第3話

 赤の砂漠、孤立丘ビュートが乱立した荒野のオアシスに中規模の街が広がっている。太陽光パネルが設置され、赤褐色の乾燥土で出来た建物が立ち並び、賑わっている。


 アメリカの中東と呼ばれるニューメキシコ州『寶炎街パオヤンジエ』。


 この街は大都市から離れ、荒野の真ん中に位置している。荒野では企業派と革命派に別れ内戦が続く。暫定的な中立地帯がこの街だ。移民も多い。良くも悪くも複数の共同体コミュニティが存在する『北米の火薬庫』だ。


「おっちゃん、コレくれ」


 俺は屋台で串焼き肉を買い、頬張る。


 単純なチリペッパーの味付けだが、複雑で美味い。口の中に広がるスパイスとチリの香り、ほどよい辛さが主張している。氷水に漬けられ冷えた炭酸飲料コーラも現地通貨で購入した。ぷしゅ、とプルタブから炭酸が抜ける。キンキンに冷えた炭酸飲料コーラで辛さを胃に流したら最高の気分だ。


「兄ちゃん、見ねぇ顔だな。最近この辺に来たのか?」

「三日前くらいだな」


「そうかい。それじゃ、この国の事はよく知らんだろう」

「ああ、全然分からない」


「そりゃ、可哀想に。何でも聞いてくれ」

「ありがとう」


 昔を思い出すように彼は、遠い目をして言った。俺は串焼きを頬張りながら、話を聞く。布を頭に巻いた彼は肉を炙りながら話を始める。炙った肉の香りと独特のスパイスの刺激臭が食欲をそそる。


 この街は第二次企業戦争が激化する前に中国系の移民によって作られたらしい。包炎街の名前の由来は、その名の通り、近くに点在する小さな油田や窪地を包むように形成された街だからだ。俺は質問を続ける。

 

 屋台の客や道行く人々が俺達を見てヒソヒソと話し合っている。そろそろ離れた方が良いな。


「へぇ、それでどんな事をしてるんだ?」


「主に傭兵稼業だな。仕事が無いから、企業に雇われて戦争だ。この街は中立地帯だが、すぐ傍で内戦してるよ」


「成程」


「後は、ゲリラ狩りか。ここ最近は物騒な事が多い」

「ふむ」


「もう一つ、この街に本当の意味での『女子供ガキ』はいない」

「どういう意味だ」


 店主の男は苦虫を潰したような表情で続ける。どうやら地雷を踏んだようだ。彼は手元の肉を網の上で転がす。ジュゥと音がなり、焦げ目が付き始めた頃、口を開く。そして、俺はこの国が抱える闇を知る。


「そのままの意味さ。女子供がいない。つまり、この街で生き残るのに必要なのは『強さ』だけってことだよ」


「……強い奴が偉いって事か」


「そうだな……兄ちゃん、名前は?」

「ザックだ」


「そうか。覚えておけ『力こそ正義』だ」

「分かった」


「ほら、ここは戦場だ。ゆっくりし過ぎたら、殺されちまうぞ」


 俺は屋台から離れる。

 想像以上に危険な街に来たようだ。


 ◆


『ザック、これからどうするつもりだ?』

「とりあえず、拠点を探す。それから情報収集かな」



 メガロの声が俺の耳に響く。中東の迷宮の様な街並みを抜け、宿に辿り着いた。宿に足を踏み入れると、例の少女が窓から逃げようとしていた。彼女は緊張した表情で身を隠そうとしている。


