第027話 邂 逅(ファランドール)

 それから、あっという間に二か月ほどがすぎた。

 ミランダ先輩は、俺の部屋とセラフィーナたちの部屋の中間あたりにあった一室を商会のオフィスに改装して、何やら忙しくやっている。そのままそちらに引っ越すのかと思ったら、

「事務所に寝泊りする趣味はない」

 ということで、夜になると俺の部屋に帰ってきた。

 オフィスには会長の執務室と事務室、それに応接室と会議室が作られ、家具や書架が運び込まれた。

 アークウェット商会。

 赤く塗られたオフィスの出入口には、社名とドラゴンをモチーフにしたロゴが白く描かれている。

竜人族ドラゴンの竜じゃないぞ、ファルターク。宇宙をつくったといわれている伝説のドラゴンだ」

「なんでドラゴンなんですか?」

「昔からなぜかあかドラゴンに憧れていてな。理由はわからん。お前だって、理由もなく花や鳥が好きになることがあるだろう? それと同じだ」

 うん、まあ、そういうものかな。

 新しい宇宙船も、すでに二隻が発注済みだ。ロンデニオン商会が発注して建造中だった宇宙船ふねを先にこちらに回してもらったそうで、艤装ぎそうもほぼ終わっているらしい。おそらくは数週間のうちに真紅に塗られた宇宙船が届くことだろう。ルージュコメットⅡのロゴも、アークウェット商会のものに描きかえられている。ここに常駐する社員スタッフの人選も完了したそうで、宇宙船と一緒にやってくる手筈てはずになっている。

 社員スタッフの面接は、アイリーンⅣの宇宙港ドッキングベイ接舷せつげんしたルージュコメットⅡの船内でおこなわれたらしい。表向きはミランダ先輩がおこない、同行したセラフィーナとマルヴィナが別室で思考を読取チェックしたそうだ。寄港したついでに、ミランダ先輩は伯父でもあるロンデニオン商会の会長ともいろいろと打合せをしたようで、

「軍を辞めためいが自分と同じ道に進んだので、伯父も喜んで協力を約束してくれた」

 らしい。ただ、宇宙船の整備作業員クルーについては伎倆うでのあるベテランがなかなか見つからないそうで、とりあえずは現役を引退する予定の初老の作業員が一人確保できただけだった。

「あと五人は確保したいんだがな……」

 そう考えたミランダ先輩が老作業員にいたところ、性能のいいAI人造人間ワークロイドがあれば代用は可能だそうだ。教え込めばそれなりに作業はこなすらしい。

 人造人間ワークロイドか。

造機人形ワークドール臨機人形ジェネドールを改良して、人型のものをつくれないかな?」

 ユグド=ラシルにそういたら、

『『面白そうですね。やってみましょう!』』

 と二人とも何故なぜか乗り気だった。

 それから俺は、二人のAI立体映像ホログラフィとともに新しい人造人間ワークロイドの開発に没頭ぼっとうした。

 開発といっても、主要な部分は光の民パルヴァドールのこした有機人形メイドールのデータとルージュコメットⅡに搭載されていた人造人間ワークロイド、それに臨機人形ジェネドールの設計図をもとにユグド=ラシルがおこなっている。俺にできることと言えば、あれやこれやとアイデアを捻出ねんしゅつしてユグド=ラシルを困らせることくらいだったけどな。

 そうして完成した試作初号機は、性能はいいけどコストがかかりすぎる代物だった。俺の知らないうちに女性タイプの人造人間ワークロイドになっている。いったい、どうしてこうなった?

『『これでいいんですよ。これはの試作品ですから!』』

 どうやら、当初はじめからそのつもりだったらしい。あの日、美味しそうに料理を食べていた有機人形メイドールたちがうらやましかったそうで……どうりで二人とも乗り気だったわけだ。

