1-7 <ファーストステイ(1)>
6月の、ある木曜日。
マキとユウタは、DJスクールに通い始めて、きょうで2回目になる。
2週間ほど前に行った体験レッスンがとてもよい内容だったので、二人とも入会を決めた。
レッスン自体はマンツーマンとなるので、マキとユウタはそれぞれ別の時間にレッスン時間を予約して受講する。
それでも、二人とも平日に取ることが可能なので、できるかぎり同じ日の続き時間にレッスンを取って、終わった後に二人で会って情報交換をすることにしている。
きょうもそんなわけで、レッスンが終わった後、待ち合わせて心斎橋の地下街にあるカフェで情報交換をしていた。
「・・・で、ミックスのときのイコライザーの動かし方、マキもやったよな?」
ユウタが訊くと、マキは、
「やった。やったけど、まだいまいちようわかってへんわ。
プロDJって、こんな細かいレベルでイコライザー動かすもんなのやなー、って驚きのほうが大き過ぎて・・・。
なんで、まだだいたいしかおぼえてへん。
練習が必要やわ」
「そっか。
オレもパーフェクトではないけど、だいたいはわかった感じかな」
「・・・すごいなユウタ。
あたしに教えてくれへん?」
「次の曲を入れるときに、頭入れに成功したら、Lowを左にいっぱい、Midを10時方向あたりにして・・・」
ユウタは口頭で一生懸命説明するが、なにぶん機材が目の前にないので、おたがい想像しながらの確認になってしまう。
「・・・あー、やっぱ目の前にコントローラーとかあったほうがいいよなー」
マキが両腕を投げ出しながら言う。
「・・・確かに・・・」
そして少しの間、沈黙してから、ユウタが言った。
「・・・今度の土曜日、マキ空いてる?」
「ん? 空いてるけど・・・復習の続きするん?」
「・・・ああ。
・・・土曜日、オレんち、来ないか?・・・。
うちなら、コントローラーもあるし、話が早い・・・」
ユウタはちょっと恥ずかしそうに、目をそらしながら言う。
マキは、ユウタの様子を見て、その意味を理解した。
「・・・あ・・・ああ、うん・・・だいじょうぶ。
行けるよ・・・行こっかな・・・」
マキも顔を赤らめて、おずおずと話す。
「・・・なら・・・せっかくやし、泊まって行かんか?・・・」
「・・・あ、うん・・・、そうしよっか・・・」
二人のぎこちない会話が続く。
「・・・マキは、曲入れたUSB持って来ればいいよ。
・・・着替えとか、・・・寝るときに着るもん・・・パジャマとかかな?
それ持って来てくれれば・・・。
・・・歯ブラシとかは、いつも使ってて気に入ってるのがあれば持って来て・・・。
タオルとか、コップとかは、こちらにあるから・・・」
そうやな・・・。
当然、そういう話になるわな・・・。
マキはそう思いながら、どもり気味にことばを返す。
「・・・ん、うん、わかった・・・」
「最寄りの駅、知ってるよな?
堺筋線の天下茶屋」
「・・・う、うん、知ってる」
「駅まで迎えに行くよ。
着いたらLINEくれれば・・・。
待ち合わせ、何時にしようか?・・・」
ユウタは口ごもり気味ながら、それでもてきぱきと必要なことを順序よく話してくる。
マキも、それなりにちゃんと返事は返せた。
「ん・・・えーと・・・午後2時くらいとかで、どう?」
「あ、ああ・・・わかった。
じゃ午後2時に、天下茶屋駅で。
改札ひとつやから。
・・・途中にスーパーあるから、食べ物とか、要るもん買って行こ」
「・・・わかった。
・・・楽しみにしてるわ・・・」
マキはそう言ってから、その言葉が含む意味に気づいて、いっそう恥ずかしくなってうつむいた。
ユウタが、
「・・・おう・・・オレも・・・」
と、こちらも恥ずかしそうに口ごもりながら返してきた。
ユウタも恥ずかしいんやな・・・
と思うと、少し恥ずかしさがやわらいできた。
ユウタの腕を取って、
「ね・・・。
ユウタが誘ってくれて、すごいうれしい・・・」
と言った。
ユウタも、そのマキの手を握り返して、
「・・・よかった・・・オレも・・・」
と、恥ずかしそうではあるが、今度はマキを真っすぐに見ながら、明るい表情で返す。
そこからは、たわいのない話をして、二人はカフェを後にした。
マキは自分の家に帰ってきて、部屋に入るや否や、
「・・・あー、もう恥ずいー!!