「お前、何やってんだよ……」


 少女は黙ったまま、言葉を返さない。


「無視か。その辺に捨ててくるか?」

『おい、ザック。ちゃんと話を聞け!』


「なんだ、うるさいな。お前は黙っとけ」

『お前が聞かないからだろ!!』


「はいはい。……あーすまん。お前、名前は?」

「人に名前を尋ねる時は、自分から名乗りなさいよ」


 彼女の黒い瞳には大人顔負けの鋭さが宿っていた。


「……俺はザック。お前は?」

「……私は、メイサよ」


「じゃあ、メイサ。なんで逃げた?」


「スラムで拉致られて、あのと一緒に戦場に放り出されたからよ。この忌まわしい髪のせいで、街の人からは疎まれるし居場所なんて無かったわ」


「成程な」


「それにしても、アンタ本当に気持ち悪いわね」

「……傷つくなぁ」


「だって、私の体に触れた男は皆呆気なく死ぬもの」

「そんなもんかね」


「ええ、だからアンタも死んでもらうわ」

「オイオイ、俺の銃じゃねえか」


 彼女が隠し持っていた拳銃をこちらに向けてくる。

 十代にも満たない少女が持つには不釣り合いな銃だ。


「やめといた方がいいぞ。お前の親父さんが泣く」

「大丈夫よ。アンタを殺せば、私も晴れて自由の身だし」


「……俺は一応、助けてやったんだが」

「頼んでないわ」


「まあいいか。お前の両親は?」

「……死んだわ」


「……訳ありか。それは、すまなかった」


「別に気にしてないわ。一晩の恋で勝手に私を孕んだ馬鹿な女と、日本生まれの馬鹿な男の事なんか知らないわ」


「随分と辛辣だな」


「私に言わせれば、アンタの方が異常よ」

「どうして?」


「普通、銃を向けられたら怯えるものよ」

「俺の体は特別製でね。撃っても無駄だ」


 俺は左腕の義腕を見せる。


「……それ、本物?」

「ああ、勿論。ただの金属の塊じゃない」


「そう。でも、弾は通るのよね?」

「そりゃ、もちろん」


「なら、話は簡単だわ」


 彼女が引き金を引く……が弾は出ない。


「認証ロックが掛かっているから、俺にしか使えない」

「……チッ」


 彼女は舌打ちをして、部屋の隅に座り込んだ。


「安心しろ。暫くここに居て良い。俺はお前に危害を加えないし、何か欲しい物があれば用意する。俺の言う事は聞いてくれ」


「嫌と言ったら?」

「殺す」


「……」


「冗談だ。乳臭え女子供ガキを殺したり犯したりするほど、俺は落ちぶれていない」


「ふんっ! 余計なお世話よ」


 彼女はそっぽを向いてしまった。


 ◆ 


 酒場。薄暗い店内に煙と酒と汗が混ざった匂いが立ち込める。


 俺はカウンター席で酒を飲んでいる。隣では、メイサがオレンジジュースをちびちびと飲みながら、退屈そうにしている。


 衛星の調子が悪く、街に入った時には反応が無い。これじゃ届けるのも帰るのも無理だ。俺は情報屋を探して、この街にやってきた。だが、思ったより平和で拍子抜けしている。傭兵が闊歩し、内戦が続く国のイメージとは程遠い光景だ。


 店主に話しかける。彼は、スキンヘッドにサングラスといった出で立ちだ。


「前線に行く。補給線を知らないか」

「東に進めば『赤の谷間』がある。そこから先が前線だ」


「成程、分かった」


「悪いが《ココ》じゃ黒髪は不吉でね」

「俺の髪は灰色だが」


「ツレの事だよ。早く出て貰えると助かる」


 水煙草を吸いながら、店主は答える。


『差別が当たり前。人権意識とか無いんか』


 メガロの声が脳内に響く。


「ちなみに、どれくらい掛かる?」

「そうだな。トラックで2日ってところか」


「徒歩だと?」

「……半月は覚悟しておけ」


「ありがとう。助かったよ」


 俺は代金を置き、店を後にする。


 ◆


 外灯が点々と続く大通りに出る。

 ニヤけた笑みを浮かべる青年たちが後から付いてくる。変な奴らに目を付けられているな。メイサが後ろを振り向く。


「ねぇ、アイツら何?」

「さあな。俺は知らん」


『気をつけろ、ザック。囲まれてる』


 メガロが警告してくる。

 俺が周囲を見渡すと暗闇の中に人影が見える。

 数は五人。素人だな。


「おい、お前ら。俺達に何か用か?」

「へぇ、意外と冷静だな」


「お前ら、ここらじゃ見ない顔だな」

「ああ、最近来たばかりだ」


 先頭にいた男が口を開く。


「お前『運び屋』だろ。その目立つ蛍光緑ライトグリーン作業着ウィンドブレーカー

「ああ。巷で有名な『運び屋パンツァーボーイ』ってのは俺だ」


「付き合って貰おうか」

「情熱的な女性に誘われたら是非とも行きたいが……」


「お前、状況分かってんのか?」


「ああ、勿論。ちょっと待ってくれ、投薬の時間でよ。終わったら、すぐ行く」


 俺は胸元から錠剤を取り出して見せる。

 銀の水筒でオレンジの錠剤を飲む。

 彼らは一瞬怯むが、すぐに平静を取り戻した。偉いじゃないか。良く敵を見るべきだ。


「舐めてんじゃねえぞ! クソ野郎!!」


 リーダー格の男が叫ぶと同時に、他の四人が襲いかかってくる。俺は左腕の義腕を起動させる。掌から刃が出現し、一人の男の顔面を薄く切り裂く。血飛沫が上がる。


 俺は間髪入れず、男の頭を鷲掴みにする。そのまま地面に叩きつける。男は気絶したようだ。残り三人は怯えてその場に腰を付いていた。リーダー格の男の脚に銃弾を一発撃ち込む。


「『次は無い。お前らの既存市場を破綻させるぞ』って依頼者に伝えておいてくれ」 


 俺は男達を無視して、宿に繋がる路地裏に向かう。まったく……金にならない雑魚を寄越すな。


 ◆


「ザック、あなた強いのね」

「まあな」


 宿に戻るとメイサが感心した様子で声を掛けてくる。

 俺は作業着ウィンドブレーカーを部屋の壁に掛けながら答える。


「あの人数相手に普通勝てないでしょ」

「そんな事は無い。あの程度なら問題無い」


「ふーん。あの人達は何者だったの?」

「恐らく、企業側の人間だ。諜報員に甘い言葉を吹き込まれて、俺を拉致しようとしたんだろうな」


「アンタ、なんでこんな所にいるのよ?」

「仕事だよ。の運び屋をしている」

「そうなんだ……」


「前線に行くんだが、お前も来るか?」

「行かないわよ! そんな危険な場所!」


 俺は冷蔵庫から炭酸水を取り出してメイサに渡す。


「そうか……残念だ! 喉乾いただろう、コレを飲んでくれ」

「……ありがとう」


 炭酸水を数口飲むと、暫くしてメイサは眠りに付く。成人男性が少女に睡眠薬を盛るのは倫理的モラルに欠けるが、俺らはすでに狙われている。治安最悪の街に放置するよりマシだろう。


 さっさと拉致って前線に出発だ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る