【中編】Wilderness Hard Wired

ウミウシは良いぞ

第1話 

 ◆ニューメキシコ州、某所


 真夜中までには見通しがついた。給油を忘れたのは、逆に幸運かもな──。


 暗闇の廃墟街の中、一台の装甲車が走る。


 暗黒に溶けた錆鉄色と傾斜装甲は軋む。静寂の夜と灰色の構造物の隙間を縫う様に装甲車は進み、唸り声を鳴らす。


 抉り取られた茶色の地面。剥き出しの大地の上で車体が大きく跳ねる。正面のライトで周囲を照らして進む。煤に覆われた建物群。灰色の壁面が爆破され、野晒しになった室内。安っぽい机や棚が白い光を反射する。黒の装甲車の周りでは索敵を行う無人機ドローンがモーターを駆動させ、蜂の様な羽音で飛び回る。


 装甲車内部、暗く赤い微かな照明の中で瞼を閉じ、俺は祈る様に膝を付いている。旧式の操縦桿と神経接続で動く。首元の端子から五つの配線ケーブルが伸び、それぞれ装甲車の器官と脳を直結させ、車を運転しているのだ。


『ザック、衛星からの情報だ。一キロ先に「不良傭兵スカベンジャー」だ』

「それは吉報だ。少々寄り道になるが臨時収入としようじゃねぇか」


 無人機が捉えた映像は装甲車に送られ、首元の配線──物理的直結ハードワイヤード──から脳に送り込まれる。無人機との視界共有に注意を向けていた俺は、意識を現実に戻し操縦桿に手を伸ばす。カラスと形容するのが正しいような黒い無人機は二機で編成されており、片方の無人機を偵察として飛ばしている。俺達はその無人機を通して荒野の捨てられた廃墟街を突き進んでいた。


「……ったく、局長は俺達への扱いが雑すぎる」


 俺は吐き捨てると同時に硬い操縦桿を傾け、機関部を叩き起こす。無人機のカメラには既に標的を捉えていた。荒れ果てた四階建てのビル。壁には亀裂が入り、窓硝子は全て割れ落ちている。人が住んでいるのか、明かりがともっている。


「戦地に弾丸タマ運ばせるなんてタマったもんじゃねぇ」

『お前、何で中身知ってるんだ?』


 視界の端の"鮫のアイコン"が点滅する。あぁ、失敗した。冗談で誤魔化す。


『おいザック! お前、潜水ダイブしたのか?』

「……つい気になってな」


 俺は無人機からの映像を眺めながら答える。荒野特有の砂塵を含んだ風が吹く。乾いた風が装甲版を打ち、朽ちた家々を通り抜けていく。無人機の視点が動き、瓦礫だらけの通りを進んでいく。


『お前、出来ずに本当に死ぬぞ?』

「知ったこっちゃねえ」


 俺は電脳通信で相棒メガロと話を進める。反乱軍への隠密補給、という高難易度低報酬ハイリスクローリターンの仕事を押し付けられた。断れない気質に付け入られた事を反省して、相棒に吐き捨てる。


「まあ、急ぎで『お宝』を確保して帰ろうぜ、相棒メガロ


 俺は意識をエンジンに向け、ギアを一段上げた。配線ケーブルを通して俺の意志が車全体に伝わった。太い車輪が土塊に喰い込む。圧縮重油が機関部で燃焼し、鋼鉄の獣は更なる唸りを上げた。


 ◆


 郵政連本部。高層建築物センタービル。政府直属のインフラの一つである。電脳ネットワークを介した郵便物の集配は国営事業の一つ。電脳ネットワークを介して情報を収集し、政府機関、民間企業、個人宅に至るまで様々な場所に配達を行う。


