第025話 未 来(エクスペクタンシー)

 こんにちは。私の名前はセラ。セラフィーナ・エリザベート・ラトゥーリです。

 三週間ほど前から、ここ、ラースガルドに住んでいます。伝説の種族と言われた光の民パルヴァドールのこした宇宙船だそうです。大きすぎる宇宙船ふねです。故郷、惑星オーランドにあるリゾート地、タハヴォ島よりも大きいです。うっかり一人で出歩くと迷子になってしまいそうです。

 実は一度、本当に迷子になってしまいました。レーン様にお願いして光の民パルヴァドールたちの居住区が見える場所に連れていってもらった帰りに、私一人だけを乗せたエレベーターが勝手に動き出してしまったのです。いえ、勝手には動き出しません。レディーファーストだからと、先にエレベーターに乗せていただいたとき、誤ってひじがボタンに当たってしまったのです。

 そのままそこで待っていればよかったのに、慌てた私はいくつかのボタンを押してしまい、エレベーターは当初とは違う階に止まってしまいました。そうと気づかなかった私は、扉が開くと同時に外に出てしまい、案の定、迷子に……。

 数分後、レーン様とマルガレーテさん、そしてマルヴィナさんが迎えに来てくれました。ごめんなさい。お手数をおかけいたしました。次からはちゃんとエレベーターの中で待っています。

 レーン様。アーシェス・ファルターク・レーン様。

 小惑星リューデニアで、私を見つけてくださったお方です。非常用小型宇宙艇ライフ・ポッドの生命維持装置は、あと一日遅かったら停止していたそうです。リクハルドお兄さまが射出してくださって、きっかり一〇日後のことでした。

 父も、二人の兄もくなってしまいました。が、かたきであるマティアスも逮捕されました。ですので、私は森人族エルフに伝わるもうひとつの教えにしたがって、このラースガルドで生きていくことに決めました。いいえ、違いますね。たとえ教えがなくても、私はそうしていたことでしょう。

 新しい生活がはじまった記念に、私は日記をつけることにしました。必要な端末タブレットは、マルヴィナさんが用意してくださいました。有機人形メイドールという人造人間アンドロイドだそうですが、とても気さくなお方です。冗談を言えば笑ってくださいます。ちなみに、レーン様のおそばにいつもいらっしゃるマルガレーテさんの笑顔は、一度も拝見したことはありません。一昨日、マルガレーテさんの笑顔を拝見したくてこっそり視線をむけてみましたが、あっという間に気づかれてしまいました。思考が読取リードされていることを失念しておりました。

 思考の読取リードという点に関して言えば、先日から新しくこの宇宙船ふねの住人となられたミランダさん、エレオノーラさんを含めて、森人族エルフのもつ精神感応テレパス能力は通じません。軍人だったそうですから当然ですね。残念です。

 エレオノーラさんと同じお部屋に住むことになったので、少しだけ大きなお部屋にお引越しをしました。レーン様のお気遣づかいにより、マルヴィナさんが準備してくださったものです。寝室が四つあります。トイレも二つあります。レーン様のお部屋ほどではありませんが、大きなリビングダイニングもあります。惑星オーランドにあったお屋敷ほどの広さはありませんが、あそこにはあまり自由がありませんでしたので、なんとなく新鮮です。

 ミランダさんは、レーン様と同じお部屋におすまいです。かつての上官と部下というご関係以外にどういうご関係があるのかは存じませんが、ご関係ではないご様子です。なんとなくミランダさんが空回りしているような気もします。レーン様のお気持ちは……ええ、やはり読み取ることができませんでした。

 けれども、先日からミランダさんのご様子がほんの少しおかしいのです。

 朝食と昼食は個々の部屋でいただきますが、夕食はレーン様のお部屋でそろっていただきます。そのほうがメイドさんたちの手間が少なくなるというレーン様のご配慮からです。みなさんと一緒にいただいたほうが楽しいので、私も大賛成です。ですが、ミランダさんはその席でもあまり元気がありません。たまにため息もついておられます。

 そしてつい昨日、ミランダさんのひとり言を耳にしてしまいました。

「違いすぎるよな……」

 ああ、そういうことでしたか。思考の読取リードはできませんが、お悩みになられている原因はわかりました。


 私は光の民パルヴァドールたちの居住区が見える展望ロビーにミランダさんをお誘いしました。あれから何度も来ていますので、もう迷子になることはありません。マルヴィナさんにも部屋でお待ちいただくようお願いしました。なので、ここにいるのは二人きりです。

