第5話

 細胞技術バイオテックの発展により、人類は生命の創造が可能になった。


 巨大多国籍企業ユニオンジャック社が生み出した生体兵器、FKシリーズ。


 白蜘蛛型戦闘用ロボット、コードネーム『スコルピオ』。


「メガロ、蜘蛛は何体居る?」

『前方、十匹。後方二匹』


「了解」


 俺は車体下部の履帯を回転させて、砂塵を巻き上げる。


「じゃあ、戦場を荒らそうか」


 反乱軍が貧弱装備の人間に対し企業側は大量の武装を積んだ無人兵器。まるで超資本主義の縮図だよ。糞ったれ。


 突如、戦場に現れた俺達に蜘蛛達は一斉に機銃を撃ってくる。だが、この距離では当たらない。俺は砲塔を旋回させ、榴弾を撃ち込む。爆炎と共に蜘蛛達は吹き飛ぶ。


「よし、次!」


 戦車背部の噴射機関ジェットエンジンから青い排炎が噴き出した。高速で蜘蛛を轢き潰し、緩やかな弧を描いて前進していく。赤い砂塵が舞い、圧縮重油が燃える匂いが周囲に広がっていく。


 腹に響く砲撃音が散発的に続き、大半の蜘蛛は吹き飛ぶ。


「こんな物か」


 俺は煙幕弾を上空に発射する。

 濃霧が広がると同時に、俺はハッチを開ける。


「メガロ!  援護頼む!」

『了解!  死ぬんじゃねーぞ!』


「誰に言ってんだよ」


 俺は戦車から飛び降りると、着地の際に膝を曲げ衝撃を吸収する。その隙を狙い、一匹の蜘蛛が襲いかかる。俺は咄嵯に銃身で防ぐ。金属が擦れる音が響いた。


「おっと、危ない」


 俺は蜘蛛を蹴り飛ばし、後方に飛び退く。先ほど居た場所には銃弾が降り注いだ。


「今日は新型狙撃銃のお披露目会だ。見てるかメガロ。田中さん一押しの逸品だ」


 そう言って背中のバックパックから取り出したのは狙撃銃だった。銃身が折り畳まれ、展開すれば一メートル程になる弩級の狙撃銃。


大型電磁加速式対物狙撃銃なんかものすごくかっけーじゅうだろ? ああ、見えてるぜ。男の子が大好きなヤツだ。一つ聞いて良いか、ザック……幾らしたんだ?』


全部大盛りフルオプションで一万ドルくらいかな」

『一万!? おまっ……月収くらいあるぞッ! この…ボケぇ!』


「うるさッ!」


 思わずザックは脳内に響く、愉快な相棒との通信を切った。

 一呼吸おいて、それからスコープを覗き込み、狙いを定める。蜘蛛の足で煙が掻き消されて行くが想定通り、それを狙っていた。


「悪いが、俺は最強なんでね」


 俺は引き金を絞る。強烈な反動と発砲音。マズルフラッシュが光る。音速を超える弾丸が、傭兵が隠れる岩に群がる白蜘蛛の一体に着弾する。胸部装甲が粉砕され、蜘蛛の身体を大きく穿つ。視界が開けた。


「まず、一発」


 俺は装填作業を手早く行う。この距離なら蜘蛛の機銃は格段に落ちるのは経験上知っている。


「残り九発。外したらカッコ悪すぎるな」


 タン、タン、タンと軽快な音を響かせて、次々と命中させる。弾丸が少しの間を置いて起爆する。連鎖する爆発音。


『流石だな相棒。見事なヘッドショットだ。三連早打ちトリプルトリガーなんて、世界探してもお前くらいしか出来る奴はいないな』


「ハッ、褒めても何も出ないぜ」


 岩陰に隠れていた傭兵が白蜘蛛を三体倒した。コイツらは腐っても熟練の兵士か。残るは五体。背中に狙撃銃を戻し、散弾銃に持ち変える。


「お前等には恨みは無いが……」


 飛び掛かる蜘蛛に俺は照準を定めて引き金を引く。


「俺の気晴らしの為に死んでくれ」


 白蜘蛛の胴体に穴が空き、内部機械が露出して青い血を流す。

 俺は素早く弾倉を交換する。


『おいおい、オレの出番は無ぇのかよ』


 メガロが操縦する戦車が近づく蜘蛛達に速射砲をぶっ放す。


「お前は俺のサポートだろ?」

『へいへ〜い』


 暫くして、蜘蛛が撤退を始めた。

 俺はホッと息を吐くと、戦車に向かって親指を立てた。


 ◆


 仮設本部に戻ると、司令官が頭を下げた。


「助太刀感謝する。貴方達のお陰で多くの兵士が助かりました。改めて、ありがとう」


「気にしないでくれ。所詮は偽善さ」


「それでも何人もの命を助けた。彼らにも家族がいるんだ、謙遜しないでほしい」


「分かった」 

「……それで言い難いのだが」

「どうした……?」


「対価を払えるだけの資金が無くてな」

「成る程、大丈夫とは言えないな」


「……私で良ければ、身体を差し出そう」

『やったな、ザック。据え膳だぜ?』


 メガロが横から口を出すが無視する。前髪で顔の半分を隠した美しい彼女と目が合う。


「いや、俺が勝手にしただけだ」

「……私の顔が気に入らないのか?」


「違う。自分の信念、とまでは言わないが美学に反するんだ」


「……何か出来る事があれば教えてくれ」

「そうだな……じゃあ包炎街で一番美味いと思う料理を食わせてくれ」


「……分かった、行きつけの店がある」


「それは楽しみだ。良ければ俺の車に乗ってくか? ガキが一人程乗ってるが気にしないで欲しい」


 俺は基地テントの直ぐ横に停めた装甲車を指差す。車体上面の装甲にはメイサが座って手を振っていた。


 ◆


 真夜中、包炎街に戻った俺達は宿に泊まった。疑似世界サイバースペースに入ろうかと試したが、やはり衛星の調子が不安定な様で通信出来ない。ローカルな通信は出来るのは、少しばかり気になる。

 

 独立した二つのベッドの片方には、疲れ切ったメイサが寝ている。激しく揺れる車の中に居たんだ。休ませてあげよう。


 冷蔵庫から水を取り出し、ベランダに出る。中華風の独特の提灯が大通りの頭上に並べられている。真夜中の通りは人通りが減り、二階から見る無人の景色は美しい。


 胸元から向精神薬ピークジソイドを取り出して水で飲み干す。暫くの間、夜風に吹かれ煙草を吸う。

 

 戦いの後は酷く心が冷える。

 闇氷ブラックアイスで焦げた脳を使って思考する。


 この戦争に終わりはあるのか、暴力に染まった俺の脳神経ニューロンでは答えを出す事は出来なかった。

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