第026話 商 会(キルドール)

 俺は今、リビングのソファにすわってノート型のパソコンを叩いている。これから四人ではじめる新生活での問題点を書き出して、頭の中を整理するためだ。

 まずは、生活に必要な物資と食材の調達。それが当面の課題になる。

 ある程度のものはラースガルドでも生産できるけど、生産するにしても原料が必要だ。エネルギーさえ確保できれば半永久的に稼働する有機人形メイドールたちと違い、俺たちは生身の人間だ。当然ながら必要なものも変わってくる。たった四人だけど、少ないからといって閉じた世界で暮らしていけるわけじゃないからな。

 では、それらをどうやって調達するか。

 手っ取り早いのは、以前も考えたとおり、ミランダ先輩にを頼むことだ。だけど、この方法も先がないのは見えている。理由は、運航可能な宇宙船が、現在、ルージュコメットⅡしかないことだ。もちろん、ラースガルドの内部なかにも数隻の宇宙船はある。だけど、人類社会に登録されていないが、スペースコロニーの宇宙港ドッキングベイに入ることなどできるはずがない。こういうのを、宝の持ち腐れと言うんだろうな。

 一隻の宇宙船を、無整備のまま運用することはできない。定期的な整備が必要になる。整備期間中はもちろん運用できないわけで……だから、少なくとも複数の宇宙船が必要なのだ。

 倉庫にある金塊をお金に換えて、登録可能な宇宙船を何隻か購入するしかないだろう。所属は、他力本願だけど、ここもミランダ先輩に依頼して《ロンデニオン商会》ということにしてもらうしかない。出所不明の資金を運用することになるので、それなりの洗浄ロンダリングも必要だろう。自分の無力さに泣きたくなってくるよな、まったく。

 ただし、宇宙船を入手したとしても、その整備はロンデニオン商会に委託するしかない。ラースガルドの整備工場でも、小型の《造機人形ワークドール》や《臨機人形ジェネドール》を使ってある程度の整備はできなくはないけど、最終確認にはやっぱり人間の目が必要となる。それができる人間がここには存在しないから、外部の力に頼るしかない。となると、運用するにも相応のお金が必要になってくる。

 いくら「イシュタール共和国の三年分の国家予算」に匹敵する資金があるとはいえ……お金を稼ぐ方法もあわせて考えないとジリ貧だ。

 何かしらのいい方法がないものだろうか?

「ここの全自動工場ファクトリーで物品を生産して、それを販売なさればよろしいのでは?」

 助け船を出してくれたのはマルガだった。なるほど、その手があったか。原料を調達し、それを加工して売る。いわゆる加工貿易だな。だけど、それを実現するにもミランダ先輩を頼らなくてはいけない。彼女の負担が大きくなるばかりだ。

「ご主人様、彼女なら嬉々ききとしてやってくださいますよ。その証拠に……一つの提案を持って、まもなくここにやってこられます」

 マルガが静かに語った直後、リビングのドアが荒々しく開いた。

「ファルターク、私の仕事が決まった。許可をくれ!」

 深緋こきあけ色の長髪ロングヘアをなびかせながら颯爽さっそうとリビングに登場したその女性は、夢と希望に満ちあふれた少女のような表情を俺にむけるのだった。


「――商会をつくる?」

 ミランダ先輩と、続いてやってきたセラフィーナをソファの反対側に招いてから、俺は先輩にき直した。彼女たちの後ろには、当然ながらマルヴィナが立っている。エレオノーラは、モニカを連れてラースガルドの探検に出かけたらしい。

「ああ、《アークウェット商会》だ。当面はロンデニオン商会の社内ベンチャーという形をとるが、将来的にはロンデニオンから買い上げて独立をめざす。会長は私だ」

「私もお手伝いします」

 とセラフィーナ。

 そういえば、先日二人でどこかに出かけたみたいだが、いつの間に仲よくなったのだろう。なんとなく元気のなかったミランダ先輩も、いまは完全復活している様子だ。何があったんだろうな。まあ、女性同士のことだから、あんまり詮索しないほうがいいかな。

「もちろん、お手伝いすると言っても、立場上おもてには出られませんので、裏方でがんばるしかないのですが」

「だから、表向きにはエレオノーラの名前を借りる。が、まあ、これは完全に幽霊社員だな。どうだ? 許可してくれるか、ファルターク」

 鼻息が聞こえてきそうなほど、先輩の意気込みがすごい。

「許可するのはいいですけど、具体的には何をするんですか?」

「ここに必要な物資の調達と、ここで作った製品の販売だ。マルヴィナに聞いたが、ある程度のものはここの全自動工場ファクトリーで製作できるのだろう? それを売る」

 どうやら俺たちと同じことを、先輩も考えてくれていたらしい。

「どんな物が作れて、どんな物が売れるのかは、これから生産可能な物を確認したり、市場のニーズを把握する必要がある。だからぐにどうこうできるものではないが、やってみる価値はあるぞ」

