1-4 <アクシデント(1)>

今夜も、ユウタたちの主催するパーティー「Four Layers」の日だ。


天気は日中は保っていたが、夕方から曇り始めてきた。

夜遅くには雨が降ってくるらしい。

「・・・めずらしく、天気悪いな、オレらのパーティーの日にしては」

ユウタが言った。

「そやな・・・」

マキが返す。

「ま、あたしら室内やから、関係ないけどね」

アリヤが、ブース後ろの壁の柱に寄っかかったままそう言うと、

「・・だけど、お客の入りには影響するかもね」

とアズミが、アリヤとは反対側の角のベンチに座って言った。

「・・・そうやな」

ユウタは自分の頬を指でボリボリと搔きながら応じた。

4人とも、いまいちテンションは上がらない。

しかし、やるからにはいいパーティーにしたい。

その思いはみんな同じだった。


ハギさんがブースにやって来て、

「雨、降ってきたわ。客足がいつもよりちょっと落ちるかもしれないな。

でも、いつもどおり、いいパーティーにしよな」

「はい!」

4人とも、声を合わせて返事した。


マキが、ふとブース奥の、みんなが荷物を置いているスペースに、大きめのバッグが立てかけられているのを見て、ユウタに尋ねた。

「ユウタ、いつもこれ持ってきてるけど、これってなに入ってんの?」

「あ、ああ。それはDJコントローラー」

「DDJ-FLX4?」

「そうそう」

「なんで持ってきてるん? CDJ使ってるから、いらんっしょ」

「万が一のときのために、いちおう・・・」

「万が一って・・・CDJ壊れるとか?」

「そう」

「それは、可能性薄いんとちゃう? CDJは丈夫っしょ」

「そう思いたいけどね。可能性0%じゃないからさ。

現場で壊れた、って話もときどき聞くし」

「ふーん・・・ま、確かに0%じゃないかもだけど」

「ま、オレの杞憂であることを祈るよ」

「そやね」

マキは笑って言った。


夜の10時。パーティーはスタートした。

今夜は、アズミがトップバッター。

アンビエントなエレクトロニカかをかけるところから始めて、徐々にミニマルハウス、ディープテックに変えていく。

なかなか気持ちいい選曲だ。


「・・・アズミやるな。

アズミがこういう選曲すんの、初めて聴いたな」

ユウタが独り言のように言った。

「ほんま。いままでアズミが最初って、なかったからね」

マキが隣で言う。

「聞いてたんか」

「ふふっ、まあね」


1時間半ほどのプレイで、アズミはアリヤと交代。

アリヤの後、マキ、ユウタの順番で、最後の30分が4人のB2Bの予定だ。

アズミがアリヤの流れを見越して、ちょっとアッパーなテックハウスで終えた後を、アリヤがさらにアッパーなテックハウスでつないだ。

プレイを始めて30分、アリヤはプレイしながら、ときどき首をかしげている。

ユウタが寄って来て、アリヤに聞く。

「どうしたん?なんかおかしいんか」

アリヤは、

「右側のCDJの調子、ちょっとおかしいんよ。

ときどきCUEボタン効かなくなるし、PLAYボタンもなんかときどきタイミングもずれる」

「・・・そうか・・・ちょっとまずいな。

替えのCDJあるかどうか、ハギさんに聞いてみるわ」

「そうしてくれるとありがたいわ。グラッチェ!」


ユウタは、ハギさんに事情を説明した。

「・・・そうか・・・。

んー、それはまずいな・・・。

CDJのスペアはない。

前のやつも故障したままで、放置してるしな・・・」

「・・・マジすか・・・」

「最悪、故障しちまったら、近くの店でCDJ空いてるのがあるところから借りるしかないな。

しかし間に合うか・・・。

レンタルするにも、いま空いてる店もないしな・・・」

「・・・こりゃ、あれの出番か、とうとう」

「ユウタ、なんか用意してんのか」

「オレのDJコントローラーとPC、持ってきてます。

だから、もしマキの時間までもってくれたら、オレの時間からこれでプレイすれば・・・」

「さすが、緊急時対応力のユウタやな」

「・・・ハギさん、それ、言われてもあんまうれしくないんですけど・・・」 

「いや、ユウタのその準備は大事なことやで。

パーティーでトラブって、お客さんに迷惑かけないように万全を期すのは、とっても大事なことや。

ユウタは、えらいと思うで」

「・・・はい・・・」

ユウタは少々照れ臭そうに応えた。


アリヤはミニマルテクノを次々つないで、お客さんをいい感じに盛り上げつつ、マキの流れにもっていった。

マキがアリヤのそばに来ると、アリヤが、

「この右側のCDJ、ときどきおかしいみたい。CUEとPLAYがときどき効かなくなるんよ。

ちょっとやりにくいかもしれないけど、いまんとこ音は出てる」

「そうなんや。だいじょうぶかな。

プレイタイム中、もてばええけど」

「ユウタがハギさんと話してるから、なんとかしてくれると思う」

「わかった。ありがと、アリヤ」

「どういたしまして」


マキはその右側のCDJの前に立った。

USBメモリを差し、ロードして、プレイリストが出るのを確認する。

問題なく表示された。

いつもより、緊張する。


アリヤからつなげる曲を選んで、ロードする。

CUEボタンを押す。効いているようだ。

マキはホッとした。


念のため、PLAYボタンも押して再生してみる。

これも正常に再生された。

このまま、正しく動いてくれるといいんだけど・・・。

マキは不安を感じつつ、思った。


左側のCDJは問題なく動いている。

だから、こちら側を触っているときは安心する。

次はまた右側だ。


曲をロードする。ここまではOKだ。

CUEボタンを押す。

効かない。

もう一度押す。ダメだ。

連打してみるが、まったく反応しない。

PLAYボタンも押してみる。反応はない。


とうとうヤバい・・・どうしよう・・・。


マキはパニックになった。

「・・・アズミ!

ユウタ呼んで・・・」



アリヤがマキと交代し終わって、ブース後ろに来ると、ユウタがハギさんと話をしていた。

そして、片膝をついて、バッグからコントローラーDDJ-FLX4とノートPCを取り出し始めた。


「故障対策?」

「ああ。

替えのCDJはないそうなんで、故障したら代わりにこれを使う、ということにした」

「とうとう来ちゃったね、ユウタの万が一が役に立つときが」

「ああ。あんまうれしいことじゃないけどな。

・・・もしマキの時間におかしくなっても、マキも自分のPC持ってきてるはずだから、家で使ってるのと同じ機材だし、問題なく代われると思う」


そうアリヤと話してるうちに、アズミが二人のところにやって来た。

「ユウタ。やっぱりヤバい!

