1-8 <ファーストステイ(2)>

マキはつぶやいた。

「・・・もし、あたしたちがみんな、生きてるのがさ、何かに生かされて、それで生きてるんやとしたらさ、それは何のためなんやろうね・・・」


「・・さあ・・・何のためやろうな・・・。

・・・幸せになるため、かな」

ユウタは、他に返す言葉がない。


「でもさ、世の中には幸せにならない人もいっぱいいるやん。

そういう人は何のために生きればいいの?」


「・・・そうやな・・・」


ユウタは、ある言葉を思い出した。

「・・・でも、生きてるのは、何か目的があるからや、って言葉があったな。

映画の中のセリフやけど・・・」


マキが叫んだ。

「あ、それ、知ってる!

『スーパーマン』で、若いころのスーパーマンに、育てのお父さんが言うセリフやな!」


「マキ、おまえ、なんでこんな古い映画知ってるん?」

ユウタがびっくりして訊いた。


「その映画、あたしが子供のころ、両親といっしょに、DVDでよく観たんや。

やから、おぼえてる!

もー、繰り返し、観させられたからね!

父親が大好きな映画で」


「・・・そういうことか。

こんなところにも、マキと接点があるとはな」


マキははにかむように笑って言った。

「そやね・・・不思議やね。

ユウタは何で知ってるん?」


「オレも、父親が大好きで、子供のころに、両親といっしょにDVD、何度も観たねん」


「いっしょやね」

と言って、マキは、くすっ、と笑う。


そして、考えるような様子で続ける。

「・・・生きる目的、かあ・・・

それを見つけなきゃなんない、ってことか・・・」


そして、深呼吸とも、ため息ともとれる大きな息を吐くと、

「・・・大き過ぎる問題やね・・・」

と自嘲気味につぶやく。


「確かに、な・・・」

とユウタは返す。




しばらくして、ユウタが言った。

「そろそろ、風呂入るか?

マキ、よかったら、先、入っていいよ。

オレ、後から入るから」


「・・・ほんま?

ありがと。

じゃ、先、入らせてもらうわ」


ユウタはマキをバスルームに案内しながら、

「タオルとか、ここに用意してある。

ゆっくり入っててええよ。

オレは食器洗ったり、音楽聴いたり、適当に時間つぶしてるから」


「うん。

・・・ありがと!」

マキはバスルームに入って、扉を閉めた。




ユウタは、食器を洗い、片づけながら、考えた。


生きる目的。

それは、いつも考えている。


そして、オレの場合、もし、その自分の生きる目的に、マキがいるのだとしたら・・・。


そう考える。


ユウタは、とりとめもなく考え続けた。


マキは、自分にとって、大切な人だ。

すごく。

世界で一番。


だから、マキを幸せに、したい。

マキが幸せになることが、自分の幸せでもある。


ユウタはそう思った。

それは、疑いのないことだと思えた。


ユウタは、食器を片付け終わると、TVを点けた。

そして、そこに映っているバラエティー番組を、観るともなく観た。




「お風呂、ごちそうさま~」

マキがバスルームから出てきて、濡れた髪をタオルで拭いながら言った。

赤のTシャツに、グレーのスウェットパンツ姿になっていた。


「はい、ドライヤー」

「あ、はーい、ありがと」


「じゃ、オレも入ろうかな。

TVでも、パソコンでも観ててええよ。

ただ、パソコンの個人ファイルは覗くなよ」


「え?

なんか覗かれてマズいようなもの、入ってんのー?」

と、マキはドライヤーをかけながら、声を張り上げる。

悪戯っぽい笑顔を浮かべてユウタをからかう。


「入ってるわけないやろ。

・・・もー、いつも人をからかうのは得意やな」


「なに、それ、人聞きの悪い!

とっとと風呂入っといでー!」

マキは楽しそうに叫ぶ。


ユウタは、ざざっとシャワーを浴びて、手際よく、しかしなるべく丁寧に身体を洗った。


髪をタオルで拭きながらバスルームを出てくると、マキはTVの前に座って、バラエティー番組を観ていた。

いや、TVは点けていたけれど、ただ画面をぼんやりと眺めていた。


たぶん、心はTVにはない。

そわそわしているようにも、緊張しているようにも見える。

頬が紅潮している。

何かを待ち構えているように、微動だにしない。


マキの気持ち。

それは、ユウタもたぶん同じだ。

心臓がどきどきしている。


それでも、出てきたユウタを向いて、


「・・・あ、出た?

