1-17 <チャレンジド・ピープル(5)>

休憩時間が終わって、マキとユウタが室内にもどってきた。

まだ先ほどまでの余韻も冷めやらぬようで、何人かがざわめいている。


柚木さんと速見さんがにこやかに笑いながら話している。

そこに三角さんも入ってくる。

ユカリと武田先生も話し合って、笑っている。

ミオとダイトがそこに加わる。


マキがマイクを取ってひとつ咳払いをすると、口元にマイクを寄せて声を発した。


「・・・みなさん、ゆっくり休憩取れましたか?

これからの時間は、質問コーナーです。

みなさんからの、DJに関する質問に、あたしたち二人がお答えします。

それが終わったら、今度はみなさんがこのDJコントローラーにさわってDJを体験できる、DJ体験会の時間になります。

やり方はもちろん、あたしたちがお教えします」


わぁー、ホーゥ、とあちこちから歓声が上がる。


マキはその歓声を聞いて、笑顔でいっぱいになる。

そして、ちらっとユウタのほうを見る。

ユウタが小さくうなずく。

マキはそれを見届けると、再びみんなのほうを見て言った。


「・・・ということで、まずは質問コーナー!

さっきのあたしたちのDJを見ていて、DJに関する疑問・質問があれば、この場でどうぞご遠慮なく聞いてくださいー!

あ、質問したい人は手を上げてね」


秒速で真っ先に手が上がったのは速見さんだった。


「・・・えーと、あの、お二人がDJで曲を選んでいくのって、どういう考えにしたがって選んでいくんですか?

どうすれば、あんなふうにおもしろくなるんですか?」


小さな笑いがあちこちから漏れる。

マキも手の甲を軽く口に当てて、笑いを抑えた。

ユウタを見ると、彼も笑みを浮かべながらうなずいている。


「・・・えーとですね、おもしろいと思っていただけたのはとってもうれしいです、速見さん。

でですね、どういう考えにしたがって曲を選んでいくのか・・・。

なかなか高度な質問ですね」


速見さんは苦笑いを浮かべて、頭に手をやった。

他の人たちからも小さな笑いが起こる。


「・・・これはですね・・・けっこう説明がむずかしいです。

えーと、あたしの場合、自分の持ち時間、たとえば1時間なら1時間の中でどういう流れを作っていくか、それを考えてますね、いつも。

他の言い方をすると、この1時間でどう起承転結を作るか、を考えます。

始めはゆったりした流れから、少しずつ盛り上がっていって、クライマックスにドーン!と行って、ラストになだれ込む!

・・・って、こんな感じのことをいつもイメージしてるかな。

DJ U-TAはどやろ?」


ユウタが何度もうなずく。

マキは近寄って、ユウタにマイクを向けた。

ユウタは、え?オレもなんか言うの?というような顔をしていたが、やがてマイクに向かって口を開いた。


「そうですね、Maxiの言ったのと、ほとんど同じですね。

ぼくも起承転結というのは、常にイメージしながら選曲してます。

それと、あえてそれを崩す、ということもたまにしてます。

意外性、というのも大事な要素やと思うてるんで」


あちこちから、軽くどよめきが起きた。

マキは感心したようにうなずいて、


「さすがやなあ・・・。

起承転結を基本としながらも、たまにあえてそれを崩す。

・・・だそうです!

ベテランのレベルやと、こういう感じなんかも」


ユウタが照れくさそうに笑う。


「こんな感じでわかりました?速見さん」


「・・・んー、ちょっとむずかしいけど、なんとなくはわかりました」


南さん、柚木さんや職員さんたちが、笑ってうなずいた。


「そうですね、DJは曲を選ぶのも、ただ行き当たりばったりに曲を選んでるわけじゃなくて、けっこういろんなことを考えながら選んでるんです。

意外と奥深い世界です、DJは。

そんなことも知っていただけると、あたしたちはうれしいですね。

・・・さて、それでは、次に質問あるかたは?」


手が上がった。

柚木さんだ。


「はい。

柚木さん、どうぞ!」


柚木さんは、目を輝かせてとても興味津々な様子でマキに訊いた。


「・・・えっと、さっきのDJ、すごくおもしろかったです。

なんかこう、ただ曲を順々にかけてるだけなんじゃなくて、意外と、バンドのライブ演奏とかと同じような感じに聴こえて・・・。

ああ、これはライブなんやなあ、って思いました」


マキはうれしそうに応えた。


「そう言ってくださるの、とってもうれしいです!

