第7話
「聞いてた以上に、お祭り感あるな」
俺とメイサは街の大通りを歩いていた。
包炎祭、初代市長が企業の誘致に成功し、街の発展を願う街の一大イベントだ。
赤褐色の乾燥土と硬化ウレタンで作られた建築物が、赤や黄色のペンキで落書きされている。スパイシーな独特の香りが一段と強くなる料理店区画では、華やかな中華風の飾り付けが進んでいる。
「なぁ、メイサ」
「祭りに参加した事ないわよ、私」
「……そうか」
「冗談よ。祭りの時は楽しんでるわ」
「そうなのか?」
「黒髪を床屋に一日染めて貰ってね」
「金はどうしたんだ?」
「床屋の姐さんは、お代は入らないって」
「良い奴も居るんだな、こんな場所にも」
「意外でしょ?」
俺は立ち止まる。メイサが俺を見つめた。
「どうしたの? 急に立ち止まって」
「今年は俺が染色代を払うよ」
「えっ?! 良いの? 本当に?」
「あぁ勿論。俺は嘘は付かない」
「ありがとう! ザック!」
メイサは俺に抱き着いてくる。
『通報案件だ!』
俺の相棒が茶化して来るのを無視する。失礼な、純粋な好意のやり取りだよ。
◆
CLOSE、と書かれた看板を無視して床屋に入った時、湿気た空気の流れを感じた。散髪椅子が三つ並んだ店内と、古びた合皮の丸椅子がある。丸椅子の一つに地元新聞が置かれている。メイサが大声で話し掛けた。
「すみませーーん」
「はーい……あらメイサちゃんじゃない」
メキシコ系の顔立ちの若い女性が奥からやって来た。彼女の髪は、燃えるような赤みのあるマホガニーの色合いでウェーブが自然に広がっている。
「久しぶりです! 姉さん」
「今日はどうしたの? 彼氏かしら?」
「生憎、幼女趣味は無くてな」
「残念。メイサちゃん可愛いのに。……で、貴方は誰?」
「運び屋のザックだ。訳あってメイサを保護している」
「成程。私に何の用かしら」
「この子を染めて欲しい」
俺は財布から紙幣を差し出す。
「良いけど、何色にする?」
「……姐さんと同じ髪色が良いな」
「ちょっと待っててね」
彼女は、店の奥に消えた。
俺は、丸椅子に座りながら、隣に座っているメイサに質問する。
「何で同じ髪色がいいんだ?」
「……だって」
メイサは少しだけ恥ずかしげに答えた。
「私の初恋の人が赤毛だったから」
「ハッッハッハ、お前も子供らしい所あるじゃねえか」
「笑うなよ! もう!」
俺が笑っていると、彼女は頬を膨らませた。
暫くすると、彼女が戻ってきて、鏡台の上に小瓶を置いた。
中には、黒や灰色に近い赤色の染料が入っている。
「じゃあ、こっちの椅子に座って貰える? ザックさん。結構な時間掛かるけど大丈夫そうかしら? その辺に土産屋があるから時間を潰すのも良いわよ」
「ああ、外で一服してくる」
外は風が強くなり、砂埃が俺の目に入る。塵を洗い流す為に眼薬を差した。
建物の影で
溜息と共に紫煙を吐き出す。
彼女を助けてるのはきっと贖罪か、自分の絶望的な人生をぶっ壊してくれる女が欲しいだけなのかもしれない……なぁ相棒、どう思う?
『だから、俺に激重な相談するな!』
「うるせぇ」
ふっ、と笑みを漏らし半分ほど残った煙草を地面に捨て、踏み潰す。痩せ黄ばんだ砂が靴底で擦れた。
◆
美容室に戻った俺は、驚愕した。メイサの汚れた黒髪は、ラトソルの燃える土色に塗り替えられたのだ。
『うぉお! 磨けば光るな!』
誰にも見えない幽霊鮫が宙に浮かんで、メイサの容姿を絶賛している。彼女の服は、大きな花柄の刺繍の付いたメキシコの民族衣装に着替えられていた。彼女は恥じらいながらクルリと回った。
「どう……かな?」
「似合ってるぞ! うん。とても良いな」
店員の女性は微笑みながら自慢を始めた。
「やっぱり似合うと思ってたわ」
「これはどうしたんだ?」
「私の『お下がり』よ。前々から渡そうと思ってたけど、背丈が足りなくてね」
「成程。髪色も素晴らしい出来映えだ」
「折角のお祭りだし、良い色にしたわ」
「あぁ。良い色だ。この位で足りるか?」
「二万?! そんな多すぎるわよ」
「俺のポリシーでな。『良い仕事には相応の対価を』だ。生活の足しにでもしてくれよ」
「……分かったわ。そんな真剣に言われたら、受け取らなきゃ逆に失礼でしょ」
鏡の前で真剣に自分の容姿を確認しているメイサに話しける。
「メイサ、大丈夫か?」
「うん! ありがと! ザック」
「気にすんな。
「うん! 明日から楽しみ!」
「じゃあ、メイサ宿に戻るか」
そう言ってメイサの後に出て行こうとすると、店員の彼女に引き留められた。
「ありがとう。あの娘、昔から世の中に絶望してたから、あれ程の笑顔見たこと無かったわ。お祭り楽しんで頂戴ね」
「ただの気まぐれさ。アンタの優しさが無かったら提案もしなかった」
「……私は彼女の親には成れなかった。あの娘を裏切らないであげて」
「それだけは約束する。安心してくれ」
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