第030話 回 収(ピンチヒッター)

 飛翔戦姫ヴァルキュリアの四一機の戦機人形キルドールが、四つの編隊に分かれてラースガルドの上空で訓練している。

 そのひとつを指揮するのは、連隊長でもあるエレオノーラ・ヴィルダ。残りの三つは、アレクサンドラ、ビルギット、エヴェリーナと名付けられた三人の戦闘メイドが隊長だ。彼女たちの階級はらしい。残り三七人のうち、小隊長を兼ねる一〇人がで、あとの全員をということにしたそうだ。個々の能力はほぼ均衡きんこうしているので、最終的にはクジ引きにしたみたいだけど。けどな、エレオノーラ。軍隊をつくった憶えは俺にはないぞ。

 エルファイヴというファミリーネームをもつ四〇人の戦闘メイドは、ふだんはマルガたち文官メイドと同じようなメイド服を着ている。違うのは、太腿ふとももまであるストッキングの色だけで、白い文官メイドに対して、彼女たちは黒いストッキングをいている。下着の色までは知らない。

 もちろん、戦機人形キルドールに乗っているときの彼女たちは、俺たち人間と同じように戦闘用宇宙服コマンド・スーツを身に着けている。人工の有機生命体とはいえ、酸素呼吸は必要なんだそうだ。

 ラースガルドの中央管理室コントロールルームにあるメインスクリーンに映る四つの編隊の少し後ろでは、真紅に塗られた戦機人形キルドールが一機、人間技とは思えないほどの曲技的アクロバティックな飛行をくり返している。機体の愛称ニックネームは《ルージュコメットⅤ》。その名のとおり、ミランダの乗る機体だ。

 最初は俺が隊に参加するつもりだったんだけど、

が最前線に出てどうするんだ、ファルターク。お前はラースガルドで指揮をれ!」

 と、にこっぴどく叱られた。ちなみに、俺はということになっているらしい。中尉で除隊したはずなのに、大した出世だ。

 そうしてと称して、ミランダ先輩が飛翔戦姫ヴァルキュリアに加わることになった。炎竜えんりゅうを退治するまでのピンチヒッターだ。ピンチヒッターなのに……機体を紅く塗れと駄々をこねた。

 整備工場の一角で、三人の枢機人形ファランドールたちによって、その日のうちに一機の戦機人形キルドールが紅く染められた。ヴィオレ・ヴァル・ヴォレイグをともなってその機体を見にいくと、満足そうにうっとりとながめる先客がいた。

真紅ルゥジュが好きなのかい?」

 そういたヴィオレに、ミランダ先輩は目を輝かせながらこたえた。

「赤は『最強』を示す色ですから」

 俺は苦笑するしかなかった。

 炎竜えんりゅうを退治するまで、ヴィオレはラースガルドに滞在することを望んだ。

「かまわないけど、国の仕事はいいんですか?」

「問題ない。わがアルドナリスには優秀な宰相さいしょうと大司教がいるからね。政治的なことも教会の運営も、ほとんどのことは彼らに任せている。今の宰相なんて……えっと、あれ? なんという名前だったかな」

 ……頼りになる教皇ルミナス様のようだった。

「まあ、ここは若い女性ばかりですから、その点さえ配慮してもらえれば、船内では自由に行動してもらってかまいません」

 冗談めかして言うと、

「こう見えても私には奥さんがいるんでね、他の女性に興味はないよ。白竜ブロンシェという。この作戦が終わったら、一度会ってやってくれないか。とても可愛い女性ひとなんだ」

 と惚気のろけられた。俺が会ってどうするんだ?

「むろん、私が浮気しなかったことを証明してもらうためだよ」

 そう言うわりには、もう五〇〇年ほど会っていないそうだ。別居の原因はなんだろう。それとも、もともとそういう生活をしているのかな。返答はなかった。

 ヴィオレの正体が露呈したあの会談の後、アルドナリス聖皇国の教皇ルミナスから、本国の大司教を経由して、惑星ファステトにあるアルメリア教会支部にひとつの命令が下された。

