腕を包帯で固定されたメイサに、地面に座り込みながら擦り寄った。
「メイサ……大丈夫か?」
「大丈夫、聞いてよザック」
「どうした……?」
彼女は泣きそうになりながら、笑ってこう言ったのだ。
「えへへ、リンさん墓場に入れて貰えるって。良かったね、ザック」
数秒間の間を置いて理解した。俺は居ても立っても居られずに彼女を抱き締めて、二人で一緒に滝のような涙を流したのだ。
◆
街の外れの砂漠の中に一本だけ生えた美しい木の下。横にはオアシスがあって。こんなにも太陽が眩しいのに、木陰の中は涼しい。ここは、地元住民にしか知られていない墓場だ。彼女は死体袋のまま埋める。彼女の寝顔は美しく綺麗だ。俺は、そっと額に口付けをする。
堆肥葬。オアシスの傍の砂の中で彼女は長い年月をかけて分解されていくだろう。
◆
俺は、蛍光緑の作業着を着る。俺は胸元から冴えたオレンジの錠剤を取り出した。
『ザック、お前が無理して戦う必要ないぞ』
「ああ、知ってる。それでも俺は俺の為に生きる」
『……覚悟はバッチリか。死ぬなよ?』
「俺を誰だと思ってるんだ?」
薬を飲みこんだ。
メイサと共に、宿を抜け、地元反乱軍の本部に向かう。
「私達、ありがと。私のワガママを聞いてくれて」
「この街と決着付けようか」
「そうだね」
「そうしないと、俺たちは次の一歩を踏み出せないもんな」
「うん」
俺はメイサの頭を撫でた。
本部に着くと、司令官が待っていた。傍には不良傭兵達が覚悟を決めた顔付きで戦争する準備をしていた。
「君たち、着てくれたのか」
「配達サービス、必要だろ?」
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