1-13 <チャレンジド・ピープル(1)>

ユウタはマキと待ち合わせのため、大学のラウンジにいた。

この後、落ち合ったら心斎橋のカフェに行くことになっている。


マキが、相談したいことがある、ということだった。


なんだろうな・・・。


ユウタは、何の話だろうと考える。


今は、マキとは一日おきぐらいには会っているし、会わない日もLINEでやりとりをしている。

コミュニケーションを取らない日は、ほぼない。


けれど、マキがあらたまって相談したいことがある、と言ってきたのは初めてだ。


・・・10月の、アリヤと出演するイベントのこと?

・・・それとも、DJスクールのこと?


・・・はたまた、うまいもんいっしょに食べに行かないか、って話?

(・・・しかし、うまいもんいっしょに食いに行くのは、常日頃からけっこうやってるから、そんなことでわざわざ相談したいとは言わんわな・・・。)


マキと付き合い始めてから、もう数か月になる。

その間、いろいろな話をしてきた。

その中でユウタが新たに気がついたことは、マキが世の中で起こっているさまざまなことにとても関心がある、ということだ。

そして、それらのことに対して、マキはユウタも感心するぐらい、本当にいろいろなことを感じたり、考えたりしている。


マキは社会学専攻だ。

ゼミでも「社会福祉論」という科目を取っている。

なので、それに関係してだろう、高齢者、障がいのある人、若い人たちや子どもたちに関連する問題に、特に強い関心を持っている。


そのためか、マキはユウタに、最近よくこんな話をしてくる。


「・・・ねえ、ユウタ、精神に障がいがある人の就職して1年後もその職場に定着している率って、49.3%なんやって。

ってことはさ、半分以上の人が、1年以内に辞めちゃう、ってことやん?

これって、大変なことやと思わへん?・・・」


「・・・ねえ、グリ下に集まってる子たち、いるやん。

・・・あの子たちがさ、どうして、どんなこと考えてあそこにいるのかな、って考えることがあるんよね・・・」


「・・・全国で引きこもりの子どもとか人の数って、146万人もいるんやって。

信じられる?

国や自治体もいろいろ支援策をしてるし、NPOとかもいろいろやってるけど、なかなか根本的な解決になってないみたい。

・・・いま、そういう人たちにさ、どういう支援をしてやるのがええんやろか?・・・」


などなど・・・。


もちろん、ユウタはいつもできる範囲で自分の考えを言ったり、アドバイスをしたりはする。

しかし、むしろマキの話からユウタ自身が教えさせられることも多い。

今までは考えもしなかった問題について考えさせられることも、たびたびある。


そんなわけで、ユウタにとってマキと話すことは、今や楽しみであるだけでなく、大いに学びにもなっている。


ユウタがそんなことを考えていたら、出入口の前で手を振るマキの姿が見えた。

小走りで、ユウタの座っているベンチまでやって来る。


「・・・ごめんー、ちょっと遅くなっちゃって・・・。

先生と話してて」


「おう、全然だいじょうぶ。

・・・ちょっと休む?」


「ううん、もうカフェ行こ。

時間遅くなっちゃったし。

そこでゆっくりするわ」


「オッケー」


大学のキャンパスを出て、ユウタとマキは御堂筋をゆっくり歩いて心斎橋へと向かう。

梅雨も終わりに近づいている時期。

気温はここ例年と同様の暑さだが、曇り空のきょうは日差しが強くないので、外を歩くのはそれほどキツくない。


「・・・相談って、なんや?」


「それはね、カフェで一服してから!」


「秘密主義やな」


「ちゃうって!

