1-16 <チャレンジド・ピープル(4)>

見学が終わった。

DJタイムのスタートだ。

マキとユウタがDJ機材の準備をしている間、学生たちは利用者さんたちに話しかけていた。


利用者さんたちのうち、よく話すひとが、三人いた。

一人は、50代くらいの、背の高さは中くらいだが体格がよく、短髪を七三に分けてなでつけている男性、南さん。

快活な様子で、学生たちの学んでいる内容について尋ねたり、自分が過去にしていた仕事について語ったりしている。

以前には不動産会社に勤めていたらしい。

そして、精神障がいがあるということだ。

何の障がいかはわからないが、にこやかに学生たちと話す姿からは、何かの障がいがあるようには、まったく感じられない。


もう一人は、40代ぐらいの女性、柚木さん。

髪を金髪に染めている。

服装は、赤地の上に白、紺のラインが縦横に引かれた、派手な模様のTシャツを着て、下は白のレギンスパンツ。

学生たちに対して、まるで自分の子どもに接するように話を聴いてやったり、日々の生活の悩みを尋ねてアドバイスしてやったりしている。

大阪によくいる、いわゆる「世話焼きおばちゃん」みたいなタイプだ。

彼女も精神障がいということで、自分から診断名、すなわちいわゆる医者に診断されている障がいの名前を周りに話していた。

統合失調症とのことだ。

彼女も、こうしてみんなと話している様子を見る限り、そんな障がいがあるようにはとても見えない。


そして、もう一人は、20歳前後かという若い男性。

速見さん。

身長は165cmくらいか、小柄で細めの身体。

理知的な顔立ちだが、同時にあどけなさも残っている。

濃いカーキ色の地に白の細いボーダーが無数に入った、ちょっとよれた長袖Tシャツを着て、下は黒の作業ズボンっぽいパンツ。

ゲームやマンガ、アニメ、映画など、サブカルに興味があるらしく、同じくそれらの話題に興味を持つ学生たちと熱心に会話している。

というより、やや一方的に話しまくっている。

彼の診断名はいわゆる発達障害、そのうちのASD(自閉症スペクトラム)およびADHD(注意欠如・多動症)、そして軽度の知的障害もあるということだった。

常にちょっとテンションが高めの様子なので、そう言われてみればそうか、と思えなくもない。


マキは、DJコントローラーをテーブルの上に置き、電源がすでに入っているノートPCとマイクをコントローラーに接続して、設置の位置を調整している。

そしてその作業をしながら、彼ら彼女らと学生たちの交流の模様を見ていた。

マキはテーブルの前、マキの真向かいに立ってスピーカーの位置を確かめているユウタに訊く。


「・・・こんな感じでええかな?」


「ええよ。

ケーブル、スピーカーに差すぞ」


「うん、お願い。

・・・けっこう盛り上がってるね」


マキは微笑みながら言った。


「うん。

ええ感じやん」


ユウタが、モニタースピーカーの位置を調整しながら、こちらも笑顔で返した。


「・・・こんなでいいか?

1回、音出ししてみようか」


「うん!」


マキがテスト用に、1曲チルアウト系の曲をかける。

スローだが、キックとベースなど、低音域のよく効いた曲。

海岸の砂浜を思わせる曲調だ。


みんなが、一斉にこちらを向く。

何人かがざわめき、パラパラと一部に拍手も上がる。

マキが、マイクをONにして指でぽんぽんと叩き、音が入っているのを確かめた。


「えー、みなさん、おまたせいたしました!

