Chapter 2

 睡眠用ポッド以外で寝たのは久々だ。圧迫感がないのはいいが、地面が固かったからか少し違和感がある。この違和感もいずれはヘルスナノマシンによって解消されるだろうけれども。


「おはよう」


 3人はもう起きていたようで、口々に「おはよう」「おはようございます」「よく眠れたか」と返してくる。


「今日の昼頃には最寄りの街、アルジェントに着くと思う。このあたりはモンスターも少ないとは思うが、気を抜かずに行こう」


 ブラーが話しかけてくる。解析が進んだようで、翻訳は日常会話程度なら困らないレベルになったようだ。


「ありがとうブラー、案内してもらって助かる。最後までよろしく頼むよ」

 翻訳を通して返事をする。


「ヴィルお前、実はちゃんと喋れるんだな。驚いたよ」

「まぁ、実はそうなんだ。隠してて済まないな」


 説明も面倒なので、適当に濁しておく。




 手早く野営地を片付けると、街へと出発する。このあたりの道は石で出来ているようだが、材質がやけに均一なのが気になった。


 道中は特に敵対生物、現地に倣ってモンスターと呼ぶが、それらが出ることもなく平和なもので、3時間も歩いたころには、街の防壁が見えてきた。


 予想していた文明レベルでは想像しえなかった、金属製の防壁が聳え立っている。防壁の上からみえる建造物も、金属製の物が多い。


「なぁニーグ、あの防壁はどんな素材で出来ているんだ?」


 寡黙なニーグに、少しでもコミュニケーションを取ろうと話しかけてみる。


「……ほとんどはチタンだ」


 どうやら鉄ではなく、チタン製らしい。チタンは強度も耐食性もあり防壁に適してはいるが、とても加工が難しく、しかも希少な金属のはずなのだが。これは一体どういうことだ?


「ヴィル、お前いったいどこの国から来たんだ?常識も全くないし、変な白い鎧つけてるし」


 ブラーが不思議がっている。さて、どう伝えたものか。カエとも相談しつつ考える。どう見ても自分は明らかに異質だし、ここは正直に答えよう。


「そうだな、国というか、遠くの星から来た」

「お、いいねそういう冗談。俺は嫌いじゃないぜ」


 信じてもらえなかったらしい。とりあえず、とても遠い国から来たということにしておいた。


 街の入口には守衛らしき人が何人かいるようだが、人間を審査するというより、モンスターの侵入に備えてのようだ。審査はなく、基本的に入口でお金を払えばだれでも街に入れるらしい。


 街に入るのにお金が100ペク必要と言われて焦ったが、どうやら魔石とやらの物々交換でもいいらしい。魔石というのはフォレストウルフから出てきた結晶のことらしく、ポケットに入れっぱなしにしていたそれを1つ渡すことで、どうにか街に入ることができた。


 チタンでできた街並みの中に、見慣れない円形の紋章のようなものが多数刻まれている。


「アウラ、あの紋章みたいなのはなんだ?」

「え?ヴィル、もしかして魔術を知らないの?どんなド田舎から来たのよ、あんた」


 どうやら魔術と言うものらしい。簡単に言うと、魔術とはエーテルとやらを使って物質を変換するものらしい。


 街に入ってからルフスとカエを全開で動かして情報収集しているが、あの紋章に魔石を触れさせると、物質の変換が起こるようである。住民は紋章で雑多な分子を変換して、水にしたりして使っている。全く持って自分が知る物理法則に反している。


 魔石をルフスに放り込んで解析したが、どうやら魔石はそのほとんどが、例の空気中にわずかに存在する未知の物質で出来ているようだった。詳細に調べようとして危うく街中で大規模な爆発を起こすところだった。本当に心臓に悪い物質だ。おそらくこの物質がエーテルと呼ばれるものなのだろう。


「ひとまず行くところがないなら、ギルドへ行ってみるといいぞ。ギルドに登録すれば身分証も貰えるからな。俺らもギルドの所属だから、いろいろ手助けできると思うぜ」

「私たちも今からギルドに行くところだから、もしギルドに行くなら案内できるわ!」

「ギルドはいろんな奴がいるが、悪くない」


 3人が口々に話しかけてくる。俺のことを心配してくれているのだろう。


「ありがとう、ギルドに行ってみようと思うから、案内を頼む」




 ルフスを後ろに引き連れ、3人の後をついてゆく。数分歩いたところで、周囲と比べて大きな建物の前に到着した。


「ようこそ、国家間互助連合、通称ギルド、アルジェント支部へ」


 ブラーが大仰なポーズを決めて茶化す。


 横にあった駐車場にルフスを停めて、中へと入る。


 ギルドの中は大きな吹き抜けのホールになっていて、正面にいくつかのカウンターがあり、なにかを受け付けているようである。


「正面が、ギルドの新規登録やその他案内のカウンターよ。私たちは仕事の報告があるから右奥のカウンターね。なにかあったらこの番号に連絡して、いつでも力になるわ」


 アウラはそう言って、番号の書かれた紙を渡してきた。他の2人も同様に渡して来たので、とりあえず受け取っておいた。なぜ読めるかって?街中の文字をカエが解析してくれたおかげさ。