あたしたちも、そう、これはライブやと思ってやってます!」


柚木さんもうれしそうに、


「あ、ならわたしのとらえ方で合ってるってことですやん!

ありがとうございます・・・。

んでですね、質問なんですけど、これはとたんに現実的な話になるんですが、お二人の使ってるその機材のお値段。

・・・いくらぐらいで買えるもんなんですか?」


マキがユウタの顔を見ながら、


「えーと、DJの使う機械、『DJ機材』とか『DJ機器』って呼ばれてるんですけど、これはたくさん種類があります。

今回あたしたちが使ったのは、その中でもいちばん値段的にはお手頃なやつやと思います。

DJコントローラーというものと、ノートパソコンの組み合わせ。

パソコンにDJソフトというのをインストールして、このコントローラーでそれをコントロールします。

曲のデータも全部、このパソコンに入れるということになります。


で、このコントローラーは、いちばんお手頃な価格帯のものですが、相場は税込30,000円~40,000円台ぐらいです。

どこの楽器屋さんで買っても、だいたい同じ金額やと思います。

DJコントローラーはいろんなメーカーが出してます。

ノートパソコンは、めっちゃ高性能でなくてもよいですが、ある程度の性能は必要です。

そこそこの性能があるやつでないと、途中で音が止まったりするので、

インテルCore i5、SSDが256GB以上、メモリ8GB以上、ってぐらいのものが相場です。


あ、ちなみに、音楽はMacってイメージがあるかもしれないですが、MacでもWindowsでもOKです。

いまあたしたちの使っているこれもWindowsです」


ところどころでざわついていた。

利用者の多くにとっては、高価なものと映ったようだ。

そりゃそうよな、とマキも思った。


「けっこう高いな、と思われるかたもいらっしゃると思います。

それでも、ギターとかピアノとくらべたら、安いかな?」


みんなが小さく笑う。


「DJって、楽器の中ではわりと安くできるものやないかな、と思います。

やからみなさんも、あたしたちのDJを見て聴いて、もし興味を持たれたならぜひやってみてほしいな、と思います。

そうやって、DJをやる人がもっと増えるとうれしい」


マキはそう言って、笑顔でみんなを見た。


「他にご質問、ありませんか?」


手を上げたのはユカリだった。


「はい、ユカリさん、どうぞ!」


ユカリはまじめな表情で、真っすぐにマキを見据えて訊く。


「あの、DJって、マキちゃ・・・DJ MaxiさんやDJ U-TAさんみたいにいろんな音楽を知ってないとできないですよね。

こういういろんな音楽を知るきっかけ、というか、ハウスのような音楽に出会ったきっかけ、って何だったんでしょうか?」


マキは答えた。


「・・・そうですねー、あたしたちがDJでかけてる曲、いわゆるクラブミュージックを知って、ハマったきっかけは?ってことですかね?」


ユカリは静かにうなずいた。


「あたしの場合から言うと、高校3年のときです。

大学の受験勉強してたんですが、息抜きの時間にいろいろ音楽を聴いてました。

もともと音楽は大好きやったんですが、ある夜、たまたまSpotifyで「House」ってタイトルがついているプレイリストを聴いてみたら、すごいいいと思って。

『なにこれ!この音楽めっちゃええやん!』ってなって。

そこからですね。

それで調べていったら、DJが作る音楽なんや、ってのがわかって。

それで、自分もこういうのやりたい!って思いました」


そしてマキはユウタのほうを向いて、


「DJ U-TAはどう?

