第4話

 翌日、俺達は街を出て東へ向かう。


 道中、何度か襲撃を受けたが、その都度返り討ちにしていた。俺が運転する装甲車の助手席には、メイサが寝ている。無人機ドローンを通して俺は周囲の様子を確認する。


 戦争なんて早く終わらないものかね、そんな余計な事を考えていると、メイサが目覚めた様だ。


「おはよう! メイサ!」


 彼女はビクッと体を震わせると、慌てて飛び起きる。


「貴方! ここは何処よ!」

「絶賛クソ砂漠のど真ん中を走ってる」


「……どういうこと!? 私は確か街にいたはず。私を拉致った訳!? 貴方、本当にイカれてるわ!」


「安心しろ。俺達はすでにイカれてる。全く持って。そうだ、良い知らせなんだが、もう直ぐ着く」


 俺は速度を上げる。前方に『赤の谷間』が見えてきた。


『相棒、前方500メートル先に基地だ』


 メガロが警告してくる。

 暫く走り、俺は装甲車を止める。


 警備の兵士が俺達に注視しながら待機している。

 俺は車から出て、上部のハッチを開ける。


 ◆


 銃撃音。赤褐色の砂漠が戦場と化す。

 反乱軍が迫撃砲を撃ち、企業軍がそれを迎え撃つ。


「畜生!  何でこんな所に、あんな奴がいるんだよ!!」

「知るか!!  いいから撃て!!」


 傭兵達が叫びながら応戦するが、次々と倒されていく。傭兵達の悲鳴と砲撃音が鳴り響く中、一人の男が悠然と歩いてくる。その男の周りだけ空間が歪んでいる様に感じる。形容するなら極東の侍。黒いコートに身を包み、日本刀を携えた初老の東洋人。彼は刀を振るい、兵士達を次々と斬っていく。反乱軍は劣勢に立たされ、撤退を開始する。


「待て!  逃げるな!  まだ、終わっていない!!」


 指揮官らしき男が叫ぶが、誰も耳を傾けない。


「クソっ!  役立たず共め!」


 男は怒りに任せ、手に持った自動小銃を乱射する。弾丸が侍に当たる直前、彼の姿が消える。次の瞬間、指揮官の男は首から上が無くなっていた。


 ◆


「例の厄モノを配達しに来ました」


 俺達は反乱軍本部に通され、司令官に挨拶をする。急造された基地はお世辞にも清潔とは言い難い。もし人類が火星に移住していたら、こんな生活をしているのだろう。赤の谷間、崖によって日陰になっている所に仮設テントで作られた前線基地は赤い砂漠で浮いている。気温は30度越え、テントの中は涼しい気がするが気のせいだ。