 さっきからカエを通して身分証明のデータ送信を行っているが、<通信可能端末なし>としかならない。俺はあきらめて、正面の受付へと向かった。女性の受付が対応してくれる。


「こんにちは、ご案内ですか?新規登録希望の方ですか?」

「新規登録希望だ。どうすればいいか?」

「こちらの冊子をご確認の上で、この書類にご記入と署名をお願いします。あ、お名前の記入は他国の文字でも問題ありませんよ」


 冊子をパラパラとめくってチェックする。視覚媒体で情報を受け取ることなどめったになかったが、一瞬でも視界に入れればカエがすべて記録・情報処理してくれる。冊子の内容はわかったので、次は書類だ。文字は先ほど街中でカエが解析してくれたものを、視覚ガイドに沿って記入する。といっても住所欄などは空欄だ。名前の欄には故郷の文字で記入して、こちらの文字でフリガナを振っておいた。


「ご記入ありがとうございます。改めまして、受付をさせていただきますフランと申します。書類のほうのご記入は……問題ありませんが、完全にご新規の登録ですか。この地域では珍しいケースですので確認まで少々お待ちください」


 そう言って奥へと書類を持って行った。どうやら上司に確認を取っているようだ。


「お待たせしました。登録には問題ございませんでしたが、ご新規の場合、登録料を通常より多く頂いております。200ペクのお支払いとなりますが、よろしいでしょうか?」

「支払いは確か魔石でも問題なかったはずだよな、これでいいか?」


 そう言って俺はポケットからフォレストウルフの魔石を2つ取り出した。


「はい、問題ございません。確かに頂きました。では次に、識別情報の登録をさせていただきます。登録に毛髪数本か少量の血液が必要になりますが、どちらを使用して登録なさいますか?」

「毛髪で頼む」


 髪の毛を数本引き抜いて、用意されていた専用のケースに入れて渡す。


「承りました。ではこちらの魔術装置で、カードへとご本人様の情報を登録させていただきます……完了しました。こちらのカードが身分証となります。紛失の際は再発行手数料がかかりますので、ご注意ください。」


 どうやら遺伝子情報を魔術とやらを使って多種の金属原子に置き換えて、カードに直接印刷して記録しているようである。カードには番号も書いてあり、冊子によるとその番号を使ってギルドに伝言を残すことができるらしい。なるほど、さっき3人からもらった番号はこれか。


「以上で手続きは終わりです。他に何かご質問はありますか?」

「寝泊まり出来るところを探しているのだが、どこかいい場所はあるか?」

「でしたらあちらにギルドの提携宿泊施設をまとめた冊子がございますので、そちらをご覧になってください。他には大丈夫でしょうか?」

「あぁ、大丈夫だ、ありがとう」


 手続きが終わったので、宿の冊子をもらった後にアウラ・ブラー・ニーグの3人を探してみたが、どうやらもう帰ったらしく、見つからなかった。番号による伝言、メールの窓口へと行って、街を案内してほしいので時間があるときに会えないか、と3人全員に連絡しておく。


 その後、俺は2階にある、一般に開放されている資料室へと向かい、書棚にある資料をかたっぱしから読み漁った。カエによる処理で一瞬のうちに読めるとはいえ、すべての本をめくるのは重労働だ。全体の1/10ほどを読んだあたりで日が陰ってきたので、ギルドの外に出て宿を探す。


 冊子にあった宿のうち、1泊50ペクほどで、バイクの駐車ができるものを探したら、ギルドから歩いて10分ほどの場所にある宿の部屋が空いていたので、そこに宿泊することに決めた。宿の名前は「ガーネットの癒し亭」だった。


 宿の受付でギルドのカード(どうやらそのままギルドカードと呼ばれているようだ)に書いてあった番号を書いて受付を済ませた。とりあえず4泊で申し込んで魔石を2つ渡し、階段を上って部屋に入る。


 こぢんまりとした空間に、天然繊維製のベッドや、金属製の机などが並んでいる。ひとまず、疲れた。今日はもう遅い時間なので宿での食事も出ない。カロリーバーで栄養補給を済ませると、装備を外して備え付けのシャワーを軽く浴び、その後すぐに宿のベッドに倒れこんだ。


「結局この惑星はどこなんだ?全くわからん。カエ、引き続き今日得た情報の解析を頼む」

<了解、詳細な解析には、得た情報に不正確な情報らしきものが多数含まれるため、より多くのサンプルが必要です>


 疲れていたのだろう、いつの間にか、俺はベッドの上で寝てしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る