きみとあたしでB2B

1-6 ＜アクシデント（３）＞

「マキー、ここー！」

アリヤが、一番奥のほうの席で、長い腕を振る。

マキも手を振って、席に近づいた。

「・・・ごめんー、ちょっと遅くなっちゃって・・・」

「オーダー、してきなよ、ゆっくりでいいからねー」

「ありがとう、アリヤ」

マキはレジカウンターに向かった。

なんば駅前、御堂筋グランドビル内にあるスターバックス。

アリヤとマキは、よくここを待ち合わせに使う。

アリヤは大学の講義が終わった後。

マキは講義もバイトもない、ひさしぶりの一日休日だ。

アリヤは、ヴィヴィッドな赤や黄色の原色系カラーをあしらったTシャツに、白のデニムジャケット、水色のデニム。

両耳には銀色に輝くピアス。

いつものように、日本人はあまり選ばない派手目のカラーだが、背が高く、顔も彫りが深いアリヤにはよく似合う。

マキは、薄い黄色のカーディガンの下に、グレーのTシャツ。

ボトムスには、黒のスキニーデニム。

マキにしては地味目な格好だ。

あの日から、気分があまり晴れない。

アクシデントがあった、あのイベント。

そして、朝のユウタと過ごした時間。

あれからユウタには会ってないし、メッセージのやり取りもしていない。

いや、正確に言うと、あの後、ユウタからLINEがあった。

でも、返事を返す気になれなくて、放置している。

そんな日が二日間。

そんな中、アリヤからお誘いがあった。

女性オンリーのイベントで、出演DJを募集しているのだという。

それにいっしょに出ないかと言ってきたのだ。

「お待たせー、アリヤ」

マキが、ホットカフェラテの入った紙コップをもって、アリヤの向かいに座る。

アリヤは、

「ホット？　あたし暑くて、アイスにしたわー。

もうすぐ夏だしねー」

と言って、片手で顔の前を仰ぐまねをする。

「・・・誘ってくれてありがとう。

どんな内容なん？　そのイベント」

マキがカフェラテに口をつけながら訊くと、アリヤは、

「・・・それよりもさ、あのあと、どうやったん。

ユウタと」

マキは、いきなり訊かれたくないことを訊かれた感じで、うろたえた。

「・・・え、あー、えーと・・・結局、ユウタが朝まで付き合ってくれて、いっしょにハンバーガー食べて・・・。

・・・で、うちまで送ってくれた・・・」

マキはアリヤにはウソをつけない。

細部は省いたけど、起こった出来事をほぼそのとおりに話した。

「ワオ」

とアリヤは言って、

「それで？・・・ユウタとは？」

アリヤはしつこく訊いてくる。

「・・・いや、何もないよ。

あたしを送り届けて、帰った・・・」

「ふーん」

と、アリヤはつまらなそうに声を出す。

マキは恥ずかしくなって、顔を赤くしてうつむいた。

アリヤは言った。

「・・・ユウタ、まじめなんやね。

まじめで、やさしいね。

ジェントルマン、「紳士」っての？」

「・・・う、うん、あたしもそう思う」

アリヤはマキに顔を近づけて、

「ユウタはさ、マキのことをものすごく大事に思ってるはずよ、絶対」

「・・・あ、うん、それはユウタも実際、言ってた。

『マキは大事な人や』って・・・」

「いや、それもそうやけどさ・・・。

ユウタはね、絶対マキのことを、好きなんやと思うよ」

そのことばに、マキはびくっとした。

マキはいっそう赤くなった。

うつむいた顔を上げられない。

ことばも出てこない。

「・・・ってか、マキもそうなんやろ？

ユウタのこと、好きなんやろ？」

「・・・え、なんや、アリヤ、のっけから・・・」

マキはうつむいたまま、つぶやくように言う。

「だってさ、はたから見てると、あんたら二人、どう見たってカップルにしか見えんわ」

マキは、これ以上ここにいたくない気分になってくる。

「・・・やからね、お互い、自分の気持ちに正直になったほうがええんちゃう？

ちゃんと言いなよ、自分の気持ち。

これはユウタに対してもそう思うけど」

「ん・・・でも・・・そんな・・・」

マキはまともな返事が出てこない。

「二人とも、ほんとシャイなんやから」

アリヤはスパッとそう言うと、

「あれからユウタには会ったの？」

と訊く。

「・・・ううん、会ってない・・・」

と言ってから、やはりアリヤには隠せない、というように付け加えた。