マキが、右側のCUEもPLAYボタンも効かないって言ってる」

ユウタは、急いでマキのバッグを開いてノートPCを取り出し、電源スイッチを押した。

そして、そのPCとコントローラー、ケーブルを両脇に抱えて立った。

「はあ・・・出番が来ちまったぜ・・・」


ユウタはうろたえた様子のマキの元に近寄ると言った。

「マキ、ごめん、遅くなった。

いまかかってる曲、あと何分ある?」

「・・・あ、あと3,4分はあると思うけど・・・」

マキはかなりパニクってる様子だ。

「じゃ、ギリ間に合うと思う」

と言いながら、ユウタはもうすでにPCとコントローラー、DJミキサーをケーブルで接続しにかかっていた。

「ごめんな。勝手にマキのPC、バッグから出して電源入れといた。

パスかけてないみたいだったから、ログインしてrekordbox DJも起動しといた。

マキ、こういうものはパスワードかけといたほうがいいぞ」

「・・・こんなときにそんなこと言われても・・・」

マキは、ほとんど泣きそうになりながら言った。


「マキ、落ち着け。

・・・よし、もうこれでFLX4から音出せる。

いまこのポンコツCDJどけるから、ここにPCのっけるんだ」

そう言って、ユウタはミキサーの位置をずらして、空いたスペースにうまくコントローラーを設置した。

さらに、壊れたCDJのケーブルを全部引っこ抜いて、手際よくスタンドからどけた。

マキがそこに急いで自分のPCを乗せる。

「・・・よし!これでOK。

間に合うかな」

「・・・まだ、あと2分くらいあるから、たぶんだいじょうぶ・・・

ありがとう!ユウタ!」

マキは目に涙を浮かべたまま、PCのディスプレイを見ながらコントローラーを操作し、曲をロードしてPLAYボタンを押した。

「・・・うん、ちゃんと音出てる。

ギリつなげるわ!」

「よし! DJ Maxi、ゴー!」

ユウタが小声で、マキを励ますように言った。


マキはミキサーのフェーダーをゆっくり上げていった。

左側のCDJからの曲が終わる最後の1分ほどで、コントローラーからの曲がきれいにミックスできた。


うまくいった!


マキとユウタの一連の動きから事態を察したオーディエンスが何人か、


「おーっ!!」


と声援を送った。

マキは手を上げて、涙を浮かべながら満面の笑みで応えた。


ユウタはマキに、

「音質はCDJより若干落ちるけど、まあそこはかんべん」

マキは、ううん、と首を横に振って、涙でいっぱいのまま笑顔で、その涙をぬぐった手でこぶしを作り、グーを突き出した。

ユウタもこぶしを突き出して、二人でグータッチした。

マキはつぶやくように言った。

「ユウタ、ほんとにサンキュー・・・」


ユウタは静かに後ろへと下がって、ふーっ、と大きく息を吐いた。

「なんとかうまくいったね」

アズミが声をかけた。

「・・・ああ。もう危機一髪だったわ」

「ユウタ、おつかれ、グッジョブよ!」

アリヤも寄ってきて、ユウタの肩に手をかけて労をねぎらった。


マキはDDJ-FLX4を手慣れた手つきで操作して、テックハウスで徐々にアゲていく流れを作っていった。

オーディエンスも盛り上がった。


マキは、40分を経過した頃になって、途中でユウタのところに来て訊いた。

「・・交代のことやけど、ユウタ、これどうやって交代するん?

PCあたしのやし、1台しかつなげんやろ?」


ユウタは言った。

「だいじょうぶだ。これを使う」

と言って、USBメモリをマキの目の前に掲げた。

「え?」

「マキのPCに、これを差せば使えるんや」

「え?そうなん?」

ユウタはマキの背中を押して、いっしょにブースの前に来た。

「空いてるUSBポートにこれを差すと、rekordboxがファイルを認識できる」

といいながらUSBメモリを差した。


「だから、オレの用意したこのファイルで、このままFLX4使って交代できるんや。

読み込みは若干遅いと思うけど、そこをがまんすればプレイに支障はないはず」

マキは目を見開いて、

「マジ!?

あー、そうか!

USBに書き込みするときと逆をやるってことか。

そんなやり方、全然気づかんかった!

