第024話 食 卓(ワイングラス)

 なだめたりすかしたり――。


 ミランダ先輩の機嫌を直してもらうのに、一時間ほどが必要だった。

 場所は第〇〇四宇宙港ベイの待合ロビー。真紅の宇宙船ルージュコメットⅡの前でわめきたてるミランダ先輩の肩を抱くようにして、エレオノーラが連れてきてくれた。

 説明した内容はというと、実際のところは先日セラフィーナに告げたことをくり返すしかなかった。けれど話しながら、なんで俺がこんな理不尽りふじんな怒られ方をしなきゃならないのかが疑問だった。例えば、

「話としてはわかった。だが、納得はできん。だいたいファルターク、いったいなんでメイド服なんだ? その光の民パルヴァドールとやらはエロ老爺ジジイばかりだったのか⁉」

 ……憎めない女性ひとではある。

 セラフィーナを救助した経緯についても二人に話し、途中から本人とマルヴィナにも合流してもらった。小惑星リューデニアで見つかった金塊の真相が判明したことにエレオノーラは大満足な様子で、

「私が生きてるうちに謎が解けてよかったです。あんな辺鄙へんぴ場所トコロで金塊が見つかるなんて、ゼッタイ宇宙の七不思議になると思ってました!」

「そうですよね。事実は小説よりも奇なり、です」

 相槌あいづちを打つセラフィーナも楽しそうだった。だけど、支払った金額は時価にして五〇〇億ディナールを超えるとマルガが話すと、笑顔が少し引きつった。

「ふん、私のルージュコメットⅡに比べたら安価やすいものだ」

 と、ヘンなところでマウントをとったのはミランダ先輩だ。あの派手な宇宙船は、いったいいくらぐらいするのだろう。後日、内部なかを見せてもらうことになった。ちなみに「ルージュコメット」という名前が、先輩が軍で使っていた真紅の戦闘艇ファイターにつけられていた愛称ニックネームだったことを、俺はそのときに思い出した。


 トランスキャットⅩⅩⅦにじゅうななが、でアイリーンⅣに帰還したこと。

 俺にがあること。


 この二つについて説明するには、瞬間物質復元装置リバース・システムの存在は避けて通れなかった。

「でも、便利ですよね、その装置」

 これに食いついたのもエレオノーラだった。

「だって、新品になるんでしょ? 私もはいればお肌がツルツルに――」

 そこまで言ったところで、リバース・システムが人体に引き起こす副作用に気づいたらしい。

「ちょっと待って。レーン先輩、不死身になっちゃったんですか?」

年齢としをとらなくなっただけだ」

「何? 年齢としをとらない? おい、マルガレーテとやら、私にもその機械を使わせろ!」

 落ち着いてください、先輩。美容器具じゃないんだから。

「だがな、ファルターク。回りをよく見てみろ。今、この場にいる人間で……年老いていくのは私だけなんだぞ」

森人族エルフだって不老じゃありません!」

「私より二〇〇も歳上のくせして、私よりもお肌ツルツルなエレオノーラお前が言うな!」

 それっきり、ミランダ先輩は何も言わなくなってしまった。


 その夜は何故なぜか宴会になった。

 ルージュコメットⅡに積んできた食材を、ミランダ先輩が提供してくれたことが発端きっかけだ。

「お前から連絡が来るまでどの程度の船旅になるか判らなかったから、先行して用意しているうちにいろいろと増えてしまったんだ。あまりいものを食べていないんだろう?」

 という先輩の言葉にマルガの眉間みけんが反応したように見えたのは、おそらくは気のせいだろう。

「アルコールも何ダースかあるぞ。よし、今夜はもう。お前もつきあえ」

 てなわけで、俺の部屋のリビングダイニングLDに総勢一三人が集まった。地人族アーシアン二人、森人族エルフ二人、有機人形メイドール七人、そしてAI立体映像ホログラフィが二人という内訳だ。俺以外はすべて女性ということをいまさらながらに見せつけられて、光の民パルヴァドール=エロ老爺ジジイ説はあながち間違っていないような気もしてきた。休止中の戦闘メイドも全員が女性なのだから。