あたし、何言ってるんやー!!
恥ず過ぎて、死ぬわー!!!」
と叫んだ。
そのままへたり込むように床に座って、ひとりで顔を赤らめたままぼーっとしていると、スマホが、ブッ、と鳴った。
ユウタからのLINEだ。
「土曜日、マキが来てくれるの、すごいうれしいよ。
せっかくやから、夕食、オレが作ろうと思う。
大したもんじゃないけど、パスタでも作ろうかな、って思って。
ミートとアボカドのトマトソースパスタとか、どうやろう?」
マキはそれを見て、うれしくなった。
ひとりで、えへへっ、と笑う。
「全然、オッケーです!
ユウタの手料理、すっごーい楽しみ!」
と返した。
しばらくして、もう一度ユウタからLINEが来る。
「それから・・・。
コンドーム、ちゃんと用意しとくから・・・」
マキはまた赤くなった。
そりゃそうやな・・・
そういうことになるわな・・・。
でも、それと同時に、心にあたたかいものを感じて、こう返した。
「ありがと。
オッケーです。
ユウタ、いつもあたしのこと考えててくれるんやね。
とってもうれしい」
そして、スマホを両手で握りしめて、天井を見つめた。
ユウタからひとこと、返事が来た。
「照れる。
ありがとな」
マキはそのことばを見つめると、それがお守りであるかのように、ふたたびスマホを両手で握りしめた。
土曜日。
約束の日だ。
午後2時ちょっと前、マキは天下茶屋駅に着いた。
ここに来るのは初めてだ。
大阪メトロ堺筋線のホームから階段を上って改札のほうを見ると、もうユウタは来ていた。
マキを見つけると、笑顔で手を振った。
マキも笑顔で手を振って駆け寄り、改札に切符を通して出る。
きょうのユウタは、ジャズのアルバムジャケットデザインをプリントした、黒地にカラフルなプリントTシャツに、白のボタンシャツ。
紺のデニムと、黒のホーキンスのウォーキングシューズは、いつもよくはいているものだ。
マキは、白地に紺のボーダーが入ったTシャツ、その上にライトグレーのフルジップスウェットパーカーを羽織っている。
そして、ライトイエローのミニスカート。
グリーンの短いソックスにナイキのスニーカー、という服装だ。
「・・・おう。
いらっしゃい」
「えへへ、来たよ」
「うん。
天下茶屋に、ようこそ。
ま、あんま柄のいい街じゃないけど、これでも意外と便利な街なんや」
「うん、Google Mapで見たけど、スーパーとかお店、けっこう多いんやね」
「そう。
やから買い物には不自由しない」
ユウタは近くのスーパーへと、マキとともに歩く。
「・・・めずらしいな、スカート」
「・・・あっ、えへ、まあね-。
たまには、と思うて。
せっかくユウタんち行くんやし」
「めっちゃ似合う。
可愛い」
言いながらユウタは顔を赤らめる。
マキもそう言われて顔を赤くする。
「・・・あ、ありがと・・・。
う、うれしいわ・・・」
二人は歩きながら、話題を変えて話す。
「・・・そもそも、なんでユウタは天下茶屋を住む場所に選んだん?」
ユウタは、思い出すように顎に人差し指、親指をあてると、
「・・・まず、大学に受かった時点で、大学に近くて、交通の便がよくて、比較的安いところ。
で、複数、候補があったけど、日本橋、今里あたり、この天下茶屋が最終候補になって、で、実際にマンションとか条件見て、ここにした」
「へえ。
あたしは多少遠くても街の雰囲気重視やから、長居選んだけど、確かに便利さなら、こっちのほうがいいかもね」
「長居はきれいな雰囲気やからなー。
マキには長居のほうが全然ええやろ。
ま、オレは多少薄汚れてても、まあいいか、って感じや」
「ふふっ、まあね」
こんな話をしながら、二人はスーパーに着いた。
「へえー、けっこうデカいね、このスーパー」
「そう。
薬局も、ケンタッキーも入ってるし、けっこうなんでも買える」
中に入ったとたん、マキのテンションが上がる。
「すごーい! すごいすごい、めっちゃ中、広いやん!!」
二人は、ゆっくり店内を回りながら、夕食の食材や食べたいものを選んでいく。
「お菓子とか、なんか食うよな?」
ユウタが訊くと、マキは、
「食う食う!