ユウタ、ほんと天才なんとちゃう?」

ユウタは吹き出した。

「こんなん、天才ちゃうわ」


rekordboxが、USBメモリの中身を全部読み込んだのをユウタは確認すると、

「・・・これでいつでも交代可能や」

「じゃあ、もうすぐ3時半だから、4時からユウタでいい?」

「オッケー」


マキは、最後の2曲でユウタのテイストに寄せたディープテックをかけてくれた。

ユウタが、マキの隣に立って言った。

「ありがとな。テイスト寄せてくれて」

マキは、

「ううん。もうきょうはユウタに助けられっぱなしだから・・・」

「当たり前のことをしたまでや」

「そんなことない! ユウタ、ほんと感謝してる。

だから、最後がんばって!」

「おう!」


マキの最後のディープテックに合うように、ユウタはディープハウスを1曲、選び出した。

ラスマス・フェイバーの「No More Falling」オリジナルアルバムミックス(注1)。


ユウタは思った。

このタイトル字面だけで言ったら、いまのオレらの気持ち、そのものだな。

もう落ちないぞ・・・。


マキの曲のラスト2分。

ユウタはロングミックスでつないでいく。

ゆっくりとフェーダーを上げていく。


イントロがだんだん大きくなっていくと、マキが、あ、と声を上げた。


「・・・ユウタ、そのチョイス、絶妙過ぎるよ・・・」

マキはまた涙があふれ出て、頬を伝うのを止めることができなかった。


ユウタはそんなマキを見て、笑顔を返す。

そしてフェーダーを上げ切った。

オーディエンスが歓声を上げる。

いっそう盛り上がる。


さあ、こっからはオレ色で締めるぞ。

マキが隣で、涙を手で拭いながら、

「DJ UTA、ゴー!」

と叫んだ。

「サンキュー」

ユウタは照れながら笑った。


(注1:「ノー・モア・フォーリング」。

スウェーデン人作曲家・ピアニスト・DJ、ラスマス・フェイバー(Rasmus Faber)による、2009年の曲。ヴォーカルはDyanna Fearon。)


マキが出番を終えてブース後ろにやって来ると、アズミがアリヤと話していた。

「片側のCDJは動くんやから、B2Bできるんじゃね?」

そう言うと、アリヤも、

「そうそう! いつもどおりやろうよ!」

と賛成した。


マキは、

「・・・うーん、そうやけど・・・。

コントローラーのほうはあたしとユウタの音源しか入ってないよ」

アリヤがにっと笑って、

「やからさ、コントローラーのほうはマキとユウタ、CDJはあたしとアズミ、って分担でするのよ!

