第8話
包炎祭が始まった。赤や金色に輝く幸運のお守りや、紅白の紙の飛鳥が煌々と路地に飾られている。風に揺れる紙の舞が、祭りの喧騒に華やかさを添える。歓声と笑い声が溢れ、人々が歩き回りながら様々な催し物や屋台を楽しんでいる。
街の広場では、中国の伝統的な舞踊が披露され、美しく優雅な動きに観客たちは息を飲んでいる。音楽のリズムに合わせて、龍や獅子が舞い踊り、その勢いに乗せられて、周囲の人々も手拍子や声援を送りながら、一体感を共有している。
屋台が建ち並び中華料理とメキシコ料理の香りが混ざり合う。食欲をそそる誘惑が漂っている。麻婆豆腐とタコスが並び、甘辛い香りとスパイシーな風味が交差する。
手工芸品や装飾品が並び、手作りの魅力が溢れている。彩り豊かな刺繍や繊細な陶器、煌めく宝石が、視覚と触覚を刺激し、訪れた人々を魅了している。
メイサが目を輝かせて、アクセサリーや土産物を眺めている。俺は、後ろから付いて行く。彼女は、露天商の老婆からブレスレットを買った。小さな鈴が付いている。
「はいこれ、ザックにあげる」
「俺に? なんでまた」
「この前のお礼」
彼女は多くの手持ちが無いだろうに、無理をして買ったのだろうか。
「良いのか? 金は払うぞ」
「大丈夫だよ。私があげたかっただけ」
「……悪いな。大切にする」
俺は、メイサから貰ったブレスレットを左腕に嵌めた。
チリリン、と涼しげな音が響く。
「うん! 似合ってるよ! ザック」
「そうか? ありがとよ」
俺は、彼女の頭を撫でる。くすぐったそうにする姿を見ると、心が温かくなる。
「ねぇ! 何か食べようよ! お腹空いちゃった」
「そうだな。何が良い?」
「あのタコス食べたいな!」
「了解」
俺は、露店でタコスを買い、紙袋に入ったタコスを手渡す。
「熱い内に食えよ」
「うん! いただきます!」
メイサは大きな口を開けて、熱々のタコスを頬張る。
暫くしてメイサがトイレに行きたいというので離れて市役所の近くで待っていると、銀色の手が俺の腕を掴み、路上裏に引き込まれる。
◆
銀の皮膚を持つ彼女は予想通り、リンだった。
黒のスーツをぴっちりと着こなした彼女は微笑みながら俺に手を揺らした。
「リンじゃないか。祭りを見に来たのか?」
「そんな訳ないじゃない。連絡が取れないから局長が心配して私を寄越したのよ」
「あぁ……それは済まないな。仕事は順調だ。色々あって重油が切れて立ち往生してるんだ」
彼女は手を差し出し、俺はそれを受け取った。
「コレは?」と俺が尋ねると、リンは微笑みながら答えた。
「予備の
俺は疑問を抱きながらも受け取った。
「良いのか?」
「勿論」
「……ありがたいな」
俺は頷き、予備の水晶核と薬を受け取る。その瞬間、彼女の表情が一変し、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「ザック、二度と会えないかも」
その時、祭りの花火が包炎街の空を彩った。
人々の歓声が響き渡る中、俺たちは静かに立ち尽くす。
「……どういう事だ?」
「さあね。秘密、仕事終わりの約束守れないかも」
俺が答える前に祭りの喧騒の中にリンは消えていった。包炎街の未来は依然として不透明だ。俺は彼女の言葉に引っ掛かりを覚え、動悸が止まらなかった。
◆
一方その頃、反乱軍本部の古びた民家では、反転攻勢の会議が進んでいてた。女性司令官と不良傭兵が打開策を練っていた。
「……やはり、杭打機という選択は辞めるべきだ。非人道的すぎる。味方に死ねと言うのか? 彼らにも家族が居るんだ」
「だから、俺ら野犬がその仕事を引き受けるって話になったじゃねえか」
ザックが運んだ兵器、通称「人喰い杭打機」周囲の有機物を衝撃に変換変化させる機械である。敵の電波塔には大量の蜘蛛が居る。巻き込んで死ぬ予定なのだ。
「あんな物を使ってしまえば、死ぬぞ?」
「じゃあどうする? このまま何もせず指をくわえて待てとでも言うつもりか? それにな、この世界は綺麗ごとじゃ回って行かねぇ。俺達は人生に未練の無い奴らしか居ねぇ、覚悟は出来てる」
「しかし……」
「分かった。アンタがそこまで嫌なら、この作戦は俺達でやる。だがな、アンタにだって分かる筈だ。もう時間が残されて無いんだよ。今、ここで戦わなければ、俺達の故郷は滅び、大勢の子供が死に、祖先の墓場まで荒らされる」
「……」
「アンタは間違ってる。正義なんて所詮、主観の問題に過ぎない。『悪』だと思えば、どんな手段を用いても『悪』になる。例えそれが非人道的な行いであってもな」
「……確かに君の言う通りかもしれない。私は君たちを信じていないわけでは無い。ただ、どうしても考えてしまうのだ」
「ハッ! 笑わせるなよ! そんな甘いことを言ってるから、こんな状況になるまで気付けなかったんじゃねぇのか!?」
「……」
「俺はアンタの為に戦う訳じゃねえ。俺ら自身の為に戦うんだ」
「……分かっている」
「おい! お前らはどうなんだ? ええっ? 」
野犬の面々は全員、覚悟した顔で肯いた。
「……よし、決まりだ。一週間後、祭りの後に俺達が攻め込む。準備しろ!」
「「「了解」」」
「やはり、私にも手伝わせてくれないか? 」
「良いぜ。ただし、邪魔だけはするなよ」
「ああ」
◆
宿に着くとメイサが話掛けてきた。人を心配する表情でこちらを見てきた。狭い部屋の中で冷蔵庫から水を取り出し、薬を飲む。
「ザック、浮かない顔してどうしたの? 悪い物でも食べちゃった?」
「いや、違う。同僚が連絡員として街に来ていてな」
「……そっか、喧嘩でもしたの?」
「いや、奇妙な事を呟いてな」
「私は子供だから分からないけど、後悔しない生き方をするべきと思ってる」
「……そうだな。メイサの言う通りだよ」
「ふふん。今日は今まで生きてた中で楽しかったよ」
「そりゃ、良かった」
「ザック、明日は私一人で行動するから、ちゃんと話をしなよ」
「……そうだな。今日はもう遅いから寝るか」
「うん。お休みなさい」
部屋の電気を消すと、暫くしてメイサの寝息が聞こえてきた。俺は彼女を見て微笑み、起こさないように注意を払ってベランダに出る。夜風が頬を撫で、心地よい。包炎街の灯りが煌々と輝き、祭りの熱気が伝わってくる。俺は星空を見上げながら、リンの言葉を思い出す。煙草を取り出そうとしたが、空箱だった。仕方なく溜息を吐きベットに戻った。俺はいつの間にか眠りについた。
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