「そうですね……わかりました。そのあたりのことはお任せします。よろしくお願いします」

「了解した。それでな、ファルターク」

「新しく宇宙船を買うのに、どのくらいの資金が必要なんですか?」

 先輩の目が見開いた。

「ふん、同じことを考えていたようだな、ファルターク」

「ええ、まあ……」

「金額のほうはまだわからん。それから宇宙船の購入にあわせて、こことロンデニオンの社内に常駐する社員スタッフも何人か雇おうと思う。その給料も、すまんが当面は負担してくれ。むろん、予算書も決算書も提出する。安心しろ、ルージュコメットⅡみたいに高価たか宇宙船ふねは買わんよ」

 つい先日、ルージュコメットⅡの内部なかを見せてもらったけど、そこはもう、動く豪邸だった。広いリビングやらシャワールームやらがあって、内装や置かれた家具もっていた。それにくわえて、軍が所有している駆逐艦クラスの武装が施されているのだから、俺たちがリューデニアに置いてきた金塊より高価たかいというのもうなずける話だった。

「まあ、お任せしますが、社員スタッフの身元は大丈夫なんですか?」

「ロンデニオン商会の内部なかから優秀で口の固い人間を引きぬくから、まずは問題ない。が、念のため面接にはマルヴィナとエリザベートにも参加してもらって、思考の読取リードをおこなう」

「わかりました、了解です。この際だから、宇宙船の整備作業員クルーも雇ってしまいますか?」

「いいのか?」

「ええ」

 いずれは必要になるだろうから、今から手配しておくのも悪くない。ただ、外部の人間が増えるとなれば、それなりに警備も必要になるだろうな。

 だけど、まだ準備段階とはいえ、先輩とセラフィーナ、それにマルヴィナの三人だけで手が足りるのだろうか。エレオノーラは一緒じゃなくてもいいのか?

「ご心配には及びません、ご主人様。すでにミーアをスカウトしておりますので、エレオノーラ様は不要です」

 セラフィーナの後ろに立っていたマルヴィナが、赤い髪をもつ文官メイドの名前をあげた。

「案ずるな、ファルターク。この件はエレオノーラにも話してある。誘ってもみたが、あいつはあいつなりに別の仕事を探すそうだ」

 別の仕事? ああ、それでモニカと探検に出かけたのか。

 見つかるといいな、エレオノーラ。


「――見つかりませんでしたぁっ!」

 数時間後、俺の部屋にやってきたエレオノーラは、言うやいなや、リビングの三人掛けのソファにダイブした。乱暴に肢体からだを投げ出して、クッションに突っ伏す。デニムのパンツを履いているので大丈夫だったが、スカートだったら大変なことになっていただろう。

「モニカちゃんといろいろ見てまわったんですけど、工場にしても水耕プラントにしても、たいていの作業は臨機人形ドールさんたちがやってるから、私の出る幕がありません……」

 そこで俺は、彼女に水をむけてみた。

「なあ、エレオノーラ。戦機人形キルドールは見てみたか?」

戦機人形キルドール? ああ、あの腕の生えた戦闘艇ファイターみたいなヤツですね?」

「そう、それだ」

 エレオノーラが言ったとおり、ラースガルドに搭載されている戦闘艇ファイターには二本のマニュピレーターがついている。戦闘時には可動式の機銃ガンポッドになり、着陸時には降着装置ランディングギアになるという代物だ。ラースガルドの機能が回復した初日に俺も試乗してみたけど、人類社会にはない発想がかなり印象的だった。

「乗ってみたくはないか?」

「そりゃオモシロそうだし、乗れるもんなら乗ってみたいですけど……あれって戦闘メイド用じゃないんですか?」

「ん? 俺は乗ったぞ?」 

「ええーっ? だって戦闘メイド用の機械マシンだってモニカちゃんが言うから、外観だけ見て操縦席コクピットまでは見なかったんですよぉ」

 俄然がぜん興味がわいた様子のエレオノーラがソファから飛び起き、すわり直して俺を見る。いやいや、探検に行ったのなら、ちゃんと全部確認しろよ。

「そういうわけで、エレオノーラ

「……へ?」

「貴官をの隊長に任命する。隊員は四〇人の戦闘メイド。任務は、ラースガルドの船内警備と防空だ。どうだ、やってみないか?」

 エレオノーラは、すくっと立って俺にイシュタール軍式の敬礼をすると、

「エレオノーラ・ヴィルタ、謹んで拝命いたします。レーン

「警備隊の愛称ニックネームも好きに決めていいぞ」

「わーい、やったぁ!」

 目前で万歳するエレオノーラに、俺はさらなるを下す。

「ついでに、戦闘メイドたちの名前も考えてくれ」


 こうして俺は、稼働させることに決めた戦闘メイドの、四〇人分の名前を考えるというの回避に成功した。

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