第032話 戦 姫(ヴァルキュリア)

 小惑星帯アステロイドベルトを前方に望みながら、俺たちは炎竜えんりゅうと対峙していた。

 星系の内側から小惑星帯アステロイドベルトにまわりこんだのは、主神の槍グングニルが星系に与える影響を極力回避するためだ。もしも主砲に砕かれた小惑星の破片がコロニーや惑星に落下してしまったら、大昔の地球テラの二の舞になってしまうものな。

 炎竜えんりゅうはゆっくりと翼を動かし、遠くからラースガルドを威嚇いかくしてくる。見つけたのは、こちらのほうが先だった。巨大な翼竜ワイバーンは、ヴィオレが指定した地点ポイントに確かに存在していた。翼竜ワイバーンから発する何かを、彼は感じとることができるんだろうか。

「まあ、こう見えても私はドラゴンだからね」

貴方あなたがたが五〇〇年前にたおしたという翼竜ワイバーンは、アイツで間違いないんですか?」

 中央管理室コントロールルームのメインスクリーンを見つめながら、俺は左側に立つヴィオレにく。

「そうだね。右の目がつぶれている。あれは私の娘がやったものだ」

 この宇宙に存在する五体の竜は、すべてが血縁関係なのだろうか。

「私から見ると、妻と息子、それから娘と友人にあたる。あれを創造つくったのは、友人なんだ」

 赤銅しゃくどう色のウロコをもつ隻眼せきがん翼竜ワイバーン。俺にとっても因縁の浅くない相手だ。約一二か月ぶりの再会だな、炎竜えんりゅう

 俺は操作卓コンソール脇の無線機インカムを取り上げると、

飛翔戦姫ヴァルキュリア連隊、順次発進してくれ。エレオノーラ、あまり無茶はするなよ」

『――了解らじゃー敵討かたきうちに行ってきます。大丈夫ですよ、レーン先輩。凶運は教皇ルミナス様にはらってもらいましたから!』

 ミランダ先輩を加えた四二人の飛翔戦姫ヴァルキュリアたちは、戦機人形キルドールに搭乗する前にアルメリア教の総大司教でもあるヴィオレから、厄除やくよけと安全祈願の神事を受けていた。ちょっとした供物くもつがあるだけの、簡素な祭祀さいしではあったけれど。だけど、森人族エルフであるエレオノーラは精霊エレメンタル信仰じゃなかったっけ?

「他の宗教信者にも効果はあるんですか?」

 という俺の問いかけに、ヴィオレは 

「問題ない。すべての宗教を大事にしようというのが、アルメリア教の教義だからね」

 と笑った。そういえば、俺自身は祓ってもらったっけ?

 俺の一抹の不安をよそに、四二機の戦機人形キルドールが次々と発進していく。

「モニカ、主神の槍グングニルの準備は?」

「完了しています、ご主人様」

 サブスクリーンには、主神の槍グングニルの射線となるラインと、炎竜えんりゅうの位置がリアルタイムで表示されている。俺の右側では、胸の前で手を合わせるセラフィーナが、不安そうな表情でスクリーンを凝視していた。

「……心配か、セラ?」

 声をかけると、セラフィーナは無理やり作ったような笑顔をこちらにむけた。

 動き出す炎竜えんりゅう、追う飛翔戦姫ヴァルキュリア

 四つの編隊のうちの一隊が、一〇機でひとつの円を作るように散開し、重力波による網を張る。残り三つの編隊と真紅の戦機人形キルドールが、両腕に装備された機銃ガンポッドを使って炎竜えんりゅうを円の中に追い込もうとしていた。

 炎竜えんりゅうも、炎をきながら反撃してくる。体長四〇メートル、全長一〇〇メートルはありそうな巨体の口から発せられる灼熱しゃくねつの球体に飲み込まれれば、戦機人形キルドールといえどもひとたまりもないだろう。握った俺のこぶしにも力がこもる。

