第029話 会 談(ルミナス)

「――驚かせて悪かったね」

 ヴィオレ・ヴァル・ヴォレイグと名乗った男性が、にこやかな表情で右手をさしだしてきた。

 俺は、とまどいながらも息を整えると、その手を握り返して自分の名前を伝えた。

「アーシェス・ファルターク・レーンです。はじめまして」

「ファルターク君だね。どうぞよろしく」

 男性は、俺をミドルネームで呼んだ。彼らにとっては、それが一般的なんだろうか。

「まあ、立ち話もなんですから……」

 俺は、中央管理室コントロールルームにある会議用のテーブルに彼を案内した。先輩たちも俺のあとに続く。ユグド=ラシルは、いつの間にか姿を消していた。

 二〇人ほどがすわれるテーブルの、奥側中央あたりの席に男性を招き、反対側の中央に俺、俺の右側にミランダ先輩、左側にエレオノーラとセラフィーナがすわった。

 えっと、それで何から話せばいいんだっけ? いや、違った。話があるといったのは向こうだ。いやいや、お客さんなんだから、まずはお茶を……竜はコーヒーを飲むのかな? それとも紅茶のほうが……うん、とりあえず落ち着こうか。

 そんなことを考えていると、目前のドラゴンがくすっと笑った。

「あ、ごめんごめん……どうぞお構いなく、と言いたいところだけど――そうだな、紅茶をいただこう。の紅茶は美味おいしいからね」

 ……やっぱりドラゴンも思考が読めるらしい。なんとなくそう感じてた。なぜかと言えば、代表者は? といたあと、誰かがこたえる前に、すぐに俺のところにやってきたから。

 というより今、このドラゴンをさらっと言ったよな。

「もしかして、以前もここに……ラースガルドに来られたことがあるんですか?」

「あるよ。昔はちょくちょく遊びに来ていた。最後に来たのは、一万年くらい前だったかな」

 一万年前? じゃあ、それ以前からずっと生きている?

「生きている? うん、まあ、『生』と『死』ということで表現すれば、そうなるのかな。そもそも私たちには『死』という概念がないんでね。数千年に一度、身体からだが古びてくると昔の記憶をもったまま同じ姿で転生をくり返す。だから、出現してからずっとこの宇宙に存在していると言ったほうが正しいのかな」