・・・おつかれさん・・・」

と、かすれ気味の声を発する。


ユウタも、

「・・・お、おう・・・

出たよ・・・」

と、やっと声を出して返す。


「・・・ユウタんちのバスルーム、きれいやね・・・。

大きくはないけど、快適や・・・。

気持ちよく入れた・・・」


「・・・そ、そうか・・・。

・・・よかった・・・」


会話が、途切れがちになる。


「・・・TV、観てるか・・・?」


「・・・ん、観てたけど・・・あんま頭に入らない・・・」


「・・・なんか音楽の映像、観るか?・・・」

と言いながら、ユウタは観るべき映像をパソコンで探していたが、不意に思い出したように、


「・・・そうそう!

YouTubeにフランソワ・K.(注1)のライブ映像、上がってるんで、観ようと思ってたんや!

観るか?」


「・・・え、マジで?

観る観るー!」

マキは、緊張した様子が少しほぐれて、うれしそうに言った。



(注1:フランソワ・K.

François K,(本名:François Kevorkian)。

フランス生まれ、米国在住のベテランハウスDJ。

ダニー・クリヴィット、ジョー・クラウゼルとともに開催しているパーティー「Body & Soul」でも有名。

80年代から活動を続け、現在にいたるまで、常に最新の機材やテクノロジーを取り入れながら活動を続けている。

いわば、生ける「ハウスのゴッドファーザー」的存在の一人である。



二人は並んで、パソコンでフランソワ・K.の映像を観た。


「フランソワ、やっぱりTRAKTOR S4(注2)使ってるんやね」


「そう。それに、パソコンもMacやない。

Windows。

ゲーミングノートとか、それ系のハイスペックマシンのように見えるわ」


「・・・フランソワ、Macじゃないんや!

意外ー!」


「うん。

以前はMacやったんやけどな。

替えたんやな・・・」



(注2:

TRAKTOR S4:発音は「トラクターエスフォー」。

正式名は「TRAKTOR KONTROL S4 MK3」(トラクターコントロールエスフォーマークスリー)。

独Native Instruments社が開発・販売するDJソフト「TRAKTOR PRO 3」と、専用DJコントローラー「TRAKTOR KONTROL S4 MK3」のセットを指す。

フランソワ・K.は、このTRAKTOR S4をメイン機材に使っている。

TRAKTORシリーズは、ハウス・テクノ系のプロDJに人気が高い。)



二人は身を寄せ合って、映像を観続ける。


「・・・この曲、いいねー」


「・・・ここ、これいいなー」


「・・・あー!

ここ、すごくない?

この展開・・・」


ユウタは、映像を観ながら、マキの横顔をちらっと見た。

白い肌と、茶色の瞳に、映像からの光が映って、青白くなったり、赤くなったりしている。

青い髪と、その肌の色、瞳の色は、とても美しく溶け合っているように見えた。


視線が下へと移る。

白い首筋。

肩、胸。

Tシャツの下には何も着けていない。

シャツの胸に、乳首が突き出ているのがわかる。


ユウタは抑えきれない欲望を感じた。

マキを今すぐ、抱きたい・・・。


でも、いまは、あかん・・・。

映像を最後まで観てから・・・。

そう思って、自制した。


映像が終わると、マキが、うーん、と両腕を上げて伸びをした。

「・・・あー、終わっちゃったなー・・・」


「・・・ああ、終わっちゃったな・・・」

とユウタも返す。


「でも、おもしろかった。

よかった。

ユウタ、見せてくれて、サンキュ」


「・・・ああ。

やっぱりベテランはちがうよな」


「うん、全然ちがうー!

フランソワは、めっちゃ幅が広いよねー!!

すっごい参考になるー!」


「そやな・・・」


うれしそうなマキの顔を見ていたら、不意に、触れたくてたまらなくなった。


ユウタが、

「・・・マキ・・・」

と声をかける。


マキは、

顔をこちらに向けた。

ユウタをじっと見つめる。

その目は潤んでいる。


ユウタが顔を近づけた。

マキの表情が、一瞬、緊張したように見えた。

しかし、それは束の間で、すぐにマキは、表情を緩め、すべてを受け入れる表情になった。

その唇が、わずかに開いた。


ユウタは、そのマキの唇に、自分の唇を重ねた。

自然な流れだった。


始めは数秒間。

一度離れて、次はもっと長く。

そしてもっと深く。


二人は、口づけ合った。

それは、とても長い時間のようにも、あるいは、一瞬のようにも感じられた。


やがて唇を離すと、ユウタは言った。

「・・・マキ、好きや。

大好きや」


マキは少しの間、無言でいたが、やがて、

「・・・うん・・・。

あたしも・・・。

あたしも、ユウタが、好き・・・。

・・・大好き。

・・・うれしい・・・」

と返した。

うれしさと恥じらいに満ちた顔だった。


しかし、照れるように、続けた。

「・・・でも・・・」


「・・・ん?」


「・・・でもさ・・・。

あたしなんて、性格めちゃくちゃやし・・・。

あたしの人生、トラブル続きやし。

こんなのと付き合うても、ユウタの人生、たいへんになるだけやと思うよ。

・・・それでも、いいの?