「――急にどうした? エリザベート」

 最初にお会いした時から、ミランダさんはなぜか私をミドルネームで呼びます。あまりその名で呼ばれたことはないので、とても新鮮です。レーン様のこともミドルネームで呼んでいらっしゃいましたから、彼女にとっては普通のことなのだと思います。

 私は、単刀直入に彼女におうかがいします。

「寿命についてお悩みですか?」

「どういうことだ?」

「レーン様と寿命が違うことを、お悩みなのでしょう?」

「……どうしてわかった? 森人族エルフ能力ちからは効かないはずだが」

 ミランダさんは驚いていらっしゃるご様子です。ひとり言を聞いてしまったことを、私は素直にお詫びしました。

「なるほど、そういうことか……」

 ミランダさんが、窓の向こうに拡がる自然を眺めるといった感じでもなく、ロビーのベンチで長いあしを組んで、窓のほうに視線をむけました。

「……寿命の長い森人族エルフが羨ましい」

「長くても、人はいつか死にます。突然にいなくなることもあります」

「ご家族のことは聞いている。大変だったな」

 ミランダさんが私を気遣づかってくださいます。エレオノーラさんもおっしゃっていましたが、本質はお優しい方です。ですが、ここは心を鬼にします。

「レーン様と寿命が違うことは、ミランダさんにとってそれほど重要なことですか?」

「重要だろう。私だけが老いて死んでいくんだぞ?」

「不老ですが、不死ではありません」

「それはわかっている」

「本当にそうでしょうか」

 私の言葉に、ミランダさんが眉をひそめました。少し怖いです。

「……何が言いたい? エリザベート」

「大事なことはすでに申し上げましたが、くり返します」

「…………」

「人はいつか死にます。突然にいなくなることもあります。父や兄がそうであったように、レーン様も例外ではありません」

「それは理屈だ」

「寿命の長さにこだわっている時間はないと、私はそう申し上げているのですよ、ミランダさん」

 ミランダさんが何か反論なさりたそうでしたが、私は無視して続けます。

「もしかすると、明日、突然レーン様が事故でってしまわれるかもしれません。もしそうなったら、その前日である今日この日に、彼に対して何もしてあげられなかったことを貴女あなたは後悔なさるでしょう。そしてその原因は、寿命などというくだらない幻想げんそうとらわれていたせいです」

「…………」

「寿命の長さは、人の生にとって、つゆほども重要ではないのです。たった一歩先の未来でさえ、私たちはわからないのですから」

「言いたいことをいう女だな、お前は」

 ミランダさんが、ふぅっとため息をつかれました。すみません、私、実はそういう女なのです。

「だが、言いたいことはわかった。礼は言わんぞ」

「ありがとうございます」

 ミランダさんが苦笑しました。そして私のほうに端整なお顔をむけると、

「ひとつ教えてくれ。お前は何故なぜ、レゴラスに帰らずここに残ると決めたんだ?」

森人族エルフには、二つの大事な教えがございます。ご存じですか?」

敵討かたきうちについては聞いたことがある。地人族アーシアンにはできないことだがな」

「法律で禁じられていますものね。もっとも、復讐ふくしゅうを許容してしまうと際限なく拡がるという考え方も理解できます」

「で、もうひとつは何だ?」

「救われた命は救った者のために使え、です」

「そういうことか」

 ミランダさんはすぐに理解してくださいました。

「ええ、そういうことです」

 もちろん、さきほども言ったとおり、そんな教えがなくても私はここに残っていましたが。

「エレオノーラさんも、レーン様にお命を救われたと聞きました」

「……なるほどな。あのときエレオノーラが私についてくることを即決した理由がわかったよ」

 何故なぜかはわかりませんが、ミランダさんは何だか嬉しそうです。

「エリザベート。お前、他人と話すことは得意か?」

代表首長エデュスターの娘という立場上、大勢の方とお話しする機会はありましたが、それが何か?」

 ミランダさんが何を仰りたいのか、よくわかりません。

「私のやることが決まった。お前も手伝え。森人族エルフ能力ちからも重要な武器になる」

「何をなさりたいのか判りませんが、私でいいのですか?」

「ああ。私の仕事を手伝って、私がこの世を去ったあとは、お前がそれを引き継いでくれ。それまでは、私が全力でファルタークを支える」

 ミランダさんは少し寂しそうに笑いました。けれど、

「それはかまいませんが、貴女あなたの未来のお子様が、お父様を支える将来もあるのですよ」

 そう私が言ったときの、目からうろこが落ちたようなミランダさんのキラキラした表情を、私は忘れることができません。

「そのときは、私の未来の子供をお前が支えてくれ」


 新しいきずなが、またひとつ生まれたような気がしました。

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