ハウスを知ったきっかけは?」


マキからマイクを受け取ったユウタは上を向いて、思い出すように話し始めた。


「・・・ん-、そうですねー。

ぼくの場合は、最初にハウスという音楽を知ったのはMaxiと同じ高3のときで、そういう音楽をよく知ってるやつが友人にいました。

そいつから教えてもらってハウスを聴くようになって、それから自分でもいろいろ探すようになって・・・。

それがきっかけですかね。

で、聴いて調べてるうちに、そういう音楽を作ったりプレイしてるのがDJやということがわかって。

それで、ぼくもDJやろう!と思って。

大学入学祝いに親がなんか買ってくれるっていうんで、パソコンといっしょにDJコントローラー買ってもらって・・・。

それが自分でDJやるようになったきっかけです」


ユウタはマキにマイクを返すと、マキに小声で、


「・・・こういう話するの、初めてやな」


と言った。

マキも微笑しながらうなずいた。


「自分でDJ始めたのは・・・そうや、あたしは大学入ってから、友人の誘いでDJやり始めました。

始めたばっかりのときはDJ機材、持ってなかったです。

クラブに機材が置いてあるから、USBメモリに曲のデータ入れて持っていけばDJできる、ってのを教えてもらって。

それで、最初はお店の空いてる時間に機材を借りて練習してました。

自分のDJコントローラー、これですけど、これはバイトしてお金貯めて、大学1年の夏休みに買ったんかな。

U-TAが持ってるのと同じですけど、U-TAより半年くらい遅れて手に入れた感じやったです」


マキはそう言うとにっこり笑った。


「・・・って、こんなで答えになってる?

ユカリちゃん」


ユカリは何度もうなずきながら、


「はい!

すごくなってます!

ありがとうございました」


と応じた。

その表情は、とてもうらやましい、と思っているように見えた。

マキはユカリのその表情、そのまなざしを見て、ちょっと心を動かされた。


「さて・・・他にご質問はありませんか?」


みんな、あちこちで話していたが、手は上がらなかった。

マキはすーっと息を吸うと、


「ご質問がなければ・・・。

それでは!

これからDJ体験タイムを始めようかと思います!

よろしいでしょうかみなさん!」


あちこちから拍手が飛ぶ。


「・・・えー、では、体験タイムを始めます。

やり方はですね、こんな感じでどうでしょう。


1番目です。

みなさんがたぶんやりたいであろう、スクラッチを体験してもらいます!

それから2番目。

ミックスをします。

手順ですが、2つの曲をあらかじめ用意しておきます。

この2曲はBPM、つまりテンポがちがいます。

なので、最初の曲がかかっている間、みなさんは2曲目のBPMを最初の曲と合わせて、好きなタイミングのところから少しずつ混ぜていく。

これを『ミックス』といいますが、それをしてもらいます。


この二つともDJの基本技ですが、それを体験してもらいます。

あ、もちろん、あたしたちがやり方を丁寧に教えますので、安心してくださいね。

では、やりたいかた、手を上げてください!」


はい!

はい!

と、ほぼ全員から手が上がったようにみえた。


マキもユウタも、うわっ、という表情になって、


「・・・すごいなー、これは時間的に全員が体験できるか、わかんないなー」


マキが言うと、職員の小郷さんが武田先生とマキのそばに寄って話しかけた。


「森本さん、時間はオーバーしちゃうかもしれませんが、もしご都合がよろしければ、可能な限り全員のかたに体験をさせてあげてください。

なかなかない機会ですし、みんな楽しみにしてましたから」


武田先生もそれを聞いてうんうん、とうなずいている。

マキに話す。


「どう?森本さん。

少しくらい時間オーバーになってもいいので、全員体験させてあげるのがいいんじゃないか、と思いますが、どうですかね?

お二人の負担にならなければ」


近くに来ていたユウタも、マキに訊いて、


「ぼくたちはOKです。

今、ざっと見た感じだと7、8名くらいは希望者がいますね。

30分くらい超えるかもしれませんので、お昼休みにかかっちゃいますが・・・」


「・・・それなら、12:00でいったん中断して、午後に再開するとか・・・。

そんなのでも可能ですか?」


小郷さんが言った。

武田先生がマキとユウタに尋ねる。


「森本さんと岡野さんは、可能?