ほんまに・・・」


「・・・性格がめちゃくちゃなのは、よう知ってる。

いまさらやろ」

ユウタは、くすっ、と笑いながら言った。


「・・・んもー、ひどい!

・・・そこは、もうちょっと、そんなことない、とかほんまは言うてほしいのに!・・・。

・・・でも、そうよね。

ユウタ、もうよく知ってるよね、あたしの性格・・・」

マキがはにかみながら、苦笑気味に言う。


「・・・いや、そうやない。

そういうの、全部ひっくるめて、マキのことが・・・

マキの、全部が、オレは好きや。

・・・やから、たとえ、たいへんやろうと、かまへん。

マキといっしょにいたい。

たいへんでも、付き合う、とことん。

マキ、付き合わせてくれ」


マキの表情が、頬を赤らめたまま、うれしさのあまり歪む。

泣きそうな顔になる。


そして、ユウタは続ける。

「・・・マキこそ、ほんとに、オレでええんか・・・?

オレこそ、めんどくさい性格やし、神経質やし、オレみたいなのと付き合う女はきっと、苦労すっぞ。

・・・それでも、オレのこと、好きになってくれるか・・・?」


マキはっ目に涙をいっぱいに浮かべたまま、にっこり微笑んで、言った。

「・・・くれるよ、好きに、なって・・・。

・・・ずっと。


・・・ずっと、ユウタを好きになるよ。

・・・だって、あたしも、ユウタの全部が、好きなんやもん。

・・・ユウタは、あたしのいちばん、大切な、人やもん・・・」


「ありがとう。

・・・オレにとっても、マキは、いちばん、大切な、人や・・・」


「・・・ユウタ・・・うれしい・・・。

やっと言えた・・・」

マキの目から涙が流れた。


二人は、再び、唇を重ね合った。

マキは、ユウタの頭を両腕で抱きしめた。

ユウタは、マキの身体を両腕でしっかりと抱きしめた。


「・・・夢みたい・・・」


「・・夢やないよ・・・。

ほんとのことや・・・全部」


「・・・うん・・・」


二人は、そうやって、いつまでもキスし合った。


やがて、ユウタが言う。


「・・・マキ、したい・・・。

・・・すごく・・・したい・・・」


「・・・うん・・・あたしも・・・したい・・・。

・・・しよ・・・?」


「・・・ベッド、行くか・・・?」


「・・・うん・・・」


ユウタがマキの手を取って、二人はベッドへと立った。


二人は、服を脱いだ。

裸になると、向かい合ってベッドの上に座った。

お互い、つい自分の恥ずかしい部分を手で隠してしまう。


ユウタが手を差し伸べた。

マキが、おそるおそる両手を身体から離して、二人で両手をつないだ。


マキが頬を赤くして、言いにくそうに言った。


「・・・あたし、経験、ないわけやないんやけど、ろくな経験やないの。

やから、限りなくヴァージンに近いみたいなもんやの・・・。

・・・やから、やさしく、して・・・」


ユウタはまじめな顔になって、

「・・・うん、わかった。

できるだけやさしくする。

けど、もし痛かったら、言うてな。

すぐ止めるから」


「うん。

・・・ありがと」

マキは頬を赤らめたまま、それでも真っすぐにユウタを見つめて、うなずく。


ユウタはマキに、やさしく言った。

「・・・オレも不器用かもしれんけど、マキのいやなことは絶対しないようにするから」

「うん」


二人は、手をつないだまま、裸で見つめ合った。

それから、抱き合って、キスを交わした。


やがて、二人はベッドに横になり、タオルケットをかぶった。

そして、お互いを抱きながらキスを続けた。


「・・・大好きだ、マキ・・・」

「・・・うん・・・あたしも・・・ユウタ・・・大好き・・・」

二人とも、迸り出る欲望につき動かされながら、お互いを愛でた。


マキは、ユウタに囁くように言った。

「・・・抱いて・・・。

あたしも、ユウタを、抱くから・・・」


ユウタもマキに、やさしく囁き返した。

「・・・うん・・・。

ずっと抱き合おう・・・お互い・・・」


不思議なほど、静かな夜だった。

静けさの中、マキとユウタは、互いを抱擁し続けた。

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