・・・んー、少し説明が必要になる話やから、ゆっくりできるところでじっくり話したいねん。

・・・それと、ユウタにお願いしたいこともあるんで、そのこともあるし・・・」


「・・・ますます気になるな」


「変なことやないよ。

心配せんで!」


マキのきょうのコーデは、黒のリブボートネックTシャツ、グレーのメッシュパーカーにライトブルーのデニム。

ナイキのスニーカー。

シンプルな姿がマキによく似合う。


ユウタはいつもと変わらない、定番普段着のコーデ。

ベージュのTシャツの上に、黒地に白のプリント柄が入ったオープンカラーシャツ、紺のデニム。

黒のウォーキングシューズ。


「席空いてるかな」


「席少ないもんね、あの店。

空いてなかったら、テイクアウトでどっかで食べるか、ほかの店でもええよ」


「うん」


大丸心斎橋店に入って、地下に降りる。

地下1Fの食品売り場。

その一角にカフェがある。

エスプレッソがおいしい、チェーンカフェ店。

東京にいたとき、ユウタはこのカフェがお気に入りでよく使っていたが、その大阪にある店舗だ。


店内は、カウンター席が数席だけ。

席数が少ないので、時間によっては空いてないことも多い。

だが、今は幸い、端に2人分空席があった。

二人はそこに腰を落ち着けて、遅めのランチを頼んだ。


オーダーしたのは、二人ともハム・チーズ・ベーコンのパニーニサンド。

そして、アイスメッツォメッツォ(エスプレッソにチョコレートドリンクを入れたドリンク)。


「マキもメッツォメッツォにしたか」


「したよ-。

こないだユウタと来たときにちょっと飲ませてもらって、これサイコーや!

って思ったもん!」


「ふっふふ、そやろー。

こないだ来たときはデザートしか食べなかったけど、ここのパニーニもイケるぞ。

どうぞお試しあれ」


「楽しみー!」


やがて、パニーニと二人のドリンクが出されてきた。


「うおー!

おいしそう!!

お腹空きまくってるし、早よ食べよ!」


「食べる前から盛り上がってんな。

・・・とにかく、いただきます」


「いっただっきまーす!!」


マキは、いきなりパニーニにパクつく。

ユウタは、メッツォメッツォを一口飲んでから、パニーニをかじる。


「んー!!

おいしいー!!」


「・・・うん、やっぱりうまいな、どっちも」


マキはパニーニを頬張ったまま、ユウタを見て話しかける。


「・・・さすが、ユウタのおすすめなだけあるね。

このもっちりして適度にサクサクな感じ!!

焼き加減もサイコーやし」


「やろ。

オレが東京で食べてたのと変わってへん。

あいかわらずおいしいわ」


マキは、口いっぱいに頬張ったパニーニを流し込むように、やっとメッツォメッツォを飲んだ。


「んー・・・!

おいしいー!

これもサイコーや!!」


「喜び方、半端ないな」


ユウタが二やついて言う。


「・・・何、その顔。

バカにしてんなー!?」


マキが、いささかプンとふくれた表情になって言う。


「・・・いや、してないって。

・・・うれしそうで、可愛いなーって思ってるだけ」


そう言いつつ、ユウタはちょっとこそばゆいように、鼻の頭を指で搔いた。


マキはちょっとはにかんだように、


「・・・それは、どうも」


と小さくつぶやく。


ユウタは、笑顔でマキを見て、


「ゆっくり食べや。

忙しかったろ、少しゆっくりしいや」


とやさしく言った。

マキは笑顔になって、


「うん!」


と返す。




パニーニを二人とも食べ終わった。

二人でドリンクを飲みながら雑談をあれやこれやしていたが、しばらくするとユウタがマキに、


「・・・ところで、本題入ってもええか?