もし午後に予定とかなければ。

お昼はコンビニとか、各自で食べてもらうことにすれば。

他の学生は、希望者だけ残って見学ということで」


マキがユウタと顔を見合わせてから、


「あたしたちは、いいですよ。

むしろ、そのほうがおもしろい!」


「ご無理をお願いして、申し訳ありません」


小郷さんが申し訳なさそうに頭を下げる。

武田先生は、


「いえいえ、まあ二人も快諾してくれてるわけだし。

ぼくもこちらには日頃お世話になってますから、たまにはこういうお祭りみたいなのがあってもいいでしょう!」


そう言って、ははは、と無邪気に笑った。

小郷さんと堂島さん、三角さんが頭を下げた。


マキとユウタもお互い、笑顔でうなずいた。


DJ体験タイムになった。

マキが体験希望者の順番を整理して、待っている希望者に順番が来るまでの間、


「ほら、あんなふうにしてやるの。

見ててね」


とか、


「あそこで、少しずつ次の曲のボリュームを上げて混ぜていってるの。

音聴きながら、動作を見ててね」


といったふうに、今やっている体験者の動作の意味がなるべくわかるよう、コメントしてあげている。


一方、ユウタは体験者にスクラッチやミックスのやり方を説明しながら実技をさせてあげている。


速見さんや柚木さんも、体験に加わった。

南さんは柚木さんからさんざん誘われたが、


「いやあ、オレはこういうのは・・・」


と言って、見学するだけで結局体験には加わらなかった。


速見さんは、若く、こういうタイプの音楽にもある程度接しているようで、呑み込みが早かった。

スクラッチも初めてにしてはなかなか決まっている。

ミックスは当初は苦戦したが、ユウタの指導を受けながら何度かやるうちに、やがて初めてとは思えないほどのミックスができるようになった。

もともとリズム感はいいようだ。


「・・・すごいよ、速見さん!」


マキもうれしそうに手をたたきながら叫ぶ。


「・・・いやあ、何がなんだか・・・」


速見さんはそう言って両手を頭の上に乗せた。


ユウタも、


「速見さんはリズム感がええな。

DJ上達するの、早いかもしれん」


と励ました。

速見さんはうれしそうに笑いながら頭を下げた。


他にも何人かが同じように体験をした。

それぞれ、みんな楽しんでくれたようだ。


***


昼休みの時間になった。

DJ体験はいったん休憩にして、昼食タイムとなった。


予定外の延長だが、学生たちもほとんどが残ってくれた。

近くのコンビニで弁当を買うなどして、利用者さんたちといっしょに食べた。

ユカリもミオ、ダイトも、武田先生も、そしてユウタもマキも、利用者さんたちと話をしながら昼休みを過ごした。


昼休みが終わって、体験会の続きをした。

二人ほどが体験した後、最後の人の番になった。

最後が柚木さんだ。


柚木さんは、緊張した面持ちでコントローラーの前に立ってもじもじしながら、


「・・・こんなん、やったことないから、どうしよう・・・」


と言っている。

マキが笑顔で、


「だいじょうぶ、柚木さん。

だれでも最初は初めてやから、緊張するのは当たり前。

気を楽にしてやってー」


と声をかけてあげる。


まずはスクラッチ。

ユウタがやって見せるのを見てから、恐るおそるジョグホイールに手を触れようとする。

マキが言う。


「柚木さん、壊れないから、ふつうに触ってだいじょうぶよ」


柚木さんはジョグホイールの天板を少し触ると、スクラッチ音が鳴った。

それを聴くと、


「あ、鳴った!

すごーい!