食うに決まってる!!」
と言いながら、お菓子売り場を端から端へと、丹念に見ていく。
「ユウタ、生菓子も見よ!」
「・・・マキ、テンション上がり過ぎやぞ」
ケーキ、シュークリーム、プリンと眺めていくマキは、とっても幸せそうだ。
ユウタはその様子を見ながら、自分も幸せな気分になった。
「ユウタ!
これ、このへんにあるケーキ、これほかで見たことないわ!
これん中から、どれか買って行こ!」
「・・・ほいほい」
とりあえず食材や食べ物をひととおり買うと、二人は店を出て歩いた。
「買い物、楽しかったねー。
こんな大きいスーパーあっていいね、ユウタんとこ」
「ああ。
しかし、マキもいろいろ買ったなー。
そんなに食えるのか?」
「食えるよー。
別腹あるし。
食べるのは、人生最大の楽しみのひとつやもん!」
「ま、そやな。
それはまちがいない」
ユウタはそう言って、ふふっ、と笑った。
「ただいまー。
どうぞ、入って!」
「これがユウタの部屋か・・・。
お邪魔しまーす」
マキを先に入れると、ユウタはドアを閉めて自分も部屋に入った。
マキが入るなり、部屋の中を見渡して叫ぶ。
「え?
何これ、すっごいきれいやーん!
すごい整ってる!
ユウタ、すごいよこれ!」
「・・・ちょ、そんなに騒ぐな。
ま、オレ、そんなにこっちにもの持って来てないしな。
ものが少ないからきれいに見えるだけやと思う」
「ミニマリスト、ってやつやな」
と、マキは顎にこぶしを当てて、ふんふん、と知ったようにうなずいている。
「・・・なんやその言い方。
まあ、確かにミニマリスト的傾向があるのは認めるよ」
「あ!
コントローラー、同じのあるー!」
とマキが指さして言った。
その先には、DJコントローラー、Pioneer DJのDDJ- FLX4がテーブルの上に乗せられて置いてある。
「ああ。
いつもイベントに持って来てるし、こないだのトラブルのときにも、マキも使ったやろ?」
「そうや。
そうやった。
その節はたいへんお世話になりました」
と言って、マキはコントローラーに向かって、ちょこん、とお辞儀をした。
ぷっ、とユウタは吹き出した。
「・・・おもろいなマキは!
なんでおまえは、いつもそんなおもろいんや!!」
「え、なんでー?
だって、実際すごい世話になったやん!」
「ま、確かに」
と言って、ユウタはふたたび笑う。
ユウタとマキは、しばしそんな漫才問答を続けていたが、やがてユウタが、
「・・・はい、マキ、手洗ってうがいしてやー。
あ、マキのコップ、ここにあるから、自由に使ってええぞ。100均のやけど」
「はーい、ありがと。
じゅうぶんじゅうぶん」
手を洗ってうがいを終えると、ユウタは買った物をエコバッグから出し、冷蔵庫に入れたり片づけたりしていた。
「あ、パソコンの電源入れてあるから、Spotify起動しとこうか。
好きなもん、聴いていいぜ」
「うん。
・・・ありがと」
マキはユウタが片づけをしている間、SpotifyでJ-POPやジャズを聴いたりしていた。
流れている音楽を耳にして、ユウタがマキに訊いた。
「ビル・エヴァンス、好きか?」
「好きや。
父親が好きでね、家にCDがあったの。
それを、あたしもよく聴いた。
あたし小学生のころ、ピアノ習ってたからさ、モーツァルトとかの練習に飽きると、「Waltz For Debby」耳コピして、弾いて気晴らししたりしてた!」
「え!