 真紅の戦機人形キルドールが、一撃離脱ヒットエンドラン戦法を使って超至近距離から炎竜えんりゅうの頭上に機銃ガンポッドを斉射した。たまらず炎竜えんりゅうが下方に逃げる。そこではエヴェリーナ・エルファイヴ率いる中隊が、網を張って待っていた。

主神の槍グングニル、発射準備。射線上の飛翔戦姫ヴァルキュリアは退避しろ!」

『『『了解ラジャー!』』』

 すかさず返事が聞こえてくる。

主神の槍グングニル、発射!」

 次の瞬間、ラースガルドの船首が光ったかと思うと、細い光のラインが炎竜えんりゅうめがけて宇宙そらを切り裂いた。細いといっても、直径にすれば三〇メートルはあるだろう。一瞬だけ、ラースガルドの船内が暗くなった。

 炎竜えんりゅうのいた空間を通過した光線は、やがて宇宙の闇に消えていった。

「モニカ、状況確認」

「ポイントαアルファ―七に炎竜えんりゅうを確認。逃げられました。戦機人形キルドールに被害はありません」

 外したか。

 スクリーンを見ると、右の翼を半分ほど失った翼竜ワイバーンが、怒り狂ったように尻尾を振り回している。手負いのけものは恐ろしい。何かでそう読んだ記憶があった。

「全機に連絡、油断ゆだんするなよ」

『『『了解ラジャー!』』』

 飛翔戦姫ヴァルキュリアたちによって、再度同じ作戦が実行される。散開と集結をくり返しつつ砲撃して、重力波の網に炎竜えんりゅうを捉えようとしていた。

 何度となくそんな攻撃が続いた。そして、右目のない炎竜えんりゅうにとっては死角になるだろう右側面にまわりこんだルージュコメットⅤが、再び一撃離脱ヒットエンドランをおこなおうとしたその刹那せつな――翼竜ワイバーンの長い尾が、真紅の戦機人形キルドールに直撃した。

「ミランダ!」

「ミランダさん!」

真紅姫ヴァルナ!」

 叫び声が、中央管理室コントロールルーム飽和ほうわした。

 左右に引き裂かれて飛散する戦機人形キルドール、膨張する爆発光……。先輩は無事か? どうなんだ⁉

『――大丈夫です! 脱出ベイルアウトしたミランダさんを確認!』

 エレオノーラからの通信だった。心底から安堵あんどした。と、同時に、炎竜えんりゅうに対する激しい怒りがこみあげてくる。

『ですが……ですが、ちょっとおかしいです! ミランダさんの身体からだ全体が光の球に包まれています! これって、教皇ルミナス様のおはら――』

「エレオノーラ、先輩の収容を頼む。それから――全機、ラースガルドに帰投きとうしろ」

『え? どういうことですか⁉』

「命令だ。帰投しろ」

 俺は無線機インカムをモニカに手渡すと、そのまま中央管理室コントロールルームをあとにした。

 やってくれたな、炎竜えんりゅう。こみあげる怒りが治まらない。右腕が、なぜか燃えるように熱い。

 自動通路オートワォークを進み、エレベーターに乗り、中央ドームの先にあるエアロックにむけて歩いていく。

 俺の頭の中に、あるひとつの映像イメージが浮かびあがっていた。俺自身、今まで見たことのないイメージだった。何故なぜ浮かびあがったのかもわからない。

 ただ感じた。できると感じた。熱い。熱すぎる。右腕が、さらに熱をもったようだ。

 エアロックを開けて外にでる。ひんやりとした感覚が気持ちいい。ああ、ここは外だっけ? 空気がないけど大丈夫かな? まあ、息もできているし、大丈夫ということにしよう。

 いつの間にか、右腕が光り輝いていた。マルガが時間をかけて創造つくってくれたものだ。あとでしっかりめておかないとな。

 そう思いつつ、俺は右手に力をこめる。

 まぶしいばかりに拳が光ったかと思うと、光は棒状に伸びていき、やがて一本の光のやりになった。

 俺は、炎竜えんりゅうにむかって全力でそれを投げつけた。

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