ホントに音が出る!」


要領がわかると、おもしろそうにスクラッチをいろいろ試してみていた。

マキとユウタは顔を見合わせて、笑顔になった。


ミックスはちょっと苦戦した。

曲を入れるタイミングが、何度やっても合わないのだ。


「・・・あー、あたし、リズム感悪いからなー・・・」


しょげたように柚木さんはつぶやく。


マキが、


「だいじょうぶ。

こういうワザもあるんよ!」


と言って、柚木さんが曲をずれたタイミングで入れたところで、SYNCボタンを押した。

2つの曲のリズムが、ピターっと一致した。


ユウタといっしょにヘッドフォンで聴いていた柚木さんが、


「えー?こんなのできるんやー!

すごーい!」


と驚いて、


「ならいつもこのボタン使えば、楽できますね!」


と笑う。


ユウタが、


「・・・まあ最初のうちは。

でも、いずれは手動でできるようになったほうが・・・」


と言いかけると、マキが、


「ま、きょうは体験やから、ええやんー。

もし、もっとうまくなりたくなったら、手動でできるよう練習すれば!」


と言った。

柚木さんは、


「ありがとうございました!

とっても楽しい時間を過ごさせていただいて・・・」


と言ってお辞儀をした。

マキも、


「いえいえ、こちらこそ。

楽しんでいただけたのなら、あたしたちこそハッピーです!」


と言って、ユウタとともに頭を下げた。


***


DJ体験会は、このようにしてあっという間に過ぎた。

ラストにマキがあいさつをした。


「みなさん、ありがとうございました!

・・・こんなに盛り上がるとは、ホントに思ってなかったです。

DJ U-TAこと岡野もあたしも、とてもハッピーな時間を過ごさせてもらいました。

こちらこそ、厚くお礼を申し上げます」


マキに促されて、ユウタもあいさつした。


「きょうは、ぼくも貴重な体験をさせてもらいました。

ありがとうございます。

みなさんと同じ時間を過ごせて、DJ Maxiこと森本もぼくも、ホントよかったと思ってます」


そう言うと、ユウタはひと呼吸おいて話し始めた。


「・・・それと、ぼくからひとつ、お話したいことがあります」


みんなが静かになった。


「今回、この事業所を見学させてもらって、感じたことがあります。

利用者のみなさん、それぞれとても豊かな才能と個性を持っていらっしゃいます。

そのことが、この短い時間のDJ体験でもわかりました」


そしてユウタは、小郷さんや堂島さん、三角さんのほうを向いた。


「職員のみなさんが日々いろいろとがんばっておられることも、拝見したりお話を伺うことができました。

けれど、利用者さんの就労に関しては、まだなかなかスムーズでないという実態もお聞きしました」


ユウタは、今度はみんなを見つめながら続きを話した。


「でも、利用者のみなさんが持っている才能を発揮できる場は、世の中にたくさんあると思うんです。

みなさんが能力を発揮できる場が、それが企業であれ、ちがう場であれ、すぐに見つけられること、それが当たり前な世の中に早くなったらいいと、きょうの体験を通じて強く思いました」


ユウタは、そこでマキをちらっと見た。

マキは真剣な表情で自分を見つめている。

ユウタは、その視線を感じながら先を続けた。


「・・・小郷さん、現在、事業所では、企業への就職以外でも就労と認められるのでしょうか?」


小郷さんが応えた。


「認められます。

以前は、企業への就労以外は就労と認められないことが多かったようですが、今ではそうではありません。

ご本人の希望や能力によって、フリーランスという進路を選ばれる場合にも就労支援はできます」


「そうですか。

ありがとうございます」


ユウタは礼を言うと続けた。


「・・・DJも、それ自体は遊びみたいなものかもしれません。

それでも、今では職業としても成り立ち得るものとなりました。

プロDJと呼ばれる、職業としてDJをやっている人も世界中に存在します。


世の中にはさまざまな働き方が存在します。

企業に勤める仕事だけでなく、フリーランスなどのように。

そして、多くの人がその中から好きな職業や働き方を選べます。

・・・それは、どんな人でも、選べるべきじゃないでしょうか?


障がいがあっても、どんな人でも、好きな仕事、好きな働き方を選択できれば、活躍できる場が必ずあるんじゃないでしょうか?

