1-2 <4人の出会い>

マキ、アリヤとユウタ、アズミとの出会いは、約半年前にさかのぼる。


約半年前、冬に入り始めたころ。

大阪・心斎橋の西側、若い人向けのブティックや飲食店が多く立ち並ぶエリア。

アメリカ村、通称「アメ村」。

そのエリアにあるクラブ、Seashore(シーショア)。

ここで、多数のDJが出演するイベントが行われた。

それはSeashoreのオープン10周年を祝うイベントだった。

そのイベントは、比較的経験年数の浅い、若手DJでも出演することができるものでもあった。

ふだんはもっぱらオーディエンスとしてこの店に来ている若いDJたちも、この日は自分たちがプレイする側に立てる。

そんな、特別な日だった。


ユウタとアズミは、大学の同級生。

同じ文学部の心理学科。

ユウタにとって、アズミは大学に入って最も早く知り合った友だちの一人でもあった。

二人が出会ったのは、大学の新入生歓迎会。

たまたま席が隣りになったことからことばを交わし、偶然にもお互いダンスミュージック、つまりハウスやテクノが大好きだということ、そして二人とも自分でDJを始めて間もない、という共通点のあることがわかった。

二人ともDJコントローラーを買って家で練習しているが、実際にクラブでプレイしたことはまだない。


そんな二人はある日、カフェで話し合っているうちに勢いで、

「二人でクラブに出てDJをしよう!」

ということになった。

できればパーティーを企画して、どこかのクラブで開催したい。

二人で、どのようにやろうか、DJは自分たち以外にもメンバーを加えようか、いろいろ話し合っていた。

そんな中、アズミがフライヤーを拾ってきた、Seashore10周年イベント。

「これに出ようよ!」

とアズミが言ったのだ。


店に連絡を取ってみた。

もともと二人でこの店によく来ていて、店長とも顔なじみだったので、出演はすんなり決まった。

そういうわけで、二人はこのイベントに出してもらえることになった。


そこに同じく出演DJとして来ていたのが、アリヤとその友だちのマキだった。


タイムテーブルの順番はたまたま、アズミ、ユウタ、次がマキ、アリヤとなった。


本番前にあいさつする時間があった。

「ユウタくんとアズミくんね。あたしはアリヤ。チャオ!」

原色を何色か、コラージュ風に合わせた柄のプリントTシャツ、細めのストレートハイデニム、両耳に大きな金色のイヤリングをぶら下げたアリヤは、元気に自己紹介した。

陽気で愛想がよいアリヤは、ユウタ、アズミとすぐ打ち解けた。


イタリア人と日本人とのハーフだというアリヤは、いかにもそんな血筋を思わせる。

顔の彫りも深く、かなりの美女だ。


いっぽう、もう一人の女の子、マキは、青く染めたショートカットの髪、白地に黒の模様が入ったサイバー系デザインのTシャツ、そしてその上に白いパーカーを羽織っっていた。