ビル・エヴァンスを小学生でコピるとか、マキすごくないか?」
「そうなんかなー。
もちろん、小学生やから、テキトーやったし、あちこちまちがってたと思うで。
でも、あの頃のあたしには、楽しかった。
父親が離婚して、家にはいなくなったけど、そのCDは置いていったから、その後もずっと、中学生になっても、高校生になっても、聴き続けたんよね。
いまはもう、ピアノを弾かなくなったけど、いまでもいい思い出や・・・」
こんな、何気ない話の中にも、マキの少女時代の複雑な思い出が重なる。
ユウタは、ちょっと切なくなる。
「・・・お待たせー。
片付け、終了ー。
ちょっとひとやすみしていいいか?」
「もちろんー。
疲れたっしょ?
ゆっくりしていいよー」
「ひとやすみしたら、DJレッスンの件、やるか」
「その前にー、せっかく買ったおやつ、食べへんー?」
「食いしん坊やな、マキは。
ええよー。オレも小腹減ったし」
「それ、結局ユウタも同じやん!」
二人で笑って、冷蔵庫からプリンを取り出した。
マキとユウタは、TVを観ながら、プリンをいっしょに食べた。
「こんな時間にTV観るの、あんまないから新鮮やな」
「確かに。
どうせあんまおもろい番組、やってないけどな」
「・・・でも、それがええと思わん?
ユウタと、つまらん番組観るってのが、乙!」
「・・・また、マキのわけわからん趣味が始まったな」
「えへへへ」
「あー、プリン、おいしかった!
もー、これ食べるためだけに、毎日ユウタんち来るんでも、ええわー」
「おいおい」
そして二人は、今回ユウタの家に来た本来の目的、DJスクールレッスンの復習に取りかかった。
DJコントローラーとノートPCを前にして、PCに近い左側にマキが、右側にユウタが座って、二人で確認していった。
「・・・で、曲のグリッドが合ったら、こうやってLowを左いっぱいに切って、Midは8時方向あたりまで切って・・・」
「うんうん・・・」
「こうやって、4小節ごとに10分ぐらいずつ上げていくんや」
「・・・あー、そうか。
うん、確かにきれいにミックスされてってる感じに聴こえるわ」
「そやろ。
で、フェーダーをいっぱいに上げたところで・・・」
二人は並んで、ぴったりくっついてミックスを交代でやっていく。
集中していたからお互い、気づいていなかったが、ふと、二人とも身体をぴったりくっつけあってることに気づき、急にお互いを意識する。
「・・・あ、マキ・・・ごめんな・・・」
「え・・・あ・・・、だいじょうぶ、気にしてないから・・・」
「・・・そっか・・・」
二人とも、赤くなった。
「・・・少し、休憩しよか・・・」
「・・・う、うん・・・そやな・・・」
休憩した後、ふたたびしばらく練習すると、時間が夕方6時を回っていた。
「そろそろ、夕食作るか。
マキ、好きにしててええぞ。
パソコンの中の曲、聴いてもらってもええし」
「あ、そうするー!
ユウタの持ってるトラック、聴きたいと思ってたんやー!」
マキはうれしそうに、DJソフトの画面のライブラリを順々に見ながら、興味ありそうな曲をロードして、コントローラーから音を出す。
ユウタはそれを見ながら、微笑ましいな、と思って笑顔になる。
そしてエプロンをつけて、夕食の準備に取りかかる。
しばらくいろいろな曲を聴いていたマキが、やがて、
「すごい、いいにおいするー!!
わー、楽しみぃ!!」
と叫ぶ。
ユウタは、
「もう少し待ってや。
あと10分ぐらいでできる!」
と言って、フライパンの上でパスタとソースをからめた。
テーブルの上に、サラダ、オレンジジュースとアップルジュースが並べられていく。
そして最後に、大皿の上に乗せた、ミートとアボカドをトマトソースでからめたパスタが置かれた。
「わー!!
すごーい!!
おいしそー!!」
「お待たせー。
ま、お好みに合うかわからんけど、材料はそこそこいいものやで」
「もう、見てるだけでおいしそうや!!