「・・・LINE、もらってるんやけど、返事できてない・・・」

アリヤが悲しそうな表情になった。

マキを慰めてきそうな気配を感じて、マキはあわてて、

「・・・いや、返事返そうとはずっと思うてんねん。

やけど、あの後、どうユウタに対したらええのか、自分でもわからなくて・・・」

「・・・そういうことね」

アリヤは、悟ったような口調でつぶやいた。

マキは、心の内をアリヤにすべて見透かされているような気がした。

アリヤはマキに、諭すように言った

「・・・マキ。

ユウタに返事してあげや。

そんで、ちゃんと会って、仲直りしいや。

マキもユウタも、お互いを大事な存在と思うてんのやろ？

やったら、正直に伝えにゃ。な？」

マキは、おずおずとつぶやく。

「・・・こんな、こんなめちゃくちゃなあたし、ユウタに迷惑かけるだけやから・・・そんなん言えへん・・・」

「ちゃうよ。

ユウタは、そんなふうに考える人間やないよ。

やから、ちゃんとユウタと向き合ってみ？

そして、素直な気持ちで話してみ？

ユウタは、マキのこと、よくわかってくれる人やと思うで」

アリヤはそう言った。

そして、唱えるようにこう続けた。

「Non è bello ciò che è bello, ma è bello ciò che piace.」

マキはびっくりして顔を上げる。

「・・・え？　なに、イタリア語・・・？」

アリヤは応えた。

「そう。イタリアのことわざ。

『美しいものは必ずしも美しくない、好きなものこそが美しいのだ』

っていう意味。

・・・まあ、解釈はマキにまかせるわ」

マキは、

「・・・えー、ずるいな、アリヤは・・・」

と言いながら、そのことわざを頭の中で繰り返した。

「美しいものは必ずしも美しくない、好きなものこそが美しいのだ」か・・・。

しばらく経った後、マキは応えた。

「・・・はっきりとは、わからんけど・・・。

アリヤのことばで、なんか気づいたような気がするわ。

ありがとう、アリヤ。

・・・あたしなりに、なんとかしてみる」

ちょっと気分が晴れたような気がした。

アリヤは、

「うん、そうしな」

と言ってから、

「さて・・・っと。

イベントの話、しよか？」

マキはほっとしたように、

「・・そうそう、そもそもそれのために来たんやし」

と言った。

「このイベント、日時は6月24日の土曜日。

22時スタートでオール。

場所は梅田近くのカフェ兼DJバー、リチェルカーレ。

DJもお客さんも、女性オンリーで、チャージは1,000円、1ドリンク付き。

・・・まあまあ、来やすいイベントっぽいっしょ？」

「へえ。

・・・アリヤ、このイベントの話、どっから知ったん？」

「これはね、主催者が大阪に在住してるイタリア人でね。

あたしのイタリア人の友だちの父親なんよ。

広告会社経営しながら、プロモーター業っぽいこともしてて。

その一環で、こんなイベントやるって、その友だちが伝えてきたの」

「そうなんや。

アリヤはええなー、そういう国際的なネットワークがあるから」

「国際的って、日本とイタリアだけやけどね。

ま、とにかく、この友だちもいい子だし、親父さんもいい人よ。

やから、お誘いに乗ろうか、って思って。

まだ出演DJの人数枠、余裕あるから、女性オンリーってことやし、せっかくやからあたしの大親友、マキにもどうかな、って。

あ、主催者は男やから、イベントには一切顔出さへんって。

当日は全部娘さん、つまりあたしの友だちにまかせるそうなんで」

「アリヤ、ありがとう。

あたしも出るわ！

どんなパーティーになりそうなんやろ」

「んー、なんかまだようわからんけど、イタリア人だけでのうて、アメリカ人とかイギリス人、フランス人とかもいろいろ来ることになるみたいよ」

「マジ！

外国人の前でプレイするの、めっちゃ緊張するー」

「だいじょうぶよ、ノリのいいやつばっか来るっぽいから。

マキのいつもの元気なプレイしてくれれば、まちがいない！」

マキはため息をついた。

「はあー。

そんなんで、ほんとにだいじょうぶなんかな・・・」

アリヤは威勢よく、

「だいじょうぶ！

あたしが言うんやから。

あたしもいつも通りのプレイするよ。

あ、もっとも、なんかサプライズはあるかもだけどね、へへへー」

「ん・・・なに、その不敵な笑みは。