 ユグドとラシルはこの試作品をさらにブラッシュアップして自分たちの身体からだを造り、俺の要望した人造人間ワークロイドは、試作品をコストダウンして汎用化するという。

『『主要な部品パーツを人類社会で製造されている物に乗せ換えてさらに汎用化すれば、販売することも可能になるかもしれません』』

 まあ、それは追々おいおい考えよう。人類社会に出して逆向解析リバースされたら大変だ。

「ご主人様。対策として、頭部のネジを外されたら自爆するようにいたしましょう」

 物騒な提案をしたのは、マルガと一緒に俺をサポートしてくれた青い髪の文官メイド、メーベル・イースリーだった。修理するときに困るだろ、それじゃ。

 とかなんとかやっているうちに、実用となる新型の人造人間ワークロイドが完成した。

 サーヴィタルT2ティツー汎用型枢機人形ファランドール

 女性タイプの新しい人造人間ワークロイドを《ファランドール》と名づけたのはセラフィーナだ。夕食時にみんなに名前を募集したところ、彼女だけの手があがった。森人族エルフに伝わる「炎と鍛冶の女神」の名だそうだ。

 ちなみに、もうひとりの森人族エルフはというと、

「この前やっと四〇人の名前をしぼりだしたばかりなので、もう何も出ません。ガス欠ですぅ」

 ということだった。お疲れさま、よくがんばったな。

 充電を終えて再稼働した四〇人のファティスL5エルファイヴ戦闘型有機人形メイドール、通称『戦闘メイド』は、エレオノーラが書き記したリストにしたがって俺が名前をつけた。ファミリーネームは、全員「エルファイヴ」にした。

 エレオノーラは、四〇人の戦闘メイドを二つの中隊に分け、船内警備と防空を交互に担当させることにしたようだ。どちらか一方に専念させると何かあったときに支援バックアップができないので、賢明な方法と言えるだろう。

 彼女は一つの中隊を、さらに七つの小隊に分割した。

「でもそうすると、最後の小隊が二人にならないか?」

 俺がくと、

「何言ってるんですか、先輩。そこには私と先輩が入るんです!」

 う、うん、そうだな。

 ……いつの間にか、俺も警備隊の一員になっているらしい。

「そのという名前なんですけど、ひと欠片かけらのセンスもないので変えていいですか?」

 愛称ニックネームを決めていいと言った手前、反対もできない。

 ラースガルド警備局飛翔戦姫ヴァルキュリア連隊。

 それがエレオノーラのつけた名前だった。アニメかSF小説に出てきそうな名前だ。だけど、俺もその一員なんだよな? 男だけど、いいのか?

「細かいことはいいんです」

 エレオノーラは戦機人形キルドールの操縦にもすぐに慣れた様子で、連日のように飛翔戦姫ヴァルキュリアたちを引き連れて、編隊飛行の訓練に出かけている。あまり派手にやるとイシュタール軍の警備網にひっかかりそうなので、俺はヴァンタム星系の外縁からさらに遠い位置にラースガルドを移動させた。むろん、訓練時間以外は光学迷彩も展開している。

エレオノーラがな……」

 声がしたほうに視線をやると、いつの間にか中央管理室コントロールルームにやってきていたミランダ先輩が、メインスクリーンに映る戦機人形キルドール編隊を感心した様子で見入っていた。


 そんなある日、炎竜えんりゅうが民間の宇宙連絡船を襲ったというニュースがTVテレビで流れた。

 場所は、俺たちがいる地点とは恒星ヴァンタムを挟んで反対側の宙域にある小惑星帯アステロイドベルト。イシュタール軍の警備隊が駆けつけたものの、すでに遅く、五〇人以上の犠牲者が出た。

「あの翼竜ワイバーン、軍はいつまで野放しにしておくつもりだ?」

 夕食時、リビングに置かれたTVを観ながら、ミランダ先輩が眉をひそめる。だけど、相手は体長四〇メートル、全長にすれば一〇〇メートルを超える巨竜だ。軍としても対処するのは大変だろう。

「私たちが襲われたときも、母艦の集中砲撃で何とか追っ払えた程度だったからな。だが、放っておくとまた被害が出るぞ」

「なんなら私たちで退治しちゃいます?」

 と、エレオノーラ。

 その選択肢がないわけじゃない。だけど、それをするとラースガルドの存在がおおやけになりかねない。それに、ラースガルドの火力であれがとせるのだろうか。

『『《主神の槍グングニル》さえ使えたら、一撃なんですけどね……』』

 いつの間にか現れたユグド=ラシルが、誰に言うでもなくつぶやく。



 そして――。

 俺たちの乗るラースガルドの前に一体の巨大なドラゴンが現れたのは、その翌日のことだった。

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