相談事って、何や・・・?」


と訊いた。


「・・・ん、そうそう、本題や。

いい?始めて」


「ああ、どうぞお願いします」


マキは、ドリンクをストローで一口飲んだ。

それから、急に真面目な顔になって話し始めた。


「あのね、いまあたしが出てるゼミって、「社会福祉論」っていうやつなのやんか。

前にちょっと話したことあるかもやけど、福祉、特に高齢者とか、障がいを持ってる人の福祉について考える科目やねん」


「・・・ああ、もちろんおぼえてる」


ユウタが相槌を打った。


マキがうなずいて、先を続けた。


「・・・でね、8月にゼミの夏季課外授業みたいなやつがあって。

障がいを持ってる人が働けるようになるための支援をしている施設にみんなで見学に行くことになってるの。

正確に言うと『就労継続支援B型事業所』っていう名前なんやけど、そこを見学すんねん。


そこは、障がいのある人たちが通って、いろいろな作業をしたり、訓練をやったりするのね。

たとえば、部品を組み立てるような軽作業やったり、パソコン作業をする所も最近は増えてるみたいなんやけど、そういう作業をするのと、職業訓練をするのとをいっしょにした、って感じかな。


そこの事業所を利用してる人は、精神障害のある人が3分の2くらい、身体障害の人が3分の1くらいらしいの。


でね、その事業所って、何人かで組み立て作業やったりもするから、けっこう広いスペースがあるんやって。

それこそ、ちょっとしたライブとかできるくらいの広さがあるらしいんよ」


「なるほど」


「そんでね、ゼミの先生が、あ、この先生は40代の男性なんやけどね、あたしがDJやってるってこと、前に話してたのやん。

そしたら、先生に、


『森本さん、せっかくやから、そこで利用者さんたちにDJ聴かせてDJ体験してもらう、みたいなこと、でけへんかな?』


って言われて・・・」


ユウタが身を乗り出した。


「・・・ほう・・・。

それはおもろいな・・・」


マキも続きを話した。


「そう!

・・・あたしも、それ、おもろそうやな、と思ってん。


『でも、事業所さんのほうはそんなん、やってだいじょうぶなんですか?』

そう訊いたの。

そしたら、先生が事業所の所長さんに話をしてくれて、所長さんからも、


『だいじょうぶ、むしろ利用者さんたちもとても喜ぶやろうから、ぜひやってほしい』

そう言ってきたそうやの」


「うんうん。

・・・でもさ、設備的に可能なんか?」


ユウタは、顎に指をあてて思慮深げにマキに訊いた。

マキは、よくぞ訊いてくれました!と言わんばかりの様子で、


「そう!そこなの!

DJやるなら、まず機材はコントローラー持ってけばええやん。

でも、それから、コントローラー置くテーブルとか、パワードスピーカーとかいるやん。

で、それも訊いてもらったねん。

そしたら、テーブルは普通の、だいたい幅1,500mm、高さ70~80mmくらいの長テーブルが複数あるから、それを使えるって。

パワードスピーカーは、PC用の小型スピーカーでもよければ用意できる、って」


「・・・ふむ。

できそうではあるな。

スピーカーは持ち込みしたほうがよさげやけど。

ま、基本、できると思う」


「うん!そうなの!

・・・でね・・・あたしからユウタへのお願いは・・・。

・・・ユウタも、あたしといっしょに行ってDJやってほしいな、って思って・・・」


マキは、そう言いながら神妙な面持ちで、ユウタの前で両手を合わせた。


ユウタは笑いながら、


「おいコラ、拝むな。

仏様ちゃうぞ。


・・・そういうことか。

ええよ。

全然オッケー。

喜んで手伝うよ。

ただし、時間が合えば、という条件でやな。

日程とか都合が、まあ8月ならこっちのゼミや講義は夏休みやから、あとはバイトとかとかぶらなければ」


マキの顔がパッと明るくなった。

マキが口を開こうとする前に、ユウタが確認した。


「・・・けどさ、そもそも、オレが参加することは問題ないんか?

先生にはOK取れるんか?」


マキはちょっともじもじしながら、上目遣いでつぶやくように、


「・・・実は、もうOK取ってて・・・。

先生にもユウタのことは話してるんで、どうぞ大歓迎、って言ってる。

施設の所長さんも、むしろ2人もDJを同時に見られるって、本格的で楽しみやって。

・・・ごめん、先走って・・・」


ユウタは、そのマキの様子がちょっとおかしくて、フッ、と鼻を鳴らした。


「・・・なるほど。

ま、でも話が早くてええけど。

・・・で、DJのやり方は、二人で交代でDJして、最後にB2B、ってイメージ?」


マキは、うれしそうな表情でユウタを指さして、


「そう!