これから、DJ体験会の時間になります。

DJを務めますのは、こちら、DJ U-TAこと岡野と、わたくし、DJ Maxiこと森本です。

よろしくお願いしますー!」


マキとユウタがお辞儀をすると、わあっ、と歓声と拍手が上がった。

利用者さん、職員、学生たち、ユカリ、ミオ、ダイト、武田先生、みんな笑顔で拍手している。

始まる前からのこの盛り上がりように、マキはちょっとあわてた。

はにかんだ笑顔になりながら話を続けた。


「・・・ありがとうございます。

さて、このDJ体験会、まず初めに全体のプログラムをお伝えします。

まず、最初にあたしから、DJとは何か、DJがかける音楽とはどういうものかを説明します。

それから次に、DJ U-TAとあたしとで、実際のDJプレイをして、みなさんにお聴かせします。

ここまでで、トータル40分くらいの予定です。

そして最後が、皆さんからの質問を受け付けるコーナーと、DJ体験の時間です。

これは、みなさんがこのDJコントローラーを使って、実際にDJを体験できるタイムです。

というわけで、DJ体験会、全体で1時間ほどとなりますが、どうかお楽しみください!」


再び歓声と拍手。


マキはDJについての説明を始めた。


「さて、DJって何をする人か、ご存じのかた、いらっしゃいますかー?」


南さんが手を上げた。


「南さん、どうぞ!」


「あれやろ、レコードとかを使って

こう、キュッキュッ、ってやる人やろ?」


ところどころで笑いが起こる。


マキは笑顔で、


「あ、そうですねー。

そういうイメージがありますよねー。

他には?」


速見さんが手を上げるなり言った。


「ノリのいい音楽プレイする人!

そうして、ステージ上で両手上げてVサインする人!」


いっそうの笑いが起こる。

マキもちょっと笑って、


「あ、最近はそういうイメージもあるかー。

そうですね、売れっ子DJの動画とかで見かけますよね。

他には?」


三角さんがすっと手を上げた。


「三角さん、どうぞ」


「DJというのは、いろいろな曲を切れ目なくつないで、お客さんを踊らせたり楽しませたりする、そういうことをする人だと思います」


「はい、ありがとうございます。

とても丁寧なお答えでした。

・・・で、正解ですが、いま出してくださった3名のかたのお答え、どれも正解です。


DJとは何をする人か、という質問に対する基本的な答えは、三角さんのおっしゃった通りです。


でも、南さんのおっしゃったのも正解です。

レコードでキュッキュッ・・・こういうのを「スクラッチ」というんですけど、こういうのをやる人もDJです。

ヒップホップというジャンルをやるDJがこれに当たりますね。


それから、速見さんのおっしゃった、「ノリのいい音楽をプレイして、お客さんが盛り上がると両手上げてる人」・・・。

こういうのはEDMというジャンルをやっているDJですね!」


マキはそう言って、ユウタのほうを見た。

ユウタは、軽くうなずいて見せた。


「・・・で、あたしたち2人はどういうDJかというと・・・。

やっているのは主にハウスミュージック、略してハウスというジャンルの音楽です。

なので「ハウスDJ」と呼ばれたりします。


で、ハウスというのがどんな音楽か、これからDJ U-TAとあたしの2人で、40分くらい実際にDJをして、みなさんにお聴かせしようと思います。

2人で交代しながらプレイしますけど、特に最後は、1曲ずつで交代します。

こういう、1曲ごとに交代するのを「バック・トゥ・バック」とか「B2B」と呼んでます。

・・・では、少しの時間ですが、お楽しみください!」


マキが最後の言葉を言い終わると、ユウタが1曲目をスタートさせた。

リズムのないイントロから始まり、やがてリズムが入ってくる。

BPM120ぐらいの、ちょっと遅めでゆったりした感じのオーガニックハウス。


その流れを維持するように、ユウタは2曲目につなぐ。


そして3曲目。

少しアップな感じのディープハウスをミックスしてきた。

BPMも少しずつ上げて、122になっている。

ここでマキと交代だ。


マキはユウタの隣に並ぶ。

ユウタが少し脇に移動して、マキのために場所を空けた。

マキはユウタに目で感謝の合図をすると、ユウタも目で返事する。


マキは、ユウタがヘッドフォンのプラグを抜いて開いたヘッドフォンジャックに、自分のヘッドフォンのプラグを差す。

そしてノートPCの画面を見ながら、自分が選んだ曲をもう一方のデッキにロードする。

PLAYボタンを押し、テンポフェーダーを動かしてBPMを合わせ、ジョグホイールを回しテンポを合わせる。


ユウタといっしょに隣り合ってDJをするのはいつものことだけれど、1台のコントローラーを共有していっしょにやるのは、あのアクシデントのとき以来。

しかも、あのときとは全然ちがって、今はリラックスしてプレイできる。

楽しい時間だ。


ユウタは、あたしが作りたいと思っている流れをいつも察してくれる。

その流れがかたちづくられるよう、道筋をいつも用意してくれる。

だから、ユウタといっしょにプレイするのはすごく安心感がある。


マキは次の曲をスタートした。

イコライザーを回し、少しずつボリュームフェーダーを上げて、今かかっている曲に混ぜていく。


マキが選んだのは、より元気のあるメロディックハウス。

曲のブレイクのところで、BPMをそっと上げていく。


マキは、脇に立つユウタのほうを向いてうなずいた。

ユウタも微笑んでうなずき返す。


マキは以前なら、ユウタと張り合うように曲を選んでは彼に、


どうよ!