 電脳ネットワークはあらゆる情報を収集できるが、逆に言えば情報漏洩のリスクもある。そのリスクを最小限に抑えるために、郵便網を政府は一括化した。


 電子的な金色の横文字で装飾された無機質な白亜の建物。ギリシャの神殿をモチーフに作られたらしい。長居すると潔癖症になりそうだ。


 俺は、仲間達が忙しく動き回る社内で気配を消しながら、局長室に向かう。六角形を敷き詰めたエナメル質の白い扉をノックする。


「前島だ」

「あぁ、待っていたよ」


 本当に嫌気が差す。ドアを開けると、そこには『太った狸』と形容するのが相応しい人物が居る。名前はグレイ局長。俺の嫌いな男の一人である。汚い仕事をしているのに潔癖質な男。怒りをぶつけるように俺は鉛の様な声を発した。


「次の任務は?」


 彼は座ったまま俺を一瞥し、書類に再度向き合った。暫くの静寂。奴は未だ電子化されて居ない紙の書類に署名すると眼鏡を外し、溜息混じりに俺の問いに答えた。


「君も知っている通り、反企業組織への機密輸送だ」


 軽く舌打ちをした後、局長に向き合う。機密輸送、いわゆる『汚れ仕事』だ。俺は今、苦虫を噛み潰したような表情をしてるだろう。内面を取り繕いながら質問した。


「それで、今回は何を運ぶんだ?」

「それは建前上秘密となっている」


 俺が更に嫌そうな表情をしているのに気付いたのか、奴は謝罪してきた。


「……すまないね」

「……その感じ、また厄モノかよ」


 俺は思わず露悪的に吐き捨てた。


「頼んだよ」


 俺の脳を治す為だ。仕方ない。俺は部屋を出ると、自分の電脳にアクセスしてメガロと会話する。通路の壁から鮫が現れた。今度はデフォルメされたマスコットの見た目だ。


「なあ、メガロ。今回の荷物は何か知ってるんだろ?」


 俺は相棒に質問した。メガロは見た目とは真逆の声で呟いた。


『……ああ。お前さんの気が削がれるから。途中で教えるぜ』

「マジ? そんな面倒くさい代物の配達か」

『自分の不運を恨みな』


 鮫の胸ビレが、俺の肩に置かれる。長い廊下を進み俺達が車に乗ろうとエレベーターに乗り込む。閉まるドアを見ていると、隙間に魚の様な金属光沢を持つ鱗がびっしり生えた腕を差し込まれた。ドアが開く。


 見た顔の女友達がやって来る。


 驚いて口を開閉させていると彼女が微笑んだ。黒のスーツを優雅に着こなす彼女は凛々しい印象を与える。爬虫類の様な銀色の鱗が首元からチラリと見えた。手の平は顕著で、恐ろしい蜥蜴トカゲの様な凹凸を重ね合せた形状をしている。


「やあ。久しぶりだな」

「久しぶりね。今日も仕事って聞いたわ」


 彼女は同僚のリンである。

 全身を鱗状の流体金属で覆っている。


『おお、巨乳のリンちゃんじゃないか』

「メガロ……失礼だぞ、俺の数少ない女友達にセクハラするな」


 郵政員の殆どが相棒の存在を認知出来るよう設定している。陽気な相棒の場合、それが悪影響を及ぼす方が多い。メガロに慣れた彼女はヘビの様な真っ赤な長い舌を見せて、ウィンクした。


「良いの良いの、気にしてないわ。それに事実だしね」

『へっへっへ。良い女だなァ。ザック、押せば抱けそうだぞ?』


 俺は宙に浮いているメガロを叩き落とす。物理エンジンに従い、床に落ちた相棒を無視して彼女に謝罪する。


「最低最悪な相棒で本当に済まない……」

「大丈夫よ、それよりニューメキシコ行きって本当?」


 どこか遠くを見ている風の彼女リンは俺に問いかけてきた。俺が汚れ仕事についていることを好ましく思っていない彼女の目を見つめ、はっきり伝える。

 

「ああ、本当だ。急いで帰ってくる予定だ」

「……心配ね。無事に帰ってきたら、お酒付き合ってあげるわ」


『そりゃあ嬉しい。やったな、相棒』

「お前は黙ってろ!」


 復活したメガロを再度叩き落とす。丁度エレベーターが止まった。


「ふふ、じゃあねメガロ。それにザックも」


 彼女は手を振りながらエレベーターから降りた。


『またな!』「また、今度!」


 ……面倒臭いが俺達も仕事とするか。


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