 ダイニングのテーブルには、色とりどりの料理がならべられた。トマトとモッツァレラチーズのカプレーゼ、鯛とレモンのカルパッチョ、ローストチキンやローストビーフ、シーフードのパエリアといった具合だ。サンドウィッチももちろんある。生ハムとレタスをはさんだものだ。

 これらの料理は、すべて文官メイドたちが用意した。短時間でここまでのものを作る技量うでまえには、さすがという以外に言葉が見つからなかった。

人類ヒューマン文化は常にチェックしておりますから、驚くにはあたいしません」

 そうこたえたのは、料理の陣頭指揮をしたマライア・イースリー。少し短めの黄色い髪をもった、背の高い文官メイドだ。彼女をはじめとして、普段は食事をしない文官メイドたちも、今夜は俺たちといっしょにテーブルを囲んだ。食事をするなら大勢のほうが楽しいという俺の言葉に応じたものだが、案外、ミランダ先輩の持ってきた高級ワインに釣られたせいなのかもしれなかった。

 そのかたわらで、料理の皿を前にしたユグドとラシルがふくれっ面をしている。気持ちはわかる。だけどしょうがないだろう? 実体のないお前たちに食事ができるわけがない。彼女たちはその後、何かを決意したようにうなずきあっていた。

「――ねえ、レーン先輩」

 ワイングラスをもったエレオノーラが、突然話しかけてきた。

「ん、なんだ?」

「私、セラちゃんと一緒に住んれもいいれすかぁ?」

 かなりんでいるらしい。

「セラがいいならかまわないけど、住むってどういうことだ?」

「住むっれいったら、住むっれころれす。仕事やめちゃっらし、ここれやとってくらさいね」

「いいのか、それで?」

「かまいませんよ。セラひゃんをひろりにするわけにもいきませんし」

「ありがとうございます」

 と、セラフィーナも同調する。そういうことなら……まあ、しかたがないよな。

「一緒の部屋でいいのか、セラ?」

「もちろんです。マルヴィナさんも一緒に三人で、楽しくやっていきます」

 名前を呼ばれて、なんだかマルヴィナも嬉しそうだ。ちなみに、同じ薄桜色の髪をした二人の森人族エルフは、エレオノーラのほうが少しだけ歳上だそうだ。まるで姉妹だな。そう思いつつ、斜め前にすわっているミランダ先輩のほうに視線をむけると、

「……どうした? 何か言いたそうだな、ファルターク」

「もしかして先輩も――」

「当たり前だ。若い森人族エルフを残して私だけ帰るという選択肢はない。私もに住むぞ」

 ミランダ先輩が、グラスに残っていたワインを一気に呑みほした。

「だけど、たしか伯父さんがご病気では?」

「ああ、それはれすれぇ――」

「黙れエレオノーラ」

 何か言いかけた後輩を先輩が制した。

「どうしたんです?」

「何でもない。伯父も問題ない。だから私もに住む。嫌か、ファルターク?」

「いや、それはないですけど……」

 この先、食材とかラースガルドで生産できない物資の調達も必要になってくるので、住んでくれるのはありがたい。だけど、本当にそれでいいのか? おそらくは世捨て人みたいな生活くらしになってしまうぞ。

「……それもいいじゃないか。なんとなく面白そうだ」

「それじゃ、先輩も住む部屋を決めないと――」

「ファルターク。不老になったのに、耳だけは年齢としをとるのか?」

「え?」

に住むと何度も言っただろう。使っていない寝室も、いくつかあるんだろう?」

 って、

「当然だ。マルガレーテだって、ここに住んでいるのだからな」

 ぺきっ。

 隣のマルガの手の中で、ワイングラスのステムが折れた。

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