「では、光の民パルヴァドールたちとも交流があったんですね?」

「もちろん。私たちと彼らは、言ってみればみたいなものだからね」

 ふいに、セラフィーナの言葉がよみがえった。


 ――この宇宙の大地は竜が創造つくり、この宇宙の生命は光の民パルヴァドール創造つくった。


 つまり、同列の存在。

「端的に言うと、そうなるね」

 紫色の髪をもつドラゴンが微笑む。

 ワゴンに乗せてティーセットを運んできたマルガが、ワゴンの上で紅茶をカップに注いだ。モニカとマルヴィナが、それを慣れた動作でそれぞれの前に置いた。

 男性はカップに口をつけると、

「……うん、やっぱり美味しいね」

 と満足そうな表情を浮かべた。直後に、あつっという小さな声が左から聞こえたが、それは無視することにしよう。

「すみません、貴方あなたの……ヴォレイグさんのお話をおうかがいする前に、もうひとつだけ教えてください」

「かまわないよ。それから、私のことはヴィオレと呼んでくれていい。敬称もいらない」

「では、ヴィオレ。貴方あなたはさきほど『竜を統べる者』とおっしゃいました。つまり、ドラゴンは貴方だけではない?」

 ヴィオレはにこりと笑うと、

「私のほかに四人いる。私がそのおさというわけだ。やはり地人族アーシアンは頭の回転がはやいね。おっと、森人族エルフのおじょうさん方も、もちろん好きだよ」

 それを聞いたエレオノーラが、派手にカップを皿にぶつけた。わかるよ。緊張するな、というほうが無理だものな。

「ありがとうございました。それで、お話というのは?」

 カップをテーブルに戻して俺がくと、ヴィオレも同じようにカップを置き、紫色の瞳で正面から俺を見つめた。

「話というか、お願いかな。翼竜ワイバーンを一匹、退治してほしい。君たちのいう炎竜えんりゅうのことだ」

 今度は、俺の右側でガチャンと音がした。

 横を見ると、ミランダ先輩が厳しい表情をしている。小さくくびをふったところを見ると、会話に参加する意思はないようだった。

「……詳しい話を聞かせていただけますか? わからないことがあれば、お話をお伺いしたあと、改めてお尋ねします」

「うん、そうだね」

 少し腰をあげてヴィオレは坐り直し、両方のひじ掛けに肘を乗せて、胸の前で手を組んだ。

「あの翼竜ワイバーンは、少しわけありでね。身内の恥をさらすようで格好がつかないんだけど、あの翼竜ワイバーンは私たちの仲間の一人が創造つくったものなんだ……」

 ……ヴィオレの話をまとめると、こんな感じだった。

 数千年前、何かの目的のためにドラゴンのひとりがあの翼竜ワイバーン創造つくった。だけど、長い年月をへてあの翼竜ワイバーン――炎竜えんりゅうは巨大化し、狂暴化した。そのためドラゴンたちは何度か退治を試みたけどそのたびに失敗し、炎竜えんりゅうは宇宙のあちこちに多大な損害を与えた。

 やがて、自分たちだけではどうすることもできないことを知ったドラゴンたちは、光の民パルヴァドールの力を借りようとした。けれども、すでにそのときには光の民パルヴァドールは姿を消していて、何処どこを探しても見つけることができなかった。

 そうして時間だけが流れていき、五〇〇年ほど前、自分たちにも大きな被害を出しながら、ついにドラゴンたちは炎竜えんりゅうたおしたのだけど……。

「――五〇〇年が過ぎて、また復活したんだ。それが、今この星系にいる翼竜ワイバーンだ。厄介やっかいなものが復活して、次はどうやって退治しようかと考えた。前回の傷がまだえていない竜もいるからね。そんなとき、この宇宙船ふねがここで稼働していることを知ったんだ。で、ようやく彼らが帰ってきたのかと思って、喜び勇んでやってきたら……君たちだったというわけだよ」

 ここは、俺たちですみません、と謝るべきなんだろうか。何も言わずにヴィオレが苦笑した。

「で、俺たちに炎竜えんりゅうたおせと?」

「うん。それだけの力が、この宇宙船ふねにはあるからね。もちろん、私としても協力は惜しまない」

 ヴィオレが紅茶を口にする。

「どうだろう? やってもらえるだろうか?」

「……実は、昨日、俺たちも話はしていたんですよ。俺たちで炎竜えんりゅうをどうにかできないものかと」

「ほう、それで?」

 興味深いといった表情で、ヴィオレが続きを促す。

「問題が三つほどあります」

 それは、昨夜、ミランダ先輩たちと話し合ったことだった。その三つが解決しないかぎり、俺たちは炎竜えんりゅう対峙たいじすることはできない。

「……一つめは、《主神の槍グングニル》が使えないことかな?」

「! どうして、それを?」

「君の思考を読んだ。ごめん、冗談だ。あれはね、ファルターク君。使なんだ」

 どういうことだ?

「あの兵器は強力すぎてね。聞いているかもしれないけど、使い方によっては小さな惑星のひとつぐらいは吹き飛ばしてしまう。造った光の民パルヴァドールたちも驚いてね。運用を間違えば大変な惨事になる。もしかしたら、種の一つや二つ、絶滅させてしまうかもしれない。そう考えた彼らは、ひとつの安全装置セーフティを《主神の槍グングニル》に組み込んだ」

安全装置セーフティ?」

「そう。《主神の槍グングニル》を使用するにはドラゴンの同意を必要とする、というね」

「…………」

「だから、私たちの誰かがくびを縦に振らないかぎり、あの兵器は撃てないんだよ」

 ヴィオレが右の手のひらを上にむけた。とたんに手のひらの少し上あたりに小さな光が出現して、やがてヴィオレの手の上に三センチほどの球体がぽとりと落ちた。

 ヴィオレはそれを俺に手渡すと、

「《オーブ》という。ドラゴンだけが創れる代物でね。それをセットしないかぎり《主神の槍グングニル》は起動しない。つまり、そのオーブこそが同意のあかしというわけだね」