アリヤ、なんか企んでるな！」

と言いながら、マキは手を伸ばしてアリヤの右頬をつねった。

アリヤは、

「ほらマキ、何するー！」

と言って笑った。

そして、

「マキ、ちょっと元気出てきたね。よかった」

「アリヤのおかげや・・・」

マキが言ったとき、マキのスマホのバイブ音がブー、と鳴った。

マキはスマホの画面を見る。

そしてちょっとまじめな顔になる。

「・・・どうした？　だれから？」

アリヤが訊くと、マキは声を落として、

「・・・ユウタから。

元気にしてるか、元気やったら返事くれって」

アリヤは、マキのもとに来て、しゃがんでマキの両腕をつかみ、説得するように話した。

「・・・マキ、いますぐ返事してあげな。

ユウタ、ほかになんか言うてきてる？」

マキは、少し躊躇してから、

「・・・もし出て来られるようやったら、いま近鉄難波ビルのタリーズにいる、顔出さないか、って・・・」

とつぶやくように、しかし一語一語ていねいに発音するように、言った。

「目と鼻の先やん。

すぐ行きな！

イベントの話はあと！

こんなん、いつでもいいから、先にユウタんとこ行きな！」

マキはしばらく迷っていたが、アリヤの両腕を自分も握り返して、

「・・・わかった。行くわ。

ユウタと仲直りする」

そして立つと、

「アリヤ、ごめんね、ありがと！」

と言って、自分の紙コップを持とうとした。

アリヤは、それをテーブルに置き戻して、

「こんなん、あたしが片づけといたげるから、一刻も早よお行き！

でも車とか自転車に気いつけるんよ！」

「わかった！　ありがと！

アリヤ、じゃあねまた！」

マキは駆けるように店を出た。

アリヤはそれを見つめながら、ほっとしたように一息ついた。

そしてアイスカフェラテのカップを持ち、ストローをくわえて一口飲んだ後、

「・・・そして、あたしはまた、ひとりぼっちになる、ってかー・・・」

とひとりごとを言って、ふふっ、と笑った。

マキは走った。

スタバからタリーズまで、それほど距離はない。

5、6分ほどで着いた。

ユウタは2Fにいる、とLINEで送ってきていた。

入って、すぐ2Fへと駆け上がる。

2Fのフロアに着くと、客席を右からずっと見ていく。

ユウタは左隅の窓側のカウンター席にいた。

黒いTシャツの上に、黒地に白の模様がプリントされたオープンカラーシャツ、紺のデニム姿。

いつも通りのユウタが、そこにいた。

うれしさがこみあげてきた。

あれ以来、会うのが、いやLINEに返事するのさえ、あんなに気が重かったのに。

やっぱりあたしは、ほんとはユウタに、すごく会いたかったんや。

アリヤの言うことは正しかった。

アリヤ、ほんとありがと・・・。

ユウタは、駆けよってくるマキにすぐ気がついた。

いつもの、あの笑顔を返してきた。

マキはユウタの元に着くと、息を切らして、両膝に手を当てて上半身をかがめた。

はあ、はあ、と息を吐いた。

ユウタの声が聴こえた。

「そんなに急いで来んでも、だいじょうぶやのに」

「・・・でも、早く会いたかったから・・・」

マキはそう言って、

「・・・LINE、返事しなくて、ごめん。

・・・それから、こないだのこと・・・」

「・・・言わんでも、ええよ、だいじょうぶ。

・・・元気そうやな。よかった。

心配してたんや。

でも、元気なのがわかったから、安心した」

「・・・心配かけて、ごめん。

でも、会いたかった・・・」

「おう・・オレも・・・。

ほら、マキの席、とっといたから、まず座りい。

飲みたいものあるか？

オレ代わりに持ってくるぜ」

「・・・ううん、だいじょうぶ。

自分で行ける。

それより、ちょっとしばらく、いっしょに座ってたい・・・」

「わかった」

二人は、並んで座って窓の外を見た。

なんばの大通り、そして、多くの人々が行き交っているのが見える。

この世界に、二人でいるんや、と感じられた。

いま、この瞬間が、とても貴重な時間に思えた。

それ以上何も言わなかったけど、ユウタには伝わった気がする。

そう、やから・・・。

やっぱりユウタは、あたしにとって、とても、とっても大事な、大事な人なんや・・・。

マキはそう思いながら、ユウタといっしょに、いつまでもなんばの大通りと、人の群れを眺め続けるのだった。