第2話
◆
コロラド東部。沈黙を保つ荒野の廃墟街の端。
倒壊を免れた古い煉瓦造りの建築物に悪意が潜む。一階にはテントが張られ、男達が小さな火を囲んで談笑していた。傍には、荷台に銃器を備えた日本製のトラックが何台か止まっている。
「反乱軍が頑張れば、俺達は儲かる。要するに反乱軍
「「戦争に乾杯!」」
男達は鹵獲した
『死体漁り』と呼ばれる傭兵集団。名前の由来こそ、戦闘後に死体から物を剥ぎ取り組織立って私有化する奴らだ。高い戦力を持つが美学も信念もなく、その場の優位な側に寄り付く最悪の傭兵組織。
「ちと、酒飲み過ぎた。小便してくるわ」
「物陰でしろよ、臭えからな」
「うるせぇな。細かい事気にすんな」
「この前、物陰で用を足したら、お前の糞が落ちてたわ。勘弁しろよ……」
男は苦笑いを浮かべながら、建物の裏手にある薄暗い空間に向かう。男が用を足して戻ると、テントの傍に仲間が地面に倒れていた。
「おい! どうし──」
男の口は塞がれ、後ろから背中に弾丸を数発撃ち込まれる。
◆
「天に在す我らの父よ。我らに罪を犯す者を我らが
無慈悲に男達を殺した俺は、弾切れした拳銃を再装填する。
「こんなもんか」
『ザック、殺るのは良いが、無理するなよ』
「分かっている。……二階に大物が居るな」
俺は階段を登り、錆びたドアを蹴破る。愛銃を構えながら俺が室内を覗き込む。先ほどまでとは暗転して闇が広がっている。妙に生活感の残る部屋の中には、まだ十代程の少女がいた。黒髪……日本人か? 俺はメガロに確認した。
「人質か?」
『いや、不良傭兵どもの一人だ』
数歩あるけば届く距離だが、油断は禁物だ。不良傭兵どもの一味なら何を持ち出して来ても可笑しくはない。前なんて至近距離で散弾銃をぶち込まれた。
「動くんじゃねぇぞ」
俺は銃口を向けて言う。埃を被ったベッドの上に座り、鋭い目つきで俺を見ている。俺はゆっくりと彼女に近づこうとする。
嫌な悪寒がした。
刹那、
「……っぶねぇな」
咄嵯に首を曲げて避けた俺の横を、鉄の刃が通過した。
「お前さん、ウチに何の用だ?」
刃を振り下ろした男は怪訝そうな表情でこちらを見ていた。鍛えた体と刃のような眼差しを持ち、頭頂部には剃り跡。傷跡が顔に点々と残る。安物では無い重厚な鎧に身を包んでいる熟練の傭兵、厄介な相手だ。胸板には野犬の紋章が刻まれている。
彼の問いに俺は答えた。
「社会科見学って所かな」
『馬鹿野郎。そんな訳ねぇだろうが!』
俺はメガロに「お前は黙ってろ」と返す。
電脳通信で怒鳴る相棒を無視して敵を見据える。
「ふざけやがって、ぶっ殺す!」
再び襲いかかる刀身を紙一重で避ける。狭い室内で振るわれる鉄の刃は、俺の体に届く前に俺が軽快なステップで避ける。俺は壁際に追い込まれ、相手の間合いの中に入る。
「死ねやぁ!!」
「クソッ」
俺は左腕で斬撃を受け止める。金属同士が擦れ合う音が響く。
俺の腕から血飛沫が上がった。
「チィッ」
『ザック、大丈夫か!?』
「問題ない。この程度ならすぐに治る」
俺は硬質化させた腕で相手の剣を受け止めつつ、拳銃で撃つ。
しかし、黒い鎧に触れ跳弾した。
「おっと、豆鉄砲か」
「……これでも四十五口径だぞ?」
「俺は痛みが嫌いなタチでね。コイツを喰らいな」
相手が右腕をこちらに向けた。
展開した
俺は体を捻るが、至近距離の爆発の衝撃を避ける事は出来ず、吹き飛ばされる。
◆
「……逃がしたな。ま、良いか。金に成らんし」
瓦礫の山を抜け出す。勿論、俺は無傷だ。
網膜に損傷率が出ているが誤差に等しい。
『お前、よく生きてるな……』
「この程度で死ぬようなら、こんな仕事やってられない」
爆風で埃が舞い上がった部屋を手で掻き分けながら、目当ての金庫に辿り着く。
「無理やり開けるか……」
『いや、俺に任せとけ』
メガロが地面からニュッっと現れた。
灰色の鮫が大口を開けると、金庫に喰らいつく。
「メガロ、頼むぞ」
『了解』
彼の凶悪な顎が金庫に噛みつき、煙が上がる。これが、軍用の
純金のインゴットが三つ。シケてるな。俺はそれをポケットに入れる。
「完璧だな……俺たちが自由になる為の資金回収には、何年くらい掛かる?」
『ざっと二十年って所だ。いっそ、
「御上様に従う、っつーのは何処の仕事でも一緒だなァ、相棒!」
『そりゃあ、そうさ! 超資本主義の猛毒だね!』
「「ハッハッハ」」
二人で笑う。暫く馬鹿笑いした後に、現実に戻される。最悪だ、雑魚共を殺すのにも弾代が
「……後は例の厄モノを配達するだけだ。仕事の時間だぜ、メガロ!」
『いや、ちょっと待てェ! 大切な事を忘れてるぞ?』
「何だよメガロ、遺体の処理か? 忘れてないよ」
『違うって! 考えてみろ!』
「……分からんな、いや分かってるが、単純に面倒臭い」
『幼気な彼女を見捨てるんか?
「なんだ、無事だったのか……」
『政府の指針では民間人の救出を第一に! はい! 復唱!』
首輪を外す為に善行を積もうか。二十四時間置きに飲む必要があるオレンジの薬を胸元から取り出して飲む。徐々に脳が冴えてハイになる。
「お嬢ちゃん……俺は今とても気分が良い」
「ええ、生憎様。私も首輪が外れて幸せな気分よ」
黒い瞳と髪、彼女の顔立ちは恐らく日本人だ。この辺じゃ見ない人種。見た限りスラム出身か……。日本企業連合と巨大多国籍企業が争い始めて、人種による分断は苛烈さをましている。大した胆力だ。彼女が口を開いた。
「貴方、ロリコン? そんなにジロジロ見ないで貰える? キモいわよ」
「手厳しいガキだな、俺はお前を逃がしてやるって言ってるんだが?」
彼女は舌打ちをすると、俺に猫撫で声で媚びてきた。
「つよーいおにいさぁん、わたしぃ、かよわいから、一緒にいてくれるぅ?」
「……」
ニヤニヤ笑いながら彼女を俺を見ている。人間の悪意に晒され続けた人間は大体どこか異常性を持つ。俺は無言で拳銃をリロードをすると、天井目掛けて発砲した。
「俺の仕事の邪魔をしたら、殺す」
全てを失った俺たちが、それでも前に進む物語。
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