 少し紫がかった透明の球体。まるで小さな水晶玉みたいだ。部品パーツが不足しているから使えないとユグド=ラシルが言っていた部品パーツというのが、つまり、このオーブというわけなんだな。オーブ……宝珠オーブ? 竜に宝珠オーブ、まるで東洋イースタンの神話だな。

「これで一つめの問題は解決した。二つめは?」

「あと一〇日もすると、ここに二隻の宇宙船がやってくることになっています。合流するまでは、俺たちはここを動けない」

「ああ、それはかまわないよ。今すぐ退治に行ってくれ、という話ではないから」

 作戦をたてる必要もあるからね、とヴィオレは笑った。二つの問題が消えた。

「じゃあ、最後は何かな?」

 思考を読んでわかっているくせに俺の口から言わせるのは、マルガと同じ意地悪なのだろうか? 後ろのほうから、誰かの咳払いが聞こえた。なんだ、そこにいたのか、マルガ。

「これは仮定の話ですが……退治できたにしろできなかったにしろ、結果的にこのラースガルドの存在がおおやけになる可能性があります。そうなると、俺たちは違う星系にむかって移動せざるをえないでしょう。逃亡、といったほうがいいかもしれません。この宇宙船ふねの力を他国に利用されたくはないし、土足で踏み込まれてあれやこれやと調べられるのもイヤです。だから、もう二度とここには戻ってこられないかもしれない」

「うん、そうなるかもしれないね」

「ですから、移動する前にこの星系でやっておくべきことが一つあるんです」

「それは?」

 さきほどと同じように、ヴィオレは両方のひじ掛けに肘を乗せた。

「惑星ファステトに埋められた、一体の有機人形メイドールの回収です」

 ケルンの墓の下にある有機人形メイドール――マーリア・レーンXY46聖母型有機人形メイドール、個体識別名コード《ルナマリア》。すなわち、俺の母親。死んだ人間の墓を荒らすという行為が倫理に反することはわかっている。ましてや肉親だ。だからこれまで躊躇ちゅうちょしていたんだけど、ここに帰ってくることができなくなるなら話は別だ。それに、エネルギーを充填すれば再稼働するというのなら……。

「ひとつくけど、その場所にあったのは《アルメリア教》の教会かな?」

「……そうです」

 アルメリア教、それは聖人族セイントたちが信仰する宗教だ。聖人族かれらが住んでる主星系の名前をとってそう呼ばれている。正式な名前は憶えていない。

「そういうことなら、話がはやい。ファルターク君、その仕事は私たちに任せてくれないか」

「どういうことですか?」

「君たちが墓を掘るより教会の関係者がおこなったほうが怪しまれない、ということだよ」

 ヴィオレが言い終えると、左のほうから小さな声が聞こえた。

「……やはり、そうなのですね?」

「どういう意味だ、セラ?」

 そうくと、セラフィーナは遠慮がちに、ゆっくりと話しはじめた。

「ヴィオレ様のお名前をお聞きしたとき、そうしてそのあとでお顔を拝見したとき、ひとつの疑問が私の中に芽ばえました。なぜよく似たお名前が人類社会に存在するのかと。なぜよく似たお顔の方が、私たちの社会にもいらっしゃるのかと。ヴィオレ・ヴァル・ヴォレイグ様。そして、ヴァルヴォレイグ・フォン・アルドナリス様」

「《アルドナリス聖皇国》の教皇ルミナス……」

 ミランダ先輩がはじめて口を開いた。

「私も何かひっかかるものを感じていた。そういうことでいいのですか?」

「うん、そういうことだよ。人類社会での私の名前は、ヴァルヴォレイグ・フォン・アルドナリス。いまはたしか二〇七代目だったかな。世襲せしゅうの名前だけど、真実ほんとうは世襲なんてされていない。アルドナリス聖皇国の教皇ルミナスは、建国以来、ずっと私一人だよ。同じ顔をしていると怪しまれるから、おおやけの場にほとんど出ないようにしているのだけど、バレちゃったね」

 紫色の髪をもつドラゴンは、ミランダ先輩を見つめながら、なぜか懐かしそうな顔で微笑んだ。

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