早くそのような社会が実現してほしい。

そして、そういう社会が実現するために、ぼくにもお手伝いできることがあればしたい。

きょうの見学を通して、今ぼくはそういう思いを強くしています・・・」


そこまで話して、ユウタは言葉を止めた。


小郷さんが応えた。


「岡野さん、おっしゃるとおりだとわたしたちも思っています。

社会の現状はまだまだ厳しいものだけど、わたしたちも少しずつでもそれを変えていきたい、という思いがあります。


わたしたちも今回、森本さんと岡野さんが開催してくださったこのDJ体験会を通じて、利用者さんたちの持っている新たな才能に気づくことができました。

利用者さんもみんなとても楽しんでくださったと感じていますし、わたしたちにもたくさんの気づきがありました。

DJ体験をしただけではない、いろんなことを学ばせていただいた、とても大切な体験だったと思ってます」


そして小郷さんは利用者さんたちに、


「みなさん、DJ、またやってほしいよね?」


と訊いた。

すかさず柚木さんと速見さんが、


「はーい!

ぜひまた来てー!!」


と声を上げた。

他の利用者たちからも大きな拍手が起こった。


ユウタはマキのほうを向いた。

マキは笑顔でうなずく。


小郷さんが言った。


「・・・利用者さんもこのように要望されてます。

もしお二人がよろしければ、今後もときどきこのDJ体験をしに来ていただけませんでしょうか?」


マキは武田先生を見た。

武田先生はマキ、ユウタに尋ねた。


「お二人のご都合がつくようであれば、ぜひまたどうですかな?

もう次からは事業所さんと直接やっていただいていいので。

あ、もちろん何かあればいつでもぼくが間に入って助けます。

・・・正直、きょうの体験会を見ていて、ぼくもこれが続いてくれるといいなと思ってました。

それくらい、ぼくも楽しかったです」


「先生、ありがとうございます!」


マキは武田先生に礼を言うと、小郷さんに、


「はい。

またDJにまいります。

喜んで!」


元気よく応えた。


三角さん、堂島さんがいっしょに笑顔でうなずいている。

小郷さんもそれを受けて、


「それならこの後で、次回についての話を少し、よろしいでしょうか?」


マキがとユウタが声を合わせて応えた。


「はい!

お願いします!」


ユウタは小郷さんと職員たちに頭を下げて、


「さっきは、ちょっと生意気なことを申しまして・・・」


と言いかけると、堂島さんがそれをとどまらせて、


「いえいえ、今回は楽しかった上に、ホントにわたしたちのほうが学ばせていただくことが多くて・・・。

なんか原点を気づかされた、って感じです!

むしろ感謝しています!」


マキがユウタの隣に来て、無言でユウタにうなずいた。

ユウタはみんなに向かって言った。


「きょうは、こちらも本当に楽しい時間でした。

この機会をいただけたこと、みなさんに深く感謝いたします。

本当にありがとうございました!

・・・それから、またハッピーな時間をいっしょに過ごせることを楽しみにしています!」


万雷の拍手の中、ユウタとマキは深々と頭を下げた。


頭を上げたとき、マキは涙ぐんでいた。

ユウタはさりげなくマキの背中をなでて、労をねぎらった。


***


ゼミ生、武田先生の一行は、事業所を出て駅に向かった。


帰りの道中、マキはユカリと並んで歩いていた。

ユカリがマキに言った。


「ユウタくんの話、すごいよかった」


「うん」


マキは前を向いたまま何度もうなずいた。


「マキちゃん、いいなー」


「・・・何が?」


「マキちゃんはさ、あんなふうにDJがうまくて、みんなを楽しませることができて、音楽でいろんな人とつながれて。

ユウタくんもそうだよね。

あたしには、そんな特技もないし彼氏もいないから、マキちゃんがうらやましいなー、って」


マキは驚いてユカリちゃんを見た。

そして言った。


「え、何?

あたしからしたらさ、ユカリちゃんのが頭よくってさ、勉強もすっげーできてさ、きれいでさ、全てにおいて超スーパー完璧な女やん!

そんなユカリちゃんがさ、あたしみたいな凸凹女、なんでうらやましいとか思うねん?