絶対うまいに決まってる!!」
マキが両手を組んではしゃぐ。
「じゃ、いただきましょうか」
「はい!
じゃ、いっただっきまーす!」
二人で両手を合わせて、礼をすると食べ始めた。
「・・・ん、んー!
おいしいー!!
すごい、すごいすごい、ユウタ、やっぱり天才じゃね?」
ユウタは照れ笑いして、
「天才ちゃうわ!
ほめ過ぎや」
と言ったが、マキのほめ攻撃は止まらない。
「いや、このアボカドもすごいおいしいけど、ミートの炒め具合。
サイコー!!
パスタのゆで具合も完璧やん!
やっぱユウタ、すごいすごい!
ユウタさまさまやわ!!」
自分の作った料理をこんなに喜んで食べてくれるなんて、うれしいな。
ユウタはそう思って、こんなマキといっしょに暮らしたら、毎日の生活はさぞや楽しいものになるだろうな、と想像した。
「・・・ユウタとさ、もしいっしょに暮らしたら、楽しいやろね」
思っていたことをそのままマキに言われて、ユウタは吹き出しそうになった。
「・・・それ、オレも思ってたぞ、いま」
「え? そうなん?
またあたしら、気が合った・・・?」
と言って、マキが赤くなった。
「・・・そのようやな。
あははは」
食事の時間は実に楽しかった。
食後のデザートに、ユウタがリンゴを剝いてくれた。
マキは、
「・・・なんか、ユウタがお母さんみたいやね・・・」
と言ったので、ユウタはまた吹き出しそうになった。
リンゴを食べながら、ユウタが訊いた。
「マキ、マキが髪を青く染めるようになったのって、いつからなん?」
マキはリンゴをかじりながら、
「あー、高校2年のときからやな」
「染めた理由、ってあるんか?」
「・・・あー、まあ、あるけど・・・。
・・・そうや、せっかくやから、ユウタに当ててもらお!
さて、染めた理由は何でしょうー?」
「え・・・。
ん、痴漢を避けるため?」
マキはうれしそうな表情で、
「半分ピンポーン!
半分当たってます。
さすがユウタ、心理学専攻してるだけあるね。
そう、それもある」
「じゃ、あとの半分は?」
「・・・何だと思う?」
「んー・・・わからないな。
他人とちがうことをしたかった、とか・・・」
「えっとね、正解言おか。
すごーく雑に言うとね、要するに、グレた、ってこと」
「グレた?」
「そう。
高校のときにね、あたし片親やったから、クラスでいじめられたりして、いろんなことがやんなっちゃったんよね。
それと、中学ぐらいになってから、電車に乗ってもよく痴漢に遭ったりして。
そんなこんなで、だんだん、クラスの普通の子たちとの付き合いから離れていって、クラスで成績が悪い、落ちこぼれって言われてる子たち、つまり『不良』って言われてる子たちとのほうと仲良くなってったの。
そういう子たち、なんであたしを受け入れてくれたのかな。
よくわからないけど、あたし、勉強はできたから、なんかその子たちに、勉強教えてくれ、って始終せがまれるようになって。
ちょっと普通の不良同士の付き合いとはちがうよね?
変やったな、あの子たちとの関係は。
それでも、よくその子たちと、神戸の街に遊びに行ったりはしたよ。
カフェとかファミレスで遅くまでしゃべったりして。
楽しかったなー。
で、そういう子の一人と話してて、あたしが、
『電車で痴漢されることがよくあって困ってる』
って話をしたら、その子が、
『あー、それなら髪を青とか黄色とかに染めるといいよ。そしたら痴漢来なくなる』
って教えてくれて。
まあ、それまではあたし、まじめで普通の子、って感じで通ってたから、すごく悩んだんやけど。
母親がどう思うかな、ってのもあったし。
でも、一晩考えて、えい、いいや、って決心して、その週末に、美容室行って青く染めちゃった。
それ以来、ほんとにぴったり、電車に乗っても痴漢されなくなった。
ほんまや、ってびっくりしたよ。
それが始まり」
ユウタは、黙ってマキの話を聴いていた。
そうか、そんな経緯があったのか。
マキは淡々と話し続けた。
「結局、その後も母親には何も言われなかった。兄にもね。
あんまりあたしを刺激しないように、気い使ってたのかもね。
前にもユウタに話したかもやけど、兄は、あたしの大学行くための資金も積み立ててくれた。
こんな、髪青く染めて、不良になったとしか見えないような妹が、大学には当然行くものと思ってたんかね?