それならスムーズにいく。

順番はいつもと変わっちゃうけど、問題ないっしょ?」

「なるほど・・・」

「オレも賛成」

アズミが言う。

「わかった。ユウタに話してみる」

マキがそう言って、ブースでプレイ中のユウタに駆け寄っていった。


「・・確かに。それならできる」

ユウタが言うと、マキはユウタに甘えるように、

「ならやろうよ! 絶対やろう!」

と言った。

ユウタはコントローラーのフィルターをひねりながら、

「CDJとFLX4だと音の差が出ちまうけどな・・・。

まあ、そんなこと言ってる場合じゃないか・・・」

「・・・場合じゃない!」

マキはうれしそうに叫んだ。


ユウタは、

「よし、ならアリヤ、マキ、アズミ、オレ、アリヤ、マキ・・・。

こんな順番でやるか?」

「・・・ええやん!」

「よし、二人にも伝えてくれる?」

「オッケー。何から何までありがとね、ユウタ」

「ううん。

ま、これも怪我の功名かな。

たまにはこんなのもアリかも」

ユウタが半分独り言のように言うと、マキがおかしそうに笑った。


ラスト30分が、B2Bタイムになった。

ユウタの言ったとおり、CDJ側がアリヤから始まり、次にコントローラー側でマキ、次がCDJでアズミ、その次がコントローラー側でユウタ・・・

という順番だ。

いつもとちがう順番になったが、これが意外にいい効果を生んだ。

アリヤとアズミ、マキとユウタがそれぞれ、音的にテイストが近いからだ。

ハード、ディープ、ハード、ディープ・・・という緩急のついたB2Bは、大いに盛り上がった。


最後はユウタの番だ。

この曲で締める。

もってきたのは「Bourgie Bourgie」のジョー・クラウゼルによるリミックス(注2)。

ハウスの世界では、言わずと知れた大名曲だ。


ドラムとパーカッションのイントロに続いて、ピアノのコード。ギター。

そして、ベースが階段を駆け上るように上昇するリフ。

このリフが繰り返される。

まるで、寄せては返す波のように。


波が寄せてくるごとに、気分は高揚してくる。


リフが始まったとき、マキは、

「わあ!・・・」

とうれしそうに声を上げて、両手を組んで飛び跳ねる。


「・・・おー、これ来るかあ・・・」

アズミが思わず漏らす。


アリヤは

「Oh, Larry Levan(ラリー・レヴァン)!」

と言って、両腕を振り上げて喜ぶ。


ハギさんも、

「・・・おお・・・」

と言ったまま、あとの言葉が続かない。


ユウタも、ふだんはめったにこの曲をかけることはない。

でも今夜は、ラストはこれしかない、と思った。

今夜がんばった4人と、ハギさん、来てくれたみんなへの、これは祝福だ。


(注2:)Bourgie Bourgie(ブージーブージー)。

米国の夫婦シンガー・ソングライターチーム、アシュフォード&シンプソン(Ashford & Simpson)による曲。

1980年代後半、ニューヨークのクラブ「パラダイス・ガラージ」で伝説のDJ、ラリー・レヴァン(Larry Leven)がよくプレイしたことでも知られる。

ラリーの公式に発売された唯一のミックスCD「Live at the Paradise Garage」でも、この曲がオープニングを飾っている。

ここでユウタがプレイしているのは、米国のベテランDJ、ジョー・クラウゼル(Joe Claussell)による2008年発表のリミックス。)