見た目は派手だが、丸みを帯びた顔はふつうの日本女性という感じ。

そして、口数も少なく大人しそうな子という印象だった。


アリヤがアズミと雑談で盛り上がっている間、マキはその後ろ、DJたちの控えになっているベンチに座っていた。

ユウタはふと、マキの様子に気づいて、マキのところに来て話しかけた。

「きみ、オレの次だね。オレはユウタ。よろしく」

マキは彼をちらっと見ると、少し警戒しているように表情を変えないまま、

「どうも」

とだけ返した。


ユウタはアズミのところに戻ると、

「大人しそうな子だな」

と報告した。そして、

「・・・交代、うまくいくかな・・・」

と付け加えた。

アズミは、

「だいじょうぶだよ。きっと人見知りなだけじゃないかな。

それにきっと向こうも初めての舞台で緊張してるのかも」

と言った。


本番の時間。

アズミが、ディープハウス、メロディックハウスなど、最近のリリースをメインにした選曲でいい感じの流れを作って、ユウタにバトンタッチした。

ユウタは、そこからの流れを、よりトラディショナルなディープハウスにもっていって、徐々にソウルフルハウスに変えていく。


持ち時間があと10分ほどに近づいたので、ユウタは後ろのベンチに座っていたマキに近寄って声をかけた。

「マキさん、オレの時間あと10分なんで、この次の曲で交代でいいかな?」

マキはちらっとユウタを見た。ユウタもマキの目を見つめる。

澄んでいてきれいな目だ。

「・・・はい」

マキは、ほんのりと笑顔に見える顔で言った。

ユウタはホッとした。


ユウタが行こうとすると、マキがユウタの袖をひっぱって止めた。

「あの・・・」

ユウタが振り向くと、マキは聞いた。

「次の曲、どんな感じですか?」


初めてマキから声をかけられて、ユウタは少しびっくりした。

5秒くらい間が開いてから、ユウタは、

「・・・ああ、ええっと、少しテックハウスに寄せたハウスにもってきたから、このままの感じで行くけど、いい?

マキさんはテックハウスが得意だって、アリヤさんから聞いたんで・・・」


マキは安心したように人懐っこい笑顔を返してきた。

「はい、それでだいじょうぶです」

と言って、それから、

「ありがとう」

と付け加えた。


最初に思ったのとは、だいぶちがう印象。

ユウタも笑顔で、

「オッケー」

と言って、ブースに戻った。


ユウタは、最後の曲に、自分が好きな曲の一つを選んで、CDJにロードした。

いまかけている曲に少しずつミックスしていく。

ミックスを終えると、ユウタは反対側のCDJのイジェクトボタンを押して、USBメモリを外した。

そして、マキのほうを向いて、片手を上げて合図した。

マキは立ち上がってブースに来ると、ユウタと反対側のCDJの前に立った。


マキが言った。

「・・・これ、好きな曲です。「フィールマイニーズ」?」

(注:"Feel My Needs"。UKのDJ、Weiss(ワイス)ことRichard Dinsdaleによる、2018年のヒット曲 」)


ユウタがうなずく。

「うん。オリジナルミックス」

「あたしも持ってます。あたしのはPurple Disco Machineのリミックスのほうだけど。オリジナルもいいですね」

マキは、USBメモリをCDJに差し込んだ。

そしてユウタのほうを向く。目が合った。

マキがはにかんだように笑う。ユウタも笑顔になった。


マキは、AIAIAIのヘッドフォンをかけて、真剣な表情でBPMを合わせる。

その姿はかっこよく、可愛く、美しかった。


ユウタのかけている曲に、少しずつマキの選んだ曲が混じってきた。

リズム隊の音は同じ傾向。いい感じだ。

少しずつ混じっていく音の群れは、やがてマキの音が高まっていく。

マキがイコライザーを少しずつ回していき、フェーダーを上げていくと、それにつれてマキの曲が高まっていく。

そしてマキがフェーダーを上げ切って、フィールマイニーズのほうのフェーダーを下げると、すべてがマキの色になった。

マキがかけたのは、ちょっと90年代風のテイストが入ったテックハウス。

ユウタのかけていた曲に、マキの曲はスムーズにつながっていった。


いい感じ!