 いわく、かつてケルンの町にあった教会の墓地から、一つの遺体を回収せよ。

 墓碑名は《ルナマリア・マーリア・レーン》。つまり、俺の母親だ。

「遺族が望んでいないのでひつぎの蓋を開けてはならない」

 という指示もあわせておこなわれている。

 一〇日後、アークウェット商会が発注した真紅の新造宇宙船の一方に、母親の柩がせられて、無事にラースガルドに入港した。数人の助祭によって回収された柩は、宇宙連絡艇シャトルによって惑星ファステトのスペースコロニー・アイリーンⅣに運ばれ、そこに待機していた真紅の宇宙船ルージュコメットⅢに渡されたというわけだ。もう一隻の宇宙船、ルージュコメットⅣも同時にラースガルドに到着している。

 ルージュコメットⅣには、アークウェット商会の常駐社員スタッフとなる七人と、一人の整備作業員が乗っていた。ルージュコメットⅢを操縦してきた二人とあわせ、合計一〇人が新しくラースガルドの住人となった。男性が六人、女性が四人だ。女性のうち三人は、男性社員スタッフの奥さんということだった。整備作業員を含めた残る三人の男性は、数年後に定年を迎える年齢だったけど、その延長と破格の年俸を提示してスカウトしたそうだ。手放すには惜しい人材だったのだろう。三隻の真紅の宇宙船ルージュコメットの操縦は、免許を持つ四人の男性社員スタッフが交替でおこなうらしい。

 到着した当日に、俺もいちおう全員と挨拶だけは交わしたけど、いまのところ接点はそれだけだ。ミランダ先輩の話によると、炎竜えんりゅうとの一件が終わってから歓迎会を開く予定だという。

 彼らの世話はセラフィーナと、マルヴィナをはじめとする三人の文官メイドがやってくれている。迷子になると困るので、自分たちの部屋と商会のオフィス、それにセラフィーナが許可した場所以外への立ち入りは、現在のところ禁止している。可能性は低いけど、ヴィオレとばったり会ったとき、彼の顔を知っている社員スタッフがいても説明に困るものな。

 回収された母親――ルナマリア・レーンの身体からだは、ひつぎに入れた一五年前と何ひとつ変化していなかった。彼女の回りに置かれた花々が、残らず茶色くれ果てていたにもかかわらず。

 一五年前に別れたときと同じく、二〇代の前半にも見える容姿。俺と同じ濃茶こいちゃ色の長髪。すべてが、あの時と同じだった。そういえば、一緒に暮らしていた頃も、ほとんど歳をとっていない気がしてたな。

「きれいなお母さまだな」

 俺の肩に手を置いたミランダ先輩が、小さな声でそう言った。

 ルナマリアの身体からだは、文官メイドたちの手によって浄化され、彼女たちが使うタンクベッドに移された。けれど、エネルギーの充填が終わっても、母親が目を覚ますことはなかった。身体には、どこにも異常はないという。

『『……製造されてからも長い間動きだしませんでした。もしかしたら、今回もそうなのかもしれません』』

 くすんだ金色の髪をした双子の少女――ユグド=ラシルが俺をなぐさめてくれた。動きだすのは数千年後、という可能性もあるわけか。ちょっと、いや、かなり長いな。

 ルナマリアの身体は、そのままタンクベッドで保管することになった。回収できただけでも良しとしよう。ヴィオレには、心からの感謝を伝えた。

 感傷にひたる間もなく、俺はラースガルドに出発を指示した。炎竜えんりゅうがいる場所は、ヴィオレがほぼ把握しているらしい。

 戦機人形キルドールに臨時に取り付けた重力波システムを使って網を作り、炎竜えんりゅうを動けなくした上でラースガルドの主砲『主神の槍グングニル』で撃退する。それが基本的な作戦だった。主神の槍グングニルは船首に固定された大口径のレーザー兵器なので、掃射そうしゃすることができない。そのため、重力波を使って主砲の射線上に炎竜えんりゅうをおびき寄せるというわけだ。

 主神の槍グングニルの試射はしていない。そんなことをすれば、一発でイシュタールの警備隊に見つかってしまうからだ。リハーサルなしのぶっつけ本番。少し不安はある。

「――大丈夫ですよ、先輩。ボタンを押しても発射しないなんて、どこかの三流アニメみたいなコトは起こりませんから」

 エレオノーラ、根拠のない自信でフラグを立てるのはやめてほしい。

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