「長旅ご苦労。『アレ』は無事確認した」

「それは良かった。報酬は?」


「噂通り、金に執着してるようだな」

「仕事ですから」


「君達も反乱軍に入らないか?」 

「丁重にお断りさせて頂きます」


「企業の連中に一泡吹かせる機会にがある」

「数世代前の、ブラック企業ですか」


「ハッハッハ、手厳しいね」

「美しい女性レディのお誘いとは言え、命が惜しいので」


「それは残念だよ。安心したまえ、報酬は既に振り込んである。私の顔の傷を見て女性レディか……皮肉なものだな」


「十分美しいですよ。戦争が終わったら、酒でも飲みましょう。あの狸ズラの局長に連絡してくださいよ」


「そうだな、考えておこう」


 俺達は契約書を渡した。

 電子的な契約が終わるまで基地を案内してもらう事にした。


 ◆


『敵襲!  敵襲!!』『東より、正体不明の部隊出現!』


 いきなり、警報音が鳴り響く。


「運び屋、済まないが急いで帰ってくれ。私は迎撃に向かう」

「分かりました」


 俺は足早に部屋を出る。


「おい、メガロ。何があった?」


 俺は通信機でメガロを呼び出す。


『使い捨ての無人機を飛ばして確認しているが、前線が突破されたみたいだ。今すぐ逃げた方が良い』


「成程、了解した」


 俺は装甲車に急ぐ。装甲車に乗り込とメイサが後部座席に座っている。彼女は不満げに装甲車で待っていた。


「おい、メイサ。お前、戦う気か?」

「当たり前じゃない!  アイツらに一発食らわせてやるわ」


 俺はため息をつく。


「悪いがお前を前線に連れて行く事は出来ない。死にたくないなら大人しくしてろ」

「はぁ?!  私を拉致して今更、放り投げるって言うの!? 今乗ってる戦車があるじゃない!」


「お前の為に用意した物じゃ無い。生憎、俺は善人では無い」

「アンタが勝手に前線に連れて来たんじゃない。こっちの方が安全だって!」


「違うな。お前の運が悪いだけだ」

「ふざけないで! もう良いわ!  私だけでも行く!」


 メイサは俺を押し退けて、上部のハッチを開けようとする。


「生憎、それも認証システムでな」


 俺の言葉通り、ハッチは開かない。

 彼女は顔を真っ赤にして、俺の胸ぐらを掴む。


「アンタねぇ! 企業が原因で何人死んでると思ってるの!? 貴方も分かってるでしょう?」


 俺はメイサの両手首を掴んで、そのまま押し倒す。


「好きで戦場に行く馬鹿が居るか!? 女子供ガキは大人しくしろ!」


 俺は彼女の手首を掴んだまま、装甲車の床に押さえつける。

 彼女は何か言おうとしたが、俺は無視して、運転席に戻る。

 メイサが後ろから、ヒステリックに叫んでくる。

 俺は装甲車を走らせる。


 ◆


 俺は使い捨ての無人機を最前線に向かわせる。前方に砂煙が見える。そこには戦車の残骸と血塗れの兵士。そして、巨大な白い蜘蛛の群れがいた。


 兵士の一人が俺の存在に気付き、助けを求める。


「助けてくれ!!」


 白い蜘蛛は無慈悲にも機銃掃射を行う。無数の銃弾が、兵士達を襲う。彼らは為す術も無く、倒れていく。


 俺は装甲車を停め、視界を『現実に戻す』と溜息を吐く。


「糞ったれ」

『おいザック、本気か?』


女子供ガキが本気で戦おうとしてるんだぜ? 企業連中に不満があるのは俺等も一緒だろ?……ここで逃げたら後悔するのは俺達だ」


 愛銃の薬室を確認しながら、吐き捨てる。


「それに、走馬灯はこんな女子供ガキの怨念よりエロい女の裸体が良いだろ?」

『そう言えば、お前の性癖タイプって三白眼だったよな。あの司令官みたいな』

 

 俺は、無言を貫く。ここで格好良く助けたらあるじゃん。


『お前が性癖に従う様に、人工知能のオレは、お前に従うぜ』

「それ俺への告白みたいだな……お前も本当は行きたいんだろ?」


『……バレてら〜、オレ等は相棒バディだもんな』

「ハッ、気恥ずかしい言葉言うなよ」


 首元の配線コードの接続を済ませると、ひんやりとした感触が舌の裏に感じる。停止した機関部へ圧縮重油が流れ込み、炭素を付加した特殊鋼板製装甲の獣が目覚める。


 装甲車……いや、戦車パンツァーが唸りを上げる。


 格納されていた主砲が展開される。車輪の内部履帯が磁気により外部に押し出され、無限軌道へと変形する。


「今から助けに行くが、お前は外に出るなよ。それと全員を助ける事は不可能だ。それを忘れるなよ」


 俺はメイサの頭を軽く小突き、救出の案をメイサに告げる。


「分かってる。……ありがと」


 冴えたオレンジの錠剤を噛み砕いて飲み込む。さぁ、戦争の時間だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る