ユウタは大音量に逆らうために、マキの耳元に近づいて声をかけた。

「いい感じ。がんばって」

マキは一瞬、びっくりしたように首を縮めたけれど、すぐ直ってユウタを見、うなずいた。

ユウタは、これ以上マキのプレイを邪魔しないように、自分のUSBメモリを外すとマキのそばを離れた。


ユウタは、ほかのDJたちに混じって後ろのベンチに座った。

前を見ると、ちょうど目の前でマキがプレイする後ろ姿が見える。

プレイに集中するマキの後ろ姿を見ながら、ユウタは音の流れに身を任せた。

アッパーなテックハウスとミニマルハウスが交互に続きながら、少しずつ勢いを上げて行く。


まっすぐに立ったマキのプレイする姿は、とても凛々しく見えた。


テックハウスをメインにしながら、ディープなオーガニックハウスになったり、ディープハウス、プログレッシブハウスと、さまざまに表情を変える。

でも、一貫したカラーを保っている。

これが「マキの色」か。

心地よい色だ。

一見とっつきにくいかのように見えて、実はときに強く、ときに繊細、ときにやさしく、ときに人懐っこい。

それは実際のマキの姿、そのもののように思えた。


この子、センスいいな。


聴いていて、ユウタはそう思った。


マキは最後の曲をかけて、次のアリヤに代わった。

アリヤに一言かけてから、奥のベンチに座って聴いていたユウタに近づいてきて、言った。

「ありがとう。あたしのやりやすいようにもってってくれて」

「・・・ああ、まあね。

それより、お疲れさま。マキさんのプレイ、すごいよかったよ。かっこよかった」

「ありがとう・・・」

そう応えながら、マキははにかんだような笑顔を見せた。


そしてユウタとマキは、お互いに自己紹介し合った。

「・・・あらためまして、DJ Maxi(マキシー)です。本名は森本真希。よろしく」

「オレはDJ UTA(ユウタ)。本名は岡野雄太。こちらこそよろしく」

「ユウタって呼んでいい? あたしのこともマキって呼んで」

そう言うマキは、長年の付き合いのある友だちのように、人懐っこい笑顔だ。


「・・・うん、オッケー。マキはどっかでイベントやってるの?」

「ううん。やりたいけど、まだやれてないんですよ。

いまは周りでDJやってる友だちがアリヤしかいないから、ほかのだれかと合流していっしょにやりたいとは思ってるんだけど・・・」

「だったらさ、オレたちといっしょにやらない?

オレとアズミで、心斎橋のOrbitってクラブでイベントやることにしてるんだ、7月から。

そこにマキとアリヤさんと合流してもらえたら。どうだろう?」

「・・・いいね! アリヤに言うてみます。絶対OKすると思うけど!」

「うん。

・・・それから、話すの敬語じゃなくていいよ!」

「・・・あ、オッケー。ありがとう」


アリヤの出番が終わった後、ユウタ、アズミ、マキと4人で雑談し合った。

4人でいろいろ話をしていたら、マキ、アリヤ、ユウタ、アズミはみんな同じ大学だとわかった。

マキが文学部の社会学科、ユウタとアズミが心理学科、アリヤは経済学部。

「世間せまいな」

「まあ同じ大阪の中やしね」

「にしてもさ」

「会いそうで、けっこう会わないもんやね」

みんなで笑い合った。


4人でイベントをやることは、ノリでもう決まった感じになった。

「アリヤさんって、最初見たとき、なんかすごい日本人離れした美人だなーと思ってたんだよ!