不思議やわ。
ま、あたし自身、大学行きたいとは思ってたし、勉強がんばったんで、実際にこうして行けたわけやけど。
・・・ま、とにかく、こんなんが、あたしが髪を青く染めた理由。
髪を青に染めるって、一度髪を脱色しないといけなくって、染めるたびにそれをしなきゃいけないんで、けっこうめんどくさいんよ。
でも、高2のときからずっとやってて、もう習慣になっちゃってるから、いまさらやめる気にもならなくて。
そのとき付き合ってたその不良の子たちとは、あたしが大学入ったのを境に、連絡とらなくなった。
向こうからも連絡来ないし。
でも、いまでもあたしは感謝してる。あの子たちに。
あの子たちがいなかったら、あの頃のあたしはどうなってたか、わからない。
どこかであの子たちが元気にしてればいいなー、って、いまも思ってるよ」
マキはそこで話を止めた。
ユウタが、そっと触れるように話しかけた。
「・・・マキは、やさしいんやな」
「え、あたしが?
・・・そんなふうに考えたこと、なかったけど・・・」
「マキは、すごく思いやりがあって、すごくやさしいんや。
人に対して先入観なしに、分け隔てすることなく付き合える。
それがマキの、すごいいいとこや。
前から、ずっとそう思ってたけど。
福祉に興味があるってのも、そっから来てるのかもしれんよな」
「・・・ああ、そうかもね。
・・・あたし、結局いつもアウトサイダーやし、マイノリティーなんよ、きっと。
不良の子たちに共感抱くのも、障がいある人を助けたい、って思うのも。
ハウスとか好きになって、こうやってDJやってるってのも、そういうことなんかな。
・・・ユウタは、高校のときどんなんやった?」
「オレか?
・・・オレは、まあ平凡な高校生やったと思うよ。
東京の都立高校で、特別に偏差値が高いわけでもない高校やし、そん中では成績はいいほうやったとは思うけど。
・・・ただ、こんなことがあった。
高2のときにけっこう仲がよかった友だちがいたんやけど、そいつが突然、死んじまった。
自殺で」
「え?」
マキが驚いた表情でユウタを見つめた。
「ショッピングモールの屋上から飛び降りた。
ご両親は、遺書はなかった、と言っていた。
ま、本当のところはわからんけど。
親友、っていうほど深い付き合いではなかったけど、オレを含めて、だれにも悩みを打ち明けることもなく、悩んでいるそぶりを見せることもなく、突然自ら命を絶ってしまった、ってことに、すごくショックを受けた。
それって、どうしてなんだろうな、って思った。
そのときからや。
人の心ってどういう仕組みなんやろう、って考えるようになって。
それで、心理学の本とか読み漁り始めて、高校の先生に、心理学を勉強できる大学と学部ってどこか、教えてもらったりしてな。
第一志望の大学は東京の大学やったけど、そこは落ちて、第二志望がここ。
それでここに入った」
「・・・そうなんや。
ユウタが心理学専攻な理由、そんなことがあったのや・・・。
全然知らんかった・・・」
マキが真顔でつぶやいた。
衝撃を受けたような様子だった。
「・・・ちょっと重い話になっちゃったな、ごめんな」
「・・・ううん」
「この話はいままで大学のだれにもしてない。
アズミにもね。
マキが初めてや」
「ユウタがそんな過去を持ってるってこと、あたしに教えてくれて、感謝してる」
「・・・その友だちがいたから、この大学に入れて、で、マキにも会えた。
こういうの、全部、その友だちが導いてくれてるんかな、って思うときもあるよ。
おまえはおまえなりに、おれの分までいい人生送れよ、って言われてる気がして、な・・・」
しばらく沈黙した後、マキが静かに言った。
「・・・生きてるって、不思議よね・・・」
ユウタも完全に同意した。
「ほんまやな・・・」
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