第5章 竜は語る

第028話 紫 竜(ヴィオレ)

 この宇宙はドラゴンつくったと言われている。

 本当かどうかは知らない。

 どうせ神話だ。あることないこと、おもしろおかしく書かれているだろう。信じるかどうかの選択も、もちろん個人の自由だ。ある者は盲目的に信奉しんぽうしているだろうし、ある者は科学的な根拠がないと否定するだろう。そんなことはどうでもいい。大事なのは、今この瞬間に、俺たちの目の前にドラゴンがいるということだけだ。

 体長は約二〇メートル、全長では五〇メートルくらいあるだろうか。その巨大な全身が、ラースガルドの中央管理室コントロールルームにあるメインスクリーンの向こうで、明るい光におおわれている。翼竜ワイバーンとよく似ているが、両者には決定的な違いがある。翼の先に鉤爪がある翼竜ワイバーンに対し、ドラゴンは翼以外に独立した前肢あしを持っていた。

「――ド、竜人族ドラゴンなの⁉」

 スクリーンに映る巨大な姿を目を奪われながら、エレオノーラが叫んだ。

 爬虫類を思わせる硬いウロコおおわれた紫色の体躯からだ。四本のあしにあるするどい鉤爪かぎづめと、コウモリのような長くて大きなつばさ鬣蜥蜴イグアナにも似た頭部には細く長い一本の角があり、下顎からはわずかに弧を描いた二本の長い牙が覗いている。

 その頭の両側面にある金色に輝く一対の瞳が、縦に細く伸びた瞳孔どうこうで、スクリーンごしに俺たちを見つめていた。

「いや、竜人族ではない。ヤツのあしをよく見てみろ」

 ミランダ先輩が、エレオノーラの言葉を否定する。

「竜人族のあしの爪は四本だが、ヤツには五本ある」

 先輩に言われてもう一度スクリーンをよく見ると……確かに五本あった。

 竜人族ではないドラゴン。アークウェット商会の出入口に描かれた竜の姿が、俺の頭に浮かんだ。

「あれが先輩のいう、伝説のドラゴンなんですか……?」

「わからん。確かなのは……竜人族ではないというだけだ」

 ミランダ先輩の顔が、心なしかひきつっているようにも見える。いや、彼女だけじゃない。エレオノーラも、セラフィーナも、そして俺も――おそらくはここにいる全員が同じ表情をしていることだろう。

「……モニカ」

 俺は、中央管理室コントロールルーム操作卓コンソール前にすわっている文官メイドの名前を呼んだ。

「はい、ご主人様」

「光学迷彩は機能しているんだよな?」

「はい。間違いなく機能いたしております」

 あの生き物には効果がないということか。炎でもかれて攻撃されると厄介だな。

「迎撃することは可能か?」

「可能です。ですが――」

『『――お待ちください、レーン様』』

 モニカの言葉を遮って、中央管理室コントロールルームにユグド=ラシルが現れる。

『『あのかたは敵ではありません』』

 敵ではない?

 どういうことだとこうとした俺の頭に、聞き覚えのない声が響きわたる。いや、本当にそれは声だったんだろうか。

《――私の名はヴィオレ。ヴィオレ・ヴァル・ヴォレイグ。竜をべる者》

 ミランダ先輩が、驚いたような顔をこちらにむける。彼女の頭にも届いたようだった。「竜を統べる者」というからには、あれがしゃべったんだよな。意思の疎通が可能なのか。

 俺はまた、スクリーンを見つめる。

《――代表者と話がしたい。そちらにお邪魔してもいいだろうか?》

 頭の中にもう一度声が響く。ユグド=ラシルが敵でないと言うのなら、こちらとしても聞きたいことはある。だけど、あの巨体をどこに案内する?

《――心配には及ばない。では……》

 声が聞こえたかと思うと、スクリーンに映っていた紫色の竜の姿がふっと消えた。



 そうして次の瞬間――。

 功夫クァンフー服のような紫色の衣装をまとった男性が、俺たちの前に立っていた。

 紫色の髪、紫色の瞳、整った顔つき。どこから見ても三〇歳前後の地人族アーシアンといった感じだ。背は、俺より少し高い。この人物が、さきほどの竜の人間体ということだろうか。

「私の名はヴィオレ。ヴィオレ・ヴァル・ヴォレイグ。代表者はどなたかな?」

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