そしたら、実際ハーフっていうから、どうりでね、って」

「いやいや、別に美人じゃないし。それよりアズミくんのがよっぽど美しく見えるわ!」

「アリヤ、それはくらべる対象がちゃうやろ!」

マキが言うと、アズミは苦笑いした。


ユウタは思った。

アリヤも、いいDJするよな。

先ほどのアリヤのDJを思い出していた。

テクノやプログレッシブハウスをメインとした、めっちゃ元気なプレイだけど、その中にいろんなジャンルも混ぜてくるし、すごいおもしろい。

アリヤにも、アリヤにしかない個性がある。


この4人なら、いいイベントになりそうだ。


「楽しみだな」

「あたしも」

マキがそばに来て、笑顔で言った。

目がきらきら光っていた。本当にうれしそうだ。

ユウタは、

「な」

と言って、マキに微笑み返した。



***



それから約一週間後、4人は再び集まった。

4人でイベントの内容などについてのミーティングをすることとなり、大阪市内のとあるカフェで待ち合わせた。

梅田・茶屋町エリア近くにあるカフェ。

茶屋町でもちょっとはずれにあるため、昼間はそんなに混まない。穴場スポットだ。


最初に着いたのはアズミ。ついでユウタ。

マキとアリヤが、待ち合わせ時間に15分ほど遅れて、いっしょに来た。

「ごめんごめんー。遅れちゃって。メトロ乗り遅れちゃって」

「ま、だいじょうぶ。まずオーダー取ってきなよ」

「そうしますー。ごめんね!」

マキが右手を鼻先に立てて、謝りのポーズをしながらそう言うと、アリヤといっしょにカウンターのほうに早足で歩いて行った。

ユウタとアズミは、二人で顔を見合わせて、

「・・・ふふっ」

と笑い合った。


女性が二人も加わると、新鮮な感じでいいな。

ユウタがそう言うと、アズミも、そうだね、と言って笑った。


アリヤとマキがもどって来て、まずは4人で雑談になった。

「機材って、何使ってる?」

「オレは、家ではPioneer DJのDDJ-FLX4とWindowsのノートパソコン」

「あ、それあたしも同じ!」

「ぼくは、同じPioneer DJだけど、DDJ-1000。パソコンはMacだなあ」

「うそ、アズミくん、リッチ!」

「え、あたしもMac。機材はXDJ-1000MK2、DJM-750MK2だけど」

「マジで! アリヤもっとリッチなんか!」

「この近く、ロフトの上に島村楽器あるやん。あそこで買ったんよ」

「あ、そこあたしもよく行く! あそこの店員さん、機材のことすごいよく知ってるよねー」

「あとでちょっと寄ってみん? オレちょっと見たいもんあるんだ、ケーブルとか」


そんな会話を4人で繰り広げた後、イベントの話になった。


ユウタが話した。

「これはもともと、オレとアズミの二人で、Club Orbitに話に行って、イベントやらせてもらえることになったものです。

お試しで3回やって、集客が毎回、最低30人いったらレギュラー化、って契約。

もちろん、各人が1人につき10人ずつ集客するってたいへんだから、オレたち全員合わせてトータルで30人、コンスタントに呼べればOKです。


チケット料金はこちらで自由に決めていいそうです。

まあ、¥1,000/1ドリンク付き、あたりが妥当でしょうかね。


30人超えたら、1人につき¥500ずつバックになります。

50人入れたら¥10,000になるから、1人¥2,500。

1か月分の曲購入代か、ちょっと高級な昼めし代ぐらいにはなりますね」


「あはは」

マキが笑った。

ユウタは、

「いやマジで。

貧乏学生のオレたちにはなかなか貴重な収入源だよ。

あ、アリヤとアズミはそうでもないかもですけど」

「そんなことないー!あたしらにだって貴重だよー!」

アリヤが腕を振り上げて声を上げた。

アズミも、

「同感ですー!」

「そうだよな、ごめんごめん」

そう言って、ユウタは続きを話した。


「・・・とまあ、条件面は以上となります。

次に、イベント自体のコンセプトとか、名前決めるとか、そういうことについてです。

この4人、それぞれいい具合に得意ジャンルが分かれてると思います。

アリヤはテクノ、プログレッシブハウスにテックハウス。

マキはテックハウスとミニマル、ディープテック。

アズミはメロディックハウス、ディープハウス、オーガニックハウス。

そしてオレ、ユウタはソウルフルハウスとディープハウス、ときどきテックハウス。


なので、このイベントはハウスの主なジャンルを一晩で網羅して聴ける、いい感じのイベントになると期待できます。

なんで、とりあえずのコンセプトは、『オールジャンルハウスパーティー』ってところかな?

このへんは、やりながらおいおいみんなで相談して決めていってもいいかと」

うんうん、とマキ、アリヤ、アズミもうなずいた。


「とまあ、そういう内容を踏まえて、イベントのタイトル、どうしよっか?

いまここでアイディア、募集です!」


「タイトルかー。そうねえ・・・

『Colours』とか?『u』付きのほうのColoursで」

「それいいね。ほかにありますか?」

「・・・んー、『Collage』とかは?」

「『Collage』ね。これもいいね。C続きではあるけど。


ほかにも・・・アズミさんどうぞ!」

「・・・『Four Layers』とか・・・」

「おお、それもいいな」


「それ、あたしもいいと思う! なんかかっこいい!」

マキが叫んだ。

「そうだね、かっこいいね!」

アリヤも同意した。


ユウタが、

「お、賛成多数だね。オレもそれ、いいと思う。これにする?」

と聞くと、

「賛成で~す!」

ユウタ以外の3人が声を上げて、イベント名が決まった。


その後、その他のこと、イベントの流れやプレイする順番などを相談して決めた。

みんなでわいわい、楽しい時間だった。


「ふう・・・。

なんとかひととおり決まったな」

ユウタがひとりごとのように言うと、アズミが返した。

「まあ、スムーズに決まってよかった。わりとみんな話が合うみたいだし、」

マキも、

「そうだね。いい感じでやっていけそう」

そう言って、うれしそうに笑った。

アリヤは、

「楽しみだね~。グラッツェ!」


こんな次第で、いまやっているハウスパーティー「Four Layers」はスタートしたのだった。

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