第031話 顕 現(ミドルネーム)

 いつものように大樹たいじゅの中でゆったりとした時間を過ごしていると、紫色のころもを身に着けた男性がやってきました。

 男性といっても、彼は人間ではありません。この宇宙の大地を創造つくったドラゴンの一体です。

 紫竜ヴィオレ――彼はそう呼ばれています。

「……そんなところに隠れてないで、そろそろ顔を見せてくれないか?」

 こちらのほうを仰ぎ見ながら、彼は懐かしい声で言いました。

「いるんだろう? に」

 彼の声に呼応して、二人の少女が姿をあらわしました。青いイブニングドレスと赤いイブニングドレスを着た双子の少女。私の可愛い乙女しもべたち。あの人に、ユグド=ラシルという名前を頂いたんでしたね。私も、そろそろ新しい名前が欲しいです。

「いや、呼んだのは君たちではない」

 顔色ひとつ変えずに、彼は言い放ちました。せっかく出てきた彼女たちが可哀そうじゃないですか。

 少女たちは、がっかりした様子ですぐに消えてしまいました。呼ばれたのは、やはり私なのですね。わかっていました。やむをえません。出ていくことにいたしましょう。

 大樹たいじゅの中から、すうっと出ていきました。彼の紫色の瞳には、大樹の太い幹から光の球が出現したように映ったことでしょう。じっとしたまま見上げています。ここはやはり、昔と同じように人間の姿のほうがおはなししやすいかしら。

 私はゆっくりと形を変え、やがて音もなく着地しました。スカートのすそが少しだけ舞い上がったのはご愛敬です。

「久しぶりだね、

 ヴィオレが目を細めながら微笑みました。竜族は、なぜか他人をミドルネームで呼びます。それが彼らの風習なのでしょうか? そういえば、どうでもいいことですけど、あのもあの人をミドルネームで呼んでいましたね。少しだけ嫉妬します。

『相変わらずお若いですのね、ヴィオレ・ヴァル・ヴォレイグ』

 彼がくすりと笑いました。

「生まれたときからこの姿だからね。歳をとらない代償に、転生しても幼子おさなごになることはない」

 彼はひと呼吸すると、

「そんなことより、驚いたよ、マーリア。なんだい、あの有機人形メイドールは? どうして君と同じ顔をしている?」

『決まっているじゃないですか。私をモデルに造ったからですよ』

「なぜ起動しない?」

 わざとらしいき方ですね。

『わかっていることをわざわざ確かめようとするのは、貴方あなたの悪いくせですね』

 私はため息をつくと、

 それを聞いて、ヴィオレは軽くくびを横に振りました。

「では、あのファルタークという青年はいったい何者なんだ?」

『私たちのご主人様です』

「……それがわからない。彼はただの人間なのだろう?」

E3イースリー―〇〇七――いいえ、マルガレーテ・イースリーがやらかしたせいで、とは呼べなくなってしまいましたけれどね』

 私は微笑みます。本当に愚鈍ドジな娘です。まあ、そのおかげで、あの人も完全な身体からだになれたのですけれど。

「この宇宙船ふね有機人形メイドールたちを手に入れた経緯いきさつは、彼が詳しく話してくれたよ。彼が、君の姿をしたあの有機人形メイドールから生まれたこともね……」

 いつしか彼は、らしくもなく真剣な表情になっていました。

「もう一度、くよ。彼はいったい何者なんだ?」

『私たちのご主人様です。何度訊かれても、答は変わりませんよ』

 彼は苦笑すると、

「わかったよ、マーリア。とりあえずはそういうことにしておこう」

 そう言い残して、ヴィオレは私の前から去っていきました。



 ……いいえ、貴方は何もわかっていません。

 という言葉の中には含まれていないと、どうして貴方は考えるのですか?

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