意味わからんわ・・・」


ユカリは、


「いや、マキちゃん、それはちゃうよ!」


と言った。

そして、少し考えるように、ゆっくりと話し始めた。


「・・・あたしの家って、親がすごく教育熱心なうちだったから、勉強も厳しかったのね。

おかげで子どもの頃から勉強はできたから、学校ではずっと優等生扱いされて、で自分もその役割を受け入れてた。

でもそれって、自分で望んだものじゃなかったから、なんか自分のない、つまらない人生だと、ずっと思ってたの。


だから、大学に入ったら自分の人生を生きよう、って、高校生の頃には思うようになったの。

大学は入りたいところを自分で決めて、絶対そこに入ろう、ってね。

それで自分でいろいろ調べて、自分が勉強したい分野とか大学の雰囲気とかから、この大学に決めたの。

それまでは全部親の決めたとおりだったから、母親とはだいぶ言い合いしたけどね。

あたしにとって、これが初めての、親に対する反抗。

人から見たらささやかなものかもしれないけど、あたしにとっては人生の一大事だった。


で、運よく大学に受かって入ったら、いままでと全然ちがう世界が待ってた。

それはもう、あたしにとってものすごいカルチャーショックだったの。


学生は個性的な人たちばかりで、みんなすごく自分を持ってるし、特技があったり、すごい深い趣味があったりして・・・。

武田先生のゼミも、世の中には自分が今まで考えたこともなかったような問題がこんなにたくさんあるんだ、って気づかされることばかりで。


それにミオもダイトくんも、そしてマキちゃんもユウタくんも、みんなすごい個性や特技があるし・・・。

特にマキちゃんとユウタくんは、DJで人を喜ばせてハッピーにさせることができる、っていう、すごい能力があるよね!


それに比べると、あたしって何にもないなあ、っていつも思わされるの」


マキはだまってユカリの話を聴いていた。

・・・ユカリちゃんがそんなことを考えているとは、思いもしなかったな・・・。


「・・・あ、でも、これは落ち込んでるのとちゃうよ。

逆に、すごく元気になる。

みんなに励まされてる気になるっていうか、自分もがんばらなきゃな、って気持ちになるの。

きょうもさ、こういうところを見学できて、こういう人たちが世の中にはたくさんいるんだ、あたしも何かできないかな・・・。

そう考えるきっかけになった。


この大学に入ってよかった、みんなと知り合えてよかった・・・。

今では心底そう思ってるよ。

だから・・・」


「だから?」


マキが訊いた。

ユカリが応えた。


「マキちゃん、こういう機会をくれて、ありがとう。

そして、これからもずっとなかよくしよう、って。

・・・あと、ユウタくんとこれからもずっとなかよく、ね」


マキはちょっと恥ずかしそうに目をそらせて前を向くと、


「う、うん・・・。

それはもちろん!」


と応えた。


ミオとダイトが、ユカリに追いついて笑いながら声をかけた。

3人が話で盛り上がり始めたので、マキはそこから離れると、歩きながら一人で考えに耽った。


いつのまにかユウタが隣に来ていた。


「きょう、よかったな」


「うん」


「マキの司会、よかったぞ」


マキはちょっと頬を赤らめて、


「ん、あ、ありがと・・・」


と前を向いたまま応えた。

それから続けて、


「ユウタの話も、よかった・・・。

すごく・・・」


と返す。

ユウタも、


「・・・おう、ありがと・・・。

恥ずかしかったけどな、言っちゃった・・・」


そして少し間を置くと言った。


「・・・なんかいいよな、福祉」


マキはユウタを見ると目を輝かせて応えた。


「そう!

あたしも思ってた、それ!」


「・・・なんか、彼ら彼女らが喜ぶようなこと、もっとできるといいな」


「ほんま!」


マキとユウタは二人で笑った。


真夏の日差しが照り付ける、猛暑の午後。

でも二人の心の中は、さわやかだった。


武田ゼミの一行は、駅へと真っすぐに続く通りを歩いた。

駅までは、もう間もなくだった。

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