そうそう!

まさにそのイメージ!!


たぶん、最初に1時間くらい見学があって、その後がDJタイム、ってなると思う。

持ち時間は1時間くらいかな。


あたしが考えてるスケジュールはこんな感じ。

まず初めに、あたしがDJのやってることやDJ機材についての説明を10分くらいする。

で、その後にDJタイム。

あたしが20分、ユウタが20分、最後の10分でB2B。


・・・B2Bは、絶対見せたほうがアガるっしょ?

こんな感じで考えてるんやけど・・・

どうかな?」


「ふむ・・・。

ええんやないか?」


そう言って、あらためてマキを真っすぐに見た。


「マキ、誘ってくれてありがとな。

障がいのある人の施設、オレもすごく関心がある。

オレも福祉の仕事、興味あるしな。


心理学専攻とはいえ、オレが実際に精神障がいを持つ人に会ったのは、精神科の病院に1回、見学に行ったときだけや。

しかもそんときは、あんまり患者さんとコミュニケーション取る機会はなくて、遠くから見てるのに近い、って感じやったし。


やから、今回は障がいのある人たちにもっと間近で会って話もできそうで、いい機会になるかもしれん。

事業所の利用者さんは、クラブ行ったことある人、DJを見たことある人も多くないやろ。

もしかしたら、全員、見たことも聞いたこともないかもしれんよな。

どんな反応になるか、それも気になる。


それと、利用者さんたちにB2B見せたら、確かにアガってくれるかもしれないな。

いいアイディアだと思う」


マキはユウタの言葉をうれしそうに、うんうん、とうなずきながら聴いている。

ユウタは続けて、マキに訊いた。


「・・・ところで、日時はいつになるん?」


マキは気づいたように、あ、という顔で自分のスマホを見て、


「・・・そ、そ。

肝心の日時ね・・・。

・・・いまのところ、8月4日金曜日の午前の予定で進んでるんやけど・・・。

この日、ユウタだいじょうぶ?」


「ちょっと待ってな、スケジュール確認するから」


ユウタは自分のスマホで8月のスケジュールを確認した。


「ああ、だいじょうぶ。

その日は一日空いてるから、時間いつでもオッケーだ」


マキは目を輝かせて、いっぱいの笑顔になった。

ユウタは、ちょっと芝居がかった様子で頭を下げながら言った。


「・・・では、マキさまのお誘い、喜んでお受けしますわ」


マキはうれしさで爆発した。

両手を上げて、バンザイして声を上げる。


「ほんま!?

やったあー!!

うれしいーー!!!」


マキの声とバンザイで、カフェ、そしてフロア内にいる周囲の客の何人かが、一斉にこちらを振り向いた。

ユウタが、おっとっと、と思い、笑いをこらえるように口元に手をやり、小声で言う。


「・・・おい、マキ、目立つ」


マキは気づいて、


「・・・あ・・・ごめん・・・」


マキも小声になって、静かに両手を下ろした。


「・・・じゃ、先生にも連絡するわ。

日にち、正式に決定したら教えるね・・・」


ちょっと頬を赤らめて、申し訳なさそうにユウタを見る。

ユウタは、そんなマキをおもしろがりながら、うれしそうにマキに言った。


「でも、いずれにしても、楽しみやな」


マキもたちまち元気を取り戻して、


「うん!

あたしも・・・。

それに、ユウタがいっしょに参加してくれるんで、なおさら楽しみー!

・・・あ、ゼミで仲がいい友だちも参加するから、ユウタに紹介するよー!」


マキは本当にうれしそうだ。

ユウタを見つめながらにこにこしている。


ユウタは、そんなマキを見ながら思った。


・・・それにしても、これはなんか、いろいろと今までにない、新しい、おもしろいことになりそうだな・・・。

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