と心の中で叫ぶのが常だったが、今はちがう。


ユウタが作ってくれる流れを受けて、うまくそこに乗せてもらう。

そして、そこをジャンプ台にして、自由に飛び跳ねる。

ときに流れに身を任せる。


ユウタとあたしのDJコンビが、以前よりそれだけ協調し合ってプレイできるようになってきた、ということだ。

会話の息がよりぴったり合ってきた、とも言える。


以前の、お互いに張り合うようなミックスではなく、共に歩調を合わせながら流れがしっかりと一貫しているミックス。

今、2人のミックスはそんな感じ。


そんなふうにDJをいっしょにできることが、うれしい。

マキは思った。

こんなふうにやれるのは、ユウタとだけだ。


マキはそう思いながら、プレイを続ける。

メロディックハウスの曲調が、だんだんアップしていく。

BPMも124ぐらいまで上がっている。


みんな、真剣に聴いている。

ユカリとミオが小声でちょっと話しながらうなずいている外は、話す者はいない。


次からはユウタと1曲ずつのB2Bだ。


ユウタがマキの耳元で、


「自由にな」


とささやいた。

マキは小さくうなずく。


再びお互いのヘッドフォンを差し換え、ユウタがもう一方のデッキに曲をロードし、耳でモニターする。


マキは脇でユウタのモニターする姿を見ながら、


なんてハッピーな時間なんや!


と思った。



ユウタがつないできたのは、BPM126のディープテック。

繰り返すリズムと女性のヴォイスが心地よい。


ユウタ、うまいなあ・・・。


マキが心の中で思う。


次はマキの番だ。

またヘッドフォンを差し替えて、PC画面でライブラリを見る。


曲を探してロードする。

BPMを合わせて、CUEボタンで頭出しすると、曲を入れるタイミングを見計らって、


ここや!


というポイントでPLAYボタンを押して曲をスタートさせる。

そしてイコライザーを回し、ボリュームフェーダーを上げていき、曲を少しずつ混ぜていく。


マキが入れてきたのは、「Fade」のJonas Blueリミックス。(注1)


どや!

それなら、あたしはこう来るわ!


マキはそう思いながら、ちょっと自慢げに笑みを浮かべてユウタを見る。

そして、


あ、またやっちゃったな・・・。


と気づいて、ついぽかんと口を開ける。


しかし、ユウタは感心したようにうなずいている。


ええよ、マキ・・・。

この流れ、ええぞ・・・。


そう言っているように見えた。

マキはちょっと頬を赤らめて、ユウタに軽くうなずく。


ちょっとだけ時間がある。

もう1曲、できそうだ。


順番通りに行くと、ラストはユウタだ。

ユウタに向かってうなずく。


ユウタはマキのそばに来て、耳元で、


「ラストもマキでいいぞ」


とささやいた。

マキは一瞬考えたが、すぐユウタの耳元で、


「うん、でも、順番通り交代してユウタでラストにしよ!」


と応えた。


そのほうがふさわしい気がした。

ユウタには今回、マキからお願いして参加してもらったのだし。

ユウタに花を持たせたい。

そういう思いもある。


そのまなざしを見つめて、ユウタはマキの思いを理解した。

うなずいてマキと交代した。


ユウタはラストの1曲を、ていねいに選び出した。


「Fade」の高揚が徐々に静まっていく。

それと同時に、その音が少しずつ混ざり合っていく。


それは「Fade」のしっとりとした高揚とはちがう。

スキャットのさざめき、ドラムのフィル。

続いて、サンバのような明るい華やかさ。

UBP「Deliver Me」のDJ Memeによる「Reboot」と銘打ったリミックス。(注2)


わぁ!

こう来たかあ・・・。


マキも心躍った。



(注1)

Solu Music featuring Kimblee 「Fade」(Jonas Blue Extended Vocal Mix)。

2001年のハウス名曲を、UKの人気DJジョナス・ブルーが2023年、現代風に再構築したリミックス。


(注2)

Urban Blues Project featuring Michael Procter「Deliver Me」(DJ Meme Extended Classic Reboot)。

2003年のハウス名曲を、ブラジルのDJメーメが2023年、ラテン調の明るいサウンドにリブートしたバージョン。



オーディエンスのみんなも、踊ってこそいないものの、みな楽しんでいるようなのは見ていてすぐわかった。

笑顔で身体を揺らす人たち、リズムに合わせてうなずきながら聴く人たち、楽しそうに会話しながら揺れている2人・・。


そう、こんなふうに、みんなが楽しんでくれること。

あたしが望んでいたのは、こういうことなんだ・・・。


ユウタといっしょにやって、本当によかった・・・。


マキはそう感じて、ちょっと涙が出そうになった。


ユウタが曲をフェードアウトさせていく。

マキは我に返って、マイクを手に取り元気な声で言った。


「・・・あたしたち、DJ U-TAとDJ MaxiのDJプレイタイム、以上となります!