寄せては返す、至福の時間。

永遠に続いてほしい。

でも、この地上に永遠は存在しない。

この幸福な時間は、11分で終わりを告げる。


最後の音が鳴った。

一瞬、静かな間が空いてから、最後まで残ってくれたオーディエンスが、


わーっ!!!


と声援を上げて拍手した。

ユウタは、やりきった、という表情で、そのオーディエンスたちに手を振って応えた。

そして、マイクを取って、オーディエンスに声をかけた。

「途中、機材トラブルとかありましたけど、何とか無事に終えることができました。

みなさん、ありがとう!」


ブース後ろに戻って来ると、マキが、

「ユウタ!ユウタ!サイコー!最高すぎる!」

とはしゃいで飛びついてきた。

ユウタはびっくりして、

「おいおいおいおい」

と言ったが、マキがユウタにしがみつきながら泣いているのに気づいて、

「・・・おう、マキもよくがんばったな」

と言って、抱きしめ返してなぐさめた。

「・・・ぜんぶ、ぜんぶ、ユウタのおかげ・・・。

ユウタのおかげで、最高の夜になった!」

マキはしゃくりあげながらそう言った。

ユウタは、泣きじゃくるマキの頭を抱きかかえながら、

「ありがとな」

とつぶやいた。


アズミとアリヤも、

「ホント、今夜はユウタのおかげだね。ありがとう」

「ユウタ、ブラヴォー! グラッチェ!」

と手をたたきながら礼を言った。

ユウタは、

「オレだけじゃない。

みんながいっしょにがんばってくれたから。

みんな、おつかれさま。

そして、ありがとうな!」

と、3人みんなに礼を言った。


ハギさんが、ユウタに近寄ってきて言った。

「今回は、こちらの不手際で、みんなにほんと迷惑をかけちまった。

誠にすまんな。

けど、ユウタとみんなのおかげで、今夜もいつもにも増して、っていうくらい、いいパーティーになった。

ユウタ、ほんとありがとな。」

「・・・いえ、まあ、なんとかなってよかったです」


ハギさんは、ブース床に置いてある、壊れたCDJのほうを見ながら、

「CDJは、週明け一番に修理に出すわ。

やから、次回には治って戻って来てるはずや。

それと、スペアの導入も考えんとあかんな。

なにしろ、CDJは価格がな・・・」


「ほんま、価格がですよね・・・」

と、ユウタが言った。

ハギさんは、

「ま、それはどうするか、考えるわ。

とにかく、みんな、今夜は特別おつかれさま!」

と、4人をたたえた。


ユウタ、マキ、アズミ、アリヤ、4人も声を合わせて、

「ありがとうございました!」

と礼を言った。


マキがユウタにしがみついたまま、なかなか離れてくれないので、ユウタはフロア脇のベンチにマキを連れて行って、そこにゆっくりと下ろして座らせてやった。

マキは、いままでの緊張がほぐれて疲れがどっと出たのか、ベンチに座るとぐったりと手足を伸ばし切った。

「・・・あー、もう全力、使い果たした・・・。

またユウタにいっぱい助けられちゃったね・・・」

ユウタは、

「まあ、いいじゃんか。困ったときはお互いさま、やろ」

「お互い、やないよ。いつもあたしが助けられてばっかし・・・」

「そんなことないぞ。

オレだって、マキにたくさん、助けられてる」

「・・・え、いつ?」

「勉強でも助けてもろてるやないか」

「ノート貸したり、とか?

