第6話

 朝の日差しがニューメキシコ州のある料理店に柔らかく注ぎ込んでいる。店内は古い赤褐色の土壁と厚い漆喰の壁に囲まれており、支柱の木の質感が温もりを感じさせる。独特の香りが漂っている。入り口付近には手作りの陶器の壷が並び、陽光がそっとその表面を照らしている。


 俺とメイサは宿を抜け料理店にやって来た。店の中には既に司令官が軍服のまま座って待っていた。彼女は俺達を見ると席を立ち、深く礼をした。


 店内に足を踏み入れると、目に飛び込んでくるのは濃い茶色の床。それは砂漠の風景を彷彿とさせ、足元に暖かな感触を与える。店内のテーブルや椅子は、風化した鉄と粗い皮革でできていて、歴史を感じさせる存在感がある。吊り下げられた古びたランプからは、やわらかな光が降り注ぎ、部屋全体をやさしく包む。


 料理の香りが鼻腔をくすぐる。ひとつひとつの素材が鮮烈な存在感を放ち、まるで風味のオーケストラを奏でているかのようだ。挽肉と香辛料の絶妙な融合が、スパイシーなアロマを広めている。


 暫くすると、コック服の髭を生やした男性が料理を持ってやって来た。


「こちらが、例の?」

「私たち反乱軍を救った『英雄』だ」

「大層な肩書だ。『運び屋』と呼んでくれ」


 俺は苦笑しながら、目の前に置かれた料理を見る。深皿に盛られているのは米粉で作られた麺だった。鶏ガラベースのスープが掛かっており、その上には色とりどりの小籠包の様なものが沢山浮かんでいる。中華とニューメキシコ料理が合わさった感じか。


「いち市民として感謝いたします」

「俺達は自分のポリシーを貫いただけだ。次も助けるとは考えてない」


 俺が答えると女司令官が口を開き、料理人を諌める。


「マスター、彼らは疲れてるらしい」

「成程……でしたら包炎街の地元料理を是非ともご賞味ください」


 料理人の男は、厨房に帰っていった。


「美味いな」


 俺は舌鼓を打つ。濃厚なスープを口に含むと、野菜が溶け込み、旨味が溢れ出す。鶏ガラベースのスープが優しく喉を通る。


「だろう。ここは私のお気に入りなんだ」

「確かに、これは良い店だ」


 目を移すと、厨房の奥には大きなかまどがあり、薪の炎がたそがれ色に踊っている。シェフの手が、小籠包の生地を伸ばし、具材を包み込む様子は、まさに芸術的だ。焼きあがった料理は、湯気を上げながら、木製の皿に盛り付けられ、その見た目も美しさを感じさせる。


 店内には人々の会話と笑い声が響き渡り、一体感が漂っている。客たちは食事をしながら、陶器の器に広がる色鮮やかな料理を楽しんでいる。良い店だ。


 ◆


 朝食を食べた後、俺達は街にある反乱軍の本部に案内された。辺りの住宅と変わらない民家を改造したものだ。中に入ると、数人の兵士が会議をしていた。司令官の姿を見た途端、敬礼をする。


「さあ、座ってくれ」


 俺とメイサはソファーに腰掛ける。

 向かい側には例の『死体漁り』が居た。


「メイサじゃねえか。生きてたかのか」

「貴方、良くも仲間を置いて逃げたわね。卑怯者!」


「狡猾な野犬は逃げ時を知ってるのさ。スラムの甘ちゃんとは違ってな」

「死んだ人を馬鹿にして! 殺してやる」


 メイサは隣に居た兵士の腰の拳銃を奪い取り、即座に安全装置を解除して無防備な彼を目掛けて発砲する。


 両手で頭部を守った彼は、見覚えのあるの黒鎧で銃弾を防いだ。逸らした銃弾はそのまま後方の壁を穿つ。


「落ち着け、メイサ」

「何よ! 糞野郎どもを殺した癖に」


 俺が彼女が持つ拳銃を取り上げ、彼女を宥めるが彼女は不良傭兵たちを殺したのが気に食わなかったらしい。俺は謝る。


「それは済まなかった」

「アイツらは糞よ。死んで当然だわ」


 メイサは椅子に座り直した。そっぽを向いて、俺達を無視している。野犬と呼ばれていた眼の前の熟練の傭兵が俺に話しかける。


「運び屋さんよ。この前の事は水に流した。今後は俺達に協力してくれないか」


「随分と傲慢な物言いだな。その鎧は何なんだ? 義体ごと吹き飛ばす、俺の四十五口径を防げるなんて規格外だろ」


「これは最新式の戦闘用強化外骨格だよ。貧弱な拳銃程度は弾き返せるぜ」


「そうか。ちなみに……協力はお断りだな」


「理由を教えてくれるか?」

「燃料計算を誤って帰還分の燃料が無い。あぁ、スタンドで給油すれば良かった」


「企業が油田を独占してるのは知ってるのか。ガソリンは高価だ。」


「それに加えて俺のは圧縮重油だ。規格が合わないんだよ」


「圧縮重油……って超音速航空機の燃料じゃねえか。そんな高価な物は電波塔にしか無いぞ」


「おまけに衛星の通信が悪いから連絡も出来ねえ」


「さっき言った企業の電波塔が原因だな」


「……だから、政府の連絡員が来るまで暫くこの街に滞在する」


「なら、俺らに協力して良いじゃねえか!」


「いや折角、年に一度の包炎祭が見れるんだから見ておきたいな、と」


 すると座っていた司令官が俺に話してきた。重々しく悲痛な表情で俺の顔色を窺ってきた。


「『運び屋』……何とか出来ないか? 今が反転攻勢するチャンスなんだ。十分な費用を払おう」


 俺は腕を組み、考え込む素振りを見せる。メイサが俺の顔を覗き込むと、野犬が俺に文句を言い放った。 


「んーー」

「そもそも資金を強盗したじゃねえか」


 俺は奴の目を見て、質問に答える。


「お前らは指名手配されている、合法だ」


 野犬が皮肉げな言葉を付け加えた。俺は少しばかり苛つきながら反応する。


「合衆国憲法の独自解釈か?」

「理論上、俺の階級になるとギリセーフ」


「マジか?」

「マジだ」


「イカれた男に権力を与えるな政府! 危険すぎるだろ。司令官、この男をどうにかして拘束した方がいいだろ」


 演技めいた素振りで野犬はを空を仰いだ。     

 女司令官が野犬を宥める。


「残念ながら、我々は反政府軍だ。企業を潰す為に郵政連や政府に御目溢しされている何の権力もないテロ組織だぞ?」


 丸刈り頭、渋い顔付きの野犬が嘆いているから傑作だ。奴の実力は本物だが、相当の修羅場を潜った奴とは思えない。


「世知辛い。だったら黒髪も何か『運び屋』を説得してくれ」


 野犬の文句にメイサは答える。


「彼、正気じゃないから無理よ! 私、睡眠薬盛られたもの」


 おっと、痛い所を突かれた。俺が渋い顔になると司令部の面々は俺を非難し始める。

 

「それは流石にアウトよ」

「アウトだな」


 残念ながら俺も同意見だ。彼らの罵倒が止むと俺は溜息を吐きながら答える。


「俺もそう思う」


 女司令官は、俺が幼女を誘拐した理由が正当な物と判断したのか俺に聞き返す。


「理由、聞いても良いか?」

「この街が黒髪に排他的過ぎるんだよ」


 野犬は、俺は街の外で住んでるから知らねぇ、と発言の前に置いて話始める。


「初代市長イフリータが黒髪……というか日本人の全般を嫌ってたらしいな」


 俺は、彼らも差別主義者の様な気がして耐えられず、席からメイサと離れる事にした。


「偏見、か。早く俺の家に帰るぞメイサ」


 彼女は捻くれている様に見えて、純粋な人間なのを俺は知っている。ストリートで育った昔の自分に重ね合わせ、いつの間にか彼女に情を抱いていた。人殺しの俺が、こんな事を考えるのは馬鹿らしいが。


『全部思考がダダ漏れなんだよ』

「おっと、これは失敬」


 電脳通信で聞かれていたが、メガロは俺と運命共同体だ。気にしない。


「いつになったら開放してくれるの?」


 メイサは俺に尋ねる。不安げな表情で俺を見る。毎度大人に裏切られてきたのだろう彼女を見ると耐腐食性シリコン製の合成臓器辺りが痛くなる。


「換金出来る年齢になるまで俺が育てる」

「え……? 本当に言ってる?」


「勿論。早く仕事を辞めたいからな」


 俺は本心を誤魔化した。

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