みなさん、ありがとうございましたー!」


そのとたん、みんなから万雷の拍手が起こった。

口笛もあちこちから飛んでくる。


マキとユウタは顔を見合わせた。


「・・・すごいな」


「・・・うん」


マキはユウタに向かって、笑顔でうなずいた。

2人は、予想以上の好評に戸惑いながらも、笑顔でお辞儀をして応えた。


質問タイム前に10分ほど休憩時間が取られたのだが、2人はすでに利用者たちから質問責めに遭っていた。


・・・そもそも、何をやってるの?

・・・どうやって曲をつないでるの?

・・・こういう曲、どっから見つけてくるんですか?

・・・レコードではないの? 何を鳴らしてるんですか?

・・・こういう機械、いくらぐらいするんですか?・・・


などなど。


ある程度、応えやすいものはその場で答えた。

長くなりそうなものは、


「休憩時間が終わってからまとめて答えるねー」


とマキがうまくまとめて、いったんこの場を乗り切った。


2人は、室外の非常階段の踊り場のところに退避して休憩した。

真夏の屋外は午前中からすでに暑かったが、室内に2人だけになれる場所がなかったので、しかたない。


「・・・いや、すごかったな」


「すごいすごいすごい!

びっくりするぐらい盛り上がったわー」


「・・・いや、それもそうやけどさ、マキのプレイもすごかったぞ」


「・・・え?」


「なんか、ある意味パーティーのときより生き生きしてる感じやった」


「・・・マジ?」


「・・・いや、パーティーのがあかん、って言うてるんやないぞ。

でも、ここのオーディエンスさんたちに、すごくインスピレーション受けたんちゃうか?

それくらい、会心のプレイに聴こえたぞ」


マキは、ユウタの言葉に気づかされたように、はっとした感じでつぶやいた。


「・・・そか・・・・。

それはあるかもしれん・・・」


そして、ユウタをまっすぐに見つめて詰め寄るように、


「絶対そうや!

・・・でも、それはユウタも同じやと思う!」


「・・・マジで?

オレもか・・・。

お互い、影響受けたか・・・」


「そや!

・・・なんか、こんなに純な気持ちで聴いてくれるお客さん、初めてやと思わん?」


ユウタは鉄骨でできた踊り場の柵に背中で寄りかかって、腕組みしながら、


「・・・あー、そういうことか・・・。

やからオレたちも、邪念なくプレイできた、ってこと?」


マキは、フッ、と鼻で笑いかけて、


「邪念、て言い方・・・。

なんか、どうやねん・・・」


「でも、そうとしか言いようがないやろ・・・」


ユウタはもっと合った表現を探しあぐねているように、柵に寄りかかったままうつむいてつぶやいた。


マキも、左手で鉄骨の柵をつかんで、寄りかかりながら言った。


「・・・いや、わかる。

わかってるってー。

パーティーやと、DJに対して品定めに来てる、みたいなのもいっぱいおる。

やから、こっちもすぐいいとこ見せようとか思ってプレイしがち、って。

・・・そう言いたいんやろ?」


マキはいつもの調子で、会話でジョークを言うときのようにあっけらかんと笑う。


「・・・マキ、おまえのがもっとあけすけやん!」


ユウタはそう言ったが、その表情からはマキに共感と愛情を感じているのがじゅうぶんに伝わってくる。


それを感じたマキは、ユウタとは反対側、外のビルの群れのほうを向くと、柵を両手でつかんで軽く伸びをするようにつま先立ちした。

そして、ひとりごとでも言うように、ぼそっと言った。


「・・・意地悪いのは同じやな、あたしら・・・」


再びユウタに顔を向けると、うれしそうに笑う。

マキのまなざしと表情は、恥じらいを混じえながらも、こちらもユウタへの感謝と愛情の念に満ちあふれていた。


ユウタも、フッ、と鼻で笑った。

そして、照れるように、


「まあな。

でも、やってよかった・・・」


マキも、両手で柵をつかんだまま再び向こうを眺めると、空に向かって声を上げた。


「うん・・・。

ほんま!」

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