そんなん、きょうのに比べたら、全然大したことやないわ・・・」


「それに、オレはマキのプレイを聴いてると、いつも救われた気持ちになるぞ」

ユウタは、ちょっと恥ずかしそうに言った。

「・・・いままで、あんまりこういうこと、言えなくて言ってなかったけどな・・・」

「マジで・・・。

あたしのプレイなんか・・・」

マキが、少し頬を赤らめながら言う。

「いや、マキのDJはほんといい。最高や。

オレはマキのDJの大ファンや。

大好きだ」

「・・・もう、照れるわ・・・」

マキはおずおずと言った。


「マキ、立てるか? もう帰る時間だ」

「・・もうかー。立ってみる」

と言って、マキはよろよろと立った。

4人はハギさんとスタッフの人たちに礼を言って、Orbitを出た。


さすがにみんな疲れたらしく、メトロに乗っている間、4人ともほとんど会話はなかった。


地下鉄の中で、アリヤがユウタにそっと耳打ちした。

「ユウタさ、マキといっしょにいてあげたほうがええんちゃう?

きょうはそうとう、まいってると思うよ」

ユウタはどう答えていいかわからず、

「・・・ああ、うん、どうしたもんかな・・・」

としか言えなかった。


マキは車両のドアの端に寄っかかって立っていたが、電車の揺れとともにゆらゆらして、視線は空をさまよっていた。

その姿を見ていると、アリヤがそう言うのももっともだな、と思った。


やがてなんば駅に着いた。

アリヤ、アズミはここで降りる。

「じゃあね、おつかれさん、気つけてね!」

「じゃあねー。おつかれー。よう休んでねー」

マキは、

「・・・おつかれー・・・」

と力なく、胸のあたりで手を振る。

ユウタは、

「じゃあ、みんなも気いつけて。おつかれさん」

と手を振った。


二人が下りて行って、発車のメロディが鳴ったとき、マキが突然、

「ユウタ、あたしらも降りよ!」

と言いながら、ユウタの手を引っぱった。

ユウタはびっくりして、

「・・・え? お、おい、マキ、ちょ・・・」

そのまま二人でホームに出ると、車両のドアが閉まった。


二人は、ホーム上に向かい合って立った。

マキが、ユウタの両腕にしがみついた。

ユウタはびっくりして、ことばが出ない。

頭に血がのぼってくる気がした。

「・・・ど、どうした・・・?」


マキがユウタをまっすぐ見つめて、

「・・・ユウタ・・・。

・・・急に、ごめん。

・・・これからさ、なんば周辺、いっしょに歩かへん?

あたし、なんか眠れそうもないし、一人で帰る気せんわ。やから・・・。

・・・わがまま言って、ほんと悪いんやけど・・・お願い・・・

ね?・・・ね?・・・」


ユウタはしばらくことばが出なかったが、すがるようなマキの表情を見て、

「・・・そうやな・・・わかった。

そうしよか!」

と応えた。

マキは満面の笑みになって、

「やったあ!」

と叫んだ。

ことは決まった。


マキはうれしそうに、ユウタのコントローラーバッグを持ってないほうの手、左手を、両手でしっかりと握った。

日曜の朝の、クラブ明け。

しかも、あんなアクシデントがあってからの、だ。

妙なシチュエーションの、これは・・・デート・・・なのか?


ユウタはそう思いながら、マキの疲れてそうだけど、うれしさに満ちた表情を横目で見た。

そして、左腕にマキの手の感触を感じながら、徹夜明けのぼうっとした頭も手伝って、混乱した気分で苦笑した。


なんなんやろう、これは・・・。


ユウタとマキは、手をつないだまま階段を